後始末屋の特異点   作:緋寺

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増える仲間達

 夕暮れ時にまでなってくると、海中はかなり暗くなる。昼間は時間の感覚が失われるが、港近海のように少し浅いところだと、ギリギリ海上の状況がわかるくらい。海面が赤く染まっていることもあり、今日の作業は終了となる。

 本日の後始末は、残骸で埋まってしまっていた空洞を1つ掘り返すだけで終わってしまったが、この前例を知ることが出来ただけでもヨシとした。

 

「今日のところは、ここが掘り返せただけでも充分だな」

「なのです。でも、ここ以外にもダメなところはいっぱいあると思うのです」

「明日以降に探すしかないな」

 

 基本的には煙幕をばら撒き、妙に薄くなってしまっている場所には、伊26の『ソナー』で確認、空洞があるような場所は最優先で片付け。翌日以降はこの流れで進めていくことになるだろう。

 穢れが変に溜まってしまうような場所は、そこから深海棲艦が生まれる可能性が高くなってしまう。それを防ぐためにも、この作業はすぐにでも進めていきたい。

 

「煙幕は全部撒き終わったよな。隙間なく」

「見た感じは……ですけど」

「大丈夫。確認してきた」

 

 伊203がこの港近海は全て煙幕による処理が行き渡っていることを確認している。それにより、忌雷が潜伏しているようなことも、『舵』が仕掛けられていることも、今は無いと断言出来る状態に。

 しかし、穢れに関しては煙幕を使ったところで浄化出来るわけでは無い。それはそこに自然に生まれてしまうモノ。阿手の行いによって蓄積されてしまってはいるが、阿手が新たに生み出したわけではない。今の世界では、戦いの痕跡から穢れが発生してしまうのは摂理であるため、阿手の完全否定では消すことが出来ない。

 

「フーミィ、途中でうみどりに戻ったよな。アレ、何か取りに行ってたのか?」

「ん、海中で使える濾過装置。残骸退かしながら穢れも取ってた」

「はは、流石フーミィだ。あたしはそこにまで気が回らなかったぜ」

 

 この空洞の中に溜まりに溜まった穢れは、いつ深海棲艦を生み出すかわからない。だったら、作業しながらでも穢れは浄化するべきである。残骸が積もり積もっていたこともあり、運び出すことを最優先にしていたが、少しでもその空洞に入り込める余地が出来たなら、すぐさま濾過装置を使って海水を浄化する。今ではこの空洞も、安全とは言い切れないかもしれないが、少なくともいきなり深海棲艦が生まれるみたいなことは無くなる。

 

「明日も同じようなことをする。深雪と電には煙幕を撒いてもらって安全な作業環境を作ってもらう。こんなところがあるなら、他にも穢れ溜まりがあってもおかしくない」

「だな。じゃあ、あたし達とニムで島の周りを見て回るか。作業が多そうだってところに差し掛かったら呼ぶって感じで」

「それが一番速い。速くて、みんなが安全」

 

 速さはさておき、安全であることは重要。特に今回は作業が出来るなら素人でもやってもらうくらいの流れだ。レーナと鮫がその筆頭。更生という名目はあるが、この作業量からして、藁をも縋る思いがそこに含まれているのは間違いない。

 

「もっと速く動ければいいのですけど、雑に撒いたら意味がないですからね……」

「そこは丁寧にやる方が速い。大丈夫、そこまで急かさないから」

「急がば回れ、ですね。ゆっくりの方が得てして速いモノなのです」

 

 そんな話をしている中、初めて後始末という作業をこなしたレーナと鮫は、疲労がかなり蓄積されたことで言葉も無かった。

 残骸を集め、海上に運び、そしてまた同じことを繰り返す。それだけの作業をひたすら続けることの凄さを、身を以て経験したことで、後始末屋への認識がまた一つ改められている。

 

「……すごいね……この作業をずっとやってきたんでしょ?」

「そうだねぇ、ここまで大きいことは珍しいけど」

「小さくたって凄いよ。ただのゴミ集めじゃないんだから。危険と隣り合わせなわけだし」

 

 レーナは本心から感心した声で話す。戦いとは離れた場所にあるもう一つの戦い、次の戦いが起きないようにするための仕事は、むしろ戦いよりも過酷なのではないかと感じる程。

 

「アンタも、流石にわかってきたんじゃない?」

 

 潜水鮫水鬼に問うレーナ。トラウマを刻まれたことで真面目に作業をするようになった潜水鮫水鬼だが、そうしたからこそ後始末屋が他では出来ないようなことをやっていることを理解する。そしてそれ以上に、特異点の善性を思い知ることになっていた。

 

「……あたい、マジで誤解してたんだって、わかったかもしれない。特異点が悪なんて、この作業を見たら言えない」

「だよね。島の教えが、どこまでも自分勝手なモノだったんだって、わかったよね」

「……ああ、わかった。少なくとも、特異点は悪じゃない」

 

 潜水鮫水鬼も更生の道をしっかり歩くことが出来ている。しかし、これまでのことから、申し訳なさという新たな感情も芽生えている。

 

「……その、ごめんなさい、特異点。あたい、やっと間違ってること、気付きました……」

 

 トラウマからどうしてもビクビクしてしまうが、ようやく面と向かって謝ることが出来た。そう出来ただけでも大きな変化である。

 

