集落から運び出した、惣菜を食べ続けて肥大化した深海忌雷の洗浄中、食べていたモノの原材料について考えていた神風が、ついにその背中を捉えた。
「例えば……妖精さん、とか?」
惣菜に入っていたのは妖精さん。神風が閃きでそこに辿り着いてしまう。
「いや、流石にそれはどうなんだい。確かに奴らは残酷なことをさんざんやってきたよ。出来損ないとか見ればすぐにわかることさ。でも、だとしても、妖精さんを……惣菜にするかな」
神風のその閃きは、あまりにも荒唐無稽。何処までも残酷なことをやってきた阿手であっても、妖精さんを材料に使えど、人間に食べさせるなんてことは流石にやらないだろうと話す。
だが、その時雨も神風の言葉を完全に否定することは出来ない。何せ、これまで本当に色々なことをやってきたのが阿手だ。人を人とも思っておらず、あらゆるモノを糧として、自分がただ一番になりたいという俗物的な、高次とは程遠い、ひたすらに我儘な欲求で迷惑をかけ続けていた者。人間、艦娘、深海棲艦、それだけでは飽き足らず、妖精さんに手を出すことも普通に考えられる。
「例えばの話よ。ほら、これだけ協力的だと妖精さんっぽいでしょ。それに、妖精さんってイリスでも彩が視えないって話じゃない」
「生きているのに透明なんだっけ?」
「そう、だから、何かに混ぜ込まれてもイリスにすら判断出来ない。忌雷自体はカテゴリーM……だったかしらね。艦娘と深海棲艦の要素が入ってる。でもそこに妖精さんが入っててもわからないわけじゃない」
だが、やはり妖精さんを食べるという発想は、言ってみたモノの信じられないようである。言ってみたものの、神風だって半信半疑だ。もしかしたらの発想を、少し口走ったに過ぎない。
ここまで話したのも、もし妖精さんだったとしたら、ここまで辻褄が合うと説明しているだけ。だが、あまりにも辻褄が合ってしまったモノだから、もしかして本当にと思い始めていたりもする。
「逆に他に思い付くことあるかしら。臭いのは一旦置いておいて、食べたら知性が手に入りそうな、それでいて深海棲艦が育ちそうな」
「……艦娘そのものとか?」
時雨の言いたいこともわからなくはなかった。それこそ、この島の周りでは穢れのせいで深海棲艦も艦娘も生まれるだろう。ただし、艦娘は漏れなくカテゴリーMだが。
そんな艦娘を捕まえては、食品に加工している。だなんて聞いたら、時雨は自分で言っておいて吐き気がしてきた。
「あぁ、確かにそうね……艦娘の肉とか入ってたら、不老不死にでもなりそうだものね。八百比丘尼じゃないけど」
「君達カテゴリーCは似たようなものじゃないかい?」
「否定出来ないわ。直に食べるようなことはしないけど」
少し真相からは逸れたモノの、そんなことを話している内に、洗浄がかなり進んだようである。
水槽に注がれた薬剤は、深海忌雷を洗い流した後、そのまま海へと流され、すぐさま濾過装置によって綺麗な海水へと浄化された。排水を流しているようで複雑な気持ちになるものの、すぐ綺麗にしているのでプラマイゼロと考えている。
穢れまみれどころか、そもそも全身が汚かった深海忌雷は、太陽の光で身体の光沢が眩しいくらいに綺麗になっており、心無しか口角が上がっているようにも見える。深海棲艦にも綺麗になると気持ちいいという心があるようだ。
この深海忌雷の場合は、何もなかったところに惣菜を食べることで知性がついたからこそ、そんな気持ちを手に入れたのかもしれないが。
「よーし、綺麗になったにゃし! 臭いも大分薄れたと思うのね」
宣言通り、今の忌雷は穢れらしい穢れを感知出来ないくらいに綺麗になっていた。薬剤をガブ飲みした甲斐があって、体内に溜め込まれた穢れもスッカリ無くなったようだ。飲んで吐いてを繰り返していたようだが、それが大正解である。
