しとしとと雨が降る中、島内の後始末に乗り出したうみどり。昨晩の土砂降りのせいで、島内に穢れが流れ出してしまっている可能性が高く、深海棲艦が発生している確率も格段に上がったからである。
そして、その危惧は現実のモノとなってしまった。向かう前に空母隊が哨戒機を発艦させて念入りに確認しようとしたところ、イロハ級とはいえ既に発生していることを確認。それも、陸での発生を、である。
「すぐに対処した方がいいわ。哨戒機は出したままにしておくから、出撃をしてちょうだい」
島にいる以上、空爆をすれば島を滅茶苦茶にすることになる。後始末をしている今、余計な仕事を増やすわけにはいかない。そのため、空母以外の戦力で叩くことになる。
とはいえ、砲撃などをする必要はあるので、戦いの中でどうしても島が散らかることはあるだろう。これはもう許容しなくてはならない。
「山にいる個体が一番強力ね……厄介なことに、駆逐ラ級よ」
「ラ級……? 初耳なんだけど」
「簡単に言えば、
並の姫よりも強いイロハ級はレ級やネ級もいるが、それに輪をかけて厄介なイロハ級、それがラ級である。
イロハ級という括りにされているのは、それが量産型、つまり特定の条件が重なると、同じ個体が大量に発生することから。戦場を選ばず、とにかく現れては、艦娘達に対してその恨み辛みをぶつけてくる。
そして何よりイロハ級として別格なのは、
「なんだそりゃあ……でも、ここで生まれたなら何か違うことになってるかもしれねぇよな」
「ええ、だから、山には深雪と電に向かってもらいたいわ」
「説得出来るかもしれねぇってことだよな。了解だ!」
普通のイロハ級なら、説得も何もない。本能を本能のままにぶつけてくるだけ。戦闘を免れることは難しい。何せ、ほぼ獣のようなモノだから。
だが、ラ級は少々話が変わる。この特殊な環境で生まれているなら、姫と同じように対話が成立するかもしれない。それこそ、ヌ級という少々ベクトルは違うが話せるイロハ級も現れているのだ。可能性がなくはない。
「どうしても戦いになっちまったら……その時はぶっ斃す。でも、可能性は捨てねぇ」
「ええ、それがいいわ。戦いは余計な後始末を生むし、何より戦いたくもない相手なら戦う必要が無いんだもの。攻撃されたら反撃する。それがいいわ」
あくまでもこちらからは攻撃しない。それがうみどりのやり方。出来るなら対話から。それを厳守して、この戦いに挑む。
右、左、中央と3つの戦場が発生してしまっているが、最も厄介なのはやはりラ級が現れてしまった中央、完全な陸、山の中での戦い。海の上でも、地下施設の整備された場所でもない、雨で重くなった土が足場の不安定な地。まともに動こうにも、足が滑ることは目に見えている。
「あたしと電が説得してみる。もし攻撃されそうなら」
「夕立が守ってあげるっぽい!」
部隊のメンバーは、説得のための特異点、深雪と電に加え、急な攻撃に対して『ダメコン』による防衛が可能な夕立。トラでも良かったが、やはりその艤装のサイズが問題となり、小柄だが同じ力を持つ夕立が抜擢された。
「少数で、かつ小柄で無ければ難しい戦場となると、やはり我々でしょう」
「ああ、何往復しているかわからなくなってきたが」
「今回はお姉様の対話をしやすくするため。この白雲、全身全霊で援護いたします」
白雲と磯風ペアは今回も抜擢。『凍結』コンボは、今回も有用。しかも、今は雨が降っているということもあり、水分が多ければ凍らせられるところも多くなる。
なお、グレカーレは別の戦場へ。もし戦闘になった場合、あの剛腕が邪魔をする可能性を自分から訴えた。山の中でも、木々が多い森では、後始末には向いていても戦闘には向いていない。
白雲の鎖もあまり向いてはいないのだが、そこは使いよう。振り回すのではなく、振り払うように使えば、木々を避けながらの攻撃も可能だろう。最悪の場合は、木々を折りながらの戦いになってしまうだろうが。
そして最後の1人は、うみどりの外からの援軍。
「ちょっと先行して見てくるよ」
「頼んだ!」
木に登り、その上を跳んで突き進む川内である。軍港鎮守府からの援軍であり、夜戦忍者の異名を持つ川内は、この島での戦いでもその身軽さで先行して状況把握と情報収集を率先してやっていたが、今回も同じこと。雨の中のため、足場が不安定ではあるが、身軽さは他の追随を許さない。夕立も出来そうだが、本業に任せるべきだと川内にやってもらっている。
海上よりも身軽なのではと思える程の身のこなしでガンガン前に進んでいく姿はまさに忍者。当然、身の危険がありそうならば、深追いせずに戻ってくる。
「電、
「なのです。ちゃんと用意してあるのです」
「もしかしたら、それで何とかなるかもしれないもんな」
電がマルチツールに大切に格納している
島で生まれた深海棲艦は、何処かしら通常の個体とは違う。それがこちらでも起きている可能性は非常に高い。
「戦わずに済むならそうしたいのです」
「だよな。話が通じることを祈るぜ」
川内が跳んでいった方へと、深雪達は歩みを進める。後始末を終わらせるために、その確固たる意志を見せるために。
その道中は、深雪達も少し顔を顰めるような様相ではあった。雨により緩んだ土。それだけなら良かったのだが、問題はその色。
「これ、亡骸の色、だよな」
「何処か赤黒いのは、血、なのです……」
赤土というわけではないのに、所々で生々しい赤黒さが混じっている。山に投棄された亡骸が遺した体液が、雨によって流され、山を下ってきているという証拠。肉片などが見えるわけでは無いが、それでも恐ろしい程に痕跡を残している。
「これを辿っていけばゴールっぽい?」
「それで済めばいいけどな。川内さんは、割とコレの通りに向かってる感じに見えるけど」
土だけでは無い。木々にも一部付着しており、しかも雨で洗い流されないくらいにベッタリとへばりついているところも。
それだけ雑に扱われていたのだろうと察することが出来る有様に、深雪は思わず溜息が出た。
「いたよ、ラ級」
先行していた川内が戻ってきて、深雪達の前に降り立った。木を伝って現れる様は、まさに忍び。
「個体としては、多分初期型。生まれたばかりだからかな。ただ、普通のラ級より、少し凶暴に見えた。ゼエゼエ息をしてたんだよね」
木の上から見つからないように観察していた川内からの情報は、そのラ級の普通とは違う部分。
ラ級は量産型ではあるが個体差が多くある存在であり、ここに発生したのはいわゆる初期型と言われるモノのようである。それでも人語を口にすることは可能であり、完全な人型をしているのが特徴。姫だと言われたら信じてしまいそうなくらいに、完全に人型である。
川内が言うには、それは険しい顔をしながらゼエゼエと荒い息を吐いていたという。
凶暴に見えたという部分は、イラついているように周りの木をガンガン殴っていたというところから。そして、ボソボソと何か言葉を発していたようである。高い場所にいたため、それが何を言っていたかはわからない。しかし、聞き取れないくらいでもそれが言葉であることはわかったという。
「暴れてるのは本能的なモノか……? でも、放ってはおけねぇな」
「なのです。すぐに行きましょう」
戦闘は免れることが出来ないかもしれない。だとしても、行ってみなければわからない。
滑る山道を慎重に歩き、深雪達はそこに到着する。そこは木々が立ち並ぶ山頂。地面が斜面になっていない分、また、クロトが埋葬のために掘り返していた場所とはまた違う場所であったため、足場は比較的安定している。
「見つけたぜ……お前がラ級か」
そこにいたのは、聞いていた通りの完全な人型の深海棲艦。長い黒髪を二つに纏め、そこには特徴的な巻き角が生えた個体。服装もより姫のようなモノで、何処となく色が変わったフレッチャーの制服に近い。
それ以上に目を引いたのが、今の状況だった。周りの木々を殴っていたということもあって、その手には血が滲んでいた。真紅の眼が輝いていたが、それ以上に血走っており、その奥にある感情があまり読めない。怒りや憎しみが混在しているようで、何か別の感情も含まれていそうな、複雑な色。
そして、その端正な顔立ちに似つかわしくないのが、口周りについた泥。雨の中で何かをしたのか、拭い取ったように口に付着していた。発生した時にこびりついたのか、それとも別の理由があるのか。
「話は出来るか。何か言いたいことはあるか。あたし達は戦いに来たわけじゃない。お前と話をしに来たんだ」
深雪はまず意思を伝える。対話が出来るならそれに越したことはない。
対するラ級は、深雪をジッと見つめていた。特異点であるために、深海棲艦からは輝いて見えるはず。そのため、深雪の姿を見て少しだけ目を細めた。
「……タ……」
「何だ? 何か言いたいことがあるのか? ちゃんと聞くぜ」
何かを呟いたようだが、それが聞き取れなかった。そのため、もう一度言ってほしいと訴える。
しかし、ラ級はギリッと歯軋りをしたかと思うと、深雪に飛びつくように襲いかかった。
「んなっ!?」
「そーゆーのは、ダメっぽい!」
すかさず夕立が間に入り、『ダメコン』を使ってダメージを無くす。だが、衝撃は凄まじく、また地面が滑りやすくなっていることもあり、夕立は軽く後ろに飛ばされる。
その時、その呟きが何かがわかった。
「……オナカ……スイタ……」
クロトもそう言ってたわけだからね。