後始末作業、5日目。ここまで来ると、海上の後始末はかなり終わっており、全面的に穢れの浄化がメインとなってくる。汚くなってしまった海水を濾過する者達を機材が許す限り動員し、そこかしこで海水を綺麗にして回っている。
海中の方も、深雪と電による煙幕撒きがかなり進んでおり、安全に作業が出来る場所で大半が埋め尽くされていた。それでもまだ全てではないため、今日中に範囲を拡大しておきたいところである。
「うわ、そうかここにも来ることになるのか」
「なのです……ここから中に入れてしまうのです」
煙幕撒きの最中、進めている先にあるのは、阿手がいくつも用意していた海底の侵入口。そのうちの、伊203が容赦なく魚雷を撃ち込むことで破壊した場所。潜水艇諸共完全に破壊して、ここから脱出させないようにしていた。
つまり、海側から地下施設に入ることが出来てしまうということ。戦闘中には全く気にしていなかったが、これによって施設内に海中の残骸や穢れが流れ込んでいると見てもいい。
「アレ、片付けてもいいんだよな」
「骨は折れるでちが、片付けないとどうにもならないでち」
地下施設もその辺りはある程度対策されているようで、海水が流れ込みすぎて沈んでいくということはないようである。深雪も戦いの最後に出洲と対面しているが、その時はあちらは海中でこちらは施設内だった。海水が流れ込まないようなケアがされている。この部分だけは海底洞窟のような仕様になっていると言ってもいい。
「これだけのことがあっても、この施設の中は電力が無くなってないんでちね。だから、酸素とかもガンガンに作られてるでち。だから中でも作業が出来るんでちねぇ」
「アイツはアイツなりにいろいろ考えてたんだな。それをもう少し他のことに活かしてもらいたいモンだが」
「全くでち。自分のことには最高品質、他人に対しては最低限も満たしてないでちね」
呆れているものの、作業の手は止めない。片付けなければ先に進めないし、まずは穢れを取り除かなければ二次被害なども出てくる。
「とりあえず煙幕だ。こういうところだからこそ、罠が仕掛けられてる可能性があるからな」
「なのです。施設側に入っちゃっても問題ないですよね」
「ああ、いいと思う。全部消しちまうぞ」
調査隊がここまで調べに来たならば、煙幕でしっかり対処しておいた方がいい。不意に何かしらの罠にかかりそうになるとか、そうでなくても神経を使っているのに、余計に疲れてしまう。
ただでさえ昨日に精神的な疲労を目の当たりにしているのだから、そこは気を遣って対処しておきたいと思うモノである。
残骸に向けて煙幕を放つと、しっかりと浸透していき、海水が白く濁る。手が入れられないような隙間にまで入り込むことで、見えないところへの対処も万全。
「もう躊躇いは無いでちか?」
伊58からそんなことを言われ、深雪は少し複雑な表情をする。忌雷は妖精さんの成分を持っているため、この行為は虐殺に近いことになるのではないかと悩んでいるところもあった。
だが、今はこれしか救う手立てがないようなモノ。むしろ、こうしなければ安らかな眠りは訪れない。
「……ああ、大丈夫だ。悪いな、心配かけて」
「作業を躊躇うようなことがないなら問題ないでち。ゴーヤ達も安全を特異点に頼り切っちゃってるから」
「でっちはミユキとイナヅマのこと信頼してますって。勿論、ろーちゃんもですって」
「余計なこと言わなくていいでち。でも、事前にこうやって怖いこと無くしてもらえるのは、本当にありがたいよ」
伊58と呂500の漫才のような仲の良い掛け合いを見て、深雪も電も心が軽くなる。昨日もそうだったが、これまでの戦いを深く知らない者がそうやって信頼してくれることが一番ありがたい話である。
『潜水艇では、奥の残骸まで運ぶのは少し難しいかもしれません。やれるところまではやりますね』
魚雷によって爆破された侵入口の残骸は、大きさもまばらではあるが、特に大きいモノもある。それは択捉達海防艦が駆る潜水艇で引き揚げていくことになるのだが、あまり奥に行きすぎると、今度は海中に帰って来れなくなる可能性もあるため、これまでとは違った慎重さが求められた。
万が一施設側に入りすぎて座礁みたいなことが起きたら、元に戻すのは至難の業。深雪と電の力でどうにか出来るかもしれないが、出来ることならそこで手間をかけたくない。
『ここ、穢れが少ないですね……危険も少ない少ない……ふふ』
対馬の声が響く。潜水艇側からも穢れを測定しているようだが、この辺りは穢れが他より少ないようである。
理由は非常に簡単で、侵入口があるから。ここに残骸を棄てるなんてことをしたら、自ら出入り口を塞ぐことになってしまう。なので、
「つーことは、ここにある残骸はまだマシっつーことか。片付けはするけどな」
『みたいだなー。でけーゴミがいっぱいだから、さっさと運んじまうってのはありだと思うけど』
「濾過だけして後回しでもいいかもしれないでち」
