水爆がある程度解体され、爆発の危機が去ったということで、うみどりの中では少し緊張感が失われていた。勿論、まだまだ作業があるので、翌日からの仕事もあるのだが、それでもいきなり島が吹き飛ぶなんてことは無くなっている。
あの現物を見ている深雪達からしたら、アレを解体してしまった陸軍チームは素直に尊敬出来る存在である。自分達には到底無理なことを成し遂げてくれたのだから大助かりだ。
そんな陸軍チームだが、今日はうみどりに宿泊。深海棲艦達がこぞって美味い美味いと言っているセレスの炊き出しを食べ、その味に目を見開いた。
深海棲艦に食文化があるとは到底思えない。だが、ここはうみどりという、常識が通用しない場所。新たな文化を形成していることは間違いない。
「思っていた以上に美味でありますなぁ」
「深海棲艦が作ったとは思えないであります」
「す、すごいです! 陸のお店よりも美味しいまであります!」
新参の3人もベタ褒めである。それを聞いたセレスは、それなら良かったと小さく微笑みおかわりを配膳。作業した者達の身に染みるような豚汁は、誰も彼もに好評である。
「これを今後、島で振る舞うのでありますか?」
あきつ丸のこの素朴な疑問。セレスはすぐに答えられなかった。今は常にうみどりで食の文化を学び、時には別の場所で食べ、更なる味を追求する。こうして深海棲艦達を喜ばせることにも成功しているが、自分が求めている万人に受ける味とはまた少し違う。その片鱗は見えているが。
セレス自身もそれが絶対に辿り着けないモノであると薄々勘付いてはいるのだが、それでも楽しく歩くことが出来るのなら、その道を歩き続けることを望んでいる。出会う者の知る味を聞き、再現し、アレンジし、そして新たな食へと昇華する。それは、うみどりでなければ出来なそうなモノ。
「ワカラナイワ。デモ、コノ島デ暮ラス子達ニ、料理ヲ教エル必要ガアルトハ思ッテルノヨネ」
なので、わからないが答えになる。セレスと同じように料理に興味を持つ者がいるのならば、後始末が終わった後のこの島に住む者達に食文化を広めておきたいというのはあるだろう。そうでなければ、独自の文化を形成するであろう島が、上手く回っていくかわからないからだ。
セレスがいれば、食については心配が要らなくなるだろう。だが、セレス自身がそれを望むかは本人次第。
「お、みんな揃ってるね」
そんなことを話している時、外からやってきたのは、今のこだかを纏める艦長代理、タシュケント。海での作業も一段落ついているので、何やら話をしにきたらしい。
「同志ミユキ、君にも少し関わってくることかもしれないね」
「ん、あたしにか?」
「ああ、というか、純粋種全員にさ。ここ最近で生まれたのもね」
電や時雨、白雲なども話に関係してくるかもしれないということで、少しだけ身構える。
「ハルカちゃん、ちょっといいかい。おおわしとも少し話したことがあってね。ちゃんとみんながいる場で相談したいことがあるんだ」
「ええ、大丈夫よ。みんなに知ってもらった方がいいし、アナタが話さないといけないのはどちらかといえば、彼女よね?」
彼女──欧州水姫は、タシュケントを値踏みするように眺める。そして、ニッと笑みを浮かべた。
「ホホウ、貴様、イイ目ヲシテイル。我ガ最強艦隊ニモ申シ分無イ!」
「君が最近現れた深海棲艦の
「余ニ何用ダ? 配下ニ加ワルトイウノナラバ歓迎シヨウ」
話が欧州水姫ペースになるため、タシュケントは苦笑しながらも咳払いをし、あくまでもお互い対等の立場で話すというスタンスを崩さない。
「あたし達こだかの艦娘、第二世代の純粋種は、この戦いが終わったら、この島で余生を過ごしたいと思っているんだ。延いては、君達との共存したいと考えてる」
この戦いというのは、第三次深海戦争のこと。暴れ回る深海棲艦がいる限りは、後始末も終わらない。こだかはうみどりの分隊として活動しているため、後始末が無くならない限りは仕事も続けるだろう。
だが、それすらも不要となった時、最終的にはどうするか。艦でふらふら海を移動し続けるのも悪いことではないが、そうすると燃料などなどを嫌でも失っていく。その辺りは必要最低限にしておきたい。戦争でも無いのに、そういうところで資材を使うのは、あまりよろしくないと考えている。
それに、戦争が終われば艦娘という存在そのものが、ほぼお役御免となるのだ。カテゴリーCは人間へと戻り、鎮守府も一部は解体となるだろう。勿論、一部の鎮守府は存在する理由を変えて存続するだろうが、規模縮小は確実。
そうなった場合、深海棲艦と戦うために生まれた純粋種は、ハッキリ言って居場所が無くなる。そもそも、第三次は純粋種がカテゴリーM──人類の敵側に回ってしまっているため、その心配は無かったのだが、現実問題、うみどりとこだかには沢山の純粋種が残っているわけだ。
