翌朝になっても、雨はまだ降り続けていた。しかし、夜中ほどの激しさはない。ザーザーではなく、しとしとと言った感じ。この中で作業をするのはなかなかに難儀だと思わせるくらいには降っている。
どしゃ降りでは雨天決行とは言い難いモノだが、これくらいならば後始末はやる方針。ここからまた雨足が強くなってくるようならば、その時に考えることになる。
後始末は時間との勝負の部分も多々ある。特に今回は、雨による穢れの拡大が危惧されていることもあり、後始末が出来ないにしても、島の確認は必要となる。
「ちょい眠てぇけど、まぁ大丈夫だな」
深雪は深夜の邂逅の後、さらに少しだけ話して眠りについた。伊豆提督は、ほぼ飲まず食わずで供養を続けていた南方戦艦新棲姫に夜食を振る舞おうと食堂に来ており、残り物からさっくりと作り上げたモノのおこぼれを貰っていたりする。そのおかげで、事が済んだ後はすんなり眠ることが出来たようである。
夜にそんな事があったとは、電は気付いていなかった。朝になって初めて知った程。
「今日も海ン中かな。雨とかも関係無いし」
「なのです。まだまだお仕事はいっぱい残ってますし、電達は変わらず海の中だと思うのです」
「今は雨だけだもんな。風とか吹いてきたら話は変わるかもしれねぇけど」
着替え終わり、食堂でいつも通りの朝食。作業前の腹拵えの場へ。
そこには、さも当然のように巫女服姿の南方戦艦新棲姫が朝食を摂っていた。ちゃんとした挨拶も出来ていない状況のため、ここで初めて見る者達も多少はいる。その者達は、驚きで一歩前に出ることが出来ていない。島に向かい、作業をした者達でも、まさか巫女服でここにいるとは思っていないため、そちらで驚くことになる。
「オカシナモノデモ見ルヨウナ視線ダナ」
「いや流石に予想してないっしょ、いるだけならまだしも、そんな格好してるのは」
「死者ヲ弔ウタメノ正装ナノダロウ」
「あー……うん、そーゆーことにしとこう」
グレカーレもツッコミを放棄した。とはいえ、たった1日でここまで馴染んでいるのは誰もが想定外である。
「はい、みんなおはよう。少し遅れちゃってごめんなさいね」
そんな話をしているところで、伊豆提督が食堂に到着。昨晩は遅かったこともあり、疲労は見せないものの、少し遅い時間での登場となる。
「見てわかる通り、昨日の後始末の時に保護したこの南方戦艦新棲姫……と毎回呼ぶのは大変だろうから、名前を決めてあげましょうか。じゃあ、クロトちゃんとしましょう。クロトちゃんは、うみどりで死者の供養をしたいと申し出てくれたの。だから、今日からは立ち入り禁止区域で働いてくれるわ」
南方戦艦新棲姫あらためクロトは、この島で見つかった遺体を弔うために、しばらくはうみどりに滞在すると宣言している。
この島の後始末が終わった後はあまり考えていないようだが、少なくとも後始末屋にいれば、供養の機会はまた訪れるだろうと、基本は住ませてもらっている分何かしら雑務をしつつ、その時を待つらしい。雑務と言っても、基本は供養のための準備。今なら火葬したことで出来上がった遺骨と遺灰の整理などになる。
「あと、同じように保護されたヌ級ちゃんは、サイズがサイズだけにここまで来ることが出来なかったわ。だから、基本は工廠にいるからそのつもりでお願いね。保護した忌雷と一緒に、工廠で雑務をしてくれるそうよ」
そして自らヌキューと言っている軽母ヌ級は、横幅の問題で食堂に来ることが出来なかったため、今は工廠で忌雷やクロトの艤装と共に待機中。工廠から見える島の景色を眺めながらまったりしているのだとか。いや、それはおそらく、あの集落で見つかった惣菜に思いを馳せているだけかもしれないが。
「アノ子達ノ好物ノ味ハ、今モ研究中。デモ、ナカナカ難シイワネ。傷ンダ惣菜ノ味ナンテ、例エヨウガ無インダモノ」
セレスもこれには困ったように笑うしかなかった。食の探究をしている中でも、最高峰の難易度とも言える。妖精さんの要素を入れられ、さらに酷く傷んだモノの味。そんな自分で食べることもままならないモノを食べずに再現するなんて、現実に可能なのか。
しかし、セレスは探究者。万人受けする夢の食を目指す者。ヌ級や忌雷が美味しいと言えるモノを作り上げることは、その夢を叶えることにも繋がるはずだと、いろいろとやっている合間に考えているようである。流石に一度実食したいという希望だけは、周りが止めたようだが。
「では本題。今日は雨が降ってしまっているけれど、どうしても調査をしないといけないことがあるわ。多分みんな気付いていると思うけど、島の中がかなり大変なことになっていそうなの」
これはもう誰もが危惧していること。昨晩のどしゃ降りのこともあって、何が起きていてもおかしくない島内の調査と後始末。これが今日、むしろ今日
