真実を伝えられた昼休みは終わるが、そのまま作業に戻るのはなかなかに難しかった。これまでやってきたことが、妖精さんの命を弄ぶような行為だったと知ったことで、ショックが非常に大きかった。
勿論、それを知っていてやっていたわけがないのだから、罪は誰にもない。それを引き起こす原因を作った阿手が全面的に悪いのだが、優しければ優しいほど、それを受け入れるには時間がかかる。
そして深雪は、ただ忌雷を破壊してきただけでなく、特機に変えるという、一種の洗脳のようなことを施していた。そうしないと仲間達が傷付くのだから仕方ないのだが、どうしても重く考えてしまう。仕方ないとは割り切れない。
「……嫌なこと思い出しちまった」
深雪はふと、かなり昔のことを思い出した。それは、うみどりに立ち塞がった、名も知らぬカテゴリーMのこと。そのままにしていたら、人間を攻撃してしまう。その時は元に戻す手段もなく、時雨や白雲のように話も出来なかったが故に、その場で沈めるに至った。
忌雷はまさにそれだ。そのままにしていたら、間違いなく仲間達に被害を及ぼす。元に戻す手段こそあるが、されたら心に消えない傷がつく。だから、その場で破壊する他ない。
カテゴリーMを沈めていたのと同じだからこそ、うみどりの、いや、第三世代の艦娘達は、このショックをギリギリ耐えることが出来ている。開き直っているわけではないが、もう自分達の手はそうやって血に塗れているから、罪の意識を与えられても踏み止まっている。
「……お前も辛いか?」
サポート妖精さんに改めて聞くと、少し躊躇いながらも、首を小さく縦に振った。自分の仲間、同胞があんなカタチにされているなんて、気分がいいモノではない。
妖精さんを殺すというだけでも腹立たしいのに、それを材料にしてバケモノを作り、そしてそれを人間に食べさせるだなんて、頭がおかしいにも程がある。
「また、ああいうのが出てきちまったら……攻撃するのも躊躇っちまうな」
この島にはまだまだ敵が潜んでいるかもしれないし、敵でなくても保護された忌雷のように妖精さんの要素を取り込んでしまっているモノが現れるかもしれない。
そんな相手をどう対処すればいいのかがわからなくなってしまった。これまでなら目に入った瞬間に攻撃。何もさせずに破壊だっただろう。後者ならば話が通じるかもしれないが、前者は特にそれも出来ないのだから。
「はぁ……話し合いも通じないってなると、通じるようにしたいとは思うんだけどな……」
しかし、煙幕で燻すのは、相手の精神に干渉して自分の思い通りに変えることにも繋がる。それでは洗脳と同じである。
「……キツいな……クソ」
嫌な気持ちになりながらも、後始末はやらねば、この島が綺麗にはならない。今は後始末屋として、やるべきことをやろうと立ち上がる。これまでやる羽目になったことと、これからやる後始末は、別に考えねばならない。
海中の作業は続く。午前と同じように、うみどりの潜水艦達とは少し離れて、安全を確保するための煙幕撒きに勤しむわけだが、電も共に少し動きがぎこちなくなっていた。
この煙幕は、そこにもし忌雷があったとしたら消し去る働きがある。仲間達が安心して作業を進めるには必要不可欠であり、知る者も知らぬ者もそれがあれば危険性を気にすることが無くなる。
今は特にレーナや鮫のような素人にも手伝ってもらっているくらいだ。これをやらない理由はない。
「どうしたでち? 午前中とはなんか違うでちね」
「違うですって。テンション低い?」
そんな深雪と電の様子が変わったのを、うみねこからの増援である伊58と呂500は見逃さなかった。
『体調が優れませんか?』
『ねーちゃん、顔色あんまり良くないぜ』
みずなぎからの増援である潜水艇の択捉と佐渡からもそんな言葉が。明らかに外見に出てしまっているようで、心配されてしまっている。
手は止めていないのだが、どうしても行動にその態度が見え隠れしてしまっている。子供にもわかるくらいなのだから、少し注意深ければ、すぐさま指摘出来るくらいには違和感があるのだろう。
「……ああ、悪い。体調が悪いってわけじゃあないんだ」
「ただ……お昼休みの時にいろいろあったのです」
忌雷の素材の話は、今のところうみどり内部だけで留めている。この海域とは違う艦隊であるという点から、万が一この情報が意図せず漏れてしまった場合、対処が非常に難しくなるため、隠しておく方針となったのだ。
うみねことみずなぎを信用していないわけではないのだが、そこは慎重に行かねばならないこと。細心の注意を払わなければ、新たな被害者、新たなテロリストを生みかねない、あまりにも大きすぎる事情。
「もしかして、うみどりに運ばれてったっていう、でっかい深海忌雷のことでち?」
「ああ、それも関わってる。つーか、それ知ってたんだな」
「うちのてーとくが話してたよ。うみどりはああいうのもちゃんと片付けるんだにゃあって」
戦いにならないのならば、深海棲艦ですら保護する。七色の艦隊と自称するのは伊達ではないなと、多摩は感心している。自分達では出来ないことを、抵抗なく出来るのはすごいと。
