後始末屋の特異点   作:緋寺

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間違いと気付けるか

 深雪達が海中での作業を進める中、海上でも仲間達が続々と作業に戻っていく。しかし、昼休み中に公表された忌雷の真実を聞いたことで、メンタルがガタガタになった浜風は、フラつきながらも海に出ようとして、それを止められた。

 

「今の貴女の状態では、作業は難しいと思います。午後からはお休みで大丈夫ですよ」

 

 浜風の手を取ったのは、うみどりに攻め込んできた時と同様に丹陽だった。姉として、憔悴している妹の面倒を見てやりたいという慈悲の心。今回は説教ではなく、単純に慰めるためである。

 

 手を引っ張って工廠の端に連れていくと、今はここで休んでくださいと座らせる。フラフラだった浜風は、促されると殆ど倒れるような座り込んだ。虚ろな目で、心ここに在らずという感じであった。

 丹陽は浜風の隣に座り、その手を握る。戦いの前までは浜風のことを強く叱責したが、今はそんなことはしない。落ち着かせるように温もりを与え、まずは話を聞いてほしいと静かに言葉を紡ぎ出す。

 

「……貴女の気持ち、今回はわかります。忌雷が妖精さんだったと気付いた時、私達もショックを受けました。ですが、ここで立ち止まってはいられなかったので、無理をしてでも前に進みました」

 

 丹陽は自らの力で忌雷の材料に気付いたので、ショックはそこまで大きなモノではなかったりする。

 だが、受けていないわけではない、これまで仲間達が苦しめられていたモノが、実は艦娘にとって一番近い位置にいるサポーターの成れの果てと知り、とても嫌な気分になりつつ、阿手への怒りの再燃に繋がった。

 困ったことに、この怒りを発散する先であるはずの阿手は、もういない。死んでからも次々と判明していくその残酷なやり方と凄惨な状況。鬱憤すら晴らすことが出来ず、ストレスが溜まる一方である。

 

 ただ、現在進行形でその被害が拡散しているわけではないというのが救い。ここさえどうにかしてしまえば、あとはそのまま鎮静化となる。

 元に戻す手段がなかなか見つからない、投げっぱなしな状況もまた気に入らないところではあるが、だとしても終わりが見えているのはマシなところ。

 

「いいですか、浜風さん。確かに忌雷は妖精さんを材料に作られていました。でも、それはあくまでも材料です。妖精さんを殺し、その亡骸を何かしてから、資材として扱って作り出されたモノです。妖精さんの成れの果てかもしれませんが、そこから戻すことは出来ません。なら、これまでやってきた、破壊という行為は、一種の解放になるでしょう」

 

 丹陽は忌雷を破壊することはどちらかといえば肯定的である。そこに苦しみが無いとは言わないが、しかしそうしなければ被害が増えるのは明確であるし、そもそも語っているように忌雷から妖精さんに戻すことは特異点の力を以てしても無理である。いくら特異点とて、死者を蘇らせることは出来ない。

 ならば、破壊することが、特異点以外が出来る、死者への冒涜を終わらせる唯一の手段となるだろう。特機に生まれ変わらせることで、新たな生を与えることも可能ではあるが、それが出来るのは限られ過ぎているし、数が多いならば破壊以外に選択肢がなくなる。

 

「忌雷に妖精さんの意思が残っているのならまだしも、材料として使われているだけの別モノです。妖精さんそのものを相手していたわけではありません。だから、破壊することに罪悪感はあっても、間違いとは思いません。貴女の場合は、それが行き過ぎたところはありますが」

 

 丹陽はここから少し切り口を変える。

 

「浜風さん、忌雷を壊して回ったのは、妖精さんを虐殺して回ったのとは違います。私が貴女に対して叱ったのは、特機の元が忌雷だからといって、その本質を見ることなく排斥しようとしたことです。今の貴女なら、その本質を見ることが出来ますよね?」

 

 浜風は反応出来ない。忌雷だから壊すという端的な考え方をしていたのが浜風だが、今回の件で思慮を思い出してくれたと信じている。纏まりがつかないからメンタルに多大なダメージを受けてしまっていると考えられるが、それも少し手を添えてあげれば、少しずつでも戻ってこれるはずだろうと。

 

「都合のいいことに、今の貴女にはその機会がすぐに訪れました。浜風さん、少し強めのショック療法になってしまいますが、今それをやりましょうか。ハルカちゃんに許可を貰いますから、少し待っていてください」

 

 丹陽は立ち上がり、パタパタと工廠の少し奥に向かっていく。1人残された浜風は、ただずっと考えていた。

 

 忌雷は人間や艦娘を蝕み、悪意に染める最低最悪の兵器だ。自分もその被害に遭い、あちら側の思考に染められ、所属する鎮守府を破滅に導こうとしていた。

 だから、忌雷のことを目の敵にしていた。寄生し、洗脳し、意のままに操る生体兵器なんて、この世にいてはいけない。どんなカタチであっても。

 

 それをうまくコントロール出来るようにしたとはいえ、仲間として運用しているうみどりの正気を疑った。特異点の力がどんなモノから理解が及んでいない。()()()()()()()ということはわかっていても、だからと言ってあの忌雷を運用出来るようにするなんて、出来るはずがない。そう、勝手に思い込んでいた。特機の働きから目を逸らしてしまっていたが。

