時雨達が向かった現場では、軽巡ツ級が重巡ネ級に共食いされていた。そのおかげというわけではないが、ネ級はネ級改へと進化。空腹も満たされただけではないが、少し落ち着き、そこに神威の『排煙』が加わったことで、より穏やかになっていった。
そうなるとネ級が食い荒らしたツ級の亡骸になるのだが、こちらは早々に後始末しておこうと動き出したのも束の間、その血の匂いに釣られてきたか、木々の奥から新たなイロハ級がハイエナのように現れる。
その全ての個体が、この島で生まれたことによる飢餓感に苛まれており、敵意を持っているわけでもなく、ただひたすらに、ツ級の亡骸を食いたいという一心で現れたのだろう。
ガサガサと現れたイロハ級は4体。その全てがイ級やロ級などの駆逐艦であり、手足がないため、蛇のように身体をのたうたせて前に進んでいる。素早いというわけではないが、しっかり前に進めていることから、それくらいの知能はあるようである。
「さぁ、どうする。可哀想だけど、ここで始末するかい。それとも、この亡骸を食べさせてあげるかい」
時雨はジリジリと寄ってくるイロハ級を目にして、強く警戒をしながら仲間達に聞いた。
ツ級の亡骸を喰わせてやれば、その飢餓感から一時的に抜け出すことが出来るだろう。しかし、それで穏やかになるとは限らない。力を得たことで改めて敵対するということだって考えられる。
「対処が難しくなるかもしれないなら、今の状態で始末するしかないと思うんだけど……」
「僕もキヨシモと同じ意見、かな……」
清霜とZ1は、始末の方を選択した。後始末する亡骸が減るかもしれないが、それはその亡骸に対しての冒涜。命を命として見ていない行為になる。
後始末屋は、例え亡骸だとしても、その命に敬意を表する。それ以上のことはさせるつもりはない。
「だね。僕も同じ意見だ。申し訳ないけど、ここに出てきてしまったのなら仕方ない。そのまま攻撃されても困るから、ここで終わってもらう」
時雨はそのイロハ級達に主砲を向ける。ただ腹を空かせてここまで来ただけだが、それが自分達の世界に影響を与えるのなら、容赦することは出来ない。
だが、ここで動き出したのはまさかの人物だった。
「なっ……」
ついさっきまで神威から貰ったおにぎりを涙ぐみながら食べていたネ級が、時雨達の行動を横目で見たことですぐさま動き出し、驚異的な身体能力を発揮して前にまで移動してきたのだ。
だが、時雨達に敵対しようとしているわけではない。その身体は、イロハ級達の方に向いている。時雨達には完全に背を向けているのだ。
「君は……何を」
その言葉は認識していない。声をかけられたというのはわかっているかもしれないが、それに対して何をすればいいのかはわかっていない。故に、自分のやるべきことをやろうとするだけ。
ネ級の手には、喰らっていたおにぎりの包み。3つ入っていたうちの1つを食ったところだったため、まだ2つ残っている。
「まさか、君が
まさにそれだった。ネ級はそのおにぎりを手に取ると、飢えているイロハ級に向けて、食べろと差し出した。
4体のイロハ級を相手にしているため、ちゃんとおにぎりを半分にして、2つを4つにしてから食べさせる。そこでそのような計算が出来ているというのも、なかなかに賢いことを裏付けている。
イロハ級は、亡骸よりもいい匂いを感じ取って、そちらに食いついた。ネ級の腕まで食いちぎってしまいそうな勢いだったが、それをさせるほど甘くはない。口を開けたところに軽く放り込んで、しっかりと味わせる。
それは、イロハ級であっても幸せと感じられるモノであり、表情なんて持っていなくても、満たされたという気持ちを体現していた。
「おにぎりはまだありますから、分けて食べてください」
そんなネ級の隣に神威は立ち、改めて2つ、おにぎりの包みを取り出す。合計6つのおにぎりを、まず4つイロハ級に分け与えて、残りの2つのうち片方をネ級に渡す。残り1つは大切に手元に残した。
イロハ級は本当に美味しそうにモチャモチャと食べていた。飢えが癒やされる。それは、ただ空腹を満たしているだけでなく、心の飢えもゆっくりとゆっくりと癒していった。
イロハ級はそれだけでは満足出来ないことはわかっているが、少しでも食べれば話が変わる。敵意を飢餓感に書き換えられて、それさえ満たせば落ち着くものである。
ギラついた目は少しだけ緩和され、ネ級に従うかのように次を待つ。改となったネ級は、姫ではないが序列はかなり上がっており、雑多なイロハ級くらいならば従えることが出来るようだった。
