仮想タシュケントを相手にした深雪は、なんとかトラウマを振り切って勝利を収めることに成功した。練度はかなり低めの相手に設定されているものの、それでも勝利したという経験が非常に大きい。
「電も頑張るのです……っ」
また、この勝利が電のやる気を呼び起こした。自分もああなるのだと気持ちを強く持ち、自分も振り払うのだとトラウマを思い返す。
性格からも、その時の事実からも、電の方がトラウマは重い。しかし、抜け出さなければ深雪の隣には並び立つことが出来ない。
深雪は何度も電を守るために戦うと言っていたが、電としては、ただ守られているばかりは嫌だと考えている。同じカテゴリーW同士、互いに互いを守り合い、共に歩いて行きたい。
だが、そうするための心が電には足りない。深雪のように前に進む力がどうしても出ない。本来の性格もあるが、とにかくトラウマが強すぎた。
「……頑張るの、です……」
どうしても頭をよぎるのは、深雪が勝利した瞬間。最初は深雪の勝利に喜んだものの、やはり仮想タシュケントが敗北したとき、砲撃が直撃して右腕が失われた姿が目に焼き付いている。
ここが仮想空間であるため、千切れ飛んでもすぐに再構築される。別に血が流れたわけでも無く、その断面が生々しいわけでもない。まるでノイズが走ったかのようにされている。しかし、失われた瞬間だけを切り抜けば、あまりにも
「電は……睦月ちゃんにも同じことをしなくちゃいけないのです……?」
土壇場になって自問自答。そして、悪夢で見た深雪の沈む瞬間もハッキリと思い出す。
夢の中では救うために動いた。その結果、沈む直前で手を伸ばすことが出来た。それによって深雪との関係は改善し、一番の親友となるほどになっている。
しかし、今回は救うことすらしない。そもそも、事故ではなく故意にぶつかりに行くようなもの。さらには、それを見捨てるのだ。優しい電にとっては、その行為そのものが非常に辛いもの。
「電ちゃん、遠慮しないでガンガン来ていいのね」
そんな電に、相手として選ばれた睦月がニコニコしながら握手を求める。
「な、なのです……頑張る、のです……」
応じなければと睦月の手を握る電だが、明らかに手が震えていた。戦場に立った深雪と同じようなものなのだが、程度は深雪よりもかなり強め。
こんなに優しくしてもらえるのに、その睦月に対して攻撃をしなくてはならないというのが、また心に引っかかる。演習なのだからそういうもの。仲間同士でぶつかり合うだけ。しかし、どうしても辛い。
手加減してもらえるというのもあるが、もし自分の攻撃が当たってしまったら、先程の仮想タシュケントのように腕が無くなるかもしれない。当たりどころが悪ければ、頭が無くなるかもしれない。
「うーん、緊張してるぞよ。やっぱり仲間に攻撃するのはキツい?」
睦月の問いに、電は小さく頷くことしか出来なかった。やる気はあっても、トラウマには勝てない。
そんな電に発破をかけるために何かいい案が無いかと少し考えを巡らせて、そうだと手を叩く。
そして、とんでもないことを言い出した。
「電ちゃんが真面目にやってくれないなら、電ちゃんをボッコボコにした後、次は深雪ちゃんをボッコボコにするにゃしぃ。腕とか脚とかだけじゃなくって、頭もぶっ飛ばしちゃおっかにゃ」
突如話題に出された挙句、一方的な死刑宣告のようなことを言われて驚く深雪。仮想空間で死ぬことはないので、何をされてもそこまでの問題では無いのだが、電にとっては大問題。どんな状況でも、
いくら先程勝利を収めることが出来た深雪であっても、睦月とやり合ったら100%勝てない。練度が圧倒的に違う。手加減されなければ、ほとんど嬲り殺し状態になるだろう。
睦月のその言葉を耳にしたことで、電の中では悪夢でも見たことがない深雪の有様が鮮明に想像出来てしまった。腕が千切れ飛んだ仮想タシュケントのそれを、深雪に置き換えてしまっていた。
