後始末屋の特異点   作:緋寺

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その力を得るため

 タシュケントの所属する秘密組織に向かうためには、説得力のある実力が必要である。そのため、喧嘩も出来るようにしておかねばならなかった。

 その訓練をつけるのが、艦娘となる前には特殊部隊に所属していたという長門。艦娘としての砲雷撃戦ではなく、陸での対人戦を視野に入れた格闘戦術を教えられることとなった。

 

「頭と拳、あと肘と膝か」

「ああ、相手に直接当たったら痛い場所、それと、自分が当たったら困る場所に装着する。実戦とはかけ離れた姿になるが、訓練で怪我をしたら意味が無いだろう?」

「確かに」

 

 深雪は痛くないように、長門は()()()()()()()()()()サポーターを装着。

 

 実際に戦う時にはそもそも運動しやすいウェアでもなければ、サポーターなんて絶対に身につけていないのだが、訓練でそこまで同じにする必要はない。

 そもそも、深雪は今日初めて格闘技をする初心者中の初心者。言ってしまえば、()()()()()もまともにわかっていないようなもの、

 

「でも、あたしと長門さんは体格差があるだろ。これくらいで大丈夫なの?」

「大丈夫だ。私が君に教えるのは、体格差も関係ない技術的な部分だからな」

 

 そういうと、訓練の前に軽くストレッチをするように促す。急激な運動などで身体を痛めることがないように、しっかりと身体をほぐすこと。それが長門の一つ目の教え。

 戦う前にはリラックスする。緊張した状態で戦いに挑んでも、本来出せる力は発揮出来ないだろう。

 

 しかし、自分の力にある程度の自信が無ければ、どうしても身体はこわばってしまうものである。故に、長門はまず深雪が出来ることを増やしていくのだ。

 

「充分ほぐれたようだな。では、まずどういうことをするかを教えよう。君に必要なのは、喧嘩が出来る力……いや、これは物騒な言い方だが、相手に喧嘩を売られてもやり返せるだけの力……いやこれも言い方が悪いか。とにかく、艤装も何もない状態で戦って勝てる力だ」

 

 タシュケントが言うには、秘密組織に所属している純粋種達の中には、人間、もしくは人間に組みする者に喧嘩を吹っかける()()()がいるとのこと。それを武力でも制圧出来るようにしてもらいたいというのが望み。

 説得しようにも実力が無ければ話を聞いてくれない上に、拮抗まで行っていないと逆にまずいことになるかもしれない。それこそ、うみどりへの信用が全て水の泡となるかもしれない。タシュケントは信じてくれていても、他の者が信じてくれなければ意味がない。

 そうなると必要になってくるのは、その問題児を拳で押さえつけられるだけの力。喧嘩を吹っかけてくるような輩は、自分の力を誇示するような者。逆に自分よりも強い者が現れれば、その力を認めてくれるはず。そう考えた結果である。

 

「私が教えられるのは、相手が拳で来ても()()()()()()()()()大丈夫なようにする手段だ」

「物騒すぎないか!?」

「まぁそうなんだが、何が起きるかわからないだろう。逆上した者というのは、考えてもいないことをしでかす。それこそ、君は正々堂々と真正面から鎮圧しようとしても、あちらは武器を持ち出すかもしれない。殺す気で来てもおかしくないだろう?」

 

 相手の出方がわからない分、出来ることは全て出来るようにするのが長門の考え方。そして、長門はそう来られても返すことが出来るくらいの力を持っているということ。

 

「例えば、だ。素振りでいいから殴りかかってみてくれ。出来れば顔がいい。どういうことがしたいかを教える」

 

 深雪が殴りやすいように、少ししゃがむ。本番では身長差もわからないものの、まずは今出来るところから知るために。

 

「えーっと、こういうことか」

 

 言われるがままに、まずはしゃがんでくれた長門の顔面に殴りかかるように腕を振る。本気で殴るつもりはない、素振りだけのパンチ。

 