さらにそのネ級は、神威に対して感謝を持っているようで、跪きかねないくらいの勢いで頭を下げていた。それだけではまだ満たされていないだろうに、しかしヒト型であるおかげか、他のモノ達よりも賢さを見せている。
「このままついてきてもらえれば、もっと食べられます。それに、皆さんを一度洗浄させてもらいたいですね。おそらくですが、洗浄はとても効果的ですよ」
「そうなのかい?」
「はい、高波さんとル級さんのやり取りを思い出して気付いたんです。深海棲艦は、穢れが失われるとこちらの言葉を多少は理解出来るようになるのではないかと」
穢れが意思疎通を害しているという仮説を、神威は今この場で立てた。真偽は不明であっても、思い返せばあり得る話だと感じる部分はある。
ムーサ達の部隊、深海棲艦の群れは、最初は非常に敵対的だった。ムーサが止めなければ間違いなく戦闘になっていたくらいには気性が荒かった。今でこそ非常に穏やかな副官ル級も、ムーサに止められるまでは攻撃する気満々だった。
しかし、うみどりで洗浄をされたことでその辺りが大きく削がれ、その後に高波と出会ってからは、特に穏やかになっている。ムーサに振り回されっぱなしではあるものの、高波との仲の良さは、見ていてほっこり出来る程だ。軍港都市で一緒に行動しているくらいなのだから、もう怒りも憎しみもなければ、意思疎通も完璧と言える。
今はプールに棲んでいる、縮んだイ級達も、穢れを洗浄されてから急激に穏やかになった上に、子供達と遊んでいる時でも意思疎通に近いことが出来ていたと神威は証言した。
「穢れが無くなれば、今よりは話がしやすくなるわけだ」
「はい、これまでの実績から考えると、普通にありだと思えます」
「なら、来てもらうしかないね」
「その通りです」
神威がネ級を促して、ついてきてもらおうとする。そこはジェスチャーでどうにかするしかなく、指を差したり、お腹をもっと膨らませることが出来ると身振り手振りで表現すると、ネ級は目を丸くした。おにぎりを手渡すような直接的なことではないため、すっと理解するのは難しいようである。
とはいえ、ネ級は真剣な神威の行動に、なるほどと手を叩く。まだ手に残っているおにぎりを指差し、神威の方に手を差し出したりして、自分の意思を伝えてきた。
「おそらく、わかってもらえたかと」
「そう、なのかな」
神威以外は半信半疑である。だが、敵意が無いことは確実であるため、まずは急いでツ級の亡骸を後始末して、うみどりに戻ることが先決となった。
後始末はあっという間。しかし、血溜まりだけは後からだと、まずはここから離れることにした。
ネ級達は非常に素直に神威についてきている。まるで、神威を旗艦にした部隊のようにすら感じた。
「なんだかすごいことになってるねぇ」
子日が最後尾から警戒しつつもついてきているのだが、その光景だけを見ると、今の世界では信じられないようなモノであることは間違いない。カルガモの親子のような、ほのぼのとした部隊。神威の後ろにいる5体の深海棲艦は、全員が神威を親のように慕っているかのようにも見えた。
「餌付け大成功だね」
「でも、多分これだけじゃ足りない」
島から離れつつも、時雨は常に島の方にも目を向けていた。ついさっきまで、ツ級の亡骸があった場所。今は雨が降っているため、時間を置いたらまたその穢れを拡げてしまいそうなことになっている。
その向こう側、木々の奥、ハイエナのように現れたイロハ級と同じように、そこに第二陣が現れそうな気配を感じたのだ。じっと見つめても何も出てこないが、一度こういうことがあったのだから、二度三度と同じことが起きることは容易に予想が出来る。
「餌付けするにも、全く足りない。次から次へと出てくる可能性が高すぎる。何往復しても終わらないよコレは」
「だったら、どうする?」
「……どうすればいいだろうね。セレスに出張してもらうかい? 大発を屋台にして、その場で作ってもらうなりしてみるかい?」
それは流石に危険すぎるだろうと、簡単に許可は出せない。しかし、食事さえあれば、ここで生まれた深海棲艦は落ち着きそうであるとわかると、割とその手段もなくは無いのではと考え始める。
とにかく多くの食事を作り、戦場で提供する。まさに炊き出しを行うというわけである。
「一度話だけはしてみようか。危ないから却下と言われそうだけどね」
「だね。それで片付けが早く終わるならラッキーだし」
大炊き出し大会の草案。飢餓感に苦しむ深海棲艦を満足させるため、うみどりだけでなく、ここにいる部隊全てが動き出すことになるのを、時雨達はまだ知らない。
むしろその前に減ってきた食糧の補充もね。