高波の持つ『増産』の曲解によって生み出された忌雷に関しては、妖精さんの成分が非常に少なく、爪の先程の量を制御に使っているだけという程度だった。そのため、ムーサが感じ取っていた匂いや味は、妖精さんのモノではなく、その忌雷のシステムのモノであるということとなった。
久しぶりに忌雷を食べたムーサは、とても幸せそうな表情をしていた。高波も、ムーサはこうでなければと、調査後ではあるがにこやかに。副官ル級はホッと安心したように見えた。これまで振り回されてきたものの、やはり落ち込んでいる姿を見ているのは、心臓に悪いのだろう。今の美味しく忌雷を食べている方がムーサらしいと、苦笑していた。
しかし、そうなると今度は、曲解とは何ぞやという疑問点にぶち当たる。これに関しては、現在島の内部を調べている調査隊からの情報に頼らざるを得ないところもあるだろう。
うみどりで調べられそうなのは、今の高波の状態。『増産』をするために、高波のどの部分を増やすための資材として使っているかというところ。
「今日はもう終わりにした方がいいと思うわ。時間も時間だからね」
伊豆提督に言われ、明石もそうですねと作業を切り上げる。夕食後の時間を使って行なわれていた調査なので、これ以上進めていくと睡眠時間を削ることになる。
明日もまだまだ後始末は残っている。今はどちらかといえばそちらの方が優先度は高い。高波の体調が悪いとかならまだしも、これまでに何も起きていないこと、さらにはこうして見ている間にも体調に何も影響を与えていないことを鑑みると、一旦終了でも問題はなさそうである。
「深雪ちゃん達も、見守っててくれてありがとう。何事も無かったから、足を運んでもらっただけになっちゃったけど」
「いやいや、見せてもらってよかったよ。『増産』の忌雷は妖精さんじゃないってわかっただけでも充分だぜ」
「なのです。でも、まだまだ謎は多いのですよね」
「ええ、敵の使ってきた能力……特機でみんなに使ってもらってる能力……それがどうやって手に入るかは解明したいわね。高波ちゃんの場合は、そのせいで身体の何処かに害が出ているかもしれないもの」
曲解の解明は、急務というわけではないにしろ、近々のうちにクリアしなければならない命題。ここは調査隊と連携しながら確実に進めていきたいところである。
特機が安全であると確証があるとはいえ、そこから与えられる曲解はどういう理論でそれが行なわれるかが皆目見当が付かない。
「能力については私が私自身を研究しています。幸い、今は私もカテゴリーWですから」
片付けを始めた明石が少しだけ語る。仲間を守るために特機を寄生させる道を選んだ明石は、忌雷が妖精さんであるとわかった辺りから、時間がある時にちょくちょく自分の今の身体について調べていたりする。主任もそれに協力していた。
「能力自体は、特機に
「だねぇ。『羅針盤』は特機ありきだと思うよ。もう慣れちゃってるけど」
ケラケラ笑うグレカーレ。その力のおかげで高波は今も正気を保っているのだから、高波的にはグレカーレには頭が上がらない。
「そうなると逆に気になるのは、白雲さんです」
「……そうですね、白雲はお姉様から特機をいただく前から力が使えておりました。この身体にされた時から植え付けられたかのように」
「私としては、これも妖精さんの何かが関係しているのではないかと思ってはいるんです。イリスさんにはその彩を視ることが出来ないわけですし、何かされていたとしても判断がつかない」
白雲が今の身体に改造されるにあたり、妖精さんの何かを使われていると考えるのは妥当といえば妥当である。本来艦娘の姿だった白雲が、何かをされたことで深海棲艦の姿に変わっており、その上普通ではない力を使えるようになっているのだから。
「当たり前ですが、白雲さんからは匂いはしないんですよね?」
「シナイヨ。特機ガ入ッテルノハ知ッテルケド、ソレ以外ハ何モ無イネ」
「なので、睨んでいるのは、白雲さんは忌雷によって力を与えるという部分の実験台にされた、というところですね」
艦娘に、深海棲艦に、新たな力を与えるという研究の実験台となったという明石の見解。そこにいる者達は、阿手ならあり得るなと素直に納得する。
「で、うまいこと出来た初期型みたいなのが、あたしに寄生したって感じか。それで『羅針盤』手に入れたんだから、どういう法則で力をくれてんだろうねぇ」
「特機は願った力をある程度掻い摘んで理解してくれるみたいですよ。完全にランダムだったら、私が都合よく『工廠』を貰えるとは思えませんし」
「でも最初期の忌雷は多分ランダムだったんだよね。そうじゃなきゃ、あたしがあそこで洗脳喰らわなかったなんてラッキー無かったわけだし」
