深海鮫水鬼が、ほとんど拷問に近い伊203からの
島周辺は何処にでも危険物が多くあるが、港は他と比べるとより多くの残骸が沈んでおり、大きなモノから小さなモノまで様々。そして、残骸を動かすまでもなく、そこに『舵』も落ちているのが確認出来てしまった。
「これ、正面突破部隊が危なかったかもしれねぇんだよな」
「なのです。もしかしたら、あの潜水艦のヒト達が、こっそりココから『舵』を持って浮上してたとしたら……」
「誰かしら被害に遭ってたかもな。ンなことが無くて良かったぜ」
もし潜水艦達の主戦場が、この港の方まで移動していたなら、『舵』の脅威はより強かったかもしれない。潜水艦隊への罠でもあり、敵潜水艦の武器としても扱われていたかもしれないのだから。
「フーミィ、援軍呼んできてくれるっつってたよな」
「これは電達ではどうにもならないのです」
伊203が一度引き返した理由は、この港近海の海底が他よりも酷いことになっていたからである。ここには島民も多く住んでいたということもあるからか、投棄された残骸がやたらと多い。内部が少しだけ入り組んでいるというのも厄介で、潜水艦なら容易に入り込めるが、そういう隙間に残骸が入り込んでしまっているということもあり、煙幕を撒くだけ撒いても、奥まで行ってくれるかが何とも言えない状況。
援軍を呼んだのは、ココだけは煙幕を撒きながら残骸の撤去を進めていきたいと考えたからである。『舵』や忌雷の脅威だけは確実に対処したいが、この状況だとそれもままならないかもしれない。故に、人数を投入してでも後始末を終わらせたかった。
「おーい、来たよー」
「お、ニムが来てくれたのか。それと、レーナだったよな」
「うん、アタシもこっちでやれって言われた。よろしく特異点」
「深雪だ。こっちは電」
伊203の呼んだ援軍が到着。場所がわからなくても、伊26には『ソナー』の曲解があるため、深雪達との合流は容易。それに、今この場でも伊203が何をしているかが概ね把握出来ている。潜水鮫水鬼との反応がかなり近めであるところから、今頃レーナには見せられないことをやってるんだろうかと理解。
「フーミィちゃんはちょっとあっちでやることが出来ちゃってて、ニム達が代わりに来たよ」
「助かるぜ。ほら、アレ見てくれよ」
「あー……いっぱいあるねぇ。これは今すぐ片付けていかないと、深海棲艦が生まれてきちゃうかも」
「そこまでだったか。そりゃあフーミィも急ぐわけだ」
残骸の溜まり方からして、穢れが飽和し、ここからまた深海棲艦が生まれてしまう可能性が高いと伊26は判断した。伊203が呼びに来たのも、その危険性があったから。
とはいえ、本当に今すぐ生まれるというわけでは無い。このまま放置していたら、数日もしないうちにカタチを成しそうだというだけ。少し急いで片付ければ、そんなことは起きなそうである。
「それじゃあ、深雪ちゃんと電ちゃんは煙幕を撒いてくれるかな。それが影響してるところからどんどん持ち出していくよ」
「ああ、頼む。ある程度行き渡ったら、あたし達も残骸運びしていくぜ」
「うん、それでお願い。レーナちゃんはニムと一緒にやってね」
単純ではあるが、急ぎが必要であるここでの作業を、この4人でこなしていくことになる。難しいことでもないため、あとは同じことをひたすら続けて、ある程度集めたら、海上の面々に引き揚げをお願いするだけである。
「フーミィは何してんだ? あんだけ速さに拘る奴がそっちでやらなくちゃいけないことって、よっぽどのことだよな」
大物が現れた時は、戦艦の膂力を手に入れている特異点組がその腕力で持ち出しているが、そうでない時は気軽な作業になっている。
そんな中、気になったことを伊26に聞く深雪。伊203が戻ってこないということは、それをしなければ伊203基準で遅くなるということに他ならない。
「あー……うん、向こうにね、おおわしからも援軍が来てくれたんだ。丁型海防艦の子達」
「へぇ、潜水艇で作業してくれるんだな。あいつら子供でも熟練者なんだろ。あたしよりよっぽど頼りになるや」
「で……それと一緒に、更生の一環ってことで、敵だった潜水艦のヒトにもお手伝いをお願いしたの。深雪ちゃんがあの『劣化』を消した潜水鮫水鬼、わかる?」
「ああ、あのスキャンプみたいなヤツな」
間違っていないけど、その言い方はスキャンプが嫌な顔するよと伊26は苦笑する。
「あのヒトがね……ちょっといろいろあって」
「いろいろ? ああ、なんか察しがついた。反省とか全然してなくて、片付けを邪魔してるとかか」
大正解と言うものの、その表情は浮かない。レーナに至っては少々虚ろである。今何が起きているかを知らずとも、おそらく自分がやられたようなことをされているんだろうと予想がつくため、トラウマがどうしても刺激される。
