中央、島上陸ルートは、深雪達が3体のラ級を発見し、電が預かっていたおにぎりを提供することによって、言葉は通じないもののうみどりへの保護が上手く行きそうだった。
右ルートは、妙高達が共食いによって進化した元駆逐ナ級、深海玉棲姫は、その進化の際に敵対心が薄れていたからか、那珂との対話で文化に興味を持ち、友好関係が結ぶことが出来そうである。
そして、左ルート。こちらに向かっているのは、時雨と子日、清霜にZ1と、駆逐艦の中でも戦える者達。そして、そこに空母隊から直接神威を加えている。
通用するかはわからないが、飢餓感や敵意に対して『排煙』が効く可能性を考慮し、何処かの部隊には入れるつもりだった。その戦力から、最も深海棲艦が少ないルートに配備し、駆逐艦達を護衛にして向かっている。
「万が一戦闘になったら、僕達がどうにかする」
「神威さんは、一歩引いて艦載機で援護してねっ」
「はい、勿論心得ています」
神威自身の戦闘力は、正直心許ない部分はある。自己防衛用の兵装は持っているが、仲間を援護出来るのは艦載機くらい。そのため、あくまでも『排煙』と艦載機を使っての案内がメイン。
「『排煙』で落ち着いてもらえればいいのですけど」
「難しいかもしれないね。『排煙』で心が落ち着いたとしても、飢餓感は失われないんだ」
「はい、そこは私も思っていました。空腹だけはどうにもならない。なので、私がセレスさんから預かっています」
こちらの部隊では、神威がおにぎりを預かっている。『排煙』で心を落ち着かせ、おにぎりで空腹を満たす。これが上手くいけば、戦闘することも考える必要がなくなるはず。
ただ、相手がイロハ級であることは既にわかっている状態。言語による意思疎通が出来ないことから、これまでの常識がまともに通用するとは思えない。
「最悪、討伐しか無いんだよね?」
「そーなってるねぇ。手に負えないようなら、子日達の手で眠らせるしかないよ」
Z1からの問いに、子日がすかさず答えた。手を尽くしてもどうにもならなかった場合、それ以降の仕事の邪魔になられても困り、下手をしたら侵略行為だって始めかねない。ならば、これまでもそうしてきたように、現れた敵を始末するしかない。
「念の為、戦装大発も持ってきたよ!」
「相変わらず物騒だね。でも、本格的にまずいのが出てきた場合は、それも使わないとダメだね」
清霜はこの中でも小回りと大雑把のどちらもを併せ持つ稀有な存在。説得可能なら何もせず、小型なら小回りの利く駆逐艦としての装備、大型なら火力の高い戦装大発による攻撃と、自由な戦い方で有利に進める。
時雨としては、そこまでする必要があるかと思っていたものの、この島で起きることは例外ばかり。備えあれば憂いなしである。火力も高めの方が処理はしやすいし、使わないなら使わないな越したことはない。
「さ、見えてきたね。こっちにはどんなモノが……」
話しながらも現場に到着する一同だが、時雨すら言葉を失った。右ルートで起きていた共食いが、こちらでも起きていたからだ。
あちら側では駆逐ナ級が駆逐イ級を喰っていた。それはまだ似たような姿の人外が喰らい付いていたことから、感覚的にはキツイものの、まだ自然界ではよくあることで済ませられそうな話である。
しかし、ここで起きていたのは──
「……ネ級……ですね。食べられているのは、ツ級……」
渇いた喉で、絞り出すように話す神威。そう、ヒト型の深海棲艦が、ヒト型の深海棲艦を喰っていたのだ。
喰っているのは重巡ネ級。その最初期タイプと思われる個体であり、敵対した場合はまだ対処が難しくない存在。これが改になったら話が大きく変わるのだが、そうではないため、慎重に向かえばまだマシ。
喰われているのは軽巡ツ級。対空をメインとした個体ではあるが、本体のスペックも高く、イロハ級の中ではかなり厄介な存在である。とはいえ、ネ級と比べれば少し劣るかという程度。
その2体が、実力差によって順列がつけられ、強者が弱者を喰っていた。柔らかい部分、腹を食い破り、内臓を引き摺り出して、頬張っているその姿は、ヒト型であるが故に、より凄惨な光景となってしまっている。
「……『排煙』を始めます。手遅れかもしれませんが」
ギリギリの感情で、神威は『排煙』を開始。共食いをしているネ級を落ち着かせることが出来るかはわからない。しかし、やらないよりはやった方がマシだろうと、今まで以上に力を込めて、煙を放つ。
その光景には、時雨ですら目を逸らしそうになった。これまでの戦いとは違う。敵を始末し、命を奪うのとは、ベクトルが違う。
しかし、どうにか耐えて、目を逸らすのだけは堪えた。この島で起きることは、知っておかねばならない。後始末をする者として。
他の者も同じだった。辛いが、この後のことを考えると目を逸らしてなんていられない。ギュッと拳を握り締めて、その光景を耐えながら見続ける。
「ネ級は他のイロハ級と同様、言葉を介しません。話してくれれば事情がわかりやすいのですけど……」
「無いモノねだりだね。わからないモノは仕方ないよ。でも、高波みたいにすればいいんだろう?」
