後始末屋の特異点   作:緋寺

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仮想とはいえ

 午後からは元々の予定通り、深雪と電のVR訓練。いち早く練度を上げる必要が出てきているため、これからは優先的に二人がここで訓練を行うことになっていた。

 仮想空間を操作する別室には、いつも通りイリス。そしてさらに神風が陣取った。深雪と電の訓練に指示を出すため。今回は仮想空間ではなく外部からの指示。

 

 代わりに一緒に仮想空間にダイブするのは、神風以外の駆逐艦()()である。

 

 仮想空間に入ることが出来るのは、機材の関係上6人まで。一部隊の最大人数までとなっている。連合艦隊の訓練は出来ないものの、ここで艦隊運営の訓練まで出来るようにはされていた。

 今回は流石に部隊による艦隊運営を訓練するわけではないが、深雪と電のVR訓練を手伝うために、駆逐艦の会が総出でやってきたということになる。勿論、伊豆提督からの許可は下りている。

 

『深雪、電、聞いているとは思うけど、今日からはこの空間で訓練をしてもらうことになるわ。仮想とはいえ、対人戦になるけれど、覚悟は出来ているわよね』

 

 仮想空間内に響く神風の声に、深雪は当然だと言わんばかりに腕を上げる。電は最後まで及び腰ではあるものの、ここでの演習が必ず役に立つとわかっているため、怖がりつつもやり切る決意をしていた。

 

『それじゃあ相手はどうする?』

 

 これが一番の難題。疑似的ではあるが()()()()をする相手を決めなくてはならなかった。

 深雪はタシュケントを選ぶつもりだったが、午前中の交流で縁が出来たことによって、引け目を感じている。仲間と戦うことによりトラウマが刺激されるため、握手までして仲間として認識したタシュケントを相手にするのは、精神的にも厳しくなってしまっている。

 

 とはいえ、こればっかりはやらねばならないこと。今後どんな闘いがあるかわからない以上、経験出来ることは全て経験しておかなくてはならない。

 カテゴリーMとして、自分の知っている顔をあちら側で見ることになる可能性もあるのだ。相手が誰であっても動揺しないようにするため、先んじて強い刺激を受けておくべきだろう。深雪は自分でもそれは考えていた。

 

「あたしはもう決めてきたんだ。引け目は感じるようになっちまったけど、もしかしたらまたこうなるかもしれない。だから神風、タシュケントで頼む」

 

 深雪は選択を変えなかった。勿論、あの時会っているタシュケントに対しては信頼を置くようにはしているが、わかりやすい目標として据えやすいのはある。

 当然、リアルで殺し合いなんてしない。しかし、仮想敵としてはこれ以上無い存在。秘密組織の一員であり、かつ実力を数値で伝えてくれているのだから。

 

「想定のタシュケントに勝てねぇと、あっちにいるっていう喧嘩っ早い輩には為す術もないだろうからな。艤装を使うことはないだろうけど」

『そうね、それがいいと思うわ。でも、いきなりMAXのタシュケントは出さないわよ』

「あー、だよな。流石に最強のタシュケント相手は無理だ。勝ち目が万に一つもない」

 

 仮想敵は練度も装備も自由自在だ。そのため、今の深雪にあった相手を用意出来る。

 深雪の練度は筋トレやスタミナトレーニングなどで少しだけ上がっていたが、それでも3であったため、仮想タシュケントの練度は5に設定されることとなった。一致させるよりは、少し上くらいを見た方がやる気が出る。

 

『電はどうする?』

 

 続いて電の選択。深雪は考えを変えずにタシュケントとしたが、電は迷いに迷い続け、この場でついに決めた。

 

「そ、それじゃあ……睦月ちゃん、お願い出来ますか?」

「りょーかいなのね!」

 

 あえてここで睦月を選んだのには理由がある。まず風呂で頼まれたらやってくれると直に話していたこと。頼ってくれていいと言われているのに、深雪と揃って違う人選をすることに少々引け目を感じた。

