後始末屋の特異点   作:緋寺

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叩き折る心

 更生のために作業に連れてこられた潜水鮫水鬼だが、案の定文句たらたらであり、作業もサボる始末、その上、未だに自分側に正義があったと思っているような節があったため、作業中でも悪態が止まらなかった。

 しかし、潜水鮫水鬼を鎖で繋ぎ、その先の持ち主である第四号海防艦──今ここにいる中で最も言動が幼い艦娘が、潜水鮫水鬼の心を軽く抉るようなピンポイントな質問をしたことで逆ギレ。それを止めようとしたスキャンプとその場で大喧嘩をすることになる。

 実力はスキャンプの方が上であるため、軽々と痛めつけても、その態度を改めるようなことは絶対にしない。

 

 そして、そんなことをしていると作業が捗らなくなるわけで、たった1人のいい加減な者のせいで効率が落ちてしまった。ただでさえ作業が多くて困っているところなのに、和を乱す者がいては、いつまで経っても仕事は終わらない。

 故に、それを許さない者──伊203がこの場に現れる。たまたまこちらに来ただけだとしても、タイミングは最高であり最悪であった。

 

「もしかして、作業を遅くしようとしてる?」

 

 スキャンプによって海底に蹴り飛ばされた潜水鮫水鬼を、冷ややかな目で見つめている伊203。

 その姿に、レーナはトラウマを刺激されてしまい、伊26の陰に隠れるような仕草を取る。伊26も大丈夫だからとは言えず、落ち着かせるために抱き締めながらその場から離れていく。ここで起きることはさらにトラウマを抉ることになりかねない。他にも作業する場所があるのだから、移動することは容易い。

 

「誰でもいいから深雪達のところに手伝いに行ってほしい。煙幕を巻いてるけど、モノが多いから、少し片付けながらやりたい」

「あ、それじゃあ、ニム達が行くよ。レーナちゃんにそういうお仕事も知ってもらいたいから」

「よろしく」

 

 淡々とした話し方の伊203だが、その心境を伊26は読み取っていた。レーナにこれ以上怖い思いをさせたくないから、今はここから離れてくれと振ったようなモノ。

 

「レーナちゃん、行くよ」

「う、うん」

 

 チラリと伊203に目を向けるレーナ。伊203もレーナに少しだけ目を向けたが、その奥に秘められた感情は、ほんの少しの申し訳なさと、後始末屋としての誇り。

 レーナは伊203にされた所業もあるため、彼女のことを悪魔と呼んでいたが、認識を改める。ただひたすらに、この後始末という作業を真剣に行なっているだけ。洗脳されていたとはいえ、自分達がそれを邪魔していたのだから、怒りを露わにするのは当然のこと。トラウマにはなっているが、あの痛みも相応のことをやらされていたのだと自覚する。

 

「……悪魔……じゃないね。ただ真剣に、後始末屋をしてるだけだったんだ」

「そうだよ。それでも過激だけどね」

「今、よくわかった。後から、もう少し話をしてみるよ」

 

 伊203に対してのトラウマが少しだけ緩和されたようで、小さく笑みを浮かべた後、伊26と共にその場から去っていった。

 

「……で? 作業の邪魔をしていたみたいだけど」

 

 レーナが伊26とこの場からいなくなったところを見計らって、改めて潜水鮫水鬼に声をかける伊203。スキャンプから喰らった一撃から立て直してはいるが、これまでとは違い、反抗的な言葉が出てきていない。

 

「今は後始末をしにここにいる。見てわかるくらいに汚いこの海の底を、もう一度魚が住めるくらいに綺麗にするのが私達の仕事。その仕事が貴女にも課せられてるけれど、理解してる?」

 

 ゆっくりと近付く伊203。淡々と、ただ事実を話しているだけ。悪態もなければ、喧嘩を売るような言葉でもない。しかし、潜水鮫水鬼はそれだけで、無意識に手が震えていた。

 スキャンプと言い争っていた時が児戯であると思えるほどに、素人でもレベルが違うと感じられるほどに。

 

 こうなる前の戦場では、潜水鮫水鬼は伊203とまともに相対していない。全て潜水鰆水鬼──レーナに任せていたから、伊203の本当の恐怖を知らないでここにいる。

 

「そこの鮫は悪いことをした。だから反省するためにここで作業をするように命じられてる。あってる?」

『あってまっす。鮫は悪い人なので、こーせーするために、後始末に参加させられてまっす』

 

 潜水鮫水鬼が余計なことを言う前に、第四号海防艦がおおわしの考えを伝える。

 

 反省を促すために作業をさせ、自分達がやってきたことがどれだけ酷いことであるかを身を以て教え込むために、大変な後始末に参加させている。自分達のせいでこれだけ海が散らかっている、だから自分で片付けろと強制し、その苦しみから反省をしてもらおうという算段。

 痛みで覚えろというわけではないが、自分達でやったことの()()()をつけろというだけ。

 

