集落の商店で生まれ、惣菜を食ったことで進化した軽母ヌ級。外に出ることも出来て、散歩も出来て、しかも今は全身丸洗い中。至れり尽くせりで、表情はなくても気持ちよさそうにしているのが誰の目から見ても明らかだった。
保護した忌雷と同様に、洗浄していくうちに臭いは多少薄れていく。とはいえ、元が酷かったということもあり、薄れたと言ってもまだキツイ方。忌雷はそこからさらに体内洗浄まで行なって臭いを薄れさせたが、ヌ級の方はというと──
「ガブガブ」
「大丈夫にゃ? お腹壊したりしない?」
「大丈夫ダト思ウ。美味シクハ無イケド」
「いや、薬だから当たり前なんだよ」
案の定、洗浄液ガブ飲みである。あるかわからない胃の中にまで洗浄を行き届かせて、汚れをしっかり洗い流す。今回も洗ったことで流れた水は海に流し、それを即座に濾過することで、穢れが拡がることを防いでいた。
この辺りは2回目なので、睦月が既に準備済み。大発動艇そのものが、島内で保護された何者かを洗浄するためのアイテムで埋め尽くされているほどである、
「もしかしてさ、ここからもまだまだ増えるって予想してる感じ?」
「にゃし」
最初から大発動艇に専用の道具が載せられているという時点で、
何もなければ別にいい。準備するに越したことはない。ただ、1体2体と増えてきたなら、3体4体とさらに現れてもおかしくはない。
「戦いが終わってから急に2体出てきたんだよね……なんでだろ、戦いの間は自重してくれてたとか?」
「もしくは、意図的に抑制されていたか、ですね」
「それだと嫌だなぁ。あたし達がアデを始末したから深海棲艦が生まれるようになったみたいで」
急に出てくるようになった理由はわからない。しかし、これまでも出てきておかしくないモノが、今になって目立つようになっているのは、どうしてもコレまでは対策が出来ていたのではと予想してしまう。
阿手は深海棲艦に対しての真理解明が出来ていたと言ってもいい研究者だ。何をどうすれば深海棲艦の誕生を抑制出来るかを理解していた可能性もある。
とはいえ、保護した忌雷といい、洗浄中のヌ級といい、生まれたのは商店。あの傷んだ惣菜がそれを生み出したのではと思えるような絶妙なタイミング。食材という最悪な使われ方をした妖精さんの、その怨念から生み出されたと言っても誰も否定出来ない。
しかし、怨念振り撒く惣菜を食べたことによって知性を手に入れ、妖精さんと殆ど同じような行動が出来ているというのだから、また何かわからなくなってくる。深海棲艦が生まれるのは穢れがあるからというのはもう誰もが知っていることではあるが、島はそれとはまた違ったモノとも思えるところ。
「今のところ発見された2体は、これまでの者共とは別モノと白雲は考えておりまする」
「あ、やっぱりそう思う?」
「はい、環境が違いすぎますから。白雲が思うに、穢れにも
白雲の言葉に、グレカーレは確かにと納得した。戦場で生まれた穢れ──コレまで後始末屋が片付けてきた現場と、戦いもないのに穢れが蔓延しているこの島は、根本的に質が違う。残骸に染みついた感情に、明確なズレが生じている。
この島の穢れには、戦場にはない『理不尽さ』がある。それがカタチになったからか、現れる深海棲艦にも理不尽さ──例外さが芽生えてしまっているのかもしれない。
穢れの質については、調べる術はない。そのため、この憶測は最初から最後まで憶測以上にはならない。とはいえ、思った以上的確な憶測な気がしないでもない。
「故に、これ以上に増えることもありましょう。長年溜め込まれた穢れ、戦場のような一過性ではありませぬ。常に生み出し続けると考えてもよろしいかと」
「ふむ、ならば後始末は出来ないということか?」
「断定は出来ませぬが、
そうであってほしくないが、現状から考えられるのはそれ。酷いことを長い年月積み重ねてきたことによる弊害、そして当然の帰結。島全体が妖精さんを筆頭とした被害者の理不尽に対する怨みから生まれた穢れによって包まれているのならば、それはもう元に戻すことは出来ない。
強いて言うならば、この現場に対して真摯に向き合い、その怨みを晴らすかのようなことをすれば、多少は薄れるのではないかと思える程度。
「そういえば、ミユキが慰霊碑建てようって話してたよね。それ、この島の環境にとっても必要かもしれないね」
「白雲もそれを思い出しました。お姉様の優しき提案は、この島を変えることに繋がるかもしれませぬ」
慰霊碑という鎮魂をカタチにした存在は、その怨みをある程度鎮めることが出来るかもしれない。そう思ったグレカーレ達は、後始末が終わったらなんて言わずに、今すぐ建ててもいいのではと提案することにした。
