午後からはスタミナトレーニングを行うと聞くものの、仲間の駆逐艦達の様子がおかしかったことから不安が煽られる深雪。詳細は結局語ってもらえず、昼食後にそのままその時間になった。
昼食は相変わらず非常に美味であったが、だからといって気持ちが休まらない時間。その中で、深雪の前に那珂と酒匂がやってきた。
「深雪ちゃん、聞いてると思うけど、午後からはスタミナトレーニングをするからね♪ 受け持つのは那珂ちゃんと酒匂ちゃん。これも聞いてるよね?」
「ああ、聞いてる。でも、みんなが物騒なこと言うんだよ。死にはしないとか、骨は拾ってやるとか」
「んー、ちょーっとハードかもしれないけど、大丈夫大丈夫! 楽しく元気に出来るように、那珂ちゃんが考えた最高のトレーニングだからね♪」
ウィンクするほどに自信満々。楽しく出来るというところをやたらと強調する辺り、ハードだけど大丈夫であるということを前面に押し出したいようである。
「ハードなのは酒匂も認めるけど、トレーニングとしてはすっごくイイから安心してね」
酒匂も念押し。むしろ、ここまで言ってくることの方が怖くなってくるもの。深雪は不安の表情を隠さなくなった。
「あ、そうそう、午後は着替えてきてね。流石に制服のままでやるのはちょっと違うと思うから、トレーニングウェアでね」
「そういやクローゼットの中に用意されてたな……ん、わかった。ハードってことだし、運動するってことだよな。動きやすいカッコの方がいいってことだ」
「そうそう。それじゃあ、後からよろしくね♪」
ニコニコしながら手を振って食堂から出て行く那珂と酒匂の背中を目で追いながら、不安はあれどコレを乗り越えなければ後始末屋としてのスタート地点にも立てないだろうと思い、気合を入れて立ち上がる。
どれだけハードであっても、自分ならやれる。先程の海上歩行訓練でも、大波の中で突然手を離されるというとんでもないことをされつつも乗り越えられたのだ。ハードなスタミナトレーニングであろうが関係ない。そう考えながら、自室に戻った。
それを見た仲間達は、とにかく頑張れと声援を送ることしか出来なかった。
言われた通りにトレーニングウェア──簡単なシャツと短パン──に着替え、トレーニングルームに訪れた深雪。神風の案内でその部屋の中は一度見たことはあったが、改めて見るとすごい設備だと実感する。
ランニングマシンやフィットネスバイクのような持久力を鍛えるモノから、チェストプレスやレッグカールマシンのような筋トレ器具まで、まるでスポーツジムの如く揃っていた。それも、その全てが1つではなく2つ。競い合うことも出来るようにしていることで、互いに刺激しあってより効率的に自分を鍛えられるように考えているとのこと。
そこには割と気合の入ったウェア姿の那珂と酒匂が待ち構えていた。
「はーい、深雪ちゃん待ってたよ♪」
「頑張ろうね!」
スポーツドリンクやタオルまでしっかり用意されて、今からガッツリやる気満々とわかる。それも、用意されている量が想定の倍以上。
「えーっと、まずどういうことすんのかな。ここにある機材使ったり? スタミナだったら、あの走るヤツとか」
「それでもいいんだけど、ただ走ってるだけじゃ楽しくないと思って、那珂ちゃん考案のトレーニングをしようと思うよ♪」
来てと言われて向かったのは、トレーニングルームの中でも少し開けた場所。機材がなく、マットが敷かれた空間である。
ここでは機材を使わないトレーニング、例えば体幹トレーニングなどが行なわれる場所。今はここにいないが、潜水艦の2人がここで体幹トレーニングをする姿がよく見られるらしい。
「まずはストレッチね。急に動いたら身体が壊れちゃうかもしれないから、よーく伸ばしておこうね♪」
