忌雷の材料は妖精さんである。その真実を伝えられたことで、うみどりに衝撃が走った。これまで目の敵にしていたのは、妖精さんの成れの果て。その上、それを食事に混ぜて人間に食べさせていたという悍ましさ。
それに加え、深雪は自分がやってきた特機へと変化させるという行為が、妖精さんを洗脳して、自分の意のままに操っていたと感じてしまう。しかも、特機と忌雷の戦いをさせたというのも、妖精さん同士を殺し合わせたというところに繋がってしまった。
「マジか……いや、マジか……」
その真実から、頭を抱える深雪。コレに関しては、すぐさま開き直るということは出来ない。
元はと言えば、妖精さんを実験材料にしていた阿手が100%悪い。それは言うまでもなくである。しかし、それを知らなかったとはいえ、今もまだ有効活用しているというのもあり、結局妖精さんをいいように利用しているだけだとショックを受けていた。
「いやぁ、ミユキは悪くないっしょ、流石に」
「はい、お姉様に罪などありませぬ。あるわけがないのです」
「だよねぇ。だって少なくとも今の今まで知らなかったわけじゃん。知っててやってるならまだしもさ」
グレカーレと白雲も、この事実にショックは受けているが、深雪ほどでは無かったことから、幾分か冷静でいられた。白雲はカテゴリーMの呪いから、阿手のこの所業には激しい怒りを持っていたが、深雪がここまでショックを受けているところを見たことで、怒りが失われることがなくても、深雪のためにと落ち着いている。
「電達は、妖精さん達を……殺していたことに、なるのです……?」
「それだけじゃあねぇよ……妖精さん同士に殺し合わせちまったんだ……」
「あ……特機と忌雷が……」
電もそこに気付いて泣きそうな顔をした。そうしなければ戦いに勝つことが出来なかったとはいえ、本来ならば戦わなくてもいい者同士に争わせ、そして片方の陣営は全て命を落としている。
戦争というのはそういうモノかもしれないが、意図せず仲違いをさせていたようなモノ。命の奪い合いをさせていたのだ。
「それにあたし達、もしいたら消えちまえって煙幕ばら撒いてたんだよな……」
「そ、そうなのです、海の中で、そこにいてほしくないからって」
それもまた、元は妖精さんである忌雷を根絶やしにしようとする行動。そうとは知らなかったとはいえ、安全確保のために徹底的な排除する容赦無い行為。それもまた、今になったら罪悪感のあることになってしまった。そうしなければ危険なのだが、そうしたことで失われるモノもあると。
落ち込んでいると、首筋をつんつんとつついてくる感覚。深雪の肩に乗っていたサポート妖精さんが何かを伝えたそうにしていた。
「どうした……?」
手のひらの上に乗せて自分の前に持ってくると、サポート妖精さんは首を横に振りながら笑顔を向けていた。まるで、この事は気にしないでほしいと訴えるように。
妖精さんは妖精さんなりに、今回のことを重く受け止めている。だが、ああされてしまったモノをどうにかすることは出来ない。むしろ、バケモノにされてしまったのなら、どういうカタチであれ、
妖精さんにとっての忌雷は、出来損ないとほぼ同様。ならば、それはもう破壊以外の選択肢がない。殺され、その亡骸を使われ、命すら冒涜する兵器に仕立て上げられたのなら、いっそのこと破壊してくれた方がありがたい。それでもまた、妖精さんのように共にいられる道まで作ってもらえたのだから、妖精さん的には特機は最大級の救い。
「……何言ってるかはわかんねぇけど、慰めてくれてんだな。ありがとな」
サポート妖精さんの頭を指先で撫でると、くすぐったそうに身をよじりつつ、笑顔を絶やすことはなかった。
「あー……そっか、そういうことか。ムーサが忌雷を食べなくなった理由」
ここでグレカーレが何かに納得したかのように呟いた。
「どういうことです?」
「多分ムーサは事前に知ってたんだよ、忌雷が妖精さんだったってこと。ハルカちゃん、隠してたって言ってたっしょ。なんか理由があって先に知ることがあって、その場にムーサがいたんだ」
ムーサに加え、高波も落ち込んでいるように見えたのは、事前にこの事実を知ったからだろうとグレカーレは気付いた。
「……もしかして、丹陽ちゃんもあの時には知っていたのです?」
「あの時……って、ああ、前に話したもんな。あの時は……高波の『増産』を無くそうって考えてたみたいな話だったか」
「忌雷に何かあったらまずいから、今のうちに取り除こうみたいな話だったよね。でも、それ……ボスのでっち上げ?」
以前にムーサの変わりようから真実に辿り着きかけたところに、丹陽がその場で作り上げたカバーストーリーで蓋をしたことがあった。それを思い出し、あの話は嘘だったのかと驚く。
「すみません、半分本当で半分嘘でした。あの時はまだ気付いてほしくなかったので」
そして不意に現れる丹陽。工廠という広い空間で、かつ全員が集まっているようなこの場でも、何の前触れもなくいきなり後ろに立っている。
