後始末をすることになるであろう島内を回り、穢れが浄化出来るかわからない程に染み込んでいることを、嫌という程見る羽目になった。生えている木にも染み込むレベル。
その探索の中、穢れが最も酷いと予想した学校に続く道がある集落に辿り着き、そこに存在する商店を確認したところ、悪臭と共に腐っている惣菜が、穢れまみれの状態で発見された。3日間放置されたことで腐ったようである。
そして、そこで発見されたのは、通常の個体よりも大きい深海忌雷。ゆっくりと蠢き、穢れまみれの惣菜を貪り食う姿を、神風達に見せつけた。
だが、処理しようと刀を構えた神風に対し、それに気付いた深海忌雷が起こした行動は──
「白旗……?」
その商店のレジ袋で白旗を振り始めたのだ。
見た目は明らかに知性の無さそうなモノ。ただ蠢き、獲物を見つけたら接近し、自爆することでその生涯を終える、儚い生き物。本能だけで動く生物であるため、白旗なんてモノを知るわけがない。
しかし、目の前の深海忌雷は明らかに知性ある行動をした。獲物を見つけたのに、爆発することもなく、近付くこともなく、敵ではありませんと示してきている。
「ど、どうするっぽい?」
これには夕立も動揺してしまっている。お構いなしに始末するべきだとは思うが、完全に無抵抗、かつ降伏を示すということは死にたくないと言っているようなモノ。ただでさえ、深海棲艦の中でも最もと言っても過言ではないくらいに命が軽い個体が、その命を惜しむなんて聞いたことがない。
「油断をさせようとしているかもしれない。気を抜いたらドカンってこともあるんじゃないかな」
「私もそれは考えてる。ただ……あの知性をどっちに使うかってことよ。良い方か、悪い方か」
これだけ賢いということは、神風達を騙すために今の行動をしているという可能性だってある。素直にその白旗を信じることは出来ない。
そもそもこの島で生まれているというのがよろしくなかった。ここにある穢れは、阿手が溜め込んだモノ。そこに阿手の意思が混ざり込んでいてもおかしくない。賢いではなく、
「こちらの声は聞こえてる?」
神風は深海忌雷に話しかける。白旗を振っているくらいなのだから、言葉も理解出来るのではと考えて。
すると、深海忌雷は白旗を振るのをやめ、自分の身体を触手で持ち上げ、頭部に当たる本体を頷くように振る。
神風が話しかけた時点で行動を変えたということは、少なくともその声は聞こえている。そして、わざわざわかりやすく頷くように身体を動かしたことで、神風の言葉をハッキリと把握し、頷くという行為の意味も理解し、そして行動を起こそうと考えることが出来ているとわかる。
「私達の言葉をちゃんと理解しているみたいね」
「なら尚更怪しいじゃないか」
「ええ、そういうことだものね」
それだけ考えることが出来るのならば、やはりこちらを騙しているという可能性が捨てられない。ここで見逃しても、後から飛びついてきて自爆するとか、保護したとしてとうみどりで爆発されたら堪ったモノではない。
油断させてから思惑を達成する、という行動を取らない保証は何処にもない。
「幾つか質問させてもらうわ。はいかいいえで答えられるモノだけにする」
深海忌雷は頷く。
「まず、あなたはここ3日間くらいで生まれたのかしら?」
深海忌雷は頷く。時間の感覚をハッキリと持っていることがここでわかる。外が明るいか暗いかくらいは、ここにいてもわかることである。何回夜を迎えたかということで考えれば、3日という時間の経過は判断出来ることなのだろう。それでも、深海忌雷が数を数えることが出来るというのがおかしな話なのだが。
「初めからここで生まれた?」
深海忌雷は頷く。この穢れまみれの商店が、戦闘によって棄てられた後、何らかの理由──この異常な穢れの量が妥当──によって、この商店の中で誕生した。
「最初からそんなに賢かった?」
深海忌雷は身体を横に振る。自覚症状があるようで、自分は元々ここまで賢くなかったと伝えてくる。本能的に動いている内に、何かをしたことで賢くなったようだ。
「生まれてからずっと、ここから外に出ていない?」
深海忌雷は頷く。生まれたのはココだったが、この店の扉に鍵がかかっていたことで、外に出られなかったと考えられる。この家屋には2階があるので、そちらから出られないのかと思うのだが、窓も閉まっているとなると、それを開けるということは出来ないようである。
賢い割には、そういうことは出来ない。もしくは、しようともしなかった。違う理由があるのかもしれない。
「自爆は出来る?」
深海忌雷は少し動きを止めた後、おずおずと頷いた。やはり機雷としての性能はしっかりと持っている。だが、重要なのはそこではない。自爆することを伝える時に