『でもでも、鮫は自分が悪いことしてたって気持ちが、無いみたいでっす』

「そう。じゃあ、反省するためには、痛みを知ってもらわないといけない」

 

 ゆるりと眼前に立つ。近付かれている間も、潜水鮫水鬼は伊203を睨みつけることに必死だった。逃げたくても鎖で繋がれているために不可能。立ち向かおうにもその威圧感で身体が動いてくれない。反抗心があっても、無意識的に根源の恐怖を身体が感じ取ってしまっている。

 

「私にも教えて。何故、作業をしないの? 貴女のせいで、後始末が遅くなってる。片付けているところを散らかしてる? 何のために? 何がしたいの?」

 

 詰め寄られたことで、潜水鮫水鬼が息を呑む。反抗心から邪魔をしているようなことだから、素直にそれを言えばいいだけ。スキャンプに対しては立板に水の如くスラスラと悪態をついたというのに、伊203相手だと蛇に睨まれた蛙である。

 

「おいテメェ、相手見て態度変えるなよ。あたいやNo.4にはなめてかかってんのに、フーミィには怖気付くのか? 糞虫が余計に糞虫に見えるぞ」

 

 苛立ちを抑えていないスキャンプが口を挟むが、それだけ。いいから早く意図を言えと急かしているだけ。

 

「自分が正義で、やってることが正しいなら、この後始末の現場を散らかすのも正しいと思ってやってる? だったら、その理由を、納得出来るカタチで話して」

 

 スッと伊203が手を出し、潜水鮫水鬼の二の腕を掴んだ。あまりの速さに、払うことも出来なければ、避けることも出来なかった。

 

「なんで、散らかしてるの」

 

 そして、骨を折らんばかりに二の腕を握り締める。

 

「っぎ!?」

「説明」

 

 ミシミシと骨が軋む。その痛みで、潜水鮫水鬼は悲鳴を上げる。しかし、伊203は握力を緩めることなどしない。

 

「何も言えないのに邪魔をしてたの? ただ自分が気に入らないから? もしかして、本当に自分の立場を理解してない?」

 

 二の腕を離す。そこにはクッキリと伊203の手の痕が出来てしまっていた。鬱血し、ドス黒く染まってしまっているのが誰の目から見ても明らか。普通に握るだけならこんなことにはならない。万力で絞め上げられたか何かである。

 そして、潜水鮫水鬼の髪を掴むと、グリッと首がおかしくなるのではという速度で逆側を向かせ、辺り一面の悲惨な状況を視認させる。

 

「ここを、こうした元凶の仲間。貴女はそれだけでも罪なの。反省しているならまだしも、反省もせず、邪魔までするなら、その罪はもっと重くなる。貴女達は、私達のことを、特異点の仲間だから同罪みたいなことを言ってたと思うけど、こちらからも言わせてもらう。貴女は阿手の仲間だから同罪。だったら、阿手がもう片付けが出来ない以上、同罪の貴女が、ここを片付けないといけない。理解出来た?」

 

 それで理解出来ればこんなところで悪態はついていないだろうが、スキャンプや第四号海防艦のように言葉だけでそれを伝えるのではなく、現在進行形で痛みを与えながら刻み込んでいく。

 

「まさか、阿手が勝手にやったことだから自分に罪はないとでも思ってる? だったら、私達のことを罪人だとか言えない。元凶の仲間は罪というのなら、貴女はそれだけ罪が重い。貴女がこの島を壊し、貴女が罪のない人を殺し、材料にし、世界を平和から遠退かせてる。その後始末をしている特異点と、それすら乱して世界を汚くしている貴女、どっちが悪い?」

「て、めぇ……っ」

「頭が悪いみたいだからもう少しわかりやすく話す。ゴミ箱を蹴り飛ばしてその場を汚した奴が阿手。そのゴミを片付けてくれてるのが特異点。それを見て、当てつけのように目の前でゴミを散らかしてるのが貴女。どっちが悪い?」

 

 伊203はわかりやすくお前が全面的に悪いと伝えたが、潜水鮫水鬼はそれを認めたくないという気持ちの方が強くなっていた。ただただムキになって反発しているだけの子供。

 

「質問にも答えられないくらい頭が悪いの?」

「う、うるせぇ、よ……っ」

「自分でやったことくらい、自分でケジメをつけるのが道理。そんなこともわからないで、戦場で命を張っていたの? 頭が悪いだけじゃ済まない」

 

 髪を掴みながら、もう片方の手で再び二の腕を掴み、今度は容赦無く骨を折った。

 

「っが、あぁあっ!?」

「作業も出来ない無駄な腕なら必要ない。でも、血を撒き散らされても汚いから、骨だけで済ませてあげた。どうせ治るからいいでしょ」

 

 さらにもう片方の二の腕も掴み、抵抗すらさせずにそのまま握り折る。

 

