明石とダウナー飛行場姫により改良された、深海棲艦発生抑制装置。ひとまず妖精さん3人分で作製され、それを使うのは明石と神通のサポート妖精さん、そして主任という選ばれし者達。
上手く行くかの実験は必要であるため、ここから3人には楽しんでもらう必要がある。それを出来るのは、うみどりでも特に認められているあのアイドル。
「こーんにーちはー! 艦隊のアイドル、那珂ちゃんだよー!」
相手が誰であろうとも、そこがどんな場所であろうとも、このアイドルは全力で楽しませる。相手が1人だけでも心を込めて歌うし、相手が敵であっても仲良くなれるように踊る。ただひたすら、アイドルとして、平和を表現する。
そんな那珂が屋上に現れたことで、3人の妖精さんは拍手を送る。快適な椅子に座り、雨も防げるようになった今、集中して那珂のライブを見ることが出来るだろう。
主任がこうして楽しもうとしているところを見ると、うみどりでは非常に重要なポジションにいる存在であっても、根幹は妖精さんなのだなと、明石は何処か納得する。
楽しいことが好き、やりたいことをやる、こういった空気で盛り上がる。いつもは工廠で作業をしているが、たまにはこうして息抜きすることも大切である。
「今日のお客さんは、妖精さんだね♪ 楽しんでもらえると、嬉しいな♪」
そこには舞台のようなモノもない。屋上の扉から出て、ちょこんと作られた椅子があり、そこに手のひらに乗るような者達がいるだけ。普通の舞台とは規模があまりにも違う、レッスンをするような場所とも比べ物にならない貧相な場所。
広さはある程度あっても、華やかさは皆無。ましてや、しとしと雨が降り続けている中、那珂は傘すら差さず、制服のまま、しっとりと濡れながらのライブである。
だとしても、そのやり方は変わらない。舞台のサイズも環境も、那珂にとっては何も関係がない。それがライブであるならば、心を込めて全力で。
「それじゃあ一曲目、行くよーっ♪」
1曲目ということもあり、場を盛り上げるアップテンポな曲から始まる。伴奏も何もなく、ただ自分の身1つで、歌を届けた。しかし、それでも心を震わせるには充分すぎる。何度も聴いているはずの主任も、那珂の歌にはノリノリである。
聞こえるか聞こえないかくらいの合いの手の拍手も、那珂はしっかり聞き取り、それを受けて歌っていく様は、ファンサービスも完璧と言えよう。
「……すごいね、アイドル。こうやって聴くのは初めてだけど」
ダウナー飛行場姫は茫然と耳を傾けていた。文化から引き離されていた生活を送らされていたこともあり、歌と踊りを、こんな間近で聞くことなんてなかったため、作業が止まってしまうほどに心を揺さぶられている。その光景をじっと見つめ、むしろ聴くことの方に集中しているほど。
「楽しませるという点では、那珂ちゃんに勝る艦娘はそういないでしょう。面白いと楽しいは少し違いますからね」
そんなダウナー飛行場姫に神通が説明した。部隊は違えど、姉妹であるため、妹がそう言ってもらえるのは嬉しいようである。
「那珂ちゃんは、人のために歌うことが出来る子。だから、なおのこと楽しく感じるのでしょう。あの子は自分でもそれが楽しいと思えていますしね」
「なるほどね……そんなこと思ったこともないよ。これまではそんなこと考えさせられなかったし」
「なら、今からいくらでも楽しんでください。機会はいくらでもあります」
「そうさせてもらう。だるいのは嫌だけど、歌を聴くのはだるくないね」
この那珂の歌によって、この島の後始末は好転していくことになる。
少しして、学校に昼目提督と鳥海が到着。現状は聞きながらの移動ではあったが、詳細はハッキリと聞いていない。
だが、学校に近付くだけで歌が聞こえてくるのだから、今は既に装置を実践中なのだろうとわかる。
「もうやってんのか。手際がいいな」
「これで深海棲艦の発生が無くなればいいですが」
話しながら学校に入る。何処の学校も造りは大概同じだろうと、階段を探して屋上へ。すると、屋上に入る手前のフロアに、見慣れる存在がいた、
「っ……と、驚いたな。保護されたんだっけか」
那珂のアイドル活動をそっと見守りながら、身体をリズムに合わせて揺らしている深海玉棲姫がいたのだ。
本来ならば、かなりの強敵。しかし、敵対していないことがわかっているのだから、警戒すらせずに近付く。
「よう、お前さんも那珂のファンか?」
昼目提督に声をかけられ、ビクッと震えるが、チラリと一瞥だけしてから小さく頷く。
那珂からアイドルというモノを教わり、歌を聴くことで胸が熱くなるということが起きているため、この島で生まれたモノの中では初めてのアイドルファンとなった。ついさっきまでは工廠厨房の手伝いをしていたが、那珂がアイドル活動をすると聞いて、いてもたってもいられなくなり、同行を願い出た。