はいかいいえで答える質問だが、その質問には少々答えにくい部分がある。何せ、今すぐ自分の意思で神風達を巻き込んで死ぬことが出来るのかという質問だ。そもそも死にたくないと思っているのか、それともそれを伝えることで敵判定されることを怖がったか、躊躇いという感情を持っていることは間違いがない。
「自爆をしないのは、獲物がいなかったから?」
深海忌雷は身体を横に振る。
「やり方がわからないから?」
身体を横に振る。
「……死にたくないから?」
頷く。
深海忌雷は本能のまま命を散らす存在なのに、その命を惜しんでいる。今ここで白旗を振ったのもそうだが、死にたくないと考える深海忌雷なんて前代未聞。本来の在り方から遠くかけ離れていると言ってもいい。
「最初からそんな考え方をしていた?」
身体を横に振る。つまり、生まれたばかりの頃は、普通の深海忌雷だったということだろう。最初から賢かったかという質問に対しても否定しているのだから、本能的な行動をしている最中に何かがきっかけで賢くなったと言える。
「……賢くなった理由に、心当たりはある?」
深海忌雷は少し固まる。だが、何かを思いついたようで、小さく頷いた。そして、触手を動かして少し動いた後、傷んで臭う惣菜を見せてから、それをパックごと貪り食った。まるで、
「そもそも深海忌雷ってモノを食べる性質があったかしら……初めて聞くわよそんなモノ」
「夕立も知らないっぽい。30年前の戦いでも忌雷が出てくることは無くは無かったけど、自爆されるだけだったっぽい」
「そうよね……新しい発見としていいのか、コレがやたらと特殊なのか……」
神風よりも艦娘としての歴が長い夕立だって、これは初耳な話。そもそも現れたところで本能的に自爆してくるような生物が、モノを食べるのかなんて知ったことではないのだ。
「食べることがきっかけ?」
深海忌雷は頷く。
「ここにあるモノしか食べていない?」
深海忌雷は頷く。惣菜だけを食べて今まで生きているという。期間としてはまだまだ短いモノの、普通に生きていくための行動をしていた。
「……ここの食べ物に何かがあると考えた方がいいわね。そんなモノをこの島の住人に食べさせてたってことよ、ここの連中は」
「自然発生した深海忌雷が賢くなるようなモノが入っているのかい……?」
「それが何かは見当がつかないけどね」
まだこの惣菜の材料については辿り着いていない。だがここで、夕立から核心を突く一言。
「なんだかムーサみたいっぽい」
その言葉に神風はハッとした。ムーサも本来はただのイロハ級だったと自己申告を受けている。しかし、その場で忌雷を食べていくことによって成長し、進化し、そして姫級になった。人の言葉を理解出来るだけでなく使えるようにすらなっているくらいに賢くなっている。
ムーサの場合はそのまま身体自体が変質しているが、この深海忌雷はまた少し違う反応を見せている。しかし、これ以上食べたら、ムーサと同じようなことが起きるかもしれない。
「え、ちょっと待って。もしかして……ここの惣菜、忌雷と同じ成分入ってる……!?」
そして、辿り着く。それが何かはわからずとも、少なくとも人間に食わせるようなモノではないモノが惣菜に含まれており、それを使って島民全体に対して洗脳なり改造なりを施している。
「そんなバカなことをしていたということかい、あいつは」
「滅茶苦茶すぎるわ……」
ともかく、この深海忌雷はムーサと同様、ここにある惣菜を食べることで知能を得たということになる。それで敵意を持っていない理由にはならないが。とはいえ、死にたくないという気持ちが芽生えたのならば、敵対はしなそうではある。
「あなたは、私達のことを敵だと思っている?」
少し食い気味に身体を横に振った。敵対の意思はない。だから殺さないでと命乞いをしているようにも感じる。
「……ひとまず放置かしら。これはハルカちゃんに報告してから考えましょ」
「そろそろドラム缶もいっぱいになるし、戻るかい?」
「ええ、睦月と梅とは合流するけど、先にこのことを伝えないと進めないわ」
商店から出ることを伝えると、深海忌雷はさようならと表現するように触手を振った。ついていきたいとは考えていない模様。それを促したら、どういう決断をするかはわからないが。
神風達が商店から離れようとすると、またその辺に落ちている惣菜を取り、ムシャムシャと食べ始めた。ずっと食べ続けているわけではないため、全てを食い尽くすまでは時間がかかりそうだが、後始末をしている最中になんだかんだで全て平らげることはありそうである。
発見されたこの深海忌雷によって、嫌でも真実に近付いていきそうだった。忌雷の材料が公になるのも、時間の問題かもしれない。
突然変異種によって、真実がより多く周知されそうになっています。いいことなのか、悪いことなのかは、この段階ではわかりません。