 

 だが、その忌雷も実は自分と同じ被害者だった。妖精さんが阿手という存在に滅茶苦茶にされたようなモノだった。

 浜風は解放されたが、忌雷は破壊以外の解放方法がない。特機の力を以てしても、忌雷は絶対に元通りにはならない。故に、燻さないなら破壊する。そこに関しては、浜風の行動は間違ってはいなかった。

 丹陽の言う通り、その本質を見ていなかった。それが浜風の唯一にして最大の罪。怒りと憎しみで視野が狭くなり、その形状、動きだけで敵と見做していた、短絡的な思考。許されざる部分は、行動より思考だった。

 

「……私は……なんてことを……」

 

 忌雷が妖精さんと知り、その本質にようやく目を向けることが出来た。

 

 

 

 

「お待たせしました。浜風さん、行きましょうか」

 

 戻ってきた丹陽は、浜風を立ち上がらせる。少し座っていたことでフラつきは少し無くなっており、覚束ないモノの倒れそうになるようなことは無さそうである。

 

「……何処へ?」

「貴女はちゃんと向き合わなくちゃいけません。なので、一番わかりやすいモノを見てもらいます」

 

 工廠の奥へ。そちらでは、明石と主任がいろいろなことを調査している真っ最中である。

 ついさっきまでやっていたのは、集落から持ってきた妖精さん入りの惣菜の調査。それも終わったため、今やっているのは、それを食べたことによって賢くなり、かつ肥大化までした、特殊な深海忌雷の調査である。

 

 浜風はその姿を見てビクッと震える。忌雷であるというだけでも破壊しなくてはという衝動が湧き上がる。しかし、それではダメだと今知ったばかりだ。

 

「この忌雷は、死にたくないと意思表示をした賢い忌雷です。妖精さんが素材に使われているわけではない、自然発生した忌雷ですが、妖精さんを取り込んでしまったことで、非常に賢く、かつ自爆を忌避する全く違うタイプの存在になっています。貴女は、この忌雷が敵に見えますか」

 

 妖精さんであるという事実を知る前は、敵だけど我慢していたと自ら公言するくらいだった。我慢()()()()()()()という態度を隠すことすらしなかった。

 だが、今は感覚が違う。この深海忌雷には、敵意が全く無い。むしろ、浜風の姿に気付いたことで、触手をゆらゆら揺らして手を振っているような素振りを見せるほど。それを見たら、そういうところに妖精さんの面影を見るようになった。

 

「妖精さんを取り込むと、妖精さんの要素が手に入るようです。人間にそれをした場合は何が変わったかわからないですが、深海棲艦が取り込んだ場合はああなるみたいですね。ムーサさんも同じなんですが、やはり敵意はなく、明るい性格になります。……ムーサさんは今とても落ち込んでいますが」

 

 この深海忌雷は、妖精さんを取り込んだということに自覚がないため、ここまで明るく振る舞っている。もしかしたら、知ったところで関係ないと考えるかもしれないが、少なくともどうあっても敵意は芽生えない。妖精さんのように、寄り添うことが主となりそうである。

 

「もう一度聞きます。浜風さん、貴女にはあの忌雷が、敵に見えますか」

「……見えません、ね。妖精さんを取り込んだと聞いたから、それは妖精さんのようにも見えます」

「でしょう。私達を苦しめた、阿手製の忌雷とは違う。そしてそれは、特機も同じです。細かいことを言うと妖精さんではもう無いんですが、でも、性質としては妖精さんに近い。それを、敵とみなせますか」

 

 浜風は少し苦しそうな表情を見せる。自分の間違いを、ここでハッキリと理解した。姿形だけで悪と断じていたことが、どれだけ浅はかだったのか。

 

「……私は……間違って、いたんですね……」

「はい、間違っていました。でも、間違いは、正せます。わかればいいだけですから。今回はそれに気付けたことが良かったことです。本当は、妖精さんが取り込まれたという事実を知る前にそこに辿り着いてほしかったんですが」

「……耳が痛い話です」

 

 浜風は少しだけ表情が柔らかくなっていた。罪悪感は消えなくとも、忌雷に対しての見方が変わったことで、過激派な部分は鳴りを潜めようとしている。

 

「私が破壊して回った忌雷……それに使われた妖精さんのことを、供養することは出来るでしょうか」

「供養ですか。うん、それはいいアイディアだと思います。妖精さんだけじゃ無い、あの島には、沢山の無念が渦巻いています。それを晴らすためにも、供養という行為をするのは、とてもいいことだと思いますよ。慰霊碑でも建てた方が良さそうですね」

 

 奇しくも、深雪達の方でも出た案がこちらでも出てきた。ここで命を落とした者達を供養し、それを忘れることのないように碑として残す。それは、ケジメとしても必要だと。

 

 

 

 

 浜風も、立ち直るための一歩を踏み出した。こちらも時間はかかるだろうが、光が見えたことには変わりない。

 




罪悪感がかなり重いですが、浜風も少しは前を向きました。これで残すところはあと1人、忌雷を食べていたムーサだけ。
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