『私は、深海棲艦であっても手を差し伸べるそのやり方、素晴らしいと思います。とても優しい、平和を目指す者のやり方だと思います』
『佐渡様だったら、海ん中で見つけたら即ぶっ壊しちまうぜー。でも、ねーちゃん達はそういうことしないんだろ? そりゃあすげぇって。なぁ、まつ、つっしー』
『うん……まつわも、すごいとおもいます』
『危険はいっぱい……だけど、それから逃げないのは、すごいですよ、ふふ』
子供達からは大絶賛である。敵と心を通わせようと考えるのは、このご時世にはまず無理と言えるようなことだ。生きるの死ぬのな戦場で、どちらも生きて、あわよくば仲間になろうだなんて、考えることも出来やしない。
「例えば、例えばだけどさ、敵だと思ってぶっ倒してた相手が、実は敵に操られてた仲間だった……ってなったら、どう思うよ」
「……その操られてた仲間は、絶対に元に戻らないのです」
深雪と電からの問いかけに、少し黙る一同。だが、すぐに答えを出したのは伊58だった。
「悔しいけど、それ一番悪いのって操ってたやつだよね。そいつの考えって、アレでしょ。殺したのはお前だからお前のせいだっていう当てつけ」
「酷い奴ですって!」
「ろーの言う通り、酷い奴でち。そいつがそんなことしなければ、そんなことにはならなかったんでちから」
そこはやはり共通意見のようだ。根本的に悪いのは手にかけた者ではなく、その状況を作り出した者。
「だから、ゴーヤは『たられば』を考えないでち。あの時救えていたかもしれないなんて考え始めたら、もう前に進めなくなるよ。悔しいけど、そうなっちゃったモノは仕方ないでち。だって、悔やんだところで生き返るわけじゃないから」
我ながらサバサバしているなと苦笑する伊58と、そんな伊58のことを尊敬していると笑顔の呂500。
それが大切な人だったとしても、心が砕けそうなくらいに辛いことだったとしても、その場で止まることは違う。それを仕組んでいた者が100%悪いのであって、自分の罪とは思わない。伊58はそう断じた。
「でも、手にかけた者として、せめて安らかに眠れるようにするでち。そうでちね……例えば、慰霊碑を建てるとか、でち」
「慰霊碑か……それって、手にかけた奴が作ってもいいもんか?」
「謝罪の気持ちがあるなら、むしろ手にかけた奴が作るべきだと、ゴーヤは思うでち。むしろ、それで誠意を見せるべき」
伊58の提案は、これまでに失われた
深雪も電も、それには賛成だった。妖精さんもそうだが、この島で亡くなった人間達も供養したい。ついでというわけではないのだが、被害者は全員がそうやって供養するべきである。
「もしかして、そういうことがあったでち?」
「……まぁ、似たようなことが、な」
真相は話さない。だが、近しいことがあったと伝える。阿手のやり方は既に伝わっているため、その被害者の中に自分の関係者がいたのだろうと伊58は考えた。
実際、ここではない戦いでは、深雪は自分の姉である初雪を手にかけている。出来損ないと化し、そうしなければどうにもならない相手を。そこでは供養だけしか出来ず、海の真ん中に慰霊碑なんて建てることも思い浮かばなかったため、それっきりになってしまっているが。
「なら、尚更ちゃんと供養してあげた方がいいと思うでち。この島なら、慰霊碑とか建てるところいっぱいあるだろうし。あ、でも島が穢れまみれになってるんでちね……ちゃんと後始末が終わったらじゃないと」
「見晴らしのいいところに建ててあげたいですって。海からも見える場所なら最高ですって」
「いいアイディアでち」
話は進むが、深雪と電は、せめてそういうカタチででも、自分が手にかけた妖精さん達を弔いたいと考えるようになった。戦死ならまだしも、実験台として命を弄ばれて死んだとなれば、その無念を鎮めてやりたい。
『私は、簡単には割り切ることは出来ない、ですね……』
択捉からはそんな言葉が。
『自分がやってしまった感触が手に残ってしまっていると思うので、しばらくは泣いてしまうと思います。でも……でも、そこで止まっていては、何も解決しないでしょうから、力を振り絞って前に進みたいと思います。それは、自分が背負うべきモノだと思うので』
子供なのに、覚悟が決まったようなことを言うと、深雪は少し感心した。割り切れずとも、それを背負って前を向くなんて、簡単な覚悟では言えないことだ。
「……そっか、そうだよな。背負うべき業だ。それに押し潰されずに、前に進んでこそ、だよな」
割り切ることは出来ずとも、むしろ割り切らずに背負って、その重さに負けずに前に進む。それこそ選ぶべき道か。
背負うモノが重すぎれば、その場から動けなくなるが、時間をかけてでもその重さに順応して、少しずつでも足を踏み出す。力を振り絞り、確実な一歩を。
少しだけ、気持ちが楽になったと、深雪も電も感じた。やはり、話すことがスッキリすることに繋がるというものである。
ほんの少しは楽になれた深雪と電ですが、まずは後始末が終わらないことには慰霊碑も建てられないというジレンマ。