忌雷の真相を知って、ショックを受けていた深雪や浜風は、少しだけでも前を向くことが出来ていた。その案を出した者も経緯も違うが、慰霊碑を作ってみようというアイディアによって、微かにでも光が見え始めている。
だが、この2人以外にも大きなショックを受けている者がいる。それが、忌雷を
これまでは何も考えることなく高波の『増産』で増やしてもらった忌雷をバクバク食べているだけだったのだが、その原材料になっているのが妖精さんだと知ったことで、非常に強い罪悪感を覚えることになってしまった。うみどりでも常に見かける妖精さんという存在を、そういうカタチで消費していると考えると、自分がやっていたことが恐ろしくなった。
その結果、今のムーサはあまり体調が芳しくない。セレスの食事はちゃんと食べているのだが、精神的なところもあって、作業に身が入っていないようだった。
「……ハァ……」
事あるごとに溜息。真相を知らない状態で尋ねられた時は、何でもないと返していたが、今はその理由が誰にでもわかるようになっている。妖精さんを食っていたという事実は、やはりそれは衝撃的だった。
だからと言って、ムーサのことを非難することはない。誰も知らなかったし、そもそもムーサがそうしてくれたおかげで勝利することが出来た戦いもあるのだ。それをよく知っている者が、ムーサの元へと向かった。
「ムーサさぁん、やっぱり、落ち込んじゃってますよねぇ」
「まぁ……この事実はどうしてもね」
援軍の綾波と暁である。高波は小さく頭を下げ、副官ル級はチラリと目を向けるものの、敵意が無いのはわかっているため、そのままにしている。
裏切り者鎮守府との戦い、うみどりにとってはその2戦目。複数体の忌雷を寄生させようとして失敗し、突然変異となり暴走した成れの果てとの戦いは、ムーサが忌雷を食べることが出来たからこそ、全員が何事もなく勝利することが出来た。
腐食性の体液をモノともせず、触れただけでも寄生してくるような増殖した忌雷もお構いなく、人間には害しかない存在と真正面からぶつかり合うことすら出来たムーサを、あの綾波でも一目置いている。
「エェト……アア、ソウダ、アノ時ノ」
「はぁい、軍港の綾波と、暁でぇす。ムーサさんは軍港の時にはあまりこうして話すことは無かったですよねぇ」
「あっちだと暁達はあっちの仕事があったんだもの。それに戦闘中だとゆっくり話す余裕もないし」
うみどりの面々以外には関心が無いというわけでは無いが、あまり話したことが無い相手ということで、少しだけぎこちなさがある。前までのテンションなら、そんなことなく距離を詰めたかもしれないが、今は心境があまりにも違うため、明るさは何処にもない。
「改めて、あの時はありがとうございましたぁ。もうかなり時間が経ってますし、軍港の時に言えればよかったんですが、なんだかんだ時間が取れませんでしたから、今ここで言わせてくださぁい」
「うん、本当にありがとう。暁達だけじゃ、絶対に勝てない戦いを、たった1人で覆してくれたんだもの。ずっと感謝してるわ」
そう言われても、ムーサとしては嬉しくはなかった。あの突然変異も、元はと言えば忌雷の仕業。妖精さんの力がおかしなことになったせいであんなことになったわけで、ムーサがどうにかしたのも、結局は妖精さんを食う、そしてダメだと思ったモノは破壊することでクリアしている。
今のムーサにとって、どのような戦果であれ、それは妖精さんを蔑ろにした勝利であると認識してしまっている。残酷な行為を繰り返して、しかも自分は
「真相を知ってしまって落ち込んでいるのはわかります。でも、貴女のおかげで、綾波達は救われたんです。それは誇ってほしいです。命を救ってくれたんですから」
綾波がそんなことを言うが、ムーサにはただ苦しいだけ。目を伏せ、一言ウンと言うだけで終わる。かなり参っているというのは、誰の目から見ても明らか。
「あ、あの……お二人は驚かなかった、かもですか?」
高波のおずおずと聞くと、綾波はそんなことありませんよと笑顔で返す。ただ、少し身構えることが出来たと語る。
「実は、暁ちゃんが少し予想してたんですよぉ。忌雷って実は妖精さんとか使われてるんじゃないかって」
「そ、そうなんです!?」
「まぁ、憶測レベルだけど。調べることも出来ないから、結局そのまま有耶無耶だったわ」
暁は少しだけ説明を始める。それは、ムーサに助けてもらった裏切り者鎮守府の戦いの時にまで遡る。
「工廠にいた忌雷が、ちょっと
「ど、どういうことです?」
「寄生する必要が無い時は、工廠妖精さんの真似事みたいなことをしてたのかしらね。あと、ドックとかも」
暁がその考えに至ったのは、襲撃の時に見た忌雷の動き。そこにいる艦娘達はもう寄生する必要が無かったことで、暇になっていた忌雷は、ただそこにいるというわけではなく、何処か工廠の妖精さんみたいな動きをしていたのだという。意味があるようには見えなかったようだが。