手を抜くというわけではないが、最優先は穢れの除去だ。残骸そのものが穢れを発生させるのだから、対処はすぐにしないといけない。
だが、ここの残骸は穢れを発生させるモノが極端に少ないようなので、ここから深海棲艦が生まれる可能性は、これまでと比べると格段に低いと考えられるようだ。
「厄介そうなモンだけ片付けて、先に行った方がいいか。本当にヤバいなら、後から来るフーミィ達が片付けてくれるだろうし」
「それでもいいでちね。急いでるってわけではないけど、早いところ煙幕は全体にばら撒いておきたいから」
「なのです。ひとまず煙幕なのです」
あっという間にこの侵入口が靄に包まれると、これで安全性は確保された。作業も格段にしやすくなるだろう。
こうして侵入口を見つけては煙幕をばら撒いていく一行。そうしていくうちに、その場所に訪れる。
「出洲と対面したのはここだったよな」
「なのです。中に見えるところとかで、ここだってわかるのです」
施設側から出洲と睨み合いをした場所。数ある侵入口の中の1つであり、他と違って残骸が爆破ではなく鋭利な刃で斬り崩されているのが特徴。中柄の一撃により、潜水艇すら斬られているところを見るとゾッとする。
『ここだけ何かおかしいですね。なんでこんなに瓦礫が綺麗なことに?』
「残ってる敵に、ヤバい刀使いがいるんだよ。アイツ、海ン中なのに関係なしにぶった斬りやがったのか。どうなってんだよ」
『か、刀でコレですか……ちょっと想像がつきませんね……』
敵の異常性を改めて目の当たりにしたことで、少し声が震えていた択捉。
「確かあの時、アイツらは向こう側へ帰っていったよな」
「なのです。あっちの方には……陸ってありましたか?」
『陸からは離れているかと。海の真ん中に行ったということですか?』
「かもしれねぇ。だとしたら、アイツらの本拠地ってどこなんだ。離れ小島とかそういうことになるのか?」
そこはまだわからない。しかし、出洲は頃合いを見て、戦いの場を連絡するとも言っていた。何処に呼び出されるかはわからないが、今目を向けている方にその場所があるかもしれない。
「アイツらだって研究者だ。ここみたいな施設を何処かに造ってるだろ」
「ここまで大規模かはわかりませんが……こうやって島を占拠するようなことはしてなさそうですし」
「性格的に、だよな」
出洲には妙な信用があるのが今のうみどりだ。やっていることはとんでもないことだが、あくまでもそれは相手が求めているからやるというだけで、わざわざ人に危害を加えてまで実験をしようとしていない。
故に、無理矢理島を占拠することもなければ、他人の意思を無視するようなこともしない。
とはいえ、阿手を放置するようなこともしているため、自分の研究以外で行われていることを配慮するかと言われればそうでもない。何処か矛盾しており、何処か狂っている。それが出洲だ。
周りが見えているようで見えていない。自分を正当化しているだけにも見えるが、言っていることが全ておかしいかと言われればそうでもない。どちらかといえば、過激派と思えるようなところである。
「その敵との戦いが、最後になるでちか?」
「多分、な。アイツらは自分から犠牲者を増やすようなことはしねぇ。何処かの街や鎮守府が犠牲になるとか、そういうことはないはずだ」
「ただ……協力者はいるかもしれないのです。表に出ていないだけで」
それは常々危惧していること。あとはカテゴリーKが出洲達だけで終わるとは考えていない。出洲のやり方に賛同する者がいてもおかしくないのだから。
どのように自分達の協力者を増やしているのかはわからない。それこそ、最初から協力者という可能性もある。それが鎮守府だったとしたら、それこそ厄介な相手だ。
「今はここの後始末が優先だけど、これが終わったら最後の戦いに挑むことになるだろうな」
「敵はすごく強いのです……というか、未知数なのです」
「でも、負けるわけにはいかねぇ。必ず勝つぜ」
未知数の敵ではあるが、だからと言って尻込みなんてしていられない。
「ゴーヤ達は応援しか出来ないけど、少なくとも深雪達の方が間違ってないと思うでち」
「ですって。ミユキもイナヅマも、こんなに後始末頑張ってくれてますって。そんな人達が悪いなんて、絶対有り得ませんって」
『その通りです。何も悪いことなんてしていません。むしろ良いことしかしていません。私達も応援させてください』
自分の在り方を認めてもらえたようで、深雪も電も感謝しかなかった。やはり、外部の者に認めてもらえるのが一番ありがたい。
「ありがとな。あたし達、絶対負けねぇから」
「なのです。応援、感謝なのです!」
俄然やる気が出た2人は、全身全霊を込めて後始末に向かう。今の仕事はコレ。海の平和のために必要な、優しい仕事なのだから。
後始末は続く。まだ終わりは見えずとも、誰も挫けたりはしない。
でも出洲は一度後始末を手伝えとは思っている深雪であった。