 ここは電の性格が出てしまっている部分である。お願いされたら否定出来ない。いいことであっても悪いことであっても、断るという行為が苦手。

 

 それと、睦月が電と大体同じくらいの体格であること。電はうみどりの中でも特に小柄であるため、最初は近しい体格の者とやり合うのが、恐怖が薄れると考えた。

 深雪の選択したタシュケントは、駆逐艦の中でも屈指の大きさなのだ。『空色の巡洋艦』という異名を持つほどであり、電と比べると頭一つ以上は身長が高かったりする。そんな相手にいきなり立ち向かうのは、電には少々荷が重かった。

 

『睦月、わかってると思うけど、いきなり全力で相手をするのはダメよ』

「当然にゃし。睦月だって最初は手加減から始まったもんね」

 

 甘く見ているとかではなく、本当に実力差があるからである。手加減しなくては演習にもならない。

 睦月でもうみどりの中ではかなり早い段階での所属。駆逐艦の中では二人目である。その分練度は高いし、実戦経験は段違い。電が敵う相手ではないのは確かである。

 

 電の練度は現在2。対する睦月は90を優に超えているため、その分しっかり手加減するとのこと。演習中に電が成長していくようなら、その都度加減を緩めていく。データではなく本人がやるのは、そういう利点もあったりする。

 

『他の子達は、周りで見てあげてね。何か意見とかあれば、その都度言ってあげて』

 

 一緒にダイブしている残りの3人──子日、秋月、梅は、第三者視点として深雪と電の戦いを見定め、いいところ悪いところを口出しする。

 それは基本的には連携する時に関わってくる。演習は一人で戦うのだから問題ないのだが、それに慣れすぎると独りよがりな戦い方になってしまう。駆逐艦は他の艦種と比べるとどうしても非力になってしまうため、連携力を高めていきたい。それを、演習の初めから意識していくことが大切。

 

『それじゃあ、まずは深雪から始めていきましょうか。でも、先に言っておくわね』

 

 すぐに演習を始めるかと思いきや、最後に神風からの言葉。

 

『何度も言われているとは思うけど、ここでやる演習は、現実の身体には影響を与えない。あくまでも技術を学ぶ場よ。だから、現実でもやれることしか、ここではやれない。逆に言えば、ここでやれることは現実でもやれるわ。それを考慮して、まずは()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分は何が出来るのか。それをのびのびとした空間で調べられるのが、仮想空間の強み。何も壊すことはない。自分も壊れない。ならば、極端な話()()()()()()()()

 ダメなことはダメと言ってくれる者達が周りにもいる。だからといって萎縮する必要もない。やっていいことと悪いことの判断も出来ないくらいの初心者なのだから、まずは好きにやる。それでいい。

 

「了解。思うがままに戦ってみる。でも、負けないようにやってみるぜ」

『ええ、それがいいわ。勝つんじゃなくて、負けないことが重要よ』

 

 負けたらそれはイコールで死に繋がることもある。それさえ回避出来れば、次がある。それさえ意識しておけばいい。死なないが、最優先である。

 

「深雪ちゃん、大丈夫なのです……?」

 

 深雪の演習が始まるため、一歩引いたところで少し不安そうに呟く電だが、傍にまでやってきた秋月と梅が肩をポンと叩く。

 

「大丈夫じゃなかったら、私達がすぐに止めに入ります。でも、今は見ているだけで済ませましょう」

「やってみなくちゃわからないこともありますからね。梅達は、まずは見守るだけです」

 

 演習には手を出すことは出来ない。だから見守ることしか出来ない。実戦でもこうなることがあるかもしれないので、事前に慣れておくことも必要である。

 

「何があっても痛くないから、安心していいよ。それがココの強みだよね。ただ怖いだけ」

 

 同じように傍まで来た子日も、そこは強調して話した。仮想空間では何があっても死ぬことは絶対にない。死ぬほどの怪我を負ったとしても痛みすら感じることなく、瞬きする間に修復される。それ故に、多少の無茶は許される。