「そうだ。そしてそれを、こうする」

 

 それに対して長門がやったことは、深雪の手を的確に払い除けること。軽く向きを変えただけで、深雪のパンチはあらぬ方向へと向かっていき、さらには姿勢まで崩される。

 

「うぇっ!?」

「これで攻撃は当たらない。しかも、相手が勝手に自分に近付いてくれる。隙だらけでな」

 

 そして、パンチを払っていない方の手が深雪のもう片方の腕を押さえつけていた。長門がこれで本気で殴っていたら、深雪は大きなダメージを受けていただろう。

 

「瞬発力……動体視力の方か、それが必要にはなるんだが、少なくともこれを覚えておけば、上半身側の攻撃は大概避けられる」

「簡単に言ってくれちゃってさぁ……」

「なに、君なら出来ると思うぞ。構えから教えていこうか」

 

 長門が教えるのは、基本的には()()の技術。何をされても、それによって自分が傷つくことなく、逆にその力を利用して相手にダメージを与える機会を手に入れる。

 暴れる者を取り押さえるかのように立ち回るためには、必要なのは動体視力と判断力。次に何をしてくるかをいち早く察知し、自分の行動を決定付ける。

 今回の長門は、攻撃を払い退けつつ、隙が出来た逆側の腕を攻撃しに行った。それ以外にも手段はいくつでもある。

 

「攻撃は何も打撃だけではないし、腕だけでもない。その全てを知り、それに対する対処の仕方を身体に刻みつける。それには多少の痛みが伴うかもしれないが、大丈夫か?」

 

 これには多少脅しの要素も含まれている。痛みを知ってでも、この技術を手に入れる覚悟はあるかと。

 

 その答えは決まっている。深雪は覚悟の上でここにいるのだ。痛みを与えるためには、痛みを知らなければならない。痛みを与えないように制する力を得るためにも、それに失敗した時の痛みを知っておく必要がある。

 深雪は正しく覚悟をしているし、正しく進もうとしている。

 

「当然だぜ。あたしは覚悟の上だ。だから、長門さんが知ってること、全部教えてくれよな。ついていくから」

「承知した。君ならば身につけることが出来るだろう」

 

 深雪の覚悟を知り、長門も全てを教え込む、いや、()()()()決意をした。そうすることで現状を変えることが出来ると、何の根拠も無いのだが思えた。

 深雪の奥に秘められた特異点の光が、長門の目にも映ったのかもしれない。

 

 

 

 

 そこからのトレーニングは、なかなかに苛烈である。やり方を身体に覚えさせるために、まずは深雪に殴らせる。それをさらりと払い退けては、お返しに攻撃を繰り出す。勿論威力はかなり抑え込んでおり、かつダメージが小さくなるようにサポーターもつけており、グローブもつけているわけだが、まともに当たれば軽くでも痛いものは痛い。

 最初はわかりやすくヘッドギアをつけている頭を狙う。目に入ってくる攻撃には、身体はすぐに反応するもの。それにどれだけ早く反応出来るかが今回の技術に繋がる。

 

「っべっ!?」

「まだ遅い。動体視力は育ってきているが、それに対する行動に一拍置いている。それではただ殴られるだけだ」

 

 長門の拳に目は行っているが、それに対して手が動いていない。動いているが、間に合っていない。そのせいで、何度も何度も頭を殴られることになってしまっている。

 勿論ヘッドギアのおかげでダメージは最小限だ。痣が残るようなことは無いし、痛いと言ってもビンタされるよりも格段に痛みは小さい。少し強めに押されているくらいである。

 だとしても、顔面を殴られているという事実は変わりなく、それを受けて声を出してしまっているのも変わらない。

 

「私の想定では、その秘密組織の問題児とやらは、腕っ節に自信があるからそういう態度を取ると思っている。それに、こうやって顔を狙うことも多いだろう。何故だがわかるか?」