完全に消えたわけではないが、夕立が過剰に反応していた腐った臭いも、洗浄の間に薬剤をガブ飲みしていたこともあって、かなり薄くなっている。すれ違ったら漂ってくる程であり、それもついさっきまであった不快感は大分失われた。
これくらいなら、手で持って運ぶことも出来るだろう。取り扱いには充分注意する必要はあるが、爆発も特機がロックしているのだから、その心配もかなり少ない。強い衝撃などを与えられたらどうなるかはわからないが、少なくとも何かの勢いで爆発することはそうそう無いだろう。
「どうかにゃ?」
睦月の問いに、深海忌雷は喜ぶように触手を伸ばし、睦月とハイタッチするように振った。
穢れを失ったことで、深海忌雷はこれまで以上に穏やかな性格になっているようだった。戦闘なんて考えず、ただ自由に生きることが大好きな、少し変わった生命体。うみどりのプールで保護されている縮んだイロハ級とほぼ同じような状態である。
あちらと違うのは、明確な意思があること。触手を使って自分の感情を表現する。ある意味、巨大化した特機みたいなモノ。特機のような力は持っていないが、もしかしたら何かしらの特異性は身につけているかもしれない。ムーサのように。
「まぁ、あの惣菜の材料については、うみどりに戻ったらわかることでしょ。この子を運んで、明石さんや主任に見てもらいましょうか」
話していても仕方ないと、ここからは移動開始。うみどりに連れて行くことさえ出来れば、調査も進むだろう。
「それがいいね。僕達にわかることなんて高が知れてるし、こうやって荒唐無稽な予想を話すことくらいしか出来ないんだ」
「……当たってたら嫌だけどね」
当たっているのである。
深海忌雷はそのまま大発動艇に載せた状態で、島からうみどりへと戻る神風達。5人連れていく必要があるかはわからないが、やはり突然爆発するようなことが起きたら困るため、夕立とトラが護衛代わりに、睦月は大発動艇の操縦、そして神風と時雨は他にも後始末を行なっている仲間達に説明をする役回りとなっている。
島に向かった後、何かを持ってうみどりに戻る者がいるのならば、大概それが何かは気になるところである。しかもそれを夕立とトラが護衛する程だ。ある意味VIP待遇みたいなモノ。
こうやって戻っている間も、神風と時雨は惣菜の材料について議論を繰り広げていた。最初に妖精さんと言い出した神風も、時雨から艦娘と聞いた時に気持ちは揺らぎ、そしてそうであってほしくないという気持ちから別の案も考えていた。
「穢れを固形に出来るとか無いかしら。角砂糖みたいに」
「それから忌雷も出来ていたっていうのかい?」
「概念というか、深海棲艦の素材になりそうじゃない」
「残酷さは少ない気がするね。アイツがやるには、ちょっと迫力に欠けるんじゃないかな」
「うーん……確かにそうねぇ……。迫力が必要かどうかはさておき。やっぱり、艦娘や妖精さんを食べさせるって方が、阿手の所業っぽさはあるか……」
徐々に真相から離れていっている辺り、本当に迷走しているのがわかる。実際に調べているわけでも無い、外見と状況からの憶測。答えは見つからないので堂々巡りである。
「……やっぱり目立つわねぇ。みんなこっち見て驚いてるわよ」
話しながらも後始末をする仲間達の視線を浴びる深海忌雷に、神風は苦笑した。中には作業を止めてまでこちらに来て、何それと聞いてくる者もいる程である。
「その子、島にいたの?」
「ええ、洗浄済みだから安全だと思うわ」
その中でも強く反応したのは、救護班班長である酒匂である。島から救われた者がいるというのなら、それが例え深海忌雷であっても喜ばしいもの。忌雷側も好意的に接してもらえるならば、好意的に反応を返すようで、酒匂にゆるりと触手を伸ばして握手。いい反応をしてくれたので、酒匂も笑顔でそれに応じる。