暁達の姿を確認した瞬間、そんなことをやめて襲いかかってきたようだが、そうでなく何もやることがない時は、忌雷は自然と
やはり、この暁はそういうところに非常に頭が回る。軍港では、誰もが認める一人前の淑女。そうでない時は、背伸びした女の子に見えるのはご愛嬌。
「でも、暁としては、どういうカタチであれ、忌雷はああしないとダメだと思うの。そのまま放置してたら、悪いことにしかならないんだもの」
「……壊スナライイト思ウヨ。デモ、私ハソレヲ、食ベテタンダヨ」
壊すのと食べるのとでは、意味合いがかなり変わってくるとムーサは考えていた。
自分の身を、仲間を守るために忌雷を処理することは、何も問題はないだろう。だが、それを食べるという行為でやると、途端に猟奇的に感じる。そもそもが、忌雷を食べる行為を周りの者達も一緒にやるようなことではない。ムーサにのみ許された行為。今でこそ、島から保護された忌雷がいるが、それでも戦場に出て、自らの意思で食い荒らしたのはムーサくらいである。
「私ノ知ッテルアノ味ハ、妖精サンノ味ッテコト、ダヨネ。今ソコニダッテイル、妖精サンノ」
綾波や暁だけではない。高波にだっているサポート妖精さん。ムーサに対して引いているとかもなく、少し心配そうに見ているが、ムーサには、その
そして、忌雷の真実を知った時に、最悪なことが過ぎってしまっていた。この妖精さんをそのまま食べても、あの味がするのだろうか、と。それがムーサが今持っている罪悪感の最大の理由である。
忌雷を食べるという行為に対しての罪悪感は、言ってしまえば殆ど無い。無自覚であっても、ムーサ自身はそのように生まれたのだから、そこまでの抵抗はなかった。
だが、あの味は妖精さんのモノと自覚し、生きている妖精さんに対しても近しい感情を持ってしまったことにより、食べるという行為そのものに嫌悪感が芽生えてしまったのだ。
妖精さんの存在を、味覚と結びつけることが出来てしまっているのは、この世界でもおそらくムーサしかいない。知性を持ったからこそ、悩みもしてしまう。
それでもセレスがちゃんと食べさせているため、倒れるようなことはない。こういう時こそ序列を使い、その上で材料についてもキチンと教え、妖精さんは入っていないと説明して初めて食べることが出来ている。とはいえ、これはもう殆ど拒食症の域である。吐きはしていないが、メンタルから体調が悪くなってしまっている。
「慰めにはならないかもしれませんがぁ……綾波はまた違ったモノだと思いますよぉ?」
そんなムーサに、綾波は少し考えるような表情を見せながら話す。
「綾波達は、牧場で牛さんや豚さんを見て愛でたり癒されたりしますけど、牛肉や豚肉は食べますからねぇ」
「その表現はちょっと違う気がする。ムーサさんの場合は、こうやって話してる暁達の味がわかるって言ってるようなモノだから。カニバリズム、だっけ、ああいうことよ」
「ああ、なるほど、確かにそれはちょっと辛いですねぇ」
綾波は少し考え直す。暁に言われて、路線を少し変える。
「綾波としては、そこに罪悪感があるだけでも充分偉いと思いますけど、知ってしまったからこそ、罪悪感が拭えないってことですよねぇ。でも、それって
「……ドウイウコト?」
「だって、綾波達は、妖精さんが材料に使われてると知っただけで、妖精さんをどうやって使っているかは知らないわけじゃないですかぁ。例えば、妖精さんの血だけを使ったとか、妖精さんの肉を使ったとか、骨を使ったとか。全部使ったとは限りません。それに、何か別のモノが混ざって初めてムーサさんの知る味になったって可能性もありますよねぇ」
妖精さんの加工の経緯を知らない以上、それはわからない。明石や主任も、成分があるとわかっているだけで、どのように加工されたか、わかっていないのだ。
そもそも、妖精さんは艦娘でも深海棲艦でもない。なのに、忌雷にはイリスが彩を確認している。ムーサの感じ取っている味は、何かが混ぜ込まれたから起きている味ではないかと、綾波はちょっとした推理をした。
妖精さんの要素を食べて、その性質を持ってしまった杏のことは一旦置いておいたのはご愛嬌。他の成分が混じっていても、人間のカテゴリーには影響与えない可能性もあるので。
「……ジャア、モウ少シ知ラナイトイケナイ?」
「綾波はそう思いますねぇ」
ほんの少しだけ、ムーサは気が楽になったように思えた。妖精さんの味を知っているという猟奇的な感覚も、実は違うかもしれないという希望が持てたのだから。
ムーサが開き直るためには、まだまだ材料が足りない。
そりゃあ目の前にいる生きているモノ達はあんなに美味しい、なんて感覚があったら、気が滅入るというモノです。