「……当てやすいから、かな」

「ああ、突然目の前に拳が飛んできたら、嫌でも目を瞑ってしまいがちだからな。その分反応が遅れて当てやすい。それを避けられたとしても、次の一手が当てやすくなる。だから初撃は顔面だ」

 

 それに、と長門は続ける。

 

「顔面を狙われると、嫌でも一瞬恐怖を感じる表情を見せてしまうだろう。それに対して優越感を得ているのかもしれない。まぁそういう輩は、余程捻くれているような者ではあるがな。しかも、それで負けたことが無いというなら尚更だ」

 

 タシュケントが言う問題児が何者なのかは今のところ不明。どの艦種で、どんな見た目で、どんな性格なのかは、全て伝えられていない。

 そこから長門が考えているのは、1人では無いということ。1人なら断言するだろうし、どういう対策をすればいいのかしっかり教えてくれる。しかし、そういう輩が徒党を組んでいるというのなら話は変わる。1人に対して対策を取ったとしても、他の者達にやられるだろう。

 故に、タシュケントはあえて明かさなかった。仲間意識はあるから、素性をあまり外に出したくなかったというのもあった。うみどりの者達は信用しているが、やはり所属は秘密組織側。無闇に全ての情報を明かすことは、本能的に控えてしまっている。

 

「君だけで数人を相手取る可能性も考えている。そういう輩は、ルールに縛られない。勝つためなら人数も集める。多勢に無勢が強いことくらいは理解しているからな」

 

 話しながらも拳を出して、深雪の成長を促す。ある程度単調な攻撃ではあるため、回数をこなせばこなすほど、深雪の動きは洗練されてくる。突き出された拳に対して、深雪は少しずつ反応を速く出来ている。

 

「私が昔所属していた部隊では、そういうことも想定していた。だから、短期間ではあるが徹底的に教えれば、ある程度の対処は出来るはずだ。それに、いざという時の戦術は拳だけでは無い。()()使()()ことも覚えておくといいだろう」

 

 何も物理的に噛みつけとかそういうことを言っているわけではなく、舌戦を挑めということを話している。

 相手も30年生きている艦娘であるから、その分頭脳戦も出来る可能性は高い。30年間()()()()()()()()ならば、舌戦で人間を陥れてやろうと考えているかもしれない。言い負かすことが出来るかどうかはわからないだろう。

 

 だが、長門はこうも考えている。

 

「私の経験上だがな、そういう輩は自分が言うだけ言って、言われると逆ギレする。いい歳をしてもだ。だから、君は何を言われても信念を曲げず、思ったことをそのまま伝えればいい。タシュケントにはそれが届いたんだろう。なら、君の言葉は、間違っていない」

 

 深雪ならば、武力のみでなく舌戦でも勝てるようになれると長門は確信していた。

 本心を裏表なく話す深雪のそれは、短所でもあるかもしれないが長所でもあるだろう。

 

「だが、流石にまだまだ力は足りない」

 

 こうやって話しながらも攻撃を繰り返し続けているわけだが、そろそろ深雪は顔面を殴られ続けてフラフラしていた。痛くなくても頭を揺さぶられ続けるようなものなので、こうなってもおかしくはない。

 やろうと思っても、なかなかうまくいかないのが実技演習である。身体に刻みつけるために真っ先に実践に入ったものの、深雪にはそのやり方は厳しかったようである。

 

「な、長門さん、もう少しお手本見せてもらっていいっスかね……」

「そうだな。一度見せただけでは難しかったか」

「普通そうだと思うんだけどなーっ!」

 

 

 

 

 

 だからといって、深雪の心が折れることはない。文句は言いながらも前を向き続けることは出来ている。

 今はまだ上手く行かなくても、必ずモノに出来るという自信があるからである。

 




まず学ぶのは受けの技術。殴られたら払い退けて自分の攻撃とする。でも合気道とはちょっと違う。
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