作業は終了し、ようやく落ち着くことが出来た深雪達。雨の中作業を続けたこともあり、風呂でゆっくりのんびりと疲れを癒した後、工廠厨房ではなく、食堂での夕食。セレスがそちらに出突っ張りとなっているため、こちらでは黒井母と紫苑によるお袋の味が提供されていた。工廠厨房は少し落ち着いているため、セレスだけでも大丈夫ということになっている。
手が足りないとなれば、他の保護された者達もお手伝い。せっかくの母の料理ということで、黒井兄妹と杏もこちらで働いていた。人数を揃えているおかげで大忙しというわけではないが、それでもせかせかと動き回っている。
「はい、外で作業してきたヒト達には、大盛りだよ」
杏が配膳を担当しており、深雪達に今日の夕食を提供していく。他の者達がカテゴリーYであるところを、1人だけ純粋な人間であるため、まるで看板娘みたいな雰囲気を醸し出していた。
「おう、ありがとな。腹減って仕方ねぇよ」
「見てきたモノはエグいのだったけどね」
「グレカーレ、食欲無くなってんのか?」
「いやー、別にそこまでじゃあないかなぁ」
本来なら食欲を失いそうな残骸の数々。そして、血塗れの現場である。そこにずっといて作業をしていても、食欲は失われないどころか、普通に腹が減り、食べられるというのが、後始末屋として仕事に慣れている証拠。初心者には厳しいところである。
「そ、そんなに酷いところだったんだ……」
「後始末の現場ってのは大概そんなもんだぜ。今回は輪をかけて酷いけどな」
「私、そんなことになってるなんて全然気付かなかったよ。必死に逃げてきたからかな……」
「いや、酷くなったのはつい最近なんだよ。昨日の土砂降りのせいでそれが拡がっちまった」
杏にはまだ少しわからないことも多いが、深雪が苦労しているということは理解出来る。
「じゃあ、なんか増えてるヒト達もそれが理由?」
「ああ、今回の件で滅茶苦茶深海棲艦が増えてる。って、杏も工廠の手伝ってたっけか?」
「ううん、私はあっちは手伝ってなかった。けど、深雪達が食べに来る前に、なんか
面白いお姉さんと言われて、まず深雪は首を傾げる。だが、今日からうみどりに滞在するようになるモノで、杏が面白いと言えそうなのは、1人くらいしか思い浮かばなかった。
「ああ、ありゃあ欧州水姫って奴か」
「名前まではわからないけど、なんかすごく尊大な感じだったよ」
「欧州水姫だ。間違いない」
自分も艦隊に勧誘されたのだから、言動の尊大さは深雪も知っていること。そんな欧州水姫が食堂に来た理由は少しわからない。
「アレ、なんか言ってた?」
グレカーレからの問いに杏は少し考えた後、苦笑する。
「なんかね、余ヘノ献上品ヲ作ッテイルノカとか言われたね。みんなに食べてもらうご飯ですよーって答えたら、ソウカソウカって笑い飛ばして中をジロジロ見て、食事ハ心ヲ掴ムタメニ必要ダナ! って勝手に解釈して出ていっちゃった」
「なんだそりゃ……」
「なんだろうね……」
欧州水姫の考えていることがよくわからない。最強の艦隊を作るために深雪を勧誘したり、食事に対して心を掴むと言い出したりと、まるで支配者として君臨するような物言いである。食事のことを献上品と呼んだりする辺りも、自分のことを頂点と思っているような言い回し。
確かに欧州水姫は妹と共に共食いの頂点に立ったモノだ。その中では誰よりも強く、誰よりも偉い。従う部下は食い尽くしているため、ある意味孤独の王である。自分のせいではあるのだが、生存競争なのだから仕方ないことでもある。
「でも、私にはあのヒト、うみどりで何か
「勉強? アレで?」
「うん。物腰は、まぁ、アレだけど、すごく穏やかだし」
確かにと深雪は考える。おそらくここまで勧誘した者達からは、全員にフラれているだろう。既に艦隊に所属しているのだから、欧州水姫の下につく者なんて誰もいない。だが、それに対してすぐに納得し、怒ることなく、笑い飛ばして次を求める。深海棲艦の姫なのにだ。
この島で生まれ、飢餓感から共食いをし、知性を手に入れた存在。対話も出来る上に、敵意すらない。ただでさえその時点で相当特殊であるのに、自分の思い通りにならないことを笑い飛ばせるだけの胆力もある。
「何考えてるのかわかんねぇな……」
「でも、戦いにならないならそれでいいよね?」
「それもそうだな」
欧州水姫が何を考えているか。それは、ウォースパイト達が聞き出すことになるだろう。
そんな欧州水姫だが、今はウォースパイトとヴァリアントに呼ばれ、ティータイムと洒落込んでいた。欧州妹姫は頭を下げながら便乗。姉が無茶なことをしないか監視しているかのようである。
「ホウ、コレガ貴様ラノ文化トイウモノカ」
