島での後始末を開始し、発見されたこの島の穢れで生まれた深海棲艦達。その全てが飢餓感を持ち、共食いすらしてしまうほどの大惨事を引き起こしていたが、現状で保護出来そうなモノ達は、おにぎりで釣るなどして、何とかうみどりまで運ぶことが出来た。
その様子を加賀の艦載機によって確認し続けていたため、うみどりでは受け入れ準備を進めている。共食いという凄惨な光景はあったものの、それだけ腹を空かせているという事実を知ったことで、工廠では今、大々的に炊き出しの準備がされていた。
少なくとも、これからやってくるモノ達に対しての食事の用意であるため、食べきれない量が用意されるわけではないのだが、ちゃんと腹に溜まるような量をしっかりと作っている。
そのメインとなるのはやはり、伊豆提督から引き継ぎ、今のうみどりの厨房を取り仕切る者、セレス。深海棲艦相手の食事提供は何がいいかというのは考えず、とにかく美味しいモノを食べてもらおうという思いから、凄まじい手際で大量の料理を作っていた。
「ドンナノガ来テモイイヨウニ、甘イノモ辛イノモ沢山用意スルワ。紫苑、母チャン、手伝ッテチョウダイ」
「ああ、大丈夫だ」
「任せなよ。主婦の力、見せてやるさね」
サポートするのは杏の母、紫苑と黒井母。戦場に出ない代わりに、こういうカタチでサポートする。
「食材、持ってきました……」
「まだまだ、いる、かな」
「ソウネ、数ガ必要ダト思ウカラ、出来ル限リオ願イ。材料見テ献立考エルワ」
奥から食材を運んでくるのは、平瀬と手小野だ。雑務というカタチでいろいろなことを手伝っているが、今回はこの料理イベントのために動き回っている。
「相手ガ何ヲ好ムカワカラナイモノ。当タリ障リノ無イモノヲ多メニネ」
「カタチもわからないから、食べやすいモノがいいだろうね。おにぎりは増やしておくさ」
「箸は使えないと見た方がいいだろう。なら、手で持てるモノ、あとはスプーンくらいなら教えれば使えるだろうから、掬えるモノがいい。定番だが、カレーは良さそうだ」
「そいつはいいね。作り置いても美味いよ」
「ソウネ、カレーハ確実ニ作ルワ」
何処かの店の如く大忙しとなっている工廠に作られた簡易厨房。美味しそうな匂いもすぐさま漂ってきて、作業をするモノしていないモノ関係なく、それに魅了されていく。
しかし、その裏側ではもう一つの危機──食糧の在庫の件で伊豆提督が動いている。
「そうなんです、深海棲艦が大量発生しているのですが、戦闘になることなく保護出来そうで」
『食糧が足りなくなるということじゃな。わかった、すぐに手配しようかの』
伊豆提督は躊躇なく瀬石元帥を頼っている。今回は状況が状況のため、瀬石元帥も胃を痛めながらその判断を尊重し、存続のためにも食糧の搬送を決定する。
戦争を終わらせたいという気持ちで戦っているのだから、戦うことなく場を治めることが出来るのなら、それに金を費やすことも厭わない。特に今回は、事を荒立てると、余計な戦いを生み出しかねない厄介事。食事の提供で後始末が早く終わるなら、そこに全力を尽くすのは間違いでは無い。
『そうじゃ、食材ならすぐに持って行ってもらえるぞ』
「そうなんですか?」
『有道君の鎮守府から提供してもらえばいい。無論、それだけではあちらの鎮守府が枯渇するからの、こちらでそれを援助するわい』
この島から最も近い場所にある有道鎮守府。そこから出向してきてくれている艦娘も何人かいるわけなので、繋がりはしっかりとしている。そこから一時的に食材を提供してもらい、今を乗り越えようという判断である。
「なるほど、それでお願いします。有道ちゃんにも話を」
『こっちで通しておくわい』
伊豆提督が感謝の意を述べると、瀬石元帥は構わんよとケラケラ笑う。
『じゃが、ここから数はますます増えかねないんじゃな』
「はい、今でもまだまだ序の口だと思うので。水爆の撤去が遅れる一方です……」
『一度派遣しようかの。こちらもメンバーは揃えることが出来た。地下施設の安全性が完璧に認められたわけではなくても、行かんより行った方がええ。受け入れてもらえるかの』
「はい、大丈夫です。いつでもよろしくお願いします」
裏ではどんどん準備が進んでいく。戦いは、予想とは全く違う様相に。
3体のラ級を保護した深雪達がうみどりに到着したのは、他のルートでの保護が終わるより少しだけ早め。そこで繰り広げられていた調理の光景は、目を丸くさせるには充分だった。
そして漂う香ばしい匂い。嗅ぐだけで空腹感を刺激するため、深雪は口の中で涎が溢れそうになった。