「この子、賢いね。酒匂達のこと、仲良く出来るってわかってくれてるのかな」
「洗浄したからかも。でも、最初からあんまり戦いたくなさそうみたいにゃ。爆発するの嫌だって感じだったみたいだし」
「そうなんだ。じゃあ、ちゃんと保護してあげたいね」
優しい酒匂ならば、救えるモノは救いたい。敵対していないのなら必ず仲良くなれる。それには、姿形なんて関係ない。
だが、姿形が関係ある者も少なからず存在する。今の後始末の現場では尚更だ。
「ただ、うん、この子の見た目、どうしても反応しちゃう子、いるよね」
「そうよね……わかってたことだけれど」
こうしているところに、鋭い視線が突き刺さる。誰がそうしているのかは、見なくてもわかった。
「浜風、貴女の気持ちはわかるけど、ちょっと我慢してちょうだい」
深海忌雷の姿を見て、過剰に反応するのが、忌雷アンチの浜風である。誰にも見つからずにうみどりに戻ることなんて不可能であり、わざわざ誰かに見られないように隠して行くようなこともしない。堂々と海の真ん中を突っ切っているのだから、浜風の目にも留まる。
神風から言葉をかけられ、しかも手招きされたので、かなり複雑な表情で近付いてくる。今は後始末屋としての装備しかないため、いきなり深海忌雷を攻撃することは出来やしない。
「なんですか……私にそれを見せつけたいんですか」
「貴女にはちゃんと説明をしておかないといけないから。この子は敵対の意思のない忌雷よ。この島で起きたことを調べるためにも、絶対に傷付けちゃいけない存在。ただでさえ爆弾なんだから、いきなり壊そうとするわけがないと思うけど、貴女の場合は何をするかわからないから、先に話しておきたかったってわけ」
近付いたら尚その大きさがわかってしまうというもの。小さい忌雷や特機でさえも嫌悪感を隠さない浜風が、普通以上のサイズの忌雷を見たら、嫌悪感だけでは済まない感情が渦巻いている。
「排除したいですよ、今すぐにでも。そんなに大きな忌雷なんて、百害あって一利なしでしょう。でも、ダメなんですよね、後始末屋では」
「ええ。というか、敵意の無い相手を姿形だけで判断して始末するなんて、流石に野蛮だと思わない?」
「事と次第ですよ……でも、誰からも私は間違っていると言われました。何が起きるかもわからない忌雷を、何故そこまで擁護出来るのかが、未だに理解が出来ませんから……」
今はまだ自制出来ているようだが、浜風はまだ爆発する可能性があるという危険因子。定期的に神威から『排煙』を受ける程には不安定。武器なんて絶対に渡されない。
「浜風ちゃん、酒匂はね、誰とでも手を取り合える世界が、一番の平和だと思うんだ。この忌雷さんだって、仲良くなりたいと思ってるからこうやって手を差し伸べてくれてるんだよ」
「それが本心であるという保証はありませんよ……何か、言葉を話せないんですから」
「言葉にしたところで、それが真実とは限らないし、むしろ言葉が無い方が思いを真っ直ぐ伝えてきてくれてるように思えるけどね」
まだまだ浜風の心の傷は重く、簡単に考えを改めようとは思えないようである。不満は募る一方だった。
「……はぁ、反省も何もないのね。でも、ここにいたらきっとわかる時が来るわよ。今はこの海を綺麗にしてちょうだい」
「わかってます……わかってますよ……でも、私は……」
「貴女の考えがあっているところもあるわ。でもね、時と場合によっては間違っていることもあるの。日本人だからって、海外で左車線走ってたら捕まるわよ」
浜風は返す言葉も無かった。
深海忌雷は保護され、そして調査を受ける。その真相は、もう目の前。それを知った時、受け入れることは出来るだろうか。
浜風はまだ自重出来ました。攻撃出来る装備があったならすぐに撃ってただろうけど。後、今浜風を管理しているのは酒匂です。スキャンプすらも手懐けたその手腕が買われています。