ここではそれがすぐ修復されることだとしても、そんな姿を一瞬たりとも見たくない。想像の中だけで終わらせたい。
「……させないのです。そんなこと」
ギリッと拳を握り締める音が聞こえたような気がした。
「深雪ちゃんを傷付けさせません」
そしてハッキリと、自分の意志を口にした。それが仲間であっても、深雪を傷付ける者は許さないと言わんばかりに。
演習ならば、そうなっても仕方ないことである。しかし、理不尽に深雪が傷付くというのなら、許すことが出来ない。
「深雪ちゃんを守るために、電は戦います。たとえそれが、睦月ちゃんであっても」
電の中の命の天秤で最も重いモノは、間違いなく深雪である。下手をしたら自分の命よりも重い。艦の時に自分が沈めてしまったことが影響しており、深雪が傷付くこと自体が全て許せないモノになっている。
深雪が電のことを気遣うように、電も深雪のことを大切に思っていた。もしかしたら、電からの感情の方が遥かに重いかもしれない。罪悪感がそちらに転化している。
良くも悪くも、電に火がついた。深雪を守るために、電は今だけ躊躇いが無くなっていた。
対人戦は仮想データとの戦いと違い、お互いのタイミングがあって初めて開始する。それを判断するのは演習する本人と、外部から見守る者。今回の場合は、神風とイリスになる。
『準備はいいわね』
響く神風の言葉に、睦月は手を振って応える。しかし、電は震える手を握りながら睦月を見据えるのみ。神風の声は聞こえているみたいだが、感情に余裕が無さそうである。
『それじゃあ、始め』
神風の合図と同時に飛び出したのは睦月。手加減をするという話ではあるが、それでも先程の練度低め設定な仮想タシュケントと同じくらいのスピードは出ていた。火力は小さめではあるが、小柄な体格を活かした素早い動きで急接近を狙う。
電が学ばねばならないのは、睦月のこの戦術。同じように小柄であることを活かす、負けないための戦い方はコレだ。回避特化で全ての攻撃を避け、的確な一撃を確実に叩き込む。小さい火力であっても、艤装ではなく生身に当たれば、それは致命傷になるのだ。
それはもう、一撃離脱のスナイプ。当たらずに当てる、駆逐艦の真骨頂である。
しかし、電はそれ以上の
「深雪ちゃんを守るのです。守るのですっ」
視線は常に睦月に向けて、妖精さんの力で照準も完璧に合わせて。深海棲艦に対する海戦シミュレートでは、それでも躊躇っていたため、命中率は低めであったが、今回は深雪を守るためという名目によって躊躇いが無くなっていることによって、一切抵抗なく砲撃を放つ。
「にゃっ、すっごい精度なのね! でも、簡単に当たるほど、睦月はお手軽じゃないぞよ!」
加減はしたとしても、初撃で当たるほど手を抜くことはない。ある程度の苦戦はさせるつもりで動くのが、真の手加減。
深雪が雷撃を避けた時に見せたステップを睦月も同じように使い、精度の高い砲撃を紙一重で避けていく。艤装が小型だからこそ、ひょいひょいと避けていく様は、まるで踊っているかのようだった。
これもアイドル活動によるスタミナトレーニングの賜物。誰もがある程度受けているそれは、身体に刻まれるほどハードであるおかげで、咄嗟の時にも身体が勝手に動くほど。
「あ、当たらない……のですっ!?」
「うーん、電ちゃんはお手本みたいな砲撃をしてくるのね。目があったらそこに撃ってくるみたいなものにゃしぃ。だから、避けるのも簡単なのね」
お返しの砲撃を放つ睦月もかなり手を抜いており、直撃ではなく、電の艤装に接続されている盾部分に向けてわざと外して当てていた。
人によってはおちょくっているようにしか見えない砲撃ではあるのだが、実際は艤装そのものの強度を確認するような砲撃だったりする。駆逐艦の砲撃では簡単に貫けない盾を持っているということで、ここはなるべく狙わないようにしなくてはと、表には見せないように脳内で計算していた。
