後始末5日目は、夕方から雨が降ってきたことで中断。うみどりはそのまま作業終了となり、みずなぎとうみねこは雨の具合によって作業をどうしていくか決めていく。
だが、雨で困ったことは作業効率とかではない。山に棄てられていた遺体を撤去した後の体液まみれの土が、雨によって流されてしまうことだ。流れて綺麗になってくれればいいのだが、そうはいかない。1箇所に固まっていたとしても、それが流されて拡がってしまうことは、誰にだって考えられることである。
それが流されて拡がってしまうことは、誰にだって考えられることである。
遺体が濡れずに済んだのは御の字ではあるのだが、それ以上の被害がこれから起きるかもしれないと思うと、少々憂鬱な者も何人かはいる。
「海の上じゃあ雨降ってたのか」
「中だとわからないのです」
本日分の海中での仕事を終わらせ、うみどりへと戻ってきた深雪と電。他の潜水艦部隊の面々も続々と帰投していく。
浮上してみたら雨が降り始めているということを初めて知り、海中の作業は海上の様子がわからないことを実感した。改めて作業環境の違いを理解する。
「お疲れー」
「おう、お疲れ……って、なんか凄いことになってんぞ」
グレカーレが疲れた顔で深雪達を出迎えるが、その制服の汚れ方を見て驚く。ところどころではなく、見てわかるレベルで土や血で汚れ、ついさっきまで作業をしていたということがわかるほど。
白雲も同じであり、こちらは今は黒い着物姿だからいいものの、見てわかるくらいには汚れている。海上で作業していたらこうはならないという汚ればかり。
「あたし達、今日は島に行っててさ、そこがまぁ酷いの何の」
「研究などで不憫にも投棄された亡骸を、本日中に出来る限り撤去したのです」
「……なるほどな。もしかして、あの山ン中だったりしたのか」
「そうそう。山の上の方でね。ほら、まだ奥に運ばれてないのもあるんだよね」
言われて気付く、遺体袋の量。今はここに安置するしかないと、工廠の端に寝かされている。
1つや2つなら気にならないかもしれないが、それが10も20もあると話が変わる。その異常な量は、顔を顰めるには充分だった。
「どれだけやってたんだよアイツ……」
「人間も、艦娘も、深海棲艦も、妖精さんだって棄ててあった。アレは酷いモンだったよ」
「……酷すぎるのです……もうこんなことにはならないですけど……それでも浮かばれないのですこんなの」
電はもう涙目である。ここまで凄惨な光景を見ることになるのは予想していなかったようである。
実験台にされて命を失った者達は、雑でも弔われているモノだとばかり思っていた。極端なことを言えば、亡骸はあればあるほど嵩張るのだから、なるべぬ数を減らしたいだろうと思っていた。
しかし現実はコレだ。弔うこともせず、ゴミのように投棄し、そして穢れを溢れさせられる要因を作り続けている、
阿手にとって、全ての生物がただの実験台なのだということを嫌という程わからされる。使い終わったらもう興味がなく、そこが後々どうなっても構わないから、邪魔なモノを自分の視界から消す。その結果が山への投棄である。
「ここで安らかに眠ってほしいな。救うのが遅すぎたとは思うけどよ」
「なのです……穢れを溢れさせるのだって、こんなことをされたら仕方ないのです。怒って当然なのですから……」
せめてと、遺体袋の方へと向かい、鎮魂のために手を合わせた。もうこんなことが起こらないようにと願い、今ここにいる者達の冥福を祈る。今やれることは、それだけしかないのだから。
「これだけあったら、そこで深海棲艦も生まれちまってるんじゃないか?」
「うん、察しがいいね。いたよ、深海棲艦。しかも姫」
「マジか。今どうしてんだ」
「我々が立ち入らない区域で、この者達の供養をしております」
驚いた顔をする深雪。供養という言葉が出てくるとは思っていなかった。
「南方戦艦新棲姫っていう奴なんだけどね、ほら、あっちの方にアイツの艤装が置いてあるんだけど」
「ん? ああ、本当だ。知らねぇ艤装があるな」
「アレの持ち主がさ、その、亡骸を食べちゃったらしくて……そこから姫に進化しちゃったらしいんだよ」
うっと口元を押さえる電。惣菜のように妖精さんが加工されているとかならまだしも、亡骸をダイレクトに行ってしまったと考えると、どうしても気分が良くない。
しかし、その時はそうせざるを得ないくらいに空腹を感じており、かつ深海棲艦であるが故に倫理観がなく、本能的に衝動的にその場にある食べられそうなモノに手が伸びるのは仕方ないことかと納得するしかない。
「その結果、姫は人間の気持ちを取り込んでしまったようなのです。亡骸の群れを見て、辛い、苦しいと感じ、弔おうと考えたと当人が語りました」
「……そう、か。何だか、壮絶だな……」
「しかし、その場で出来る手段が埋葬、土葬だったものですから、そのままやらせていたら島の穢れが今以上になってしまいます。そのため、我々で止めに行ったのです」