「大丈夫ですか?」
「えっ、あ、ああ、うん、大丈夫。作業は進めるよ」
「無理はしないでくださいね」
電に気を遣われて、空元気のように笑みを浮かべるレーナだが、どうしてもあの時の痛みを思い出してしまっていた。
出来れば神威の『排煙』のように癒しがあればよかったのだが、今は海中、どう足掻いてもそんなことは出来ない。なので、今は共にいてあげることで心の安寧を呼ぶしかない。
電の優しさに、何度目かわからない特異点に対する思い違いを正すレーナ。特異点は悪という教育がどれほど間違っていたのかを、何度も何度も知ることになった。
「フーミィ、容赦無ぇしな。とはいえ、そういう輩は一度痛い目を見た方がいいとあたしは思うけどな。つっても、アイツだって阿手のせいでそういう考え方になっちまったんだよな……。かーっ、悪いのは全部あのクソババアじゃねぇか。死んでからも迷惑かけるとか筋金入りだぞ」
決着がついた後のはずなのに、繰り返し繰り返し面倒なことを見せつけてくる阿手の所業。今のこの後始末もそうだが、特に人の心に大きな影響を与えすぎである。
長い年月をかけて歪み続けた者は、自分だけで無く周りも歪ませるんだと実感する。対して、長くまっすぐ生き続けている伊豆提督がどれほどイイ人間なのかも実感出来た。後始末屋に拾われて良かったと、心の底から思う。
「とりあえず、ここの作業を進めていく内に、フーミィも戻ってくるだろ。それまではやれることやろうぜ。こりゃあ時間がかかるとかそんな言葉じゃ言い表せねぇよ」
「海賊船の時よりも酷いのです。あの時は船の残骸が酷かったですけど、ここは少し
「だよな……どう見ても骨とかもありやがる」
普通の後始末では見られないモノ、それがおそらく島で死んだであろう人間などの骨である。
出来損ないにすらならずに死んだ者を、そのまま海に捨てているというのは予想がつく。命を何だと思っているんだと腹立たしい気持ちになるが、それ以上にここに放置されていることの方が可哀想だからとすぐに拾い集めていく。
「……成仏してくれよ。あたし達がアンタ達の仇は取った。それでも恨みが溜まってるなら、あたしが晴らしてやるから」
「心安らかに眠ってください……怒るのは当然のことなのですが、どうか落ち着いて」
残骸集めは祈りながら。後始末屋の常識を、その誰かもわからない亡骸にかけながら、丁寧に丁寧に拾い集める。艦娘や深海棲艦はもう仕方ないというところはあるが、人間の亡骸となると話が変わる。それも海難事故なら納得出来るが、事故でも何でも無い、ただの敵の残虐な行為の被害者なんてモノは、後にも先にもココでしか無いことだろう。
一回一回手を合わせ、祈りながら拾い集める深雪と電の姿に、レーナは素直に感心していた。誰ともわからない相手に親身になり、その遺された怒りと恨み、悲しみに寄り添い、そして安寧を祈る。その姿は、カテゴリーYとして見えている特異点の後光が、より強く輝いて見えるようだった。
「……本当に、アイツ何だったんだろう。特異点は悪って、意味がわからない。アレ見てそれが言える奴がいたら、余程腐ってる奴だよ」
「そう言ってもらえたら、2人も喜ぶよ。見てもいないのに悪だって言うからダメだもん」
と話しつつ、伊26は出洲の言葉を思い出していた。特異点が悪だと言っていた理由。人間が特異点に頼りすぎ、堕落していくことが悪性だと言っていた。
うみどりは、頼りすぎるようなことはしていない。確かに煙幕によって『舵』や忌雷を消していくことは頼らざるを得ないが、こういう時にやれる者がやれることをする、適材適所を徹底しているだけ。特異点との共存は、互いの価値を同等に見ていることで成立している。
深雪にも電にも出来ないことは沢山ある。それを仲間達で補って、どんな困難にも打ち勝っていくだけ。基点は特異点になるかもしれないが、それを頼りすぎと言われたら、勝てる戦いも勝てやしない。
「この後始末が悪だって言うなら、もう何も出来ないよね」
「……アタシもそう思うよ。これが悪なわけがない。あの鮫も、特異点のコレを見たら少しは考え方が変わるかもね」
どうだろうと伊26は少し困った表情をする。アレだけ反発するような者が、この姿を見たところで何か変わるかなと、どうしても疑問に思えてしまう。
「でも、そうあってほしいよ。みんな仲良くしたいからね」
「……それは、そうかな」
今の潜水鮫水鬼の状況がわからないため、そうとしか言えない。だが、最後はその変わりように驚くことになる。
後始末は続く。だが、関係性は少しずつ変わっていく。
今の鮫なら今の特異点を見たら心開く気がする。それ以上に怖いモノ知っちゃったから。