「酒匂が手伝ってあげるから、ちょっと入念にやっちゃおうね♪」
言われるがまま、酒匂に押されてストレッチが始まった。いわゆるペアストレッチというもので、全身がこれでもかというほど解れたことで、今の深雪はかなりリラックスした状態に。痛気持ちいいというのを初めて体験し、これなら定期的にやってもいいと思えるほどだった。
ただ、間違いなくコレでは終わらない。ストレッチの前に、
「よーし、全身解れたね♪」
「なら、本番行けちゃうね♪」
「だよなぁ。ここからが本番だよなぁ」
ストレッチだけでも軽く汗ばむ運動。身体を解しつつ、適度な運動になっている。だが疲れは殆ど無い。むしろ調子がいいくらい。
「ずっと言ってるけど、どうせなら楽しみながら鍛えられる方がいいよね♪ だから那珂ちゃん考えました。スタミナを鍛えながら、しかも全身運動になる最高のトレーニング方法を! それは……!」
「それは……?」
「
ポカーンと口をあんぐり開いてしまった深雪。まずアイドルという存在がちゃんと理解出来ていないのに、活動とまで言われるとさらに理解が出来なかった。
「ごめん、よくわからない」
その気持ちが素直に出てくる。それを聞いても、那珂は自分のスタンスを崩すことはない。
「アイドルっていうのはね、歌ったり踊ったりしてみんなを楽しませる人のことを言うの。那珂ちゃんは艦隊のアイドルだから、そのために
ダンスとはすなわち全身運動。振り付け次第ではステップを踏む脚だけでなく、腕も身体も鍛えられる。
那珂はそれが確実に役に立つと熱弁し、その圧もあって深雪はそうなのかと納得させられていった。
しかし、深雪にはまだまだわからないことが沢山ある。それこそ、まず踊るということ自体がよくわかっていないのに、振り付けだのどうのは尚のことわからない。
「踊るってどうすりゃいいんだ?」
「そこで酒匂の出番! みんなで同じダンスをしようね。振り付けを教えるから、深雪ちゃんは見様見真似してくれればいいよ!」
全くわかっていないが、ひとまずここでも言われるがままに振り付けを教わる深雪。動き自体は難しいことをするわけではないのだが、自分を大きく見せるような動きや、とにかくステップが速い動き、音楽に合わせてタイミングを合わせる動きなど、状況によってまるで違うことをしなくてはならない。
「え、めちゃくちゃ難しくね?」
「慣れない内は難しいかもしれないけど、音楽に合わせて身体を動かすだけでもそれっぽく見えたりするから、そこから慣らしていけばいいよ♪」
酒匂に言われてとりあえずやってみる深雪。曲はゆったりしたものからスピード感が溢れるものまでさまざまあるようで、まずはゆっくりの曲から。
「わぁ、深雪ちゃん上手! ちゃんと音楽通りに動けてるよ!」
「こ、これ、集中しないとズレる……!」
那珂は深雪を褒め称えるが、深雪は真剣そのもの。やればやるほど表情も動きも固くなっていく。
「深雪ちゃん、スマイルスマイル♪」
「笑えって言われてもだなぁ!」
「アイドルは笑顔が一番だよ♪ もっと可愛く、振り付けも大きくして♪」
思った以上にハードであることを今更ながら実感した深雪。隣で同じように身体を動かしてくれている酒匂は目指さなくてはならない表情と動きを完璧にこなしているのだが、そろそろそれを見ている余裕すら無くなりそうである。
とにかく考えることが多い。曲を耳で聴き、そこから振り付けを思い出し、それに合わせて身体を動かす。それだけでも頭がパンクしそうなのに、曲の移り変わりが速いと、考える速度も上げなくてはならない。
「ちょっとステップが間違ってきてるよ。右が先だからね」
「うえっ、マジか!」
