作業はひたすら進み、一度昼休みとなる。港付近であっても、海底にずっといるとなると、時間の感覚は少し狂ってしまうもの。伊26の方に休憩するという連絡が無かったら、ひたすら作業を進めていたことになるかもしれない。
これまでずっと海中にいた深雪と電には、この感覚も初めてである。もうそんなに時間が経ったのかと驚くくらいに。
「休憩か、まだ半分も終わってないぞ」
「なのです……やっぱり広いですね」
港近海は他の作業の場所と比べれば浅い方。まだ陽の光がギリギリ届いているおかげで、今が昼であることくらいはわかる。それもあることで、港の広さとその散らかり様は一目瞭然だった。
今では大分煙幕が行き届いており、安全性は確保されているが、そこにあるモノの数は簡単には減ってくれない。最優先で集めているのは、この島で命を落としたであろう者達が遺した身体の一部、骨。
「どうしても時間はかかっちまうけど、これだけはちゃんとやっておかないとな」
「なのです。特にここで命を落とした人達は、間違いなく怨念が溜まってしまっているのです」
「あのクソババア、それも利用してここで材料集めしてたんじゃねぇか? 巫山戯やがって」
戦いの最中でも潜水艦隊が気付いた、これだけ残骸が溜まっている理由。わざと深海棲艦が生まれやすい状況を作っておいて、生まれたら研究材料として確保するという、まるで深海棲艦畑のようにここを使っている。
そう考えると、ここに投棄された犠牲者の亡骸は、
「急ぎたいのは山々だけど、確実に終わらせた方がいいね」
「だよな。そっちも順調か?」
「うん、レーナちゃんが覚えてくれたからね」
伊26とレーナも出来ることから確実に進めている。人骨を拾っていくことには抵抗があるかもしれないので、レーナには基本持ち運び出来る残骸を進めてもらっていたが、当然ながらそちらの方が量が多い。やることは単調でも、同じことをやり続けるというのは疲労が蓄積するモノである。
そのため、レーナは既に少し疲れた顔を見せていた。いくら深海棲艦の身体を持っているとしても、表情に出るほど心身共に疲れている。
「……すごいね、後始末屋。これずっとやってきたんでしょ」
「そりゃあ、それが仕事だからな。最近はあんまり出来てなかったけど」
「体力も技術も、あとメンタルも、強くないと出来ないよコレ」
特異点だからというわけでなく、単にこの過酷な清掃活動を文句の一つもなく続けていられることが凄いと、レーナは素直に称賛している。自分はコレに延々と耐えられる自信が無いと付け加えて。
「今日のコレ、序盤も序盤だからな。仕事はまだまだ山積みだぞ。こんなに終わらねぇのは初めてだ」
「これまでで一番長くやったのが、丸一週間かかった後始末なのです。それでも、終わっていくのは肌で感じたというか、減っていくのが目に見えていたので」
「海賊船の時な。アレはアレで本当にヤバかったけど、今回はそんなの比べ物にならねぇ」
過去の後始末のことをケラケラ笑いながら話している特異点2人に、レーナは改めてこのメンタルの強さが凄まじいと理解した。これだけ過酷な、そしてメンタルにクる作業を笑って済ませることが出来るなんて、これまでどんな戦いを送ってきたのだと疑問に思えるほどである。
だが、そのメンタルに傷を付けようとする者の中に自分も含まれていたのだと思うと、あまり表には出そうとしなかったが、内心でシュンとしてしまう。
「ま、これもこの海を平和にするためには必要なことなんだ。誰かがやらないといけないなら、あたし達がやるってだけだな」
「なのです。戦うよりも、後始末の方が平和に向かえている気がして、電は好きですよ」
「だよな。後始末なら痛い思いもしないしな」
「……やっぱり凄いよ、2人とも。2人だけじゃないね。ニムも、あの悪魔……ううん、フーミィも、この仕事をやろうって思えるだけでも凄い。誰かがやらないといけないって、誰かがやってくれるに繋がると思うし、それを自分でやろうと思えるのがさ」
レーナは何度目かわからない感心。最早尊敬と言ってもいいだろう。
「アタシも手伝えるだけは手伝うよ。素人にやれることは高が知れてるかもしれないけどさ」
「いやいや、素人かもしれねぇけど、手伝ってくれるなら百人力だ。特に今は海ン中がとにかくやべぇ。五体満足で動けるってだけでも充分すぎる戦力だぜ」
「よろしくお願いします。自主的に手伝ってくれると言ってもらえると、とても嬉しいのです」
中には改造された身体的に手伝うことすら出来ない者もいるのだから、こうして力になれることは誇ってくれてもいい。深雪はそう伝えると、レーナはそっかと小さく微笑んだ。
