後始末屋の特異点   作:緋寺

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学校にて

 午後からの作業が始まり、深雪と電は一旦フリーに。丹陽はうみどりに戻っているため護衛は不要となり、海中の作業は安定してきているため2人の手助けまでは必要がない。

 そうなるとやれそうなことは、やはり島の上。集落は欧州水姫率いる深海棲艦部隊と、タシュケント率いるこだかの艦娘が片づけているため、それ以外の場所を徹底的に