学校に備え付けられていたスピーカーに仕込まれている、深海棲艦発生を抑制する機構。これまでは妖精さんに薬剤を投与し、強制的に楽しい気持ちにさせることで動いていたが、そんな倫理観のないシステムを容認出来るわけがないため、妖精さんにとっての負荷が少なく、より完全に楽しい気持ちを持ってもらう設備へと生まれ変わらせる。
そこで妖精さんである主任が提案したのが、劇場。妖精さん達に楽しんでもらうため、そのスピーカーのシステムを取り込んだ劇場を作り、健全かつ負荷無しで深海棲艦発生を抑制するという方向性。うみどりには妖精さんを楽しませることを得意とする者もいるため、そこから上手く流れを引き寄せる。
とはいえまずは、それを解析、改造しなくては話にならない。そのため、まずは明石が現場に出向いてその設備を確認するところからである。
「ボスはどうします? 気に入らないとは思いますが、見ておきますか?」
同じ『工廠』の力を持つダウナー飛行場姫と共に島へと向かう準備をする中、明石は丹陽に同行するかを問うた。話を間近で聞きつつも、無言に徹していた丹陽は、今回のことをどう思っているのかを知るために。
深海棲艦発生を抑制出来るのはとてもいいことだ。今でも炊き出しに訪れる深海棲艦は増えており、これからも増えると思われるため、このシステムの再構築は必須なこと。
しかし、そのシステムを作り出したのは、あの阿手である。丹陽にとっては許すことの出来ない、自分の手で始末出来なかったことが悔しい、不倶戴天の敵である。そんな敵のシステムを使わなくてはいけないという事実が、丹陽を苦しめているのではないか。明石はそう考えた。
「大丈夫です。ここで待っていますよ。こちらでもやることは多いでしょうし」
「そうですか。でも、言いたいことがあればちゃんと言ってくださいね。聞き入れませんけど」
「なら言う必要無いじゃないですか」
明石とのやりとりに苦笑する丹陽。しかし、準備する明石を眺めながら、ポツリと呟く。
「……アレが作ったシステムを使わないといけないというのは、気に入りませんよ。ええ、どうしても気に入りません。ですが、私の個人的な感情でそれを止めることの方がナンセンスです。ましてや、そのまま使うわけで無く、悪い部分を改良すると言っているんですから、文句を言うことなんて出来ませんよ」
「そうですか。そうですよね。私だってあまり気分のいいモノではありませんから。そのシステムを、自力で見つけ出したかった」
明石も小さく溜息を吐く。しかし、そんなことで躊躇っていては、いずれパンクすることが目に見えているのだ。技術者として、個人的な感情は押し殺す。
「使えるモノは使います。お気持ちで被害が増えるくらいなら、私の感情なんて何処かに置いていった方がいいですから」
「納得出来ますよ。口にはしますけど、止めることはしません」
「よかった。今度はボスがテロ行為するかと」
「しませんし、出来ませんよ。ここまで来たら」
話しているうちに準備が出来上がった。肩には自分のサポート妖精さんに加え、現場を見たいという主任も同行。今だけは工廠のトップクラスのメンバーが全員抜けることになる。
「では、行ってきます。ボス、絶対しないと思いますが、艤装を装備したいとか思わないでくださいね」
「ええ、行ってらっしゃい。もうしませんし、他の妖精さんも許してくれないでしょう。私が駄々を捏ねても。そもそも私の艤装、今何処にあるんですか」
「秘密です。立ち入り禁止区域に持っていったということだけはお伝えしておきます」
それならもう無理じゃないかと改めて苦笑した。
「工廠の指揮も執れますから、気兼ねなく行ってきてください」
「はい、任せましたよ。いざという時はハルカちゃんとお願いしますね」
「大丈夫です」
じゃあ行くかと明石はダウナー飛行場姫と共に工廠から出る。すると、荷物持ちとして必要かと睦月も待っていた。うみどりを港に横付けしているおかげで、陸上施設型であるダウナー飛行場姫も陸に降りることは出来るが、何か必要である場合に手が足りないというのはある。
「資材とかは積み込むにゃし?」
「多少は持っていきましょう。その場で集められない場合の方が多いと思いますから」
「りょーかいなのね」
当たり前のように大量の資材を持ち運ぶ睦月の姿は、知らない者が見たら唖然とするコトばかり。
有道鎮守府からの輸送班である皐月と文月は、炊き出しのご飯を少し貰って食べていたのだが、睦月のそれを見て噴き出しそうになっていた。
「私達も一緒に行くよ」
そこにさらに調査隊も合流。妖精さんの供養を頼んだ後、明石達と共にもう一度屋上の方へと向かう予定だったようだ。
「ええ、では行きましょう」
ちょっとした部隊となった工廠班。明石達はここから、学校にある技術を知ることになる。