演習とは、実力を確認する場でもあるが、上級者が下級者に戦い方を教える場でもあると、睦月は考えていた。それ故に、手を抜きながらでも電のためになる攻撃を常に繰り出し続けている。
真正面から放って避けやすい砲撃、少し動けば避けられる雷撃、回避行動もなるべくわかりやすく。それだけ考えられるくらいに、睦月には相当な
対する電は、初めての演習──対人戦であるため、全く上手く行かない。深雪のようにやらなくてはと思っても、身体が動かない。出来ることは、砲撃を避けながら精度の高い砲撃を決められたように放つだけ。それが今の電の限界。
「電ちゃん、そのままだったら負けちゃうぞよ。この場では無茶が利くから、いろいろやってみなくちゃ」
そんなアドバイスも、電には余裕がないため反応出来ない。自分がやられたら深雪がやられてしまうという気持ちだけが先走ってしまい、目の前の敵──深雪を傷付けようとする睦月をどうにかしなくてはいけないと焦り続けてきた。
この状態では、
「電ぁ! 頑張れぇ!」
だが、そこに深雪の声援が加われば話が変わる。後ろに深雪がいることを思い出すことが出来たことで、電の心にほんの少しだけ隙間が出来た。その隙間を使って、現状の把握に努めた。
撃っても避けられる。自分の照準が視線という丸分かりなところが良くない。ならば、もっと
深雪のように極端に近付くというのもあるが、肩に接続された主砲では、その戦術は向いていない。手持ちの主砲だからこそ、小回りが利いて近接戦闘がしやすくなる。故に、砲撃をするのならなるべく離れた状態を維持したい。しかし、砲撃の癖──視線の先に放つことは、簡単には無くならないだろう。
そうなると、出来そうなのは魚雷。雷撃こそ避けやすそうではあるのだが、視線の先に放たれる砲撃と組み合わされば、相当避けにくい連撃になるのではないか。
「撃つのです……っ!」
考えたなら、まずやってみる。脇腹付近に接続されている魚雷を、放てるだけ一気に放った。三連装魚雷二基からの雷撃は、睦月の回避場所を確実に減らす。
「まだまだそれだけだと避けれるにゃしぃ!」
「コレならっ」
その避けたところを見計らって視線を向ける。避けた先を狙い撃つ作戦。初歩の初歩かもしれないが、それを教えられることなく自分で編み出したのならば上出来。
「うんうん、避けさせて当てるは作戦として完璧なのね」
狙いの視線は、睦月の胸。砲撃が直撃したら、おそらく胴体が抉れる。一撃必殺の砲撃である。
それが出来ただけでも充分。心持ちが多少変わったことが確認出来たので、睦月は攻撃をやめてその砲撃を
しかし、受け方としてはかなりやんちゃであり、直撃は見た目として酷いことがわかっていたため、手に持つ主砲を使って砲撃を払い退けてしまった。
睦月自身は無傷。しかし、主砲が木っ端微塵になってしまったことで、睦月は白旗、つまりは自ら負けを認めた。
『そこまで。睦月の兵装が使えなくなったから、電の勝ちよ』
「ふぇ……か、勝てたのです? 深雪ちゃんのこと、守れたのです!?」
「睦月の負けなのね。電ちゃん、ちゃんと戦えてるぞよ」
そもそも睦月は最初から深雪に何かしようなんて思っていない。焚き付けるだけ焚き付けて、わざと負ける気満々だった。
その結果として、トラウマをある程度は乗り越えて、睦月をしっかり狙った砲撃が出来ていた。それだけでも充分進めている。
「よ、よかったのですぅ! 深雪ちゃん、電、深雪ちゃんのこと守れたのです!」
「ああ、ありがとな。電のおかげで助かったよ」
深雪は電の演習中に、睦月の真意は聞いている。だとしても、電の気持ちを考えれば、これは大きな成果だったため、素直に褒め称えた。
これにより、深雪と電は対人戦を経験することが出来たこととなる。ここからは、深雪が仲間達を相手にしたり、電が仮想敵を相手にしたりと、練度を上げるために必死になることになる。
電の原動力は深雪。深雪がピンチにならなければ、真の実力が発揮出来ないのかもしれません。