後始末屋の特異点   作:緋寺

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更生の兆し

 昼からの作業も、相変わらず変化無し。ただひたすらに、海中に溜まっている阿手の痕跡を無くしていくのみ。

 深雪と電は煙幕をまだまだ出しているのだが、今日は港近海を包み込むことが出来れば充分だと、伊203や伊26から指示を貰っている。煙幕を出すことは、後始末作業よりも体力を使うこと。今でこそまだ普通に動けるが、途中で突然気絶される可能性も無くはない。そのため、体力を使い切る前にうみどりに戻れるようにしておかねばならない。

 

「やっぱ範囲デカいな……港の近くを埋め尽くすだけでも、今日中に出来るかわからねぇよ」

「なのです……本当に終わってる感覚がしないのです」

 

 海上で時雨が言っていた通り、風景がほとんど変わらない。そのせいで、メンタルに少しずつ疲労が蓄積していく。

 

「でも、泣き言なんて言ってられねぇな」

「少しずつでも終わらせないと、いつまで経っても減らないのです」

「だな。海ン中のみんなも頑張ってることだしな」

 

 周囲を見回すと、今は潜っている潜水艦娘全員が港近海で作業中。おおわしの海防艦達も、これは早々に片付けなければならないと察したか、総動員で残骸を掻き集めては、海上にいる仲間達に運んでいた。

 海防艦の潜水艇は、艦娘よりもモノを持ち運びするための力は大きい。むしろ、それ用のアタッチメントを装備してきている。艦娘達が手作業で行う持ち運びを、まるでショベルカーのように大きく根刮ぎ持っていくことが出来るのは、後始末屋としても非常にありがたい。

 

「おう、お前が手伝ってくれてんだな」

 

 その手伝いの中に、潜水鮫水鬼の姿を見かけた深雪。話しかけると、ビクッと震えてから、少し怯えたように振り向いた。

 折られた両腕両脚は自己修復で完治しており、テキパキとは行かずとも、確実に作業としては出来ている。

 

「は、はい……」

「素人かもしれねぇけど、少しでも拾い集めてくれてるなら、作業はあたし達だけでやるよりも確実に速くなるんだ。助かるぜ」

「はい……あたいも精一杯、や、やらせてもらいますんで……」

 

 最初を知る者からしてみれば、この変わりようは異様とすら思える。しかし、こうまでしないと考え方を変えようともしなかったということもあり、実行した伊203も、それを悪いことだとは思っていない。

 

『深雪のあねごー、あっちの方、まだ煙幕が足りてないみたいでっすー』

「うお、マジか! 悪いなよつ、すぐやってくらぁ。電、行くぞ」

「なのです!」

 

 第四号海防艦に言われ、港近海の隙間に煙幕が届いていない場所があったらしく、すぐにそこへと向かう。そういう僅かな綻びから、起きてほしくないことが起きてしまったりするモノである。

 

『あれが、特異点でっす』

 

 急いで向かう深雪達の背中を見送る潜水鮫水鬼に、第四号海防艦は子供っぽく、しかし真理を知るかのように言う。

 仲間になったのならば、それが元敵だとしても、こうして仲良く話しかけてくれるし、礼だって躊躇いなく言う。

 

「……特異点は……悪なんじゃないのかよ……」

『そんなわけないんでっす。悪だったら、お掃除だってサボると思いまっす』

「……あたいみたいに……ってか」

 

 その言葉に返答は無いが、少なくともこの悲惨な状況になっている港近海を見て、放り出すこともせず、むしろ躍起になって片付けをこなしている様を見れば、ついさっきまでの自分がどれほど酷かったかが嫌でも理解出来るはずである。それすら理解出来ないようにしていたのが、阿手の洗脳教育ではあるのだが。

 伊203によって刻まれた痛みと苦しみによって、潜水鮫水鬼は視野が拡がっている。自分のことしか見えてなかったさっきとは違った。

 

「……じゃあ、アレを悪だって教えられたのは、何だったんだよ」

「テメェのBoss張ってたクソババアが、特異点が自分にとって邪魔だから、テメェら使い捨ての道具をいいように使うために勝手に並べ立てたんだろうよ」

 

 潜水鮫水鬼の疑問に、スキャンプが答えた。

 

「直に見たなら、もうわかんだろ。アイツは悪じゃあねぇ。ただの甘ちゃんではあるけどな」

 

 スキャンプも素直では無いが、少なからず深雪のことを仲間とは思っているようで、それを悪だと断じるようなことは絶対にしない。殴り合いの喧嘩をしている悪友、スキャンプにとっては次は絶対勝つと思えるようなライバルのようなイメージ。考え方自体は、時雨に近いか。

 

「わかったなら手ェ動かせ。まだまだゴミはアホほどあるぞ」

「……わかってらぁ」

 

 やはり、潜水鮫水鬼の考え方は変わりつつある。おおわしに収容されているカテゴリーYの中でも、特に早く心を入れ替えそうであった。

 

 

 

 

 第四号海防艦に言われて向かった場所は、確かに他と比べて煙幕が薄かった。大体同じくらいに撒いているはずなのだが、それなのに密度が違う。

 

「こりゃあもしかして、奥に空洞とかあったりするか……?」

 

 残骸だらけで奥まったところが見えていないが、煙幕はそちらの方に流れていってしまっており、表面上は他より薄くなってしまっているのではないかと考えた深雪。

 

