山の洞穴にいたラ級達と共に下山する深雪達の耳に入ったのは、他の現場での有様。ラ級達は
結果起きてしまったのが、共食いである。
「ま、マジで、言ってんのか……?」
「こんなところで嘘ついても何の得にもなんないでしょうが。完全なヒト型として生まれてるから、ラ級はそんなことをしなかった。もしくは、する直前で私達が間に合った。でも、他のところはヒト型でもないから……理性がないんだよ、きっと」
説明する川内も、心底嫌そうな表情を見せた。それが敵であったとしても、そんなことをしなくてはいけないくらいに余裕がない状況を作られているというのが、どうにもこうにも気に入らない。
そして何より怖いのは、共食いしたことによって、その深海棲艦が妙な進化をしてしまうことだ。クロトの前例もあるため、深海棲艦が何かを食べることが進化のきっかけなのではと思えるようになっている。それが一番厄介だ。
これまでこの島で何かを食べてしまって進化したモノ達は、取り込んだモノが良かったおかげで、うみどりでも保護が出来るような温厚な存在へと進化出来ているのだが、共食いをしている深海棲艦はほぼ純度100%の深海棲艦だ。ここで進化した場合、怒りと憎しみを持つ強力な姫になりかねない。
とはいえ、ラ級がこれであるため、進化した深海棲艦も物分かりが良かったりする可能性はあるが。
「今はラ級を保護することを優先してもイイと思う。あっちはあっちで他の部隊が行ってるでしょ」
「そうだけど、心配ではあるぜ」
「私もだよ。ただ、そこにある仕事は投げ出しちゃいけないね。それに、絶対に戦いになるとは限らないんだ。仲間を信用して、今は自分の仕事をやろうね。偵察は行ってくるから」
川内の言う通り、そちらの様子が気になるからと言って、目の前にいるラ級を放置するわけにはいかない。おにぎりを食べたおかげで少しは満たされているが、いつまた飢餓感に襲われるかわからない。それこそ、姉妹間で共食いという可能性も無くはないのだ。それだけは避けたい。
「じゃあ川内さん、他の現場は任せた。あたし達はこいつらをうみどりまで連れていく」
「あいよ。それじゃあ、気をつけて」
川内はまた木を登っていき、より深刻な現場へと向かっていった。
こんな話をしている間、ラ級はキョトンとした表情をしていたが、何でもないと手を振り、笑顔を見せて先へと進む。言葉は通じなくても、ジェスチャーで何とか意思だけは伝えることが出来ている。
「悪い、今はラ級のことだけを考えよう。もし何があっても、みんななら何とか出来るはずだ」
「なのです。もし戦闘になってしまっても……」
「それは、仕方ねぇよ。ここで放っておいたら敵意が無くなるってわけじゃあないんだ。どうしても始末しないといけねぇってなることはあるさ」
何とか怒りと憎しみが失われてくれればいいのだが、と深雪は願う。腕から軽く煙幕がチラつくが、それは誰にも影響を与えないように払った。
右ルートに向かった部隊は、左ルートより1体とはいえ数が多いため、少しだけ強めに編成されている。緊急事態が起きてもいいように、妙高と那珂を中心にした部隊だ。
そこにグレカーレ、秋月、舞風と、わかりやすく戦える面々を加えたことで、万が一姫級が現れても対処出来るくらいには戦力を結集している。
しかし、その光景を見てしまったことで、妙高ですら苦い顔を見せていた。
「……こうなることも考えられていましたが、いざ起きてしまうと……辛いですね」
「共食いって……そんなにお腹空いてるわけ?」
口元に手を置き、嫌な光景から込み上がってくる吐き気をどうにか耐えていた。
喰らっているのは駆逐ナ級。喰らわれているのは駆逐イ級。駆逐艦の深海棲艦の中でも格差があり、ナ級は駆逐艦の中でもトップクラス。軽巡洋艦や重巡洋艦よりと強いと言われている、艦娘達としてはあまり見たくない相手。
ここにいたのはナ級1体にイ級2体だったようだが、そのどちらもをナ級が喰らっていた。片方は既に息絶え、腹側の柔らかい部分が噛みちぎられている。所々砕かれた甲殻だけが残され、黒い血をばら撒いていた。もう片方も、たった今絶命。グチャグチャと嫌な音を立てながら、内臓を引き摺り出して食らい尽くしている。
「……酷いですね……いくら空腹でも、ここまではしません」
秋月はもう目を向けていることも出来なかった。生きていくためにいろいろやってきた秋月でも、ここまでのことは考えたことがない。
そもそも人間には理性がある。そんなことをしてはいけないと考えるだけの心がある。だが、ヒト型でもない深海棲艦には、おそらくその辺りが無い。理性なく、本能のままに、やりたいことをやる。
本来の本能は、怒りと憎しみから来る敵対の意思。人間に対して攻撃的な感情。理性がないからすぐさま攻撃に転じる。だが、今のナ級はそれ以上に飢餓感からの食欲のみが本能に成り代わっている。