戦いが終わった後のことを考えた場合、何処でどう暮らすかは、考えていかねばならない問題。タシュケントはそれにいち早く目を向け、この
だが、今の島には想定外の原住民が現れている。そして、タシュケントはそちらに島の所有権があるとも考えている。自分達が後出し。その原住民が許可を出してくれない限りは、共に過ごすということは控えるつもりである。
「フム、共存カ。余ニ屈スルノデハナク、共ニ手ヲ取リ、生キテイキタイト言ウノダナ」
「そういうこと。こちらから提案して図々しいことだとは思うけど、あたし達は自分のことは自分でやる。島の片隅、それこそ、集落の片方を譲ってもらえないかな。勿論、共存するにあたって、そちらの要望も呑むよ。例えば……セレスほどでは無いけれど、料理を作れる者はいるからね。そういうところ、文化的なところを提供するよ」
「ホウ、文化カ。悪イコトデハナイ、ナ!」
欧州水姫並びにここで生まれた深海棲艦達に足りないのは、文化である。今でこそこうして学んでいるが、今はあくまで
そしてその文化は、この島では殊更に必要不可欠なモノである。穢れの除去が年単位の仕事になりそうな今、深海棲艦発生抑制装置の稼働は必須。それをするために必要なのが、妖精さんを楽しませる娯楽。楽しんでもらうためには、まず自分達も楽しまねばならない。
「同志ミユキ、君達は戦いが終わった後にどうするつもりだった?」
「あたしか? んなモン、まだ考えてなかったよ。今が大変だしな。でも、そうか、そういう未来を見据えなくちゃいけない時も来るのか……」
「ああ。あたし達は、そういう選択もあるよというのを知ってもらいたいね。いや、他にも身を置く場所というのはあるさ。それこそ、軍港都市に居を構えるとかね。シグレ辺りはそれを狙ってるんじゃないかい?」
「そこでなんで僕の話が出てくるんだい。でも、それもアリかなとは思うけどね。少し、気になる場所もあるからね」
時雨がそんな未来設計を少しでも考えていることに、深雪は少し驚いた。今を生きるのに精一杯だというのに、未来のことになんて考える余地も無かった。
だが、この島の後始末は、未来に繋がる作業。生まれた侵略者ではない深海達の明日を作る作業だ。自分達の未来にも、そろそろ目を向ける必要はあるのかもしれない。
「……あたしはもう少し後に考えることにする。もしかしたら世話になるかもしれないし、うみどりの行末を見た後に決めるかもしれない」
「それでいいよ。道はいくつでもあるからね。むしろ、あたし達が早計だったかもしれない。でも、きっかけが貰えたなら、今それを決めておいても損がないと思ったのさ」
改めて、タシュケントは欧州水姫に向き直る。
「今すぐではないけれど、君達との共存をさせてほしい。見返りは、文化の提供。あとはあたし達の艦を使った貿易かな。島に必要なモノを運ぶために、こだかを使わせてもらおうとも考えてる。どうだろうか」
「ホホウ、外ノ物質ヲ運ンデクレルノカ。我々ガ動カズトモ、繁栄ヲ維持出来ルトイウノナラ、願ッテモナイコトダロウ。余ハコノ島ヲ守ルコト、コノ同胞達ガ健ヤカニ過ゴスコトガ出来レバソレデヨイ。貴様ラハ、ソレヲヨリ磐石ナモノニシテクレルトイウコトナノダロウ?」
「約束するよ。お互いに戦うつもりはないんだ。なら、手を取り合って生きていけるだろうからね。今日は海の後始末に専念していたけど、明日からは別の集落の片付けも始めるよ。そこに君達が住んでくれても構わない。ともかく、この島を住めるカタチにしたいからね」
タシュケントの未来構想を聞き、欧州水姫は大きく笑い飛ばした。真っ直ぐな瞳で未来を見据えている。
欧州水姫も今は目の前しか見えていなかった。この島を守ることを第一にしており、もし誰かが戦いを挑んできても跳ね返すことが出来るようにと最強艦隊を作り、そして戦えない者も安心して過ごせるような生活の基盤を作る。それが今出来ることであり、それしか出来ないことだった。
だがそこに、うみどり以上に踏み込んで手伝ってくれる者が現れたのだ。受け入れずして、何が王か。共存して同胞が平和に暮らせるのならば、何も問題はない。
「ヨカロウ、余ハ貴様ノ思想ガ気ニ入ッタ! 共ニコノ島ヲ繁栄サセヨウデハナイカ!」
「ああ、よかった。それじゃあ、よろしく頼むよ、同志король」
ガッチリ握手をするタシュケントと欧州水姫。これもまた、平和の礎となるモノだった。
こうして純粋種である艦娘と、ここで生まれた深海棲艦は、一種の同盟を結ぶことが出来た。
あとは、それをよく思っていない、阿手の傀儡だったカテゴリーY達になるのだが──。
欧州水姫が尊大だが寛大なおかげで、余程のことがない限り許してくれる。タシュケントも反論されることは考えていただろうけど、思った以上にすんなり行って、内心ちょっと茫然としてたかも。