昼休みということで、一旦うみどりに戻る一同。途中で伊203とスキャンプとも合流。
「フーミィ、結局そっちで作業してたな。どうなったんだ?」
「
スキャンプが思い切り噴き出した。あの潜水鮫水鬼をペット呼ばわりするとは思っていなかったようである。
「多少は速く出来るようになってきた。戦力としてカウントしてもいい」
「お、おう、そうか……何したかは敢えて聞かないでおく」
「馬鹿な考えは持たないように
「ああ、ありゃあ
伊203がやることなので、かなり過激なことだったんだろうと深雪達は察したが、それ以上聞くとレーナが青ざめそうなので、その件については一旦ここで終わり。
その
うみどりまで浮上すると、既に休憩に入っている仲間達が、セレス達が用意した昼食を工廠で食べている最中。
ザバッと潜水艦隊が浮上してくるのは見慣れているが、その中に深雪と電が交じっていると話が変わる。当たり前のように潜水している姿は驚きになる。
「お疲れ様。身体の調子はどうかしら」
「ああ、今のところ大丈夫。煙幕をかなり出してきたから、疲れはしてるかな」
「なのです。疲れはありますけど、午後からの作業も出来ると思うのです」
伊豆提督に聞かれても、飄々と答えているくらいにはまだ元気。疲れていないわけがないが、作業はまだまだ可能。勿論、気付かないところで大きく消耗していたら話が変わるため、この後に少しは調査が必要だが。
「2人共、ゴ飯ガアルカラ、食ベテチョウダイ」
「身体が冷えてるだろうに、母ちゃんの味噌汁を用意しといたからお食べ」
「ああ、我々の合作だ。温まるだろう」
食事の提供は当然セレスなのだが、そこに黒井母と杏母が加わっている。セレスが『お袋の味』という独特な味覚の探究に入ったことで、料理経験がある母という立場を買われて食堂担当になっている。
「あ、お母さんのヌメヌメは入ってないから安心してね痛あっ!?」
「余計なことを言うんじゃないよ馬鹿娘」
配膳している蛍が余計なことを言ったため、黒井母のタコ足が頭を軽く引っ叩いていた。お互いに深海棲艦の身体であるため、それが致命傷になることもない。蛍が人間だったら鞭打ちでは済まない威力があったのだが。
「2人ノ味、興味深イワ。味噌汁ト言ッテモ、イクツモ作リ方ガアルノネ。ココデハルカカラ学ンダモノトモ違ウカラ、ソレダケデモ勉強ニナルワ。紫苑ハ合ワセ味噌ダケレド、
黒井母、セレスにも『母ちゃん』と名乗っているらしい。ここに透と蛍がいるからというのもあるが、何処か面倒見の良さから、他の者よりも
「お疲れ様。はい、これ」
「お、杏、もう体調は大丈夫なのか?」
「うん、丸一日寝たらスッキリしたよ。本当に熱が出てただけだからさ。心配してくれてありがとう」
深雪と電に配膳するのは杏。カートでいつでも装うことが出来るようにしており、目の前でおにぎりと味噌汁を渡す。深雪の方が気持ち具材が多いように見えたが気のせいとした。
「うっま……なんだこりゃ、初めて飲むぞ……」
「お味噌汁のはずなのに、すごく染みる感じがするのです」
「ソウヨネ。多分ソレガ、オ袋ノ味トイウモノナンダト思ウワ」
深雪も電も大絶賛。ずっと海中で作業をしていたために身体が冷えているというのもあるが、それだけではなく味が良かった。
「うんうん、喜んでくれたなら、レシピを提供した甲斐があるってもんさね。あたしと紫苑さんは、これから食堂で働かせてもらうから、今後ともよろしく頼むよ」
「我々は海には出られないようだからな。そういうカタチで貢献させてもらおう」
母組は今後はセレスと共に食事担当。人数が増えたことで効率がさらに上昇し、今のような激しい後始末作業の時にも完璧な提供が約束されている。
「私も手伝えることはしていこうと思って。こういう人間の身体でも出来るようなことから進めていくよ。子供の私に任せられることなんて少ないと思うけど」
「何処も彼処も人手が必要だからさ、少しでもやってもらえるのは嬉しいモンだぜ。ありがとな、杏」
「あ、あはは、うん、頑張るね」
少し照れ臭そうに顔を赤らめた。
保護された者達も、何かしらやることを見つけ、この後始末に参加している。
そうなると、こういう時にまともに作業出来ない者は目立ってきてしまうものである。
黒井母、ここでも敢えて名乗らず、セレスにすら母ちゃんと言わせているようですが、本名は黒井レダ。ちょっと名前がキラキラしているように聞こえているため、本人が恥ずかしがっているというのもあります。
ちなみにレダは、透と蛍の元ネタであるデュオスクロイのお母さん、レーダーから。伸ばし音を無しにしてレダとも呼ばれる人。