それ以上にこの匂いに興奮しているのは、おにぎりを食べて少しは平静を保てているラ級達。耐えることなく涎を垂らし、その匂いの方へと歩を進める。
「ア、アア、オイシソウ」
「タベタイ、タベタイ……」
「タベサセテ……オネガイ……」
まだ自重が出来ているだけマシ。しかし、理性はギリギリである。あと少し背中を押されたら、目の前のモノを破壊してでも食いに向かいかねない。
「来タワネ、オ腹ヲ空カセタ子供達ガ」
そこにいるセレス──戦艦棲姫を見た瞬間、ラ級達はビクッと震えて、気をつけの姿勢に。どれだけ強くても、姫に近い姿と言語能力を持っていても、ラ級はイロハ級である。特に天然物であるため、序列には遺伝子レベルで反応してしまい、姫には跪いてしまいかねない威圧を感じてしまったようだ。
むしろ、セレスが少し特別なようにも思われる。うみどりに保護された純粋な深海棲艦の中では、唯一
「サァ、貴女達ノタメニ作ッタノヨ。食ベナサイ」
カレーを装ってラ級達に渡す。言葉は通じていなそうだが、差し出されたモノは受け取った。どう食べればいいかわからないのだろうが、そこはここまで一緒に来た深雪達が、食べ方を見せることで伝えた。ζ型はここでまた仮面を外す。それを投げ捨てるほどにまで、食欲が増していた。
ラ級は恐る恐るカレーを口に含む。あまり辛くない、刺激は少なめだが絶品の逸品。その味を感じた瞬間、ラ級達は途端に涙を流し始める。
「オイシイ……オイシスギル……ッ」
「テガ、トマラナイ……」
「モット、モット」
スプーンの使い方は拙いモノの、ガツガツと食べる様はまるで子供だ。実際、生まれて間もない存在なのだから子供達と同等。その上で、食事という文化を知ったのだから、こうなっても仕方ない。
その光景に、深雪達もほっこりしていた。腹を空かせた子供が、腹一杯ご飯を食べる姿は、平和の象徴とも言える。
「マダマダアルカラ、遠慮セズニ食ベルトイイワ」
「セレス、こいつら、あたし達の言葉が通じてないみたいなんだ」
「アラ、ソウナノネ。デモ、食ニ言葉ナンテ関係ナイワ。食ベタイダケ食ベサセテアゲマショ」
そう、食には言語どころか種族すら関係ない。現に今ここでは──
「ほらほら、がっついたら喉に詰まらせるよ。水飲みな」
「ガブガブ……オイシイ」
「そいつは良かった。美味しそうに食べてくれると、母ちゃんも嬉しいよ」
姿形は違うとはいえ、人間と艦娘、そして深海棲艦が、食を通じて繋がっているのだから。
「……究極ノ食、コレモマタ、一ツノカタチネ」
「なのです。みんなが喜んで食べている光景は、まさに究極、なのです」
求めている食の一つの到達点。セレスはそれを今この場に見た。
この後、うみどりにやってきたのは、神威を先頭にしたネ級改達。こちらはこちらで、また好みが違いそうだとセレスは楽しそうに笑う。実際、ネ級改はカレーで目を丸くしてガツガツ食べていたが、イロハ級はカレーよりも固形物、今回は唐揚げやポテトなどを好んで食べていた。
共通点として、誰も彼もが幸せそうに食べていること。イロハ級は表情が無いようなモノだが、それでも幸せに見えている。
「ヌキューモ手伝ウヨー。美味シソウナ匂イモスルシ」
「ああ、手伝ってくれ。まだまだ手が足りない」
「ワーイ。ツイデニ、唐揚ゲチョーダイ」
「ほら、どうぞ」
紫苑について手伝いを始めたヌ級。唐揚げを食べてご満悦。傷んだ惣菜の方が好みのようだが、セレスのご飯はそれはそれで美味しいと喜んでいる。セレスの研究はまだまだ終わらない。
「遺体ハアルカ」
「あるよ……かなり厳しい状態だけれど」
その後ろでは、深海巫女クロトが供養する遺体があるかを時雨に尋ねていた。うみどりに持ち帰られたのは、共食いの結果、息絶えたツ級。クロトはその姿を見て、ナルホドと呟いた後、遺体袋にそれを優しく入れていく。
「供養シヨウ。私ニモ、コレニハ思ウトコロガアル」
遺体を食べているクロトとしては、この食いちぎられている亡骸というのには、どうしても思うところが出てきてしまうもの。苦しんだであろうと祈りながら、立ち入り禁止区域へと運んでいった。
「クロト、少シ食ベテイキナサイ」
「……アア、オニギリ貰エルカ」
「エエ、チャント作ッテアルワヨ」
そんなクロトに、セレスがおにぎりを渡した。ここには序列らしきものは感じ取れない。仲のいい姫同士というイメージである。
「スマン、ジャア、行ッテクル」
「行ッテラッシャイ。オ腹ガ空イタラマタ来テチョウダイネ」
こういうところからも、セレスの食が関係を繋いでいるのだとわかった。
今のところは平和だ。しかし、警戒は怠れない。
究極の食の一つは、みんなで仲良く食べること。セレスはもうそこに気付いてる。