 刻まれるのは、死に対する恐怖だ。頭が噴き飛んでもすぐに元に戻るとはいえ、噴き飛ぶ瞬間の全てを再現させられているのだから、現実に起きたらこうなるということを、いやでも刻まれることになる。

 それを二度と受けたくないという気持ちが心を強くするかどうかは、当人の精神力次第だ。

 

『それじゃあ、始めるわよ。覚悟はいい?』

「大丈夫だ。よろしく頼むぜ」

 

 ここから、深雪達の戦いが始まる。

 

 

 

 

 用意された仮想タシュケントは、ついさっきまで話をしていたタシュケントと全く同じ姿をしていた。装備は艤装に接続された主砲と魚雷。両腕は完全にフリーとなっている。どちらかといえば、電の兵装配置に近いといえるか。

 対する深雪はいつも通り。主砲を手に持ち、魚雷は腿に括り付けられている状態。的当ての時と同じであるため、バランスが悪くなるなどは無い。

 

 だが、今までと違うのは、相手が自分と同じように()()()()()()()()()()()()。仮想敵として作られたデータだとしても、それは艦娘である。

 

「……くっそ、手も足も震えてきやがる」

 

 演習という状況にトラウマを持っている深雪には、これが苦痛であった。

 

 艦娘となったことで、衝突しても死なないことは充分に理解している。仮想空間なのだから、どれだけ撃っても傷つかないことだって理解している。だとしても、仲間が傷付く行為をすることに対して、心の奥で拒絶反応を起こしていた。

 

「だけど、そんなことで足踏みしてらんねぇんだよ」

 

 辛い。でも、やらねば先に進めない。強くなるためには、このトラウマも乗り越えなければならない。

 こんな心持ちでは、もしタシュケントの拠点に向かったとしても、間違いなくやられる。心の弱さにつけ込まれて、喧嘩も勝てないだろうし、実戦では尚勝てない。

 

 深雪は気持ちの面では前向きだ。身体がそれに追いついてきてくれないだけ。だから、身体を心に従わせるために、深雪は一層気合を入れる。

 

「ふぅ……」

 

 深呼吸で落ち着く。眼前には敵として設定された仮想タシュケント。既に攻撃をするために主砲を動かし、深雪に狙いを定めている。撃たれたら避けなければおしまい。

 足を震わしていたら避けられるものも避けられない。だから、自分を奮い立たせる。

 

「これで避けられなかったら、誰も守れねぇ。あたし自身も、仲間も、敵もだ。動くんだよ、あたしは。みんなを……電を守るためになぁ!」

 

 これでギアが入った。震えが止まったわけではないが、動かないわけではなくなった。

 

 砲撃を回避し、逆に深雪側からも主砲を構える。だが、仮想タシュケントは的ではない。その照準から避けるように動いている。

 練度が高いわけではなくても、回避するという思考は深雪と同じであり、砲撃を受けそうになったらそれに合わせて当たらない場所に移動しようとするのは当然のこと。それこそ、仮想深海棲艦と同じように行動するに決まっている。

 

「そりゃそうだよな。この前の駆逐艦と同じだ。カタチが違うだけだ」

 

 カタチが変わるだけでも恐怖を感じる自分に苦笑しつつ、しかしトラウマの深刻さを実感し、それを振り払うかのように動き回る。

 仮想タシュケントの方が駆逐イ級よりも格段に上なのは、嫌というほどわかる。これでも練度をかなり落としているのだから、まだまだ自分が弱いことを実感させられる。だとしても、怯えることなく前に進みたい。その気持ちが、深雪の身体を動かしていた。

 

 

 

 

「こんなところで、止まってられるかぁ!」

 

 大きく声を出すことで恐怖を振り払い、深雪は演習に挑む。身体はまだ重いが、ここで止まってなんていられない。前へ、さらに前へと進んでいく。

 

 そんな深雪を見て、電も勇気が湧いてくるかのようだった。

 




仮想空間による演習開始。身体にダメージは無いにしても、精神的に疲弊は免れない。
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