昼休み終了。ここからまた作業に戻っていく仲間達。だがその前に、深雪と電はイリスに頼み事をしていた。
「そう言うと思って準備しておいたわ。妖精さんの技術は凄まじいわね」
というのも、今日からは人員の少ない海中での作業をメインとしているため、水着を着た方がいいだろうと考えていたのだ。特に電は着ているモノがかなりヒラヒラしているため、泳ぐのもどうしても遅くなる。伊203が脱げと言ったくらいだ。
明日からは水着でやろうと決心していたため、それを伝えたところ、既に用意しているという周到っぷり。深海棲艦化を見せていることもあり、妖精さんがサイズを目算し、必要そうな服を早々に作り上げていた。
「深雪のも新調しておいたわ。多分前から変わっていないと思うけど」
「助かるぜ。また余裕がある時に他の服も全部着ておく」
「ええ、そうしておいて。サイズが合わなかったら教えてくれると助かるわ」
大人の姿で街中を歩くようなことは今のところ無さそうではあるのだが、私服も作ってもらっているため、それが大丈夫かどうかは確認しておく必要があるだろう。
それを聞きつけたグレカーレは、目をキラキラさせながらダッシュで駆けつけた。
「イナヅマのお着替えを見せろーっ!」
「ぐ、グレカーレちゃん!?」
「せっかく大人になれたんだし、水着だけじゃあ勿体無いっしょ。ミユキみたいにさぁ、いろんな服を作ってもらいなって」
下心が丸出しであるため、電も少し引いていた。深雪は溜息を吐くものの、イリスは元よりそのつもりだと笑顔である。
「深雪と同じように、念の為いろいろと服は用意しておくわよ。今回の水着もそうだけど、その姿で何かする可能性がないわけじゃないでしょ。深雪だって、スーツを着る羽目になったんだもの。ね、
「懐かしい偽名出してきたな……そういやあの時は着替えることになったな。もしかしたら電もそういうことが起きるかもしれないか」
「なのですか? でも、その時のために用意をしておいてもいいかもなのです」
グレカーレは人目を憚らずにガッツポーズである。推しの晴れ姿を見られると思うと、居ても立っても居られないようだ。
「シラクモ! ミユキも水着新調だって!」
「なんと。それは素晴らしきこと。是非とも、この白雲に御姿を披露していただきたく」
グレカーレが呼んだことにより、白雲も駆けつける。こうなったらもう収拾がつかない。
「はいはいわかったわかった。どうせ今から作業なんだ、着替えてくるぜ。イリス、水着貰えるか」
「ええ、工廠の裏に用意してあるから。一応トレーニングウェアの一環だから、活動しやすいモノにしてあるわ。ただ、後始末のためのモノもあるから、今からはウェットスーツの方がいいかしらね」
「深海棲艦の身体だから、穢れには耐性あるっぽいな。さっきまで何も考えずコレで行ってたんだけどさ」
「ま、やりやすい方でいいわね。他の潜水艦達には穢れ対策は万全にしてもらってるけど」
この海域は穢れがとんでもないことになっているため、艦娘である伊203達はしっかり対策を取らされている。戦闘なんて出来ないモノに見えていたが、伊203はそれでも潜水鮫水鬼をコテンパンにしてしまっていたのは、伊203だからと言っても過言ではない。
レーナや潜水鮫水鬼は深海棲艦の身体ということもあり、穢れのことは考えずに普通に作業を手伝っており、深雪と電も同じ理由でそこまでの対策はしていない。それもあって、深雪と電は普通に水着だけで向かうようである。今のところ、その影響はなく、やはり深海棲艦の身体は穢れに対して非常に強い耐性を持っているようである。純粋な深海棲艦ならば違う意味で悪影響を受けそうだが、特異点とカテゴリーYは、そういうところでも問題がない。
「楽しみだねぇ、楽しみだねぇ」
「まこと楽しみでございます。美しいお姉様と電様が見られることは、既に決まっているようなモノ」
「うんうん、どんなのでも似合うだろうからなぁ。トレーニングウェア兼用とかだと競泳水着かな。それはそれでヨシ!」
グレカーレと白雲がニッコニコで見送ったのを、深雪と電は苦笑していた。そんなにいいモンかと深雪は電に聞くが、どうなんでしょうも返しつつも、深雪のファッションショーでは内心盛り上がっていたため、2人の気持ちは割と理解出来ている電であった。
トレーニングウェアも兼ねた水着であることもあり、2人が着てきたのは、グレカーレの予想通り競泳水着である。スキャンプやレーナ、潜水鮫水鬼が近しいモノになるが、やはり大人の深海棲艦の身体でそれを着ているということで、雰囲気は大きく変わる。
「……素晴らしい……」
白雲はただ一言それで終わった。感無量と言った感じで、プルプルと震えている。
「えっろ……ううん、すごく似合ってるね。眼福眼福」