ちなみに、バックダンサーである舞風もこちらに来ているが、今は先に響達と合流したことで、那珂のライブを邪魔されないようにと周辺警戒を手伝っている。おそらくそろそろ戻ってくる。
「今は入らねぇ方がいいな。ライブを邪魔しちまう。屋上のライブハウスは、そこがちょいと厄介だな。途中入場がしづれぇ」
「奥に舞台を作ってもらって、出入り口側に機材の方がいいでしょうね。そこの設計はまた進めていった方が良さそうです。楽しそうにしているのなら、妖精さんも後から後から入りたくなるでしょうし。効率化も重要ですよ」
「だな」
昼目提督と鳥海は、あくまでも運営側としての考え方をしている。楽しいという点から少し離れた考え方かもしれないが、それがあるからより楽しいに繋がるということもあるので、蔑ろには出来ない。
より多くの妖精さんが、より楽しくなれる方法を、効率よく、かつ誰にも被害を与えないカタチで再現する。それは今から考えるべきこと。
「お前さんは歌って踊りゃしねぇのかい」
その中で、深海玉棲姫にとんでもないことをふっかけた昼目提督。深海玉棲姫もいきなりそれを言われて、驚きで声が出そうになっていた。
しかし、
「ア、アタシハ……マダ……」
「思い立ったが吉日って言うんだぜ。やりたい時にやらねぇと、ずっとタイミング逃し続けんぞ」
強面な提督にそんなことを言われて、深海玉棲姫は息を呑む。
うみどりがこの島にいるのは後始末の期間だけ。その後始末はまだまだ続きそうではあるが、いつかは終わりが来る。その後、深海玉棲姫はうみどりに乗ることを希望するかどうかはわかっていない。
というより、深海玉棲姫には未来のビジョンが何も見えていない。今日生まれたばかりの子供に先を見据えろというのは難しい話なのだが。
「お前さん、アレ、やりたいとは思ってるだろ」
「ッ……」
それは図星のようである。『マダ』と発言した時点で、アイドル活動を見ているだけでなく自分でもやってみたいと思っているのは見え見え。しかし、まだまだ自信がないようにも見える。
「那珂がいる間に、レッスンしてもらった方がいいと思うぜ。アレを見て、余計にやりたいって思ってんなら、尚の事な」
深海玉棲姫の視線は、ライブを続ける那珂の方へ。
今は3曲目、しっとりしたバラードを披露しているところ。踊る事なく、心に響かせるような響きの歌声を響かせ、3人の妖精さんに楽しいを提供している。アップテンポだけでなく、こうして時間をかけて落ち着かせることも合間に入れていくことで、楽しいがより拡張されていく。
深海玉棲姫にもその歌声は響いていた。より強く、より激しく、深海玉棲姫の心を揺さぶる。自分もやりたい、自分も楽しませたいと、胸を熱くする。
「お前さんは何が引け目だ? 深海棲艦であることか? それとも、単純に自信がないのか? 恥ずかしいか? 失敗が怖いか?」
深海玉棲姫は少しだけ表情を曇らせる。実際、昼目提督に言われたことは全て該当した。
深海棲艦という身でみんなを楽しませることが出来るのだろうか。自分にそこまで出来るのだろうか。指を差されて笑われたりしないだろうか。必死に練習しても失敗してしまわないだろうか。
不安が沢山ありすぎて、一歩前に踏み出せない。それでも、那珂を見ていると、やってみたいという気持ちがどんどん強くなる。
「物事は、やってみなきゃわからねぇ。立ち止まってたら、そりゃあ失敗もしねぇし、恥ずかしい思いもしねぇ。だが、成長も無ぇ」
「成長……」
「最後はお前さんが決めることだ。オレ達ゃ、少し背中を押してやることくらいはしてやるが、力強く押し込むことはしねぇよ。無理矢理やらされてやってたら、長く続かねぇからな」
昼目提督の言葉を呑み込みながら、深海玉棲姫は考える。とはいえ、考えることは1つ。勇気を出すか、出さないか。
那珂のライブは佳境を迎え、計6曲を歌いきり、今は最後の7曲目。ゆっくりと、トークをしながら、たっぷり2時間。以前のシステムならば、薬漬けにして3時間というカタチだったが、そこも改良されており、薬なんぞよりも楽しく幸せな時間を過ごせたならば、より効率よくシステムを稼働出来るように拵えていた。
そのおかげで、このライブによってシステムはフル稼働。目には見えていないが、妖精さんの力が島中に拡がっていく。これで何日保つかはわからないが、少なくとも直近で深海棲艦が増えることは無くなったはずである。
「ありがとー! 楽しんでもらえたかな?」
そんな那珂のワンマンライブに、妖精さん達はスタンディングオベーションで拍手喝采。素晴らしい時間をありがとうと、満面の笑みを浮かべたのだった。
深海玉棲姫の決断は如何に。