「ど、どうするの? アレ、斃すの?」
舞風の問いに、答えが出せないでいる妙高。いつも明るい那珂と、この光景を前に歌って踊ることは流石に出来なかった。あまりにも凄惨で、あまりにも悲惨。ここで生まれてしまったがために、共食いをしなくてはならない程に追い詰められているナ級に、楽しいが通じるかわからない。
「辛いですが……この後敵対の意思があるのならば、対処しましょう。アレを止めたら、間違いなくターゲットを我々にします。ですが……アレはもう間に合わない。ならば、その先を説得した方が確実です」
妙高もこれは窮余の策だった。本当なら食べているところを眺めているなんてしない方がいいだろう。そのまま全てを攻撃によって破壊する方が確実だ。
しかし、理由が理由のせいで、この光景の先に説得の目が見えてきてしまっている。腹が満たされれば落ち着くのではと。もしそこでナ級が新たな力を手に入れてしまったとしたら、その時に叩く。むしろ、ここで話が通じる存在に変わる可能性だって無くはない。
妙高にも先が読めなかった。あまりにも常識から外れすぎている。考えれば考えるほど、ドツボにハマっていく。
「……私でも、何が正しくて何が間違っているかわかりません。アレを止めた方が最終的な被害は小さくなるかもしれない。ですが、もしかしたらこれ以上の被害が出なくなる可能性も見えている。何を選べばいいのか……」
悔しそうな妙高。これまでは策を立て続け、部隊を勝利に導いてきた軍師にも、この光景をどうにかする策は、咄嗟には何も思い浮かばなかった。
そうこうしているうちに、ナ級はイ級の柔らかいところを喰らい尽くしたようで、黒い血まみれの身体で亡骸から離れる。一息ついたように落ち着いた。イ級の亡骸は見るも無惨。後始末屋として片付けをしていても、このような残骸は見た事がないと思えるようなモノ。
あれも片付けないといけないのかと溜息を吐くグレカーレだっだが、ナ級の様子が少しおかしいことに気付いた。小刻みに震えている。そして、甲殻の内側が妙に蠢いているようにも見えた。
「あ、あのさ、ミョーコー、あれもしかして……」
「……進化……でしょうか。共食いをしたことで仲間の力を取り込み、さらに上の存在へと向かおうとしているように見えますね……」
ナ級の震えが強くなり、徐々に肥大化していく。ただ大きくなるだけならまだいいのだが、背中側の甲殻にヒビが入っているようにも見えた。
「まさか、あの姿がそのまま繭になっているとでも言うのでしょうか……」
「てことは、中から何か出てくるってコト?」
「はい……あり得ます。本来よりも大きくなっている……それこそ、中に人が丸々入っているくらいに」
ナ級はさらに肥大化し、ヒビも大きくなってくる。そして、明らかに音を立てて甲殻が割れた。
そのヒビの向こう側から現れたのは、細い腕。駆逐艦から生まれたからか、その中から出てくるのも駆逐艦のようである。
「……戦闘準備」
妙高が号令をかけて、全員に警戒を促す。戦いたくはないが、それでも戦わねばならない状況が、ここから発生しかねない。
ヒビから現れた腕に力が入ると、自らの甲殻を退かすように、身体を引っ張り出すように、ぐっと外に出てくる。
現れたのは、何処となく最近見たような姿。しかし、それはモチーフが同じなだけで、全くの別人。
「アレ、もしかしてタマだよね」
「そんな呼び方してるんですか。タマはタマでも、玉棲姫ですね」
うみねこの提督兼筆頭艦娘の多摩ではなく、みずなぎの秘書艦玉波にそっくりな深海棲艦の姫、深海玉棲姫。ナ級から現れたのは、その強力な姫であった。
本来の深海玉棲姫は、頭を完全に隠す頭部の艤装を持っているのだが、生まれたばかりだからか、
その深海玉棲姫が妙高達に顔を向ける。警戒はさらに強まる。
「……どう出ますか」
冷静に、しかし出来ることなら戦闘にならない方向に向かってほしい。妙高はそう願いながらも、戦えるように構えている。
深海玉棲姫は動かない。じっと見ているだけで、何かをしようともしない。戦意があるようにも見えないのだが、だとしても急に攻撃してくる可能性はいくらでもある。
「よーし、じゃあ那珂ちゃんが先制攻撃を決めちゃおっか!」
と那珂が物騒なことを言い出したが、やろうとしているのは攻撃ではない。マイクを持って、一歩二歩と前に出る。そして──
「こーんにーちはー! 那珂ちゃんだよーっ♪」
いつもの挨拶をぶちかました。
深海玉棲姫は頭部艤装を被っていると航空戦艦、脱いでいると駆逐艦というちょっと変わった個体。今回は最初から頭部艤装無しで登場。ナ級からの進化でなれるような個体では無さそうですがね……。