グレカーレは舐め回すような視線で2人を眺める。特に電の胸。深雪よりも豊かになったそれが競泳水着に押し込められている様子を目に焼き付けるようにし、小さく頷きながらも手をワキワキとさせていた。
「下心見え見えだぞグレカーレ」
「あ、あまりそういう目で見ないでほしいのです……」
「見るなって方が無理。2人共自分の魅力に気付いた方がいい。わからないならそのでっかいの揉みしだくぞ」
「やめろ」
ただ水着を着ただけで騒がしくするグレカーレだが、そんな様子も周囲を明るくし、イイ雰囲気を作るにはちょうどいいモノ。
深雪と電の海中戦仕様は、瞬く間に仲間達の目に入り、そして注目を浴びることになる。特に電。
「よし、じゃあまた仕事すっか」
「なのです」
身体を軽く動かして、準備運動をしてから前に進む深雪と電。その様子すらニコニコしながら眺めているグレカーレと、手を合わせてすらいる白雲。
「あ、そういやさ、海の上の方はどうよ。あたし達、多分ここからしばらくは海の中の作業になると思うから、そっちのことも知っておきたいな」
「んー? 海の上は中よりは落ち着いてるんじゃないかなぁ。この前の戦いの残骸は散らばってるけど、どっちかっていうと穢れの方が多いね。というかだだっ広すぎて作業全ッ然終わんないんだよ。あまりにも多すぎて、何処も気が抜けなくてねぇ」
グレカーレがちょっと嫌そうな顔をしていた。何処を見ても穢れ穢れ穢れ。まるでタンカーから重油が漏れ出したのではないかというくらいに、あらゆるところに穢れが発生しているという。そして残骸も当たり前のように浮いているという、まさにゴミ屋敷ならぬゴミ島。
戦闘中には注視出来なかったが、この島の近海はあまりにも汚い。表からは見えていないだけで、海中に沈んでいる残骸が常に穢れを発生させ続けているせいで、その影響が海上にまで及んでしまっている。
グレカーレと白雲は、既に残骸集めよりも穢れの取り除きの方に手を出しており、これからの後始末作業も、濾過装置による海水の浄化をメインにやっているくらいだ。
穢れがよく見えるようになるメガネをかけて、ニッコニコで『似合う? 似合う?』としきりに聞いてくる。深雪も当たり前のように似合うぞと返すと、自分で言ってきている割には少し照れくさそうにしていた。
「ミユキも見てみなよ、この海の汚さ」
グレカーレからメガネを借りて工廠から外を見ると、思わずうわっと声が出てしまった。それくらいに汚い。目に見える穢れも、見えづらい穢れも、あらゆる場所にこびりつくように浮かんでいるせいで、今からこの海に入っていくというのに抵抗が出てしまうくらいである。
「ですが、この穢れを取り払うことが出来れば、彼奴の痕跡を全てこの世から無くすことが出来るのです。力も入りましょう」
白雲もメガネをかけて穢れを眺め、何と汚らわしいことにと小さく呟いた。それを後始末しようと気合が入っていることからして、白雲も今や一人前の後始末屋である。
「範囲が本当に広いからね。で、障害物も何も無いから、サボってると嫌でもバレるからさ、ある意味気合入れないと」
「サボるつもりだったのかよお前」
「違う違う。どっちかって言ったら、他の面子の監視だよ。ほら、例えば、アレとか」
そう言いながらグレカーレが指を差すのは、浜風である。忌雷の件でいろいろあり、この後始末作業を罰則からの更生の一環として参加させられているが、その手の動きはぎこちない。
自分が間違っていたと突きつけられたことで、どうしても落ち込んでしまっており、それから立ち直れていないというのもある。定期的に神威の癒しの『排煙』を受けているようだが、落ち着くのと立ち直るのとでは話が変わる。
「あとやっぱり、こういう作業中だからさ、これまでと違う感じになってると、結構わかりやすいんだよねぇ」
そして別の場所に目を向けると、深雪と電もえっと声が出てしまった。
そこにいるのは、高波と一緒にいるムーサと副官ル級。しかし、
その3人も海に出られるということで作業をしている。特にムーサは、終わった戦場に忌雷がいないかを確かめるためには必要不可欠な存在。なのだが、どうもその動きがぎこちないようにも思えた。
「……何かあったのか?」
「いやぁ、あたし達にはわかんないんだよね。何かあったか聞いても、何でも無いの一点張りで。特にムーサ、ここのところずっと忌雷を食べてないみたいでさ」
「あれだけ馬鹿喰いしてたのにかよ」
逆に心配になるような話である。深雪達が休んでいる間に何があったのか気になるレベル。
ここでムーサの変調に気付いてしまったことから、極少数しか知らない忌雷の真実について触れかけてしまった深雪と電。
だが、それを聞き逃すわけがないのが、いつものおばあちゃんである。
海中でやってたら気付かないけど、海上にもそういうのによく目が行く子がいるんですよ。グレカーレはそういうところの注意力が凄いですからね。