グレカーレの『羅針盤』のことを考えると、やはり忌雷が生み出されるようになったあの海賊船の戦い当時は、与える力が完全なランダムだったように思われる。
そこから改良が加えられ、任意の力をピンポイントで与えるようなことが出来ている。忌雷は阿手の思うがままに。そこから転じて、特機は寄生先の思うがままに。
「『増産』はその辺りが物凄く単純なんだと思います。特にオリジナルじゃない方。コピー品は、ただ増やすしか力が無さそうなので、何をどうやっても、ただ増やす以外の力は手に入らないでしょうね。その辺りのシステムも簡略化したモノが増えるというだけです」
ただ、明石と主任がどれだけ調査しても、曲解を与えるシステムがどのようになっているのかはわからず終い。
「腹が立つことに、阿手は
使い方が悪いし、手段を選ばないから被害者は増え、それを使った戦術がゴリ押し一辺倒なせいで提督としての実力は皆無。その研究の理由が自己顕示欲の表れという笑えないモノではあるが。
「私達は、それに追い付かないといけない。そのためには、調査隊の持ってくる結果に頼るしかありませんが……こちらでもやれることはやっておきます」
明石は胸を張って任せてほしいと語る。阿手との戦いが終わったことで、そちらに対してのストレスが薄くなったからか、以前よりも元気があるようにも見えた。
おそらく一番の理由は、丹陽が出撃をせがまなくなったことだろう。戦う相手がいなくなったことで、無理をしてでも出撃したいとは言わなくなったことがとても大きい。
「さて、片付けは終わりました。今日のところは調査を終えますね」
「ええ、ありがとう明石ちゃん。高波ちゃん、ムーサちゃん、ル級ちゃんも、付き合ってくれてありがとうね」
「だ、大丈夫かも、ですっ。高波の力の謎も、このまま解いてくれると嬉しいかも……」
「それは意地でも辿り着きますから、また協力をお願いします」
これにて一旦調査終了。翌日からは曲解そのものの調査を続けることになるが、こちらはより難航しそうである。
「……浜風、どうしたよ?」
その話が終わった辺りで、茫然と立ち尽くしている浜風に気付いた深雪。信じられないモノを見たという感じで、言葉もないようだった。
「あ、あの深海棲艦、忌雷を食べました……?」
「え、そこから!?」
よくよく考えてみれば、浜風が寄生されてうみどりに入り、特機によって体内の忌雷を抜き取られた時は、深雪がチョークスリーパーで落とした後。ムーサがその忌雷を
それからは浜風自身にいろいろあったことから、なんだかんだでムーサのそれを知ることは無かった。それを今目の前で見て、この反応である。
「それはまたちゃんと説明する。つーか、明日の作業の時に誰かに聞いてみな。懇切丁寧に教えてくれるから」
「浜風ちゃん、酒匂さんと一緒に作業していますよね。なら、優しく教えてくれると思うのです」
「……信じられないことが、ここにはいくつもありすぎる……」
真面目であればあるほど、うみどりで行なわれていることに関して、理解を拒んでしまうところはありそうである。浜風は、性格で損をしているんだろうなと、深雪は苦笑した。
夜も更けてくる時間、そろそろ就寝だとベッドに入る深雪達だが、最後まで話題はあの忌雷の話。
「あたし、細かなこと何も知らないでいろいろやってたんだなって実感したよ」
「むしろ、それが功を奏してるんじゃない? 何にもわからなかったから、今の特機があるんじゃないかな」
深雪の言葉に、グレカーレは返す。
「わかってたら細かいこと考えすぎてすごく使い勝手の悪い特機になってた気がする。ほら、ミユキの両腕だって、特機のおかげで動いてるわけでしょ?」
「だな、今はそうだ。特機があたし達に
「でも、本質的に妖精さんなんだってわかってたのかもねぇ。深雪の中には、妖精さんの彩も入ってそうなんじゃない?」
そこから無意識的に忌雷の妖精さん要素を増幅させて特機に変えている、みたいな憶測をグレカーレは展開。忌雷はただの材料として妖精さんを使っているが、特機はそこから妖精さんらしさをより強くしたみたいなイメージ。
「あたしが無意識にねぇ。あたし自身が特異点の力をまともに理解出来てないからなぁ。そういうことがあってもおかしくはないわな」
「なのです。電はもっとわかっていないのです。煙幕とか、つい最近使えるようになったばかりですし」
「まぁ、うん、それでも戦えてるから、いいよな」
そこは深く考える方がまともに力が使えなくなる気がするので、気にしないことにした。これまで通りを貫くことで、これからも確実に戦えるようにする。
まだまだ謎は多くとも、前に進むためには知らなくてもいいことはある。
阿手は提督としての才能はゼロどころかマイナスだけど、こと研究に関しては別ベクトルで天才なのである。本当に使い道よ。