深海棲艦が発生する確率は海の方が多いのだから、海上を優先するのは普通のこと。しかし、島の方が格段に穢れが多いとなると話は変わる。ただでさえもう3体の深海棲艦が現れていることを考えると、島の方を早急に後始末しないと大変なことになる。
「もっと早く始めるべきだったわ。ここまでになってからにしちゃってごめんなさいね」
最初からやっていたら、大急ぎで確認しなくてはいけないなんてことにはならなかったかもしれないと、伊豆提督は謝罪する。それは流石に艦娘達も理解しているので、何も咎めるようなことはしない。
「海中での作業は続行してもらうけれど、深雪ちゃんと電ちゃんは海上の方に戻ってもらうわ。戦力をそちらに強くしておきたいから」
「了解だぜ」
「なのです!」
潜水艦の戦力が多く欲しいのは事実だが、ここまで来ると島側の戦力の方を増やしておきたい。そのため、特異点組は今日から海上、むしろ島内での作業に変更。後始末をしながらの探索となるので、荷物などは多くなるものの、深雪も電も大発動艇が運用出来るということで、島での後始末では重宝されることになるだろう。
「まずはクロトちゃんの生まれた山の状況から確認するわ。あとは、集落ね。人が住んでいたということは、それだけ何があってもおかしくない場所だから」
「あの学校も、だよな」
「ええ。学校も早めに見ておいた方がいいわね。ただ、建物を崩してどうこうするというわけではないから、やることは清掃と考えてちょうだい」
雨が降る中の作業開始。ここから、新たな戦いが始まる。阿手の最後の厄を落とすための戦いが。
深雪と電は今回も深海棲艦化した状態での作業。ただし、水着に着替えることはなく、海上の装備での後始末。
「まずは山の状況を見ましょう。空母隊全員で、島を確認するわ」
何も見ずに島に乗り込むのは流石によろしくない。なので、艦載機を使って事前に確認を始める。
最も怖いのは、あの山で地滑りなどが起きてしまっていることだ。乗り込むこともままならなくなり、後始末も手間がかかる。
この島だって長い年月そこにあったのだから、多少の雨風でどうにかなるようなことになるとは思えない。地下施設が造られているのも何年も前のこと。その間に台風などが来ていてもおかしくないのだから、それで耐えられているところからして、土砂などの心配はそこまではしていない。
しかし、戦禍に見舞われたこと、そして少しでもクロトが掘り返してしまっていることがあるため、地崩れが少ししやすくなってしまっているのもある。
「全員で出せるだけ出して全部見るわ。雨が降っているから気をつけて」
加賀が号令を放つと、一斉に艦載機が飛んでいく。翔鶴や祥鳳に加え、三隈と神威も水上機を飛ばして確認。雨の中なので全員が濡れてしまっているが、気にすることなく作業に従事する。雨合羽を着用してもいいのだが、作業がしにくくなるということで、濡れ鼠になることを厭わない。
「電も出すのです」
「ええ、お願い。視点が増えるだけでも助かるわ」
電もマルチツールに艦載機を1機とはいえ搭載しているため、空母隊の作業を手伝う。艦載機の数ではなく、目の数を重視しているため、加賀は電の参加表明を喜んで受け入れた。
「島は広いわ。手分けして見ていきましょう」
「はい、では右手に向かいます」
「ならば逆側を。加賀さんは中央でお願いします」
「ええ、電、貴女の艦載機は私についてこさせて」
「なのです!」
「三隈のは翔鶴さんへ」
「では祥鳳さんにつけましょう」
空母隊の華麗な連携で、雨の中でもお構いなしに、島への哨戒を進める。今ならば、上から見るだけでも何かが現れていてもおかしくない状況だ。穢れが流れてしまっている今、昨晩だけで何かが生まれている可能性は充分にあり得る。
「妖精さんから報告、来ました」
ここで翔鶴の表情が一変する。
「深海棲艦、多数確認。イロハ級ばかりですが、今だけで3体見えます!」
「やはり出てきたわね……穢れが拡がったことで、発生率が上がってるわ」
「こちらでも確認! イロハ級ですが2体!」
祥鳳からも報告。逆側にも生まれている。
「……正面、山の方にも生まれているわね。これまで蓄積されていた穢れが、一斉に芽吹き出したような雰囲気よ」
「なのです……電にも見えました」
そして、海側ではない陸の方、そこにも深海棲艦の姿を確認。クロトがいたであろう山の奥。そちらで生まれているのを確認出来てしまった。
穢れさえあれば、海でも陸でも関係ない。堰を切ったかのように、深海棲艦が次々と現れ始めている。
やはり、雨がキッカケとなって穢れが拡がり、急激に深海棲艦発生率が莫大になっている。
南方戦艦新棲姫の呼称はクロト。モイライの1人にして長女で、紡ぐ者という意味。モイライが割り当てるというところから、人に割り当てられたモノ、寿命との関連性から、死や生命に関連付けられています。