「いっ、ぎ、いぃいっ!?」

「人様に迷惑をかけることしか出来ないなら、生きてる価値もない。今ここで貴女を殺してもいいけど、ゴミが増えるだけだからやめる。ただでさえ貴女のせいで遅れてる作業が、もっと遅くなる」

 

 ぶらんと垂れ下がるだけになった腕を一瞥してから、伊203は潜水鮫水鬼を自分に向き直させる。髪は掴んだまま。

 

「で、何か言うことはある?」

 

 思い切り太腿を蹴り、大腿骨を一撃で折った。

 

「あぁあああっ!?」

「何か言うことはある?」

 

 さらにもう一撃で、逆側の大腿骨も折られる。これでもう自発的に動くことは出来ない。時間が経てば治るだろうが、それまではずっとこのまま。ひたすら痛く、誰からも見下され、惨めな気持ちで漂っていることしか出来ない。治ったところで鎖に繋がれているので逃げることも出来ず、ただ誰も片付けないゴミのように扱われるだけである。

 そんな潜水鮫水鬼の姿を、そこにいる者は悲惨だとも思わなかった。誰も同情しない。その姿を、誰も笑っていなかったが。

 

「何か、言うことは、ある?」

 

 血を流さないような攻撃を一言ずつ繰り出す伊203。腹に拳を叩き込み、あえて折れたところを殴り、ひたすらに苦痛だけを与える。周りに血が流れるわけでもなく、その場を穢さないように()()()()()()()()

 

「も、もう、やめて……」

 

 そして、ついに心が折れた。伊203からの()()()()()に屈し、弱音を吐いた。

 だが、伊203の攻撃は止まらない。聞きたい言葉はそれではないと言わんばかり。

 

「何か、言うことは、ある?」

「ごめんなさい! ごめんなさい! あたいが悪かったです! ごめんなさい!」

 

 これでようやく伊203の攻撃が止まる。しかし──

 

「上辺だけの謝罪は意味がない。痛みから逃れたいだけの言葉でしょそれ」

 

 伊203の表情は、完全に見下したそれだった。ここでの答えを間違えたら、また攻撃が再開されるとわかる。

 潜水鮫水鬼は顔面蒼白となる。そして、自分が敵に回した相手がどれだけ恐ろしいモノであるかを、今初めて理解した。自分から曲解だけを奪った特異点がどれだけ優しいかも理解したし、拘束はしていてもここまでの拷問じみた痛みを与えてこなかった昼目提督も優しいと思えた。かつて甘ちゃんだと思っていた者に対しての認識が、今回で完全に改まった。

 

「治ったら作業しますから! も、もう、やめてください! 邪魔をしてごめんなさい!」

「……私達は、この仕事に誇りを持ってる。それを当たり前だと思われたくないし、こんなカタチで踏み躙られたら腹が立つに決まってる。貴女がやっているのは、そういうこと。みんなは優しいから言葉だけで済ましてくれるけど、私はコレだけやるから。サボってたら、また同じことをする。理解した?」

「理解しました! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 

 ただただ恐怖に支配された表情で、ひたすら謝り続ける潜水鮫水鬼。伊203はこれ見よがしに溜め息を吐いて、掴んでいた髪を離した。両腕両脚の骨が折られているため、泳ぐことも出来ずそこに漂うだけ。しかし、ずっと小声でごめんなさいごめんなさいと呟き続けていた。

 

「スキャ子は優しすぎる。これくらいしないと、こういう輩は理解しない」

「テメェがやりすぎってくらいやりすぎなんだよ。でも、Thanks」

「駄々を捏ねてる大人には、痛みが一番速い。それに、それは1つわかっていないことがある」

 

 わざとらしく聞こえるように伝えた。

 

「もう深海棲艦の身体なんだから、()()()()()()()

 

 これがトドメの一言になった。潜水鮫水鬼の折れた心が、完全に砕けた。人権がないということは、何をされても法に訴えるなんてことすら出来ない。これまで何もわかっていなかったことを、この一瞬で全て理解出来た。

 

「とはいえ、うみどりもおおわしも、その辺りは寛容。協力的ならそれ相応に扱う。うちのカテゴリーYはみんな楽しく生活してるから。とても協力的だし、感謝の気持ちもある。自主的に手伝いまでしてくれる。私は、その思いは尊重するし、助けてあげたいと思うから。権利だって与えるべきだと思うし」

 

 最後に、伊203は痛みと恐怖で震えている潜水鮫水鬼に視線をやる。

 

「貴女は、その権利を与えられる存在?」

 

 

 

 

 この後、傷が治った潜水鮫水鬼は人が変わったかのようにせっせと働くようになったという。

 このやり方が正しいとは言えないが、少なくとも効果的な相手がいるというのは間違っていなかった。

 




この世界の権利は、人間と艦娘には与えられていますが、深海棲艦には与えられていません。元人間とか関係ない。今が深海棲艦なんだから、人権なんて存在しません。
ただし、うみどりでは人間と同じように扱っているので、全員に人権があります。おおわしは知らん。
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