後始末屋の特異点   作:緋寺

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揺さぶられた心

 欧州水姫が豪快に笑い飛ばし、欧州妹姫を連れてまた集落へと戻っていく。その姿を、カテゴリーYの面々は、何処か茫然としながら眺めていた。

 あの言い方、言い返せないような迫力、そして、何処か憎めない雰囲気。そのどれをとっても、集落の地主に何処となく似ていた。春星も、間近で見ることでそれを感じていた。

 だが、それを口にすることはしない。雰囲気はそう見えたが、目の前にいるのは欧州水姫。この島で新たに生まれた、共存可能な深海棲艦だ。その人とは違う。

 

 カテゴリーY達はポツリと呟く。アレ、あの地主のオッサンじゃないか、と。姿形は違う。雰囲気が近しいだけで、何もかもが別モノだ。しかし、そうではないかと思えるくらいの何かを感じていた。

 それがどうしたと言う者もいる。だが、一部の者には、その存在そのものが刺さっていた。阿手に刃向かったことで始末された、島の中でも有名人だった地主。何かあれば颯爽と現れ、豪快に笑い飛ばしては喧嘩両成敗でどちらも叱り、しかし全てを受け入れる、尊大であり寛大な男。島民から愛され、しかし阿手の支配下では疎まれた、正義感の強いおじさん。

 

「……私、ダメだ。あの人にあんなこと言われたら、反抗なんて、出来ない」

 

 1人が、そう呟いた。既にこれまでに何人からも言われていた駆逐水鬼。丹陽から叱られ、深雪から諭され、春星から殴られた彼女は、欧州水姫のあの言動により、ついに心が動かされた。

 あそこまで言われるようなことをしており、何度でも何度でも反抗していたが、そんな自分達でも同胞と語り、いくらでも共存するぞと笑顔で受け入れてくれた。これまでで一番優しい叱責。それは、一番心に深く刺さったのだ。

 

「ごめん、私、裏切るわ。ごめん」

 

 他のカテゴリーYの面々がギョッとしたが、もう気にせず、駆逐水鬼はその場から離れた。陸に向かっていく欧州水姫の背を追うように、決意したかのように拳を握り締めて。

 

 嘘だろと騒つく中、駆逐水鬼の勇気ある行動によって、心が揺さぶられる者が続出し始める。

 その殆どが、まだ人間だった時に地主に世話になった者。洗脳教育が行き届いてからは、阿手に始末された時にざまあみろと思っていたのに、いざ似たような存在が再びこの場に現れたら、考え方は変わる。

 一部は未だに地主だからと上から目線かと反発しているが、他の者は違う。あの時に笑いながら叱ってくれたから、本当に間違えずに済んだという者も存在する。

 

「……僕達を同胞って、言ったよな、あの姫」

「ああ、確かにそう言った。全然違うのに、仲間だって」

「認めて、くれてるんだ、島の人間だって」

 

 寛大さが身に染みている者達が、ポツリポツリと現れ始める。叱られれば反発する。斜に構えて、絶対に受け入れてやるものかと対峙する。しかし、欧州水姫は正論をぶつけながらも、その存在を否定するようなことは言っていない。その行いが間違っているとは、何一つとして言っていないのだ。

 出ていけと言われて断るということはしているが、だからといってここでやったことを頭ごなしに文句を言うわけでもなく、ただひたすらに、同胞と共存すればいいと、弱いならば庇護下に置くと言うだけ。文句があるなら島に戻って来ればいいじゃないか、それも出来ない理由があるならそれはそれで許すと、あまりにも寛大すぎる言葉を残し続けている。

 

 土地を接収するとか、居場所を追い落とすようなこととは、全く違う。常に受け入れようとする姿勢に、たったアレだけの対面であっても、何人もの心を動かした。

 

「バカ、アレがあいつらの、特異点の作戦なんだろ。俺達をそうやって利用する気なんだ。騙されんな」

 

 などと言う者もいた。しかし、

 

「特異点も、あの人を制御出来てないように見えたわ……」

 

 そう言う者も現れる。事実、欧州水姫は誰にも制御出来ていない。いや、言葉巧みにコントロールすることは出来ていたが、少なくとも深雪と電は、どちらかといえば振り回される側である。

 

「あの人が、あの地主のおじさんだったとしたら……ごめん、私もあの人には逆らえない。恩があるもの」

「アイツは先生に楯突いた裏切り者のクソジジイだろ。デカい態度で俺達を管理してる気になって」

「でも実際、あの人は先生が来る前までは、僕達の生活を支えてくれてた。それに……本当に先生がやってきたことは、平和に繋がることなのか?」

 

 ここで初めて、明確に疑問に思った者が現れる。春星のように、自分達と行いが間違っていたと気付く者が。

 

「人の不幸の上に成り立ってる幸せって、平和なのかな」

「不幸じゃないでしょ。だって、平和の礎になれてるのよ?」

「でも、オレ達はそれを、踏みつけてるんだぜ……?」

 

 カテゴリーY達の中で突如議論が起き始める。確実な対立。欧州水姫との邂逅は、それほどまでに波紋を拡げていた。

 

 

 

 

 島に戻ってきた欧州水姫は、ヨシと手をパンと叩いて、改めてもう片方の集落へと向かおうとする。

 