声を上げそうになったが、その前に丹陽が頭を下げていた。むしろそちらの方が驚きだった。
「騙してしまったのはごめんなさい。でも、もうわかっていると思いますが、この真実は公表するのにどうしても抵抗があったんです。出来ることなら、最後まで公表しないでおきたかったんですが」
これもまた丹陽の思いやり。精神的なショックが大きく、仕事が手に付かなくなりそうなのは、今の深雪を見ていればわかること。そうならないように慎重になるのも、深雪達は理解出来た。嘘というカタチでそれをされたのは引っかかるところもあるが、そうでもしないと全部説明してしまうことになるのだから、仕方なかったのだろうと納得。
「……こりゃあ確かに隠しておきてぇよ。でも、知らなかったらもっと妖精さんの命を蔑ろにしてたかもしれねぇんだよな」
「そう、ですね……。それは否定出来ません」
「知ることが出来たのは、もうヨシとするしかねぇ。これからはそのことも視野に入れて戦わないとだ。出洲の野郎は忌雷使ってこねぇけどさ」
「この島の後始末でまだ現れる可能性は充分にあります。その時は……」
深雪のサポート妖精さんが、いっそ壊してやってほしいと訴えるように伝える。その言葉はわからずとも、その意思は何となく伝わった。
「……わかった。もしまた忌雷が出てきたのなら、破壊して解放する。状況によるけど、特機にも変える。それでいいか」
サポート妖精さんはグッとサムズアップ。
しかし、その気持ちは非常に重い。そんな簡単に開き直れるような話では無かった。
そしてそれは、深雪に限ったことではない。忌雷が妖精さんであると知り、大きくショックを受けていた者はまだいる。
「よ、妖精、さん……? あの、気色の悪い寄生虫が……妖精さんの成れの果て……?」
茫然としている浜風。これまでずっと忌雷アンチとして見つけ次第駆除していたそれが、艦娘にとっては良き友であるサポーター、共闘者。それを目の敵にして破壊し回り、それでも止まらずに特機まで破壊しようと砲を向けている。
未然に防がれたところもあるが、そうでなければ皆殺しだった。
「なんですか、それ……なら私は……妖精さんを虐殺しようとしていたということ、ですか……?」
ガタガタと震え出す。そこには複雑な感情が織り混ざっており、怒りもあれば悲しみもある。罪悪感もかなり大きい。
「これは……うん、必要ですね。少し撒きます」
ここで機転を利かした神威が、工廠中に『排煙』をばら撒く。一旦癒しの煙で心を落ち着かせないとまずいと考えたからだ。
神威は忌雷に寄生され、一時期は人間ですら無くなった身。忌雷に対して嫌悪感や忌避感を持っているところもある。今でこそ特機の再寄生により『排煙』を手に入れているが、そのきっかけとなった忌雷は存在してはならないモノだと考えていたくらいだ。それが妖精さんだったなんて知ったら、やはりショックは大きい。
だが、そこで落ち込むのではなく、自分以上に落ち込む者を癒すことを優先した。『排煙』を持つ者として、まずはこの場を少しでも落ち着かせようとした。
「浜風さん、落ち着きましょう。この事実は衝撃的だったとは思いますが、破壊しなければこちらは全滅だったことには変わりありません。ただ、無害なモノにまで砲を向けるのが間違っていたというだけです」
心がガタガタになりつつある浜風に寄り添ったのは、同じ鎮守府出身である鳳翔。
「仕方がなかったじゃダメなことかもしれないですが、あの時だけはそれくらいしないとダメだった。それに、誰もこのことを知らなかったのですから、あの選択は間違ってはいません」
そう言いながらも、鳳翔だってショックは受けている。有道鎮守府では『増産』された特機によって忌雷からの襲撃を防いでおり、もし発見したならば、容赦無くその場で破壊する。それが、妖精さん同士の殺し合いであると思うと、何故こんなことになったのだと悲しくなる。
だが、それを選択した時に、誰もそれが妖精さんであるなんて知らなかった。知っていたとしても、そこで忌雷の命まで考えていたら、あっという間に征圧されていたことだろう。
「今までを反省し、これからは前を向く。今はそれでいいんです。貴女が反省せねばならないことは、また違った場所にありますが……でも、これをきっかけに、前進していきましょう」
今はそうとしか言えない。事実を知ったことで、すぐに落ち着けと言われてもなかなか難しい話である。
事実の公表により、工廠はコレまでにない騒つきを見せていた。本当に公表してよかったのかを考えてしまう程に。
だが、避けては通れない道である。墓まで持っていきたいが、隠し通すのは無理であろう。肥大化した深海忌雷が見つかったことで、もう確実に不可能となった。
その結果がコレだと思うと、伊豆提督もあまりいい気持ちでは無かった。これからの作業にも影響が出そうなほどのショックだった。
サポート妖精さんからの慰めもあるので、少しは落ち着けはするけども、それだけでは心の傷は治ることはないでしょう。