後始末屋の特異点   作:緋寺

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外を知るヌ級

 集落の商店で発見した軽母ヌ級。先んじて保護した深海忌雷と同様に、非常に穏やかな性格をしており、しかも妖精さん入り惣菜を食べ続けたことによって人語を介することすら出来るようになってしまっていた。

 そんなヌ級は、グレカーレ達に1つお願いをする。それは、商店の中は狭いので、外に出て散歩がしたい。なので、シャッターを開けてほしいと。

 今のグレカーレ達には、それが出来る装備があるわけでは無い。そのため、今は一度撤退して、シャッターを簡単に破壊出来る力を持つ梅を連れてくることにした。

 

「シラクモとイソカゼがかなり遠くにいる……」

 

 ヌ級と会話した窓から戻ると、商店からかなり遠く離れた位置で2人は待機していた。しかも磯風は『空冷』の風で臭いを自分達のところに来ないようにしていたほどである。それでも蔓延している臭いを完璧に取り除くことが出来るわけでもないのだが。

 

「終わりましたか、お二人とも」

「むしろ今からが始まりだね。ここから出たいから、シャッター壊したいんだよ。だから、ウメ連れてくるよ」

「グレ様のその巨大な腕で叩き壊してはなりませんか?」

「店ごと行く可能性があるから、確実にシャッターだけ壊せるウメに頼むんだよ」

 

 グレカーレの艤装に備えられている剛腕でシャッターを殴り飛ばすことも出来たが、その威力は砲撃と大して変わらない。その一撃のせいで店の中は滅茶苦茶になりかねないし、最悪衝撃で店そのものが崩れる可能性も無くはない。砲撃を控えるなら、剛腕も控えるべきだと、グレカーレは自重した。

 そのため、静かに破壊出来る手段として梅を提示している。神風の神業もあるが、梅の方がよりシンプル。触れればそこだけ壊せるというのは非常に有用。

 

「……イソカゼ、なんか風が吹いてくるけど、どーゆーことかな」

「お前達にも臭いが移ってるぞ」

「だと思ったよ! 割と近くに行ったしさ!」

 

 こればっかりはどうにもならないし、むしろもう一度行くことになるのもわかっているため、今は我慢して次の行動に進むこととした。

 

 

 

 

 海上で作業中の梅に直接交渉し、そのまま島に来てもらうことにした。梅はグレカーレ達に移った臭いで明らかに顔を顰めたモノの、保護した深海忌雷と同じだと聞いたら納得はしている。とはいえ、その渦中に入るのにはどうしても抵抗があるようで、若干渋々な感じで歩み出た。

 その時梅と共に作業をしていた秋月は、そのことを伊豆提督達に報告してくると、そそくさと逃げるようにうみどりに向かっている。これもまた、臭いから退散しているようなモノ。梅は流石にその時点で諦めた。

 

「保護された忌雷って、大分臭いが薄れてましたよねぇ」

「だね。アレ、保護した時にすぐに洗浄したからでしょ。だから、アキヅキにもそれ伝えに行ってもらったようなモノだよ。多分またムツキが駆り出されるんじゃないかな」

「ああ、重たいモノをまた持たなくちゃいけないから、ですねぇ」

 

 ヌ級には洗うということも伝えてあり、かつよろしくと言われているため、その流れになってもなんら問題なさそう。

 

「それにしても……話すヌ級、ですかぁ……。異常も極まってきましたねぇ」

「本当にね。姫ならまだしもイロハ級が喋り出したし」

「外に出たい理由が散歩したい、でしたっけぇ。梅達が会う深海棲艦は、なんか毎回ちょっとズレてますねぇ」

 

 食の探究を続けているセレスに、忌雷喰いのムーサとその部下達、肥大化した忌雷に、喋るヌ級。並べるとおかしなことばかりである。ちなみに全員カテゴリーR、純粋な深海棲艦である。

 これまでの深海棲艦に対する感情が間違っているのではないかと思えるほどのイロモノ揃い。ヌ級はその中でも特に極まっていると言える。

 

「この島は、生態系そのものを狂わせてしまっているとも考えてしまいます」

「割と間違っていないんじゃないか? 妖精さんの件もそうだが、やりたい放題しているわけだろう」

「神風様が言うには、森の植物にも穢れが浸透しているのだとか。我々はまだハッキリと見ておりませぬが、島全体が穢れの温床。生態系くらい狂ってもおかしくはなさそうでございますね」

 

 島全体が独自の世界となってしまっていると言っても過言では無さそうである。好き勝手やってきたことで小規模ではあるが世界すら壊したようなモノ。

 

「そこに臭いがついて回るのは本当にやめてほしいんですけどぉ」

「あたしもそれは思ってるよ。でも、避けられないんだよなぁ」

 

 げんなりしながらも、梅は歩みを止めることはなかった。そこはやはり、後始末屋としての誇りがある。

 だが、現場に辿り着いた時、やっぱり来たくなかったと嘆くことになる。

 

 

 

 

 梅を連れて戻ってきた商店。そこの臭いは相変わらずであり、一定の場所まで来ると、白雲と磯風は明らかに歩みを止めた。

 

「では、我々はこちらで何事もないように見張っておきます故」

「任せたぞ。いつでも凍らせることは出来るからな」

「ズルいぞー、もっと臭い嗅げーっ」

「旗艦グレ様、先陣を切っていただき、誠にありがとうございます。行ってらっしゃいませ」

 

