後始末屋の特異点   作:緋寺

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洗浄でわかること

 集落で発見した、知性のある深海忌雷。それを保護するためには、まず穢れを洗浄するところから始まる。そうするためには、港で待つ時雨と睦月のところに戻り、大発動艇に積み込んだ洗浄道具でしっかりと綺麗にする。

 ただ、先に見た時よりも更に大きくなっていた忌雷は、夕立とトラ、2人がかりで運ぶにしても、どうしてもヌルヌルとした感触と、腐った惣菜を食べ続けたことによる臭いがキツイ。夕立はこれまでに見たことがないような顰めっ面を見せていた程である。

 

 それでも何とか運び、ようやく港が見えてきたというところで、そこに用意された風呂──というよりは完全に水槽の姿を確認する。ここに入れろと、時雨と睦月が既に準備万端整えてくれた。

 

「睦月、覚悟しておきなよ」

「わかってるにゃし。どうしても臭くなっちゃってるんだよね。それを洗うのが、今日の睦月達のお仕事なのです!」

 

 運んでくる間に、この忌雷の詳細を伝えていたようで、睦月もその臭いのことは把握済み。覚悟をして仕事に入る。

 

「あ、あー……なるほど、なるほどね、確かに臭いがすごいにゃあ」

「意外と取り乱さないね」

「事前に聞いてたからなのね。これいきなりだったらうわってなってたと思う」

 

 深海忌雷の臭いに苦笑するしかない睦月だったが、ひとまずここからは洗浄作業である。

 

 運ばれてきた深海忌雷はそのまま水槽の中へと入れられ、そこに睦月が『軽量化』を使って軽々と持ち上げたポリタンクから、薬剤入りの水をタパタパと注ぐ。忌雷にかけるようにしているため、既にこの段階から若干気持ちよさそうに触手を蠢かしていた。

 

「忌雷でもお風呂は気持ちいいっぽい?」

「どうなのかしらね……少なくとも、この子はそういう感覚を持ってそうだけど」

 

 この段階から浄化は始まっており、穢れは少しずつだが洗われている。穢れが感知出来る眼鏡を使いながら、それが順調に進んでいることも確認。

 

「確か、うちのプールにいるイロハ級は、洗浄されたら縮んだんだっけ?」

「ええ、身体が穢れで覆われてるのかしらね。今は割と小さめなサイズよ。攻撃とかもしないし」

 

 深海忌雷と同じような存在として、うみどりには艦内のプールに住まう、ムーサと共に現れたイロハ級の深海棲艦達がいる。元々はそれなりの大きさではあったのだが、どうにか洗浄することによって、攻撃的な要素を失い、ただのんびりとプールを泳ぐ仲間としてそこに生きている。

 今も島で保護した子供達が一緒に遊んでいることだろう。流石に保護した子供達も後始末に駆り出すということは出来ない。だが、大人達は大概が仕事中なので、誰かを保護者にして、プールや別のところで遊んでいてもらうのが一番だ。

 ちなみに今日の保護者はあの離島棲姫である。陸上施設型であるため、海に出られない分、そういうところで貢献している。

 

「この忌雷も、同じような感じになるのかな」

「そうあってほしいわ。少なくとも今は、何処までも穢れまみれだし」

 

 この洗浄、思ったよりもすぐに効果が出始める。洗浄という行為であるだけあって、穢れがわかりやすく薄くなってきたのだ。

 そもそもの生まれが穢れまみれの商店。そこで、穢れまみれの惣菜を食べながらここまで成長しているのだから、体内から穢れが溢れ出しているまであった。だが、この薬剤をかけられ、一部は口の中に入って飲み込んでいることもあって、湧き立つ穢れが少なくなっている。

 

「臭いも少し薄くなったんじゃないかにゃあ」

「気持ち程度だけどね」

 

 この忌雷の特徴とも言えた臭いも、洗浄によって少しずつ薄くなってきている。全くの皆無というわけにはいかないが、それでも体内の浄化も始まったようで、その辺りも綺麗にしているようだった。

 

「縮むことはないみたいね」

「ムーサも縮まなかったんだし、そういうことはないんじゃないかい?」

「確かに。忌雷と同じ成分を取り込んだことでここまで成長したけど、それは穢れ由来じゃないってことね。じゃあ一体何を食べさせてたのかしら……」

 

 その話を聞き、反応したのはトラである。何せ、特異点Wでの戦いより前は、トラもこの島に滞在しており、この島で出された料理を食べているのだ。知らなかっただけ、そして暗示をかけられていないだけで、やらされていることは他と同じ。

 

「料理としては普通も普通だった。惣菜も味が悪いとかそういうことは無かったな。言ってしまえば、普通だ」

「何かおかしなモノを入れても普通に味わえるようにしていたということね。そんなところに頭を使ってほしくなかったわよ」

「本当だ。私も同じモノを食べさせられてるんだろう」

「おそらくね」

 

 しかし、これは間違い。何故なら、ムーサがトラなどからは忌雷の匂いを感じ取っていないから。今回の島での決戦から明確に匂いを感じ取っているため、その材料を使った料理が提供され始めたのは、本当につい最近だと思われる。ほんの数日前に食べさせられた杏からは匂いがするのに、それ以上前から島にいたトラや居相姉妹からはその匂いを感じ取れないということは、そういうことである。