「ニムちゃんに聞いてみますか。『ソナー』があれば、この奥もわかるかもなのです」

「だな。ひとまず煙幕を増やして……っと」

 

 薄くなっているところに追加で煙幕を撒きながら、伊26を呼ぶ2人。

 

「どうしたの?」

「ここ、残骸で埋まっちまってるけど、奥に空洞とかないか? 煙幕が変に薄くなるみたいでよ」

「空洞? あー……うん、確かに、ここだけ穴が空いてるみたいになってるね」

 

 伊26の『ソナー』にかかれば、それもあっという間にわかる。残骸は大小様々なサイズでそこにあるが、それが綺麗に折り重なって、その空洞の入り口を埋めるようになってしまっているようだ。

 その奥に何があるのかと言われたらそうでも無さそうだが、伊26はそこから別の悪い可能性について話す。

 

「奥の空洞に穢れとか溜まっちゃってるなら、そこから深海棲艦が生まれることはあるよ。むしろ、他より生まれやすいかも」

 

 煙幕を撒いているのは、あくまで阿手の残した忌雷や『舵』を消し飛ばすため。穢れを浄化するためではないため、こうして安全な海底にしていたとしても、長年で溜まり溜まった穢れはその場に残ったままだ。それをどうにかするためには、海底用の濾過装置が必要。

 しかし、濾過をするためにもまずはこの残骸を退かさなくては話にならない。装置がそこまで届かないのだから。

 

「じゃあ、まずはここを優先的に片付けた方がよさそうってことだな」

「だね。ちょっと人数揃えよっか」

「それがいいのです。みんなでここの残骸を取り除いちゃうのです」

 

 ここから、この謎の空洞を後始末するために、全員の力を結集して片付けを開始する。伊203も呼ばれてこの場所を見ただけで、早めにやった方がいいと言う程なので、速さ重視で考えてもかなり危険な場所になってしまっているようだった。

 

「こんな状態になってる海底は初めて見る。()()()()()()()みたい」

「だよね……島の後始末なんて初めてだし、いつも見てる海底とは全然違うよ」

 

 熟練者である伊203と伊26も、こんな状態の海底を見るのは、後始末屋を始めてから初めてだと語る。激しい戦い、大規模の現場であれば、大きい残骸が海底まで沈んでいるようなことは多くあるが、横穴を埋め尽くすような拡がり方はまずない。これが長年の蓄積かと眉を顰めるほど。

 

「……むしろ、ここで深海棲艦が生まれたから、穴が空いてるなんてことはあるんじゃないないか?」

「普通にあり得る。地面を抉りながら生まれるなんてのは聞いたことないけど、これだけ穢れが溜まってるなら、考えられること」

「で、その生まれた深海棲艦を使って、次の実験とかをしてたってわけか。やっぱりここが畑になってるじゃねぇか」

 

 深雪すらその辺は察することが出来る。非常に悪辣なマッチポンプ。自分で深海棲艦を生み出し、自分で深海棲艦を撃破し、自分で深海棲艦を材料にし、そして自分でこの場所に残骸を投棄する。最低な循環である。

 

「そういえば……たまに港の辺で深海棲艦が出たって大騒ぎになってたけど、すぐに斃されたから心配はいらないみたいなこと、あったね」

 

 その話を聞いたことで、レーナがかつて島で起きたことをいくつか話してくれる。

 学校で授業中に、港で深海棲艦が現れたとサイレンがなったものの、すぐにそれは終わり、危険に晒されるようなことは無くなったと。怪我人もなく、島の守り神が討ち倒してくれたのだと、信仰を強くするようなやり方。今考えれば、その全てが自作自演だとわかる。

 

「……あたい、ガチで守り神様のこと信じてたんだけど」

「つい最近まではアタシもだよ。でも、これでタネも仕掛けもわかった。全部でっち上げだったんだ」

「巫山戯んなよ……クソ……」

 

 現実を見ることで、潜水鮫水鬼に施された洗脳教育は、トラウマではなく自らの力で破られる。それは、米駆逐棲姫の時と殆ど同じ。事実を知れば、矛盾に気付く。目を逸らすことをしなければ、それは自ずと見えてくる。

 

「とりあえず片付ける。こうしてる間にも、穢れは溜まる一方。余計な作業が増える前に、綺麗にした方がいい。終わるのが遅くなる」

「だな。今まさにこの空洞の向こうで生まれようとしてるかもしれねぇ」

「他は後回しにしてもいい。ここだけは最優先」

 

 伊203も、この場所は放置しておくわけにはいかないと判断。全員の力を合わせて、すぐにでも綺麗にしようということとなった。

 

 

 

 

 この作業は夕暮れ時まで続き、何とかこの日中に空洞を表に出すことには成功する。中で深海棲艦が生まれているなんてこともなく一安心はした。

 この作業によって、潜水鮫水鬼は確実に更生の兆しが見えた。怒りを露わにしながらも、その矛先は特異点ではなく阿手に変わり、二度と同じようなことがないようにと片付けに専念する。愚痴はあっても、手は動かしていた。

 




港にはこういう場所が其処彼処にありそうなので、この日の作業はこれに費やしたけど、まだまだやらねばならないことは沢山。忌雷の真実の件も、今は後回しにしちゃってるだけだし。
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