 にこやかな白雲と磯風に、グレカーレはくそぅと悪態をつきつつ、フレッチャーと梅を連れて商店へと近付く。フレッチャーはもう一度回り込んで、窓から話をつけに向かった。

 

「ウメ、ここのシャッターを『解体』してほしいんだよ」

「なんですかこの臭い……お惣菜が傷んだだけでこの臭いはおかしくないですかぁ」

「多分妖精さんの怨念」

 

 もう既に涙目の梅だが、仕事はちゃんとこなす。固く閉じられたシャッターに軽く手を添えると、それだけで触れたところを中心にボロボロと『解体』されていく。砲撃やグレカーレの艤装パンチでは、その奥にあるガラスなども纏めて叩き壊してしまうが、そこは梅の便利なところ。シャッターのみを、確実に破壊。

 

 シャッターのみが壊れると、商店としての全容が明らかになる。全体的にガラス張り、かつ自動ドアで構成された表側が露わになり、店内に明かりも取り入れられるようになると、そこがこの数日間で大分荒れているのがよくわかった。

 そして、その端。奥の窓に近いところにいたのが、件のヌ級。シャッターが壊されたことで店内が明るくなり、小さな窓からしか知らなかった外を見たことで、少し嬉しそうに身を震わせていた。

 

「これ、入り口も開かなくなってるね。ウメ、そこもいい?」

「ですねぇ……ドアが開いたところで、アレが外に出ることは出来なそうですしぃ、ある程度『解体』しちゃいますねぇ」

 

 続いて、自動ドアを含む出入り口部分を拡張するように『解体』。ヌ級でも通れるようにしていくと、のそのそとそちら側に近づいてきた。惣菜を食い散らかしている割には、店内はそこそこ綺麗。とはいえ、そこに置かれていたモノは軒並み残念なことになっており、ヌ級がヌ級となる前に荒らしてしまったのか、床にいくつも散乱しているのも見える。

 置いてあるのは食材だけではなく、雑貨などもあるが、その辺りには目もくれない。ヌ級はその図体でそれを押し除け、出入り口へと近付いてきた。

 

「うわ、うっわ、臭い、もっとキツいんですけどぉっ」

「こもってたんだねコレ……イソカゼ、むしろ今こそ風吹かせて! 室内の臭いが漏れてきてる!」

「ああ、わかった。少し強めに行くぞ」

 

 あまりの臭いに梅が声を荒げたため、磯風の『空冷』で空気を循環させ、臭いを薄れさせる。それでもコレまで以上にキツい臭いが舞い散り、相応に厳しい環境となってしまう。

 

 そんなことなど露知らず、ヌ級はついに商店の外に到着。陽の光を浴びたことで、何処か気持ちよさそうに身体を蠢かせた。

 

「外ニ出ラレター。ヌキュー、コレガシタカッタ」

 

 走り回るとかではなく、のそのそ歩き回るだけ。これまでの密閉されていた空間から一転、何処までも拡がる空を目にして、心底嬉しそうに感情を表現する。まるでダンスを踊るかのようにステップを踏んでいた。

 前傾姿勢であるため、歩き方はどちらかといえばナックルウォーキングになっているが、そこそこのスピードで軽快に動く様は、高度な生命体へと進化したことを如実に表している。

 

「アリガトー。コレデ散歩ガ出来ルヨ」

「そりゃどうも。じゃあ、散歩ついでに、あたし達についてきてくれない? 洗浄したいって話したでしょ」

「アア、言ッテタネ。ヌキューノコト、洗ッテクレルッテ」

「そうそう。それを今からやるからさ、ちょっと海の方に行くよ」

「アーイ」

 

 外の広さにテンションが上がっているのか、グレカーレの指示に腕を振り上げながら応えた。

 

 

 

 

 海まで戻ると、遠くの方から大発動艇が向かってきているのが見える。深海忌雷の時から引き続き、睦月が洗浄道具の輸送を担当しているようだ。しかし、その表情はあまりイイモノとは言えなかった。忌雷の時にも相当な臭いをしていたのだから、ヌ級だってそれ相応である。

 

「2回目なら慣れるかなって思ってたけど、臭いは慣れることは出来ないにゃし」

「うん、だろうね」

 

 とはいえ、ヌ級の洗浄も立派な後始末。今のヌ級は臭いもそうだが、穢れまみれであることにも違いない。しっかり洗浄して、綺麗になってもらわなければ、存在そのものが新たな深海棲艦を生み出す温床となりかねない。

 ただし、忌雷の時とは違って、少しは人間を相手にするような洗い方になる。甲殻に包まれた本体だけというわけではなく、少し柔らかい四肢もあるので、そこは介護をするような感じに。

 

「痒いところはございませんかー?」

「大丈夫デース。洗ワレルノ、気持チイイネ」

「そっか。じゃあ、定期的に洗った方がいいにゃあ」

 

 表情はわからないが、洗浄を気持ちいいモノとして認識しているため、嫌がることもせず穢れを失っていく。

 

「もしかしてさ、深海棲艦も自分から穢れを拡げようとは思ってないのかもね」

「そこから生まれてしまうだけで、実際は綺麗好きなのかもしれませぬ」

 

 新たな深海棲艦の生態がわかりかけてきた。穢れから生まれど、それを洗われるのは不快ではなく、むしろ心地よい。ヌ級は終始気持ちよさそうにしていた。

 

 

 

 

 ここから先、まだ発見されそうな深海棲艦。集落でコレならば、地下施設はどうなっているのか。

 




ヌ級はかなり可愛らしいことになっています。知能はまだ子供並みです。
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