「アレは少し特殊だと思います。一緒には出来ませんね」
高波は言葉を介さない代わりに意思疎通がしやすい副官ル級と、完全な対話を成功させている。ル級自身、高波の言葉をある程度理解できているという点も大きい。どうしてそうなれたかを考えると、行きつきそうなところはある。
だが、今はそれよりもネ級のことを考えねばならない。ツ級の柔らかい部分を食い尽くしたネ級は、神威の『排煙』に気付いてチラリと目を向けた。
「っ……あれじゃあホラー映画だよ……」
子日がビクッと震える。ネ級の口元には黒い血がベッタリ、血走った目で見てきたのだから、恐ろしさはとんでもない。手には肉片がへばりつき、身体には返り血も飛び散っているため、生半可なホラー映画とは比べ物にならない恐ろしさを醸し出している。ナ級の共食いとはレベルが段違い。ヒト型だからこその恐怖。
一つだけまだマシだったのは、ツ級がフルフェイスのヘルメットを被っているため、絶命している表情が見えていないこと。後始末屋はその辺に慣れているとはいえ、戦闘中にやられるのと、仲間に喰われるのとでは、全く話が違う。ヘルメットの内側に隠れている表情は、戦場での恨み辛みとは違う、もがき苦しむモノとなっていることだろう。
そこに『排煙』が加わって、しかも飢餓感が一時的にも失われたことで、ネ級の表情が少しだけ穏やかになる。だが同時に、ゴキリと生々しい音も。ナ級のように進化が始まったようである。
「な、なんかすごく嫌な音がしたね」
Z1が臨戦態勢ながらもビクッと震える。骨が変形しているような音は、聞いていて気分のいいモノでもないのだから。
ネ級の変化は、仮面のように顔に張り付く甲殻にあった。徐々にツノのようなモノが伸びていく。さらにはよりスタイルがよく、スラッとした手足が目立つように。表情も、大分落ち着いてきている。今まさに、この場でネ級はネ級改へと進化を遂げたのだ。
ナ級のような大々的な進化をしなかったものの、ネ級は改になるとスペックが跳ね上がる特性を持っている。まるで姫のような見た目だが、しかし、あくまでもイロハ級である。対話が出来るとは思えず、ここから攻撃をしてくる可能性もある。警戒は厳として、事に当たらなくてはならない。
「話は可能ですか?」
神威からの言葉に、ネ級は反応なし。しかし、敵意もない。こちらも少々勝手が違う。
そこで神威はすかさず預けられたおにぎりを取り出す。瞬間、ネ級の目がギラッと輝いた。
ツ級1体分では、腹が満たされていなかったのだろう。まだ飢餓感が全て発散されたわけではなさそうだ。
おにぎりから目が離せないネ級の口から、ツーッと涎が垂れている。やはり空腹は消えていないようだ。
「貴女のために持ってきました。どうぞ」
ぐっと差し出すと、ネ級はおそるおそる神威に近付いてくる。こちらのネ級も、人類への憎しみが飢餓感に変換されていた。空腹さえ満たすことが出来れば、人類に対して危害を加えなそうだと、警戒しながらも安堵はした。
神威のおにぎりに手が届くところまできたネ級は、その匂いを感じ取ったか、奪うようにおにぎりを手に取り、大口を開けて齧り付く。そして、目をまんまるに見開いた後、夢中になって食べ始めた。
見た目は見目麗しい女性ではあるのだが、中身は子供のような感覚。言葉は出さずとも、美味しい美味しいと感涙まで流して食べていた。
「それだけでお腹を満たすことは出来ないかもしれませんが、私達のところに来てくれればもっと提供出来ます」
と話したところで、こちらの話は通じていない。そもそもおにぎりに集中しており、神威のことすら見ていない。
苦笑して、まずは食べ終わるのを待つ事にした。その間に、ツ級の亡骸はどうにかせねばならないと考え始める。食い散らかされたことで、かなり汚いことになっているため、早々に後始末をしなければ穢れがさらに増える。
ネ級が夢中になっている内に、後始末をしてしまおうと、時雨達は動き出した。子日は神威を護衛するために残ったが、清霜とZ1は時雨に続いて片付けを始める。
いや、
「……まずいね、そういうこともあるか」
時雨はギリッと歯軋りをした。その視線はおにぎりを食べているネ級でもなく、食い散らかされたツ級でもない。その向こう側、木々が並ぶ林の奥。
そこから、ギラギラと目を輝かせたイロハ級が見つめていたのだ。時雨達ではなく、ツ級の亡骸を食い物と認識して。
木々の中にいたため、また、泥だらけでいたため、その姿の認識が遅れてしまった。これだけ現れていてもおかしくない。
「……どうする? これを餌にするかい?」
「そ、それは危ないんじゃないかな……でも、おにぎりだけじゃ止まってくれなそう、だよね」
「うーん……これは戦闘は免れない、かなぁ」
三者三様だが、この敵に対してはどうしても迷いが出てしまった。飢餓感により凶暴化し、そしてここに柔らかい肉を見つけてしまったのだ。暴走して当然な状況は作られていた。
新たに現れるイロハ級に対して、時雨達の選択は──
それだけで済むわけないでしょう。