「構わねぇよ。誰が悪いかっつったら、お前じゃなくて阿手だ。全部あいつのせいでいい。クソ巫山戯た理由で、どんだけの人達を巻き込んだんだって話だからな」

「だから、謝らないでください。貴女も被害者なのです。わかってくれればそれでいいのです」

「……ありがとう、ございます」

 

 少し泣きそうな潜水鮫水鬼だが、ここから新たに決心する。

 

「あたい、他の連中にも説得してみます。あっちの艦に入れられた奴ら、みんなあたいみたいな奴だから。特異点がこれだけの作業をしてるのに悪人扱いは間違ってるって」

「ありがとな。そうしてくれると、マジで嬉しい。でも、それで聞くような奴らか? お前も危なかったりしないか?」

「あたいはもう地獄を味わってますから……」

 

 そう言いながらチラリと伊203の方に視線が行く。すぐに逸らすが、わかる者にはなるほどと納得出来ること。

 

「よし、それじゃあ今日のところは一旦終わりだな。戻って休もうぜ」

 

 海中での作業は終了。次はまた明日となる。深雪と電は完全に潜水艦隊の一員として活動することが決まった。

 

 

 

 

 うみどりに戻ると、海上の面々もほぼ全員が戻っていた後。全員が疲れた顔をしているが、まだまだ心が折れるようなことはない。愚痴は出るかもしれないが。

 

「……ふぅ……やべ、やっぱかなり疲れてるな」

「なのです……煙幕を出し続けましたから」

「そういうこともあって、2人は明るいうちだけの作業をしてもらうつもり」

 

 工廠に上がったところで、深雪も電も2人揃ってフラつく。倒れる程ではないが、疲れたというのを体現するくらいには。

 煙幕を出し続けるというのは、それだけでも消耗が激しい。丸一日なんて出来るわけがなく、半日ですらここまで大きく疲労が溜まる。

 

「そうしてくれると助かるぜ。あたし達にしか出来ない作業なのはわかってるけどな」

「やりすぎたら本当に倒れちゃうかもなのです」

「倒れないギリギリまで搾り取るから」

「言い方」

 

 阿手の痕跡消しが出来るのは深雪と電だけ。そして、それをやらねば作業に危険が付き纏う。2人は仲間のためにも力を振り絞ることだろう。

 頼りすぎることは良くないとわかっているが、そこは適材適所。煙幕を任せる代わりに、他の作業は伊203達が責任を持って進めていく。そこまで特異点の手を煩わせない。

 

「そんなみんなに朗報よ」

 

 疲れている仲間達に、伊豆提督が笑顔で話を始める。

 

「明日の朝に、別の後始末屋がこの島に合流することが決まったわ。今は大急ぎでこちらに向かってくれてるの」

 

 瀬石元帥の計らいで、今この海を綺麗にしている後始末屋が、ここに集結するという運びとなっていた。その予定は少し前に決まっていたが、管轄海域などの都合上、ここに来るまでにどうしても時間がかかってしまった。

 だがそれも、後少しの話。この一晩のうちにここまで辿り着いてくれるらしく、朝には2つの後始末屋がこの海に現れるのだと言う。

 

「作業員もこれで倍以上になるわ。それに、他の後始末屋もこちらの事情は理解してくれてる。だから、海の上や中で顔を合わせても、何も気にせず一緒に作業をしてちょうだいね」

 

 事情を理解しているというのは非常に大きい。今のうみどりは深海棲艦の姿をする者もいるため、そこを誤解されないというのは説明が省けて気も楽である。

 特に特異点については、裏切り者鎮守府の件で素性を晒し、そしてその戦いの中で信用も勝ち取っている。どの組織にも認められた存在として、むしろ一度お目にかかりたいと思う者もちらほら。

 

「海の中の戦力もこれで増やせるわ。作業効率は大分上がるでしょう」

「マジか、そりゃありがてぇ」

「みんな仲良く出来るわ。これで少しでも早く終われるといいんだけれど」

 

 今はとにかく海中の残骸をどうにかしなければならない。そこの戦力が増えるというのは、非常にありがたいことである。

 今日だけでも、仕事をこなしていくのに相当時間がかかっているのだ。その作業スピードが何倍にもなるのなら万々歳。

 

「それに、もう少ししたら大本営からも援軍が来るわ。そちらは主に島の中についての作業をしてくれる。アタシ達には出来ない、爆弾の解体とかになるわね」

 

 水爆を処理する班も、近日中に到着するという。出来ればそれまでに、近海をある程度安全にしつつ、島内の後始末も少しずつ進めていきたいところ。特に地下施設の安全性は、調査隊も総動員で確認しているところであり、ほんの少しの危険もなく、作業に取り掛かりたいと考えている。

 

「まだまだ始まったばかりだけれど、みんなで力を合わせてこの島を綺麗にしていきましょう」

 

 伊豆提督の言葉に、仲間達がワッと盛り上がった。まだまだやる気は落ちていない。作業が終わらなくても、いつ終わるかわからなくても、士気だけは高い。

 

 

 

 

 後始末は、仲間を増やしながら、止まる事なく続いていく。

 




次回、2つの後始末屋が合流します。とはいえ、ほとんどがモブだと思っていただけると幸いです。重要なところは名前がでますけどね。
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