少し焦り出すと、覚えたはずの振り付けが間違ってくる。立て直しが難しい。そしてまた焦りが強くなる。この悪循環から抜けるのは非常に難しい。
そして、このトレーニングの真骨頂、スタミナトレーニングとしての性質は、ここからにある。那珂も酒匂も、
疲れてくると当然、振り付けは少しずつ雑になっていく。しかし、那珂と酒匂はそれを許さない。即座に指摘し、キレの良さを維持させる。それがさらに体力を削る。
どちらもまだ汗ひとつかいていない辺り、相当なスタミナがあることが窺える。しかも、どちらも今のトレーニング、いや、
「ちょっ、これ、そろそろ休憩を……」
「深雪ちゃん、スマイルスマイル♪ 笑顔が無くなってきてるよ!」
「腕が上がってないよー! もう少し素早くね♪」
「なんだコレ地獄か!?」
ここでようやく、子日が言っていた『骨は拾う』の意味がわかった。時間いっぱいまで、休憩無しで踊らされ続ける。それこそ、気を失うまで。下手をしたら、気を失っても無理矢理起こされて踊らされる。
「うぇっ!?」
疲労が蓄積したことで足が縺れてしまい、ステップどころか体勢を崩してしまう深雪。しかし、すかさず那珂が倒れないように身体を支えた。
「危ない危ない! 足は歌って踊れるアイドルの生命線だからね♪」
「ご、ごめん、ちょっと足が動かなかった」
「じゃあ、また最初からやっていくよ♪」
それでも休憩に入らないところで、深雪は顔面蒼白になった。死にはしないだろうが、これはあまりにもハード。ハードという表現が正しいかもわからない。
しかし、この地獄のようなレッスンでわかることもある。那珂も酒匂も、練度が異常に高いことだ。
これだけ動き続けてもキレはそのまま、深雪のことを気にかけながら動けている辺り、そのスペックは平均的に高い。自分の振り付けを間違えず、しかし他の振り付けの間違いに気付けるということは、思考と行動を切り分けて出来ていることに他ならない。
「くっそ、負けてたまるか……!」
疲労は溜まっているが、これはスタミナを鍛えるために考えてくれたトレーニング。これを乗り越えなければ、後始末屋としての仕事なんて出来ない。そう解釈して、深雪はさらに奮起する、
そんな深雪を見て、那珂も酒匂も大喜び。
「わぁ♪ いい意気込みだね♪」
「それじゃあ、少し速い曲にしてみよっか♪」
「それは勘弁してくれ!」
結局、トレーニングとして取られていた時間、深雪は殆ど休憩することなく、踊り続けることになった。
「何事もやりすぎは良くないと思うのだが、何か弁解はあるか」
その後、筋トレに来た長門がこの部屋の大惨事を見て溜息をつく。深雪は限界を超えた踊りを見せ続けた結果、真っ白に燃え尽きたように倒れていたからだ。
「深雪ちゃん、本当に筋が良くって、つい♪」
てへぺろと舌を出して可愛らしく長門に話す那珂。深雪も負けず嫌いなところが出てしまったか、意地になっていたため、素人なのにもかかわらず、無理をしすぎてしまったようである。
酒匂はその深雪を風呂に運んでいるところ。説教は那珂だけが受けている状態。
「でもでも、深雪ちゃんってばすごいんだよ。那珂ちゃん達がこうやってみようって教えたこと、すぐに覚えていくんだ。最後の方なんて、今日覚えたばかりのステップ完璧に踏めてたし!」
「……そういうことじゃあ無いんだがな」
呆れて物も言えなくなる長門。だが、すぐに表情が変わる。
「つまり、お前から見ても」
「うん、深雪ちゃんは何の心配も無いよ。アイドル活動も楽しんでくれてたみたいだし♪」
「楽しんでいたかどうかは本人に聞くが……」
はぁ、とまた深く溜息を吐く長門であった。
アイドル活動がハードなのは周知の事実。崖登ったりとかしないといけませんもんね。