 うみどりが島に襲撃を仕掛けてくると察したことによって、阿手は急遽その用意を始めたと考えるのが妥当。深雪達が軍港都市で休息をとっていた時、その裏側でこの島はそうなっていたのではと考えられる。それまでも薬入りの惣菜は使われていただろうが、忌雷と同じ材料が使われるようになったのはつい最近であろう。

 

 そうこうしている内に、深海忌雷が小さく蠢く。すると、その体内を調査していた特機が、一仕事終えて表に出てきた。

 

「何かおかしなモノはあった?」

 

 神風の問いに、特機は何とも言えない反応を示す。艦娘達に通じる言葉を使うことが出来ないため、説明しようにも出来ない。そしてそれは、特機の力であっても外に引っ張り出すことは出来ない。

 

 特機は、この深海忌雷に妖精さんの成分が取り込まれてしまっていることは理解している。自分と近しいモノ。それを材料にして作られたか、後からその材料を取り込んだかの違い。

 身体の中でその成分が染み入ってしまっているのだが、忌雷の寄生とは違い、掻き集めて取り出すということも出来ない。それがもうこの忌雷の完全な一部となってしまっているのだから。

 

「何があったのかしら……通訳がいないとどうにもならないわね」

「主任は流石に連れてこれないにゃし」

「ここで洗浄するだけして、工廠で聞くしかないわね」

 

 少なくとも、この忌雷の中に今すぐどうにかしないといけない類のモノがないことはわかった。実は忌雷もいて、寄生の時を今か今かと待ち構えているとか、体内に『舵』をも取り込んでいたとか、そういったところは見えないようである。それだけは安心。

 

「あとは……忌雷らしく爆発しないことを祈るしかないわけだ」

 

 そんな神風の言葉に、特機はすぐに反応した。身振り手振りで忌雷の中でいろいろやってきたことを伝える。

 

 この深海忌雷が自爆したくないという意思を持っていることは知らずとも、不意に爆発されても困るということで、特機は体内を弄り回し、その起爆しそうな部分をロックしたようである。

 特機は艤装内に潜り込んで、それを整備する力も持ち合わせている。それもまた妖精さん要素ではあるのだが、今回もそれを遺憾無く発揮した。

 

 それを伝えようとしている特機に、忌雷は礼を言うように触手を伸ばす。こちらは似たモノ同士ということで意思疎通が出来ているため、仲良さそうに触手を絡めあった。

 

「特機が何かしてくれたようね。私達にはわからないけど」

「じゃあ、少しは安心っぽい?」

「多分ね。だから、穢れを落としたら一度うみどりに連れ帰りましょう。もう割と薄くなっているように見えるけど」

 

 洗浄は続き、ただ薬剤で流してやるだけでなく、手を使って軽く撫でてやることで、より穢れをしっかり落としてやろうとしたことで、明らかに汚さが薄れていた。

 これまでずっとしていた臭いも、体内洗浄のおかげでかなり薄れている。深海忌雷に排泄という概念があるかはわからないが、取り込んだモノの穢れは、これで大分対処出来ているようだった。

 

 とはいえ、そのサイズが変わることはない。これは、妖精さんを取り込んで進化したためであり、妖精さんと穢れがイコールで結ばれていないから。純然たる穢れで生まれているイロハ級とは、そういう点で違う。

 

「大きいままだな。これを運ぶなら、また私達で持つしかないか。海の上なら私も艤装を使えるから、一任されよう。その方が早そうだしな」

「ええ、お願いするわ。近代化戦艦棲姫の艤装なら運びやすいでしょ」

「私がしっかり抱きかかえればいい話だからな。ヌメリも取れたんじゃないか?」

 

 トラが少し心配したヌメリも、この洗浄のおかげで大分緩和している。完全に失われたわけではないが、持ち運びには許容出来るほどには。

 

「なら、ある程度大丈夫となったら、そのままうみどりに行きましょ。ここで出来る調査はこれくらいしかないわ。やっぱりそこは専門家に任せないと」

「だね。言葉も通じない相手には、ここまでしか出来ないよ」

「大人しく洗浄を受け入れてもらえただけマシね」

 

 洗浄は続いているが、深海忌雷はそれはもう気持ちよさそうに蠢いていた。穢れから生まれたモノが、穢れを洗い流されることを気持ちいいと感じるのは何なのかはわからないが、それは今言えた話ではない。

 

「結局、惣菜の成分が何かはわからなかったわね……忌雷と同じなのはわかってるんだけど」

「それだって憶測に近いんじゃないかい?」

「そうだけども、ムーサと同じようになったんだもの。核心に近いわよ」

 

 真相まではまだ辿り着いていないものの、もう背中に手が届いているような状態。ここで妖精さんのことに気付くことが出来たら、自力での達成となってしまう。

 

「……成分として、何があり得そうかしら……あの阿手がやりそうなことだし、残酷なことだって平気でやるわよね」

「だろうね。それこそ、人肉が入ってたって驚かないよ」

「考えるだけでも気持ち悪いけど」

 

 神風は腕を組んで小さく悩む。そして、その閃きに辿り着く。

 

 

 

 

「例えば……妖精さん、とか?」

 




さぁ神風が背中を捉えた
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