向かう場所は島内の学校。真っ直ぐ向かう道はあるのだが、それ相応に長い道である。非戦闘員である明石にとっては、まず現場に向かうのも少々疲れるモノではあるのだが、それ以上に怠そうにしていたのはダウナー飛行場姫。
「久しぶりに行くけど、本当にだる……」
「貴女も学校の関係者なのでは?」
「そうだけど、私の実家は学校に近いところの家なんだよ。港から向かうなんてことはしたことないね」
そう言いながらも、足を止めようとはしない。深海棲艦化によって、人間の時よりは体力がついているし、今回の作業はそれなりに面白そうだと思っている。なので、だるいだるいと口にするだけ。口癖みたいなモノである。
「設置場所は屋上ですが、どれくらいの広さがありますか?」
「私達全員で入っても余裕があるくらいには広いよ。だから、改造とか出来るスペースはそれなりにある」
響から説明を受け、明石の肩に乗っている主任はなるほどと頷く。こうして移動している間も、そこをどのように改造していくかは考えているようである。
「劇場みたいにするんだよね。学校そのものを改装する感じ? それとも、屋上だけをそれっぽくする感じ?」
「今のところは、屋上だけの予定です。というか、校内も後始末しないと危ないでしょう」
「まぁ、だろうね。忌雷の培養管とかあったでしょ。多分穢れまみれ。学校からも深海棲艦生まれてんじゃない?」
それも普通にあり得る話であるため、学校での戦闘も考えられる。そこは調査隊にも手伝ってもらうことになると思うが。
「あ、見えましたね。グラウンドがボコボコですが……それもまた戦闘の跡でしょう。学校は……ぱっと見で何かおかしいようには見えませんね」
「そりゃあ、外見からおかしかったら何かあった時に困るからでしょ。こっすいと思うわ。本当にだるい奴だったんだね」
洗脳さえ解けてしまえばこんなモノ。やはり、倫理観を理解出来る者からすれば、阿手は全く理解出来ない存在なのだ。
「ここの後始末はいつからやんの」
「それはハルカちゃん次第ですね。今重要なのは、山に投棄された遺体のせいで穢れが溢れていることですから」
「あー……そういう意味では、学校はそこまで汚くはないね。掃除だけはしてたから。生徒が、だけど」
子供の手でされた掃除なので、隅から隅まで細かく綺麗にされているということはおそらくない。だとしても、何もせずにグチャグチャになっているようなことはない。
それに、戦いが終わってから約1週間経過しているのだから、埃が溜まっていてもおかしくはないだろう。そういう意味では汚いかもしれないが、後始末という観点からすれば片付いている方。
問題があるとすれば、やはり穢れである。校内で深海棲艦が現れそうなくらいに穢れがあるというのなら、それは大問題だ。今のところそのような報告は受けていないが、いつそうなるかわからない。
そうなっていない内にシステムを再起動させて、深海棲艦発生の心配をゼロにしておきたいところである。
そして到着する屋上。
「これですかね、話に聞いた深海棲艦発生抑制装置」
スピーカーを見て、巧妙に偽装してあるなと感心する明石。もし何かの弾みで見られたとしても、何も知らない者ならば、これを疑うことはないだろう。疑いの目を向けて、初めてその存在に気付くという程度。
「今は念の為もう一度組み立てておいたけど、どうするつもりだい?」
「中身を確認して、構造を把握します」
響は念のためスピーカーを元に戻しておいたようだが、それは明石の手でまたバラされることになる。ただ、工作艦は手際が違った。
「……流石だね。私のような素人とはやり方が違う」
「工作艦ですから。とはいえ、やってることは同じなのでは?」
「いやいや、私はそれなりに考えながらバラしているんだけど、そこまで真っ直ぐ最短経路を通るようなやり方は出来ないよ。本当に初見かい」
「初見に決まってるじゃないですか。ただでさえ30年潜水艦の中でボスの面倒を見ていただけだというのに」
さらりとスピーカーをバラし、重要な部分とそうでない部分を見事に分け終える。電力供給の部分なども考えて、ガワ以外はおおよそ必要な部分に属するのだが。
「ふむ……これですか」
その中でも、スピーカーに入っているとは思えないような精密機器を手に取る明石。それが、妖精さんの楽しいという気持ちを抑止力に変換する装置。
主任もそれを見て頷く。そして同時に、少し嫌そうな顔もする。これに接続されていた妖精さんのことを思うと、どうしても気分が良くない。
「これをうまく使って、新たな装置に作り替えます」
「だる……でも、必要なことだからやるよ」
ここからは工作艦の活躍の時間。これさえ出来てくれれば、うみどりが抱える不安が一つ無くなるのだから。
屋上劇場化計画始動。