「ええ、眠る前に安らぎの時間を得る、我が国の文化ね」
「飲んでくれ。口に合うと思うよ」
ヴァリアントから出された紅茶の匂いを嗅ぎ、ホウと笑みを浮かべた後、少し口をつける。そして、ウムと小さく頷いた。
「コレハイイ。確カニ安ラギヲ感ジル。マスマス我ガ最強艦隊ニ欲シクナッタゾ」
「はは、ごめんね。僕も姉貴と同じく、既に艦隊に所属しているんだ」
「残念ダ。モシ路頭ニ迷ッタラ、我ガ艦隊ニ来ルガイイ」
ヴァリアントも勧誘する程なのだから、余程人員を欲していると見える。ここでウォースパイトはさりげなくその話題に触れていく。
「最強艦隊……貴女、ずっとそれを言っているわよね」
「ウム。余ト、コノ妹ダケデハ足リヌ。強靭、無敵、最強ノ艦隊ヲ率イタイノデナ」
「何故?」
さりげなくと言いつつも、率直にぶつけた。回りくどい言い方をしても、欧州水姫の本心は聞き出せないと思ったからである。
尊大ではあるが、横柄ではないし粗暴でもない。文化を理解し、他者の心を掴むための手段を学んでいる。深海棲艦がそのようなことを考える存在とはどうしても思えない。侵略者の気質は失われていそうだが、それでも艦隊を組みたいと考えているのは何故か。
だが、返ってきた答えは、少し驚くべきことだった。
「
島を守る。欧州水姫は確かにそう言った。
「余ノ生マレタコノ島ハ、貴様ラニトッテハ忌ムベキモノカモシレヌ。ダガ、余ヤ妹ニトッテハ、愛スベキ故郷ダ。忌ムベキモノデアルナラバ、コノ島ハ何者カニ襲撃ヲ受ケルカモシレヌ。ソレカラ守ルタメニハ、強キ艦隊ガ必要ナノダ」
どのような経緯があるにしても、欧州姉妹にとってはこの島が生まれ故郷であり、愛すべき場所。そこが荒らされるのは我慢ならないし、嫌な場所だからといって破壊活動に出る者もいかねないと既に予想もしていた。だからこそ、島を守ることが出来るだけの、強い部隊が必要だと話す。
欧州水姫も欧州妹姫も、深海棲艦の姫の中では、上から数えた方が早いくらいの実力者ではある。しかし、それでも勝てるとは限らないと慎重になっている。無謀なことは考えていない。
「つまり貴女は、
「ウム」
疑いなく頷く欧州水姫。欧州妹姫と、それに関しては一切否定しない。
共食いという蠱毒から生まれたことによって、自分がこの島の王であり、他に生まれた者達は配下。そして、王として配下の幸せを考え、島に被害が及ばないようにする義務があると、欧州水姫は常々考えていたのだ。
だから強い艦隊が欲しい。王故に献上品を貢がれる。頂点に立つ者なのだから、VIP待遇は当たり前。だが島民のことは第一に考えている。
「余トテ、見境ナク戦イナドセヌ。余ハ強イ。ダガ、民ハソウデハナイ。ナラバ、守ラネバナラヌ」
「そうね、貴女の考えは間違っていないわ。強き者が弱き者を守ることは、義務とも言えるでしょう。私もそう思う」
「ソウデアロウ、ソウデアロウ」
「でもその前に、この島での生活の基盤を整えることが大切じゃないかしら」
ここでウォースパイト、少し踏み込んでみる。
「生活ノ基盤カ。確カニ、民達ハ住マウ場所モ難儀シテイルヨウダ」
「ええ、そして貴女は、それをどうにか出来るだけの力を持っているわよね」
「ウム、当然ダ。余ハコノ島ノ頂点。民ヲ導クダケノ力ハ持ッテイル」
「なら、貴女も後始末屋を手伝ってみてはどうかしら。この島を自分の望むカタチに片付けられるし、何より、民からは支持を得られるわ。あの姫様がこの島を綺麗にしてくれてるんだってね」
ウォースパイトに言われ、確カニと手を叩く。欧州妹姫も目を開いて納得した。
うみどりでただ食事を貰い、作業に参加もせずに王であると言っていても、説得力は何もない。
ならば、身体を動かして島に貢献している様を誰にでも見せつけることで、君臨するに値する存在であることを、全ての深海棲艦に見せつけることで、配下からの信頼も得られるだろう。生まれたばかりであっても、それくらいは理解出来る。
「支配者タル者、ムシロ率先シテ民ノ前ニ立タネバナラヌ。王ガ動ケバ、民モ動クデアロウ。素晴ラシイ、何故余ハソレニ気付カナカッタノダ。貴様ノ言葉、深ク余ニ刺サッタゾ!」
満面の笑みでウォースパイトと握手する欧州水姫。欧州妹姫もペコペコと頭を下げていた。
この島の頂点という考え方がいいか悪いかはさておき、少なくとも欧州水姫は、この島を守りたいという気持ちから、これまでの言動を取っていた。それは決して否定するべきことではない。むしろ、上手くコントロールして、より良い道に乗せるべきであろう。
全ては島の安寧のために、というのが欧州水姫の考え方。ただ、島の前に『余ノ』がつくのがちょっと違うところ。