とはいえ、多少は落ち着かないとそういうことをやりようもない。汚いところに慰霊碑を建てたって、それは鎮魂どころか冒涜だ。お前達はこの程度でいいと言われたら、怨みは晴れるどころか一層強くなるだろう。
ちゃんと片付けて、せめてそこだけは穢れが無くなる、少しは薄くして
「何処に建てるかは我々には見当がつかん。そこは上に任せるしかないだろう」
「だね。あたし達でどうにか出来る話じゃないし。それに……それが出来るまでにどれだけ生まれることやら」
後始末5日目にして2体。知っている限りというのが恐ろしい話で、与り知らぬところでどんどん増えている可能性だって普通にあり得るのだ。
ヌ級の洗浄がある程度終わったところで、今度はヌ級をどうするかという話になる。やはりうみどりで保護という流れになると思うのだが、忌雷と違って話せるというのが少々都合が変わるところ。
「アンタ、うちで保護したいんだけど大丈夫?」
グレカーレに言われると、ヌ級は少し考えるような蠢きを見せる。腕を組むようにすると、アーと唸る。
「なんか不都合とかあった? ここから離れられない理由とか」
「ウウン、別ニ離レルノハ大丈夫。デモ、マタアレ食ベラレル?」
アレとは当然、傷んだ惣菜である。美味しいと言っていたこともあり、明確な好物となっているようだ。
ヌ級をここまで連れてくる時に、商店のモノは全て置いてきている。今もまさに傷み続けているとも考えられる。だが、ヌ級はそれを処理することが出来るわけだ。ここからさらに進化してしまいかねないが。
そしてそれは、うみどりに保護された忌雷にも言えること。あの段階で保護したからあの段階で止まっているだけ。忌雷は言葉にしないだけで、その意思があるかもしれない。
「アレ、あたし達的にはあんまり食べてほしくないんだけどなぁ」
「ソウナノ? デモ美味シイヨ?」
「あたし達には食べられないんだわ。それに、中に入ってる材料が、あんまりイイモノじゃなくてねぇ」
「デモ美味シイヨ?」
「美味しいと食べていいはイコールじゃないんだわ」
ヌ級は相変わらずのマイペースっぷり。散歩したい、食べたいと、自分の欲に非常に忠実。言葉に出来る分、その欲を明確に表現してくる。そのせいで、どうしようかと悩まされる。
「あの惣菜よりも美味しいモノを知ってもらわないと、多分ずっと食べたい食べたい言い続けるよコレ」
「かつてのムーサ様のようですね。今は高波様が面倒を見ておりますが、やっていることは同じでしょうし」
「だねぇ……さて困ったぞ」
ヌ級の欲を抑え込むのはかなり難しいだろう。ここから食べられないなら敵対なんてことは無いとは思うが、その欲は延々と垂れ流し続けることだろう。
だが、ヌ級は自分が食い尽くしてしまえば次はないということにも気付いていない。今は沢山あるが、そのうちそれも無くなる。そもそも傷みすぎてヌ級ですら食べられなくなる可能性だってある。そのことに目が向いていない。目の前の美味しいモノに対して反応しているだけ。
「……美味しいと言っているだけならば、その味の再現さえ出来れば、ヌ級さんは満足するのでは?」
フレッチャーがそう言うものの、ならその再現をどうするのだという話に繋がる。
そもそもが、妖精さんを材料にしているような残酷な料理だ。特殊な調理方法だってあるかもしれないし、そもそも本来ならば作ってはいけない料理である。
そう言ったところも理不尽極まりない。ここの穢れがあるからこそ生み出されたモノ。
「味の再現か……いや、うん、なんかセレスなら出来るんじゃないかなって思い始めてきた」
うみどりで料理といえば、食の探究者セレス。万人に美味しいと言ってもらえる料理を追い求める、常に学びを忘れない、研究に没頭し続ける料理人。今も忌雷の臭いを消すための料理を考え、実践しているくらいである。
そんなセレスならば、この理不尽を乗り越えてくれるのではないかとよぎった。元の材料が材料だけに、不可能に近いとは思うが。
「この素材でないと出せない味とか、妖精さんの血があるから美味しいとか、そういうこと言われたらお手上げだけど……。でも、ここに巻き込むのはちょっとなぁ……」
「なら、あくまでも別のベクトルの美味しいで、ここの惣菜を超えてもらうしかない、ということでしょうか」
「だねぇ。ひとまず一度保護させてもらおう。ヌ級、一旦一緒に来て」
「ワカッタ。ヌキュー少シ我慢スル。デモ、マタ食ベタイ」
何も保証出来ないのは残念だが、後始末を続けるためにはどうしても離れてもらわないといけない。そこに関しては保留にせざるを得なかった。
だが、やはりというか何というか、ここで発見される深海棲艦は、コレだけでは終わらなかった。
聞き分けはいいけど、こういう欲って放っておくと何処かで爆発しかねないんですよね……。