「サテ、ソレデハ我々ハマタ、同胞達ノ集落ヘト向カウ。艦娘達ヨ、ソチラノ集落ハ任セタゾ」

「ああ、任せてよ。そちらに手が足りなくなってきたら、手伝いを派遣するよ。こちらも足りなくなったら借りていいかい?」

「ウム、ヨカロウ。共ニコノ島デ生キルノダ。共存共栄ハ望ムトコロダカラナ。話ヲスルナラ貴様デイイノカ?」

「うん、ボスは今日が特別なだけで、普段はうみどりに篭ってるんだ。身体が弱くてね。だから、今の代表は代理だけどあたし、タシュケントが引き受けてるよ。ボス、よかったかな」

「はい、大丈夫です。タシュケントさん主導で進めてください。私は全て許可としますので」

 

 丹陽はそれが否定出来ないので、島での件はタシュケントに一任している。最終的には自分もそこに収まることになると思われるが、その時にはボスはタシュケントがやっていればいいと思っている。自分はもう引退、口出しもせずに、のんびりと余生を過ごすのだと。

 

「あ、そうだ。ずっと姫と呼んでいるのも面倒だね。君達、名前とかないのかい?」

「名前? フム、考エタコトガ無カッタナ。イヤ、確カ、うみどりノハルカガ、我々ニモ呼称ガ必要ダト言ッテイタナ。ソノ内決マルダロウ。今ハ、ソウダナ、王トデモ呼ブガイイ」

「私ハ妹トシカ言ワレテイナイカラ、ソレデイイヨ」

 

 王と妹。単純にして、最もわかりやすい呼称。最終的には名付けられるだろうが、今だけはそれで済ましておくようである。島の代表に名前がないとなると、ここで住む者だけでなく、島を正しく管理することになる大本営などでも面倒臭いことになりかねない。

 

「じゃあ今だけはそうさせてもらう。今後ともよろしく、王、妹」

「アア、ヨロシク頼ムゾ、タシュケントトヤラ。共存共栄ノ暁ニハ、貴様モ我ガ最強艦隊ノ一員ダ!」

「ふふ、そうだね。ここで余生を過ごすことになったら、島を守るために一緒に戦うことを誓おう。今は無理でも、その時が来たら、ね」

 

 最初は断った最強艦隊入隊への誘い。島で共存するのならば、必然的に加入することになるだろう。島が何かしらのカタチで狙われてもおかしくないのだ。自衛のためには武器を取らざるを得ない時も来るかもしれない。その時は、王の名の下に、島を守る戦士として戦う。

 王はタシュケントのその申し出に大いに喜び、豪快に笑った。島を守るための力が増えたと、嬉しくて仕方がないようである。

 

 そしてそこに、新たに姿が現れる。

 

「あ、あの!」

 

 先程、アレだけの口論になった駆逐水鬼が、追ってきていたのだ。それを見た深雪達は少しだけ警戒。春星は睨みつけるように前に出る。

 しかし、駆逐水鬼の目は、欧州水姫の方しか見ていない。必死な、何かを決意した表情で、それでいて少し縋るような。

 

「わ、私、貴女についていきたい……!」

「どういう風の吹き回しだよテメェ」

「春星、話聞いてやれよ。なんかそいつ、さっきと違ぇぞ」

 

 春星はすぐに喧嘩腰となったが、深雪がそれを制止する。何か雰囲気が違う。なら、話は聞いてやるべきだと。

 

「ホウ、先程トハ何カ違ウナ。王ニ話シテミヨ」

「……私、貴女に恩師の影を見たんだ。そんなヒトに、同胞だって、共存していいなんて言われたら、反抗なんて出来るわけがなかった……。そうだ、私達の方が先にいただけで、貴女達だって島で生まれてるのに、追い出すとかおかしいんだ……共存を目指してる貴女の方が正しいって、ちゃんと、理解した……!」

 

 何処か支離滅裂だが、思ったことを口にしていく駆逐水鬼。欧州水姫を真っ直ぐな目で見て、しかし少し泣きそうな表情で頭を下げる。

 

「庇護だなんて言わない。私、自分で自分のことはどうにかするから、貴女と、王と一緒に、行きたい……!」

 

 ただ少しの対面は、ここまで大きく心を揺さぶった。これまで揺さぶられた心に、決定的な一打を当てていた。

 

「フム、ソウカ! 貴様、イイ顔ヲスルヨウニナッタナ! 今ナラバ、我ガ最強艦隊ニ加ワルコトモ許可出来ソウダ!」

「さ、最強艦隊……?」

「余ノ目的ハ、コノ島ヲ守ルコト。貴様モ、ソノ礎トナルノダ。平和ヲ維持スルタメノ艦隊ハ、マダマダ人員ヲ募集シテイル! 貴様ニソノ気ガアルノナラバ、ツイテクルガイイ!」

 

 艦隊がどうというのは置いておくとしても、受け入れられていることはよくわかる。駆逐水鬼は、これまでの自分の言動を恥じ、王についていきたいと、心から思った。

 

「は、はい、私、王についていきます! 一緒に、この島で……!」

「ハッハハ、ヨカロウ! デハ、アチラノ集落ノ後始末ヲスル。手伝ウガイイ!」

「はい、アチラなら私の実家もありますから、多少説明も出来ます!」

「素晴ラシイ! デハ行クゾ!」

 

 話の展開が早い。深雪達は茫然としていた。だが、アレだけ折れなかったカテゴリーYが、あれよあれよと欧州水姫に従うようになったのは、それもまた王の資質なのだろうと、驚きつつも認めざるを得なかった。

 

 

 

 

 カテゴリーYの改心、更生のきっかけは、この島で生まれた王にあった。心を揺さぶり、かつてを思い出させ、そして恩に従う。ただ、それだけ。

 




駆逐水鬼は過去、地主のおじさんに間違いを正されたようです。そこから恩を感じており、洗脳教育が失われた今、それを思い出すことが出来ました。
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