なるほどなと深雪はひとまず理解。その後、弔いの気持ちを持ち続けていることから、うみどりでの遺体の供養をしたいと申し出たことも納得が行く。
今もまだ立ち入り禁止区域で供養をし続けているというのだから、その気持ちは本物であり、とても大きい。優しい深海棲艦ならば、そのまま友達にもなれるだろうと少し明るい気持ちになれた。
「あと、やっぱりいたんだよね、あのでっかい忌雷からもっと進化しちゃったようなヤツ」
「いたのか……そいつは?」
「今は検査中。工廠の奥でいろいろ見てもらってる。忌雷よりやりやすいみたいだから。喋れるし」
「喋れるのかよ!」
ヌ級は現在、明石達の手によって調査中。肥大化した忌雷より、人の言葉を介することが出来る分、何かした時、された時に、自分の意思が表現出来るという利点がある。
忌雷は常に工廠の雑務を手伝っていたが、ヌ級は保護されてからずっと調査尽くしだったようだ。
「……マジでこの島はおかしいことばかりだな。悪い方向で」
「なのです……優しい深海棲艦がいてくれたのは嬉しいことですけど、素直に喜べないのです」
顔を見合わせ、少しげんなりしながら溜息をついた。
身体を洗浄し、艦娘の姿に戻った深雪と電は一息ついた。海中の作業もハードであることは変わらず、煙幕の展開がほぼほぼ終わったとはいえ、沈んでいる残骸はまだまだ数多く存在している。
深雪と電も、今はひたすらに海底に落ちている残骸や亡骸を拾い集めていく作業に従事しているのだが、それが一向に終わる気配が見えない。海上よりも海中の方が作業出来る人員が少ないというのもあるのだが、長年蓄積されたゴミの量は本当に異常であり、一部は砂を被っていたりもするので掘り返す必要すら出てきている。
今はひたすら地道に進めるしかなかった。スピード重視の伊203ですら、その選択をしている程である。急がば回れ、目につくモノをひたすら片付ける方が早く終わると判断している。
「結構強く降ってきたな」
「なのです。島の中もびしょ濡れになっちゃいそうなのです」
音が聞こえるほどに降ってくる雨。風は無いようだが、とにかく雨が多い。どしゃ降りと言っても過言では無い程になってきている。
「いやぁ、こんなに降ってくるなら、遺体運びを大急ぎでやって良かったよ。というか、今日見つかって良かったんじゃない?」
「その通りにございますね。雨ざらしになっていたら、より強く穢れを溢れさせそうです」
従事した作業が、こういう点でも功を奏したことに安心するグレカーレと白雲。亡骸が誰にも気付かれずに雨に打たれていたら、それこそ怒りと憎しみが増しそうな感じがするだろう。そこから救い出せただけでも充分。
しかし、ここから危惧しなくてはならないことも沢山ある。その一つが、山に残されてしまった遺体の体液。雨のせいで土に染み込んだり、山の麓まで流れ落ちてしまうことも考えられる。
ただでさえ強い穢れが、この大雨のせいでどんどん拡がっていくとなると、考えられることは一つ。島全域での深海棲艦の発生である。
「明日くらいからヤバいことになりかねないな……」
「だよね。後始末の前に討伐戦とか起きちゃうかもしれない。それに、まだ知らないところで生まれてるかもしれないしね」
「予想出来ちまうから困るな」
島が純粋な深海棲艦ばかりになって占拠される可能性も無くはないのだから、考えると頭が痛くなる話。
戦いが終わった場所で、新たな戦いが始まらないようにするのが後始末屋の仕事なのだが、その後始末屋のやり方を嘲笑うかのように火種は無くならない。
「集落といい、山といい、どんだけ自分勝手に汚せば気が済むんだろうな、あのクソ野郎」
明らかな苛立ちを見せる深雪だが、すぐに深呼吸して感情の昂りを抑えた。ここでイライラしても仕方ないし、どれだけ愚痴っても状況は変わらない。そして、その元凶はもうこの世にはいないのだ。いたところで片付けを手伝うようなことは絶対にしないだろうが。
「こんだけ汚れてるってなると、慰霊碑を建てるのはまだまだ先になっちまうか」
「なのです。少しは片付かないと、慰霊碑そのものも汚れてしまいますし、生まれた深海棲艦に壊されちゃうかもしれないのです」
島で新たな戦いが発生してしまったら、建てた慰霊碑も破壊されてしまう可能性がある。鎮魂を目的としているモノを壊されるだなんて言語道断。しかし、深海棲艦にその辺りを説いても、余程のことがない限り、聞く耳を持つはずがない。
「なるべく穢れを落としてからでないとな……この雨はちょっと嫌な時に降ってきやがった」
「天気に文句は言えないからねぇ。まぁ、明日になればわかるでしょ。湧いてたら、その時はその時だね」
これには頷くしかなかった。
新たな深海棲艦を2体も加えて、後始末5日目は終了。順当に進んでいるとは思われるが、それでも行っては引き戻されを繰り返している気がしてならないと、深雪は内心思っていた。
今回は深雪と電の状況把握回。主人公チームが海中で変わり映えのしない作業をしているということで、ちゃんと知る機会が毎日必要になる。