島の各所に現れた深海棲艦を対処するため、深雪達は最も厄介と思われる駆逐ラ級のいる山へと向かった。陸上での戦い、そして最初は説得といういつもの流れを実行するため、最善を尽くして歩みを進めた。
そして辿り着いた現場。そこには聞いていた通り、駆逐ラ級、その初期型タイプがいた。目は血走り、木を殴りつけていたために血を滲ませ、口元には泥を拭った跡。
そのギラついた目が深雪を捉えた瞬間、飛びつくように襲いかかってきたが、それは夕立が食い止める。しかし、その時に聞こえた呟きが、深雪達にはとても切実に聞こえた。
「……オナカ……スイタ……」
ただ、空腹を訴える言葉。今飛びついてきたのも、それが理由だとするならば、目の前に来た生きているモノ、しかも変に輝いている者を見て、食らいつこうとしたと考えられる。
もう食べられそうなモノなら何にでも行こうとするくらいには飢餓感が凄まじいようである。
「……クロト様が仰っていた通りですね。生まれた際に、激しい飢餓感に襲われたのだと。彼女もまた、同様なのでしょう。お姉様を食事として見ていたように見えますが」
「だよな……明らかに噛みつこうとしてきやがった」
「お姉様の腕には……特機が埋め込まれていますよね。もしや、それを嗅ぎ分けた……ということはありますでしょうか」
それも無くはないかもと考える。とはいえ、今のラ級にはそこまでの余裕が無いように思えた。どうしても何か食べたい、食べられそうなモノがあれば、何でもいいから口にいれたい。そんな気持ちが見た目からしてわかるほどだった。生きていようが死んでいようが、美味そうだろうが不味そうだろうが、とにかく腹に入れたい。それだけ腹が空いている。
口元の泥も、この地で何でもいいから食べたいという思いから、地面に落ちている何かを食べたと思われる。それこそ、ここまで来るのに遺体から流れた体液などを確認しているのだ。昨日の間に全て撤去していても、極僅かに食べられるところが残っていたかもしれない。
「フゥー……フゥ……」
ラ級は殆ど正気を失った目で深雪を見ている。どうにかして食べたい、ここにいる柔らかいモノなら、腹に入れられるはずだと。
「悪い、夕立。ちょっと押さえてくれ」
「ぽい! 深雪は食べ物じゃないっぽい!」
そのラ級を一度大人しくさせるため、夕立がその前を陣取る。レスリングのように構え、ラ級に襲われないように迎え討つ。
余裕のないラ級は、夕立相手でも一歩も引かないどころか、ターゲットを変えて夕立に喰らい付こうとする。だが、『ダメコン』を持つ夕立には、何をやっても歯が立たない。噛みついても、肌に牙が食い込むことはない。
「夕立も食べ物じゃないっぼい!」
言いながらも、夕立はラ級の首を掴み、自分から離れさせないように押さえつけた。
「電、アレを出してくれ」
「なのです。雨の中でも大丈夫なように、ちゃんと包んでくれたのです」
そうしてもらっている間に、電がマルチツールの中から準備していたモノを取り出す。それは──
「ラ級さん、お腹が空いているのですよね。そう思って、持ってきているのです。セレスさん特製の、美味しい美味しい、おにぎりなのです」
アルミホイルに包まれたおにぎり。海苔はないが、中にいろいろと具材が入ったモノ。
温かくはなくても、味は保証出来るとセレスも自信を持って提供する逸品。具材は新たに加わった母親コンビによる選択のため、素朴な味も期待出来る。
「どうぞ、貴女のために持ってきたのです」
アルミホイルを取り、おにぎりを見せる。通常より大きめなものが3つ。1つは五目ご飯が握られたモノ。残り2つは白飯だが、何かが入っていることがわかる。
それを見たラ級は、目の色が変わった。深雪や夕立と違って、明確な食べ物として認識出来るモノが目の前にあるのだ。食欲が全てを上回り、夕立から無理矢理にでも離れようとする。
ここまで来たら、押さえておく必要はない。夕立も拘束を解く。すると、跳ねるように電に飛びかかり、そのおにぎりを奪い取るように掴んだ。そして、がっつくように食らいついた。
「ア、アア……オイシイ……」
味わっているかもわからないくらいに平らげて、次のおにぎりに手を伸ばす。そして、ガツガツと音が聞こえそうなくらいの勢いで食べる。頬に米粒が付いていても気にせず、とにかく腹を満たしたいという気持ち一心で頬張っていく。
「お水もあるのです。どうぞ」
マルチツールに用意していた水筒を差し出すと、それも奪い取るように掴み、ゴクゴクと飲んでいく。後のことなんて考えない。とにかく今をどうにかしたい。ただそれだけを考えて、モリモリと食べていった。
今このラ級からは、怒りと憎しみが感じ取れない。ただ苦しかった飢餓感を癒すために、一切の余裕なく、ただ食べるのみ。
「本当にお腹が空いていたのですね……」
「みたいだな。でも、デカいおにぎりを3つも食えば、ある程度は満たされるだろ」
だとしても、満たされたら次は攻撃となられても困るため、白雲と磯風がいつでも『凍結』させられるように構えてはいた。相手はヒト型かもしれないが深海棲艦。本来ならば本能のままに暴れる存在。人語を介することは出来ても、それだけだ。事が済んだら、恩を仇で返してくる可能性もある。
深雪達はそうなってもいいように覚悟を決めてココにいる。仇で返されるなら、仕方ないが討伐するしかない。腹が満たされたから、次の本能──侵略に移るとなるかもしれないのだから。
「ハァ……ハァ……オイシ、カッタ……」
「そうか。それ、お前と同じ深海棲艦が作ったんだぜ。飢えてるだろうからってな」
対話になるかはわからないが、深雪はラ級に話しかける。聞いているかはわからない。理解しているかもわからない。だが、知ってもらいたかったので説明する。
ラ級は深雪の声に耳を傾けているように思えた。腹が少しでも満たされたからか、飢餓感から少しだけ目を背けることが出来ているようだ。
「……」
ご飯を与えてくれた電をジッと見つめる。
「ごめんなさい、もうあげられるご飯は無いのです。他にも貴女のようなお腹を空かせているヒトがいるかもしれないので」
一応おにぎりはまだ持ってはいる。しかし、ここで全部食べさせたら、後に出てくる同じように飢餓感を持った深海棲艦に分け与えることが出来なくなってしまう。
「今は無理でも、あたし達と一緒に来てくれたら、飯は用意出来る。暴れられたら、何も出来なくなっちまう。話、聞いてもらえるか」
深雪は諦めずに語りかける。うみどりに保護されてくれれば、その飢えを満たすことは可能だと。だから、大人しくしてほしいと。
すると、ラ級はそれを理解出来たのか、ようやく落ち着いたこともあり、のそりと動き出す。それはまるで、ついてきてほしいと言わんばかりで、ジッと視線を向けながらも、まるでお願いするかのように進んで行った。
「追うぞ。何か多分ある」
「襲ってこなかっただけでもありがたいのです」
「だな。川内さん、またお願いしていいかな」
「了解。先行するよ」
川内が再び木を飛び移ってラ級の行き先を予測しつつ先行する。ただ飢えているだけなら、すぐに保護されることを選んでいただろうが、そうでなく来てほしいところがあるということなのだから、普通の侵略者とは違う何かを持っていると思われる。
「……もしかして、他にもいるとか、か?」
そんな予想をした。ここで向かいそうなところがあるとすれば、仲間の場所。同じように飢えている仲間に、ご飯を分けてほしいという優しさを見せた可能性。
「山の裏側に洞穴があるよ。雨のせいでそっちに穢れが流れ込んだみたいだ」
川内の声。先行した先に、何やら穴があるらしく、ラ級はそこに向かっていると思われた。
このどしゃ降りのせいで、穢れを含んだ雨水が洞穴に流れ込み、そこでさらに穢れが増え、深海棲艦が生まれてしまったのでは無いかと考えられる。実際、穢れが見える眼鏡を使うと、これまでとは比べ物にならないレベルの穢れが、洞穴の中から立ち込めていた。
ラ級は案の定、その洞穴の中へと向かっていく。深雪達もそこについていく。
「……マジかよ。昨日の雨のせいで、ここまでやべぇことになってんのかよ」
その洞穴の奥。そこには、さらに2人のラ級が座り込んでいた。1人はポニーテール、そしてもう一人は、顔が見えない仮面を被った個体。
最初に現れたラ級は、初期型と言われているが、いわゆるα型とされる個体。洞穴の2人は、ポニーテールはγ型、仮面の方はζ型と呼ばれる個体である。
つまり、このα型は、姉妹のために食べ物を探していたと考えられる。飢えながらも、本能的に
「このヒト達にも、食べてもらいたい、ということなのです?」
α型はそれに答えることなく、ジッと電を見つめていた。無言の肯定と見做して、電はおにぎりを用意する。マルチツールに残されているおにぎりの包みは3つ。そのうちの2つを渡すと、目の色を変えたようにγ型とζ型が飛びつく。ζ型は仮面をうまく外して顔を露わにし、おにぎりを頬張る。
「オイシイ……オイシイ……」
「ムグムグ……ング……」
γ型は既に涙目になっている程だった。耐えきれない飢餓感に、洞穴の泥を食おうとしていたのが見て取れる凄惨な光景。昨日の後始末で見落とされた残骸のようなモノも確認されたが、それこそ小指の爪ほどの大きさのカケラ程度しかなく、そんなモノでは腹が満たせるわけがない。ましてや、ここには3人もいたのだ。
「とりあえず……戦いにはならなそうか」
「なのです。このまま行ってほしいのですけれど……」
おにぎりを食べるラ級達を眺めて、戦闘にならずに事が済めばと本気で願った。煙幕は出さないように我慢して。
このラ級達の行く末は、まだわからない。しかし、悪いことにはならないと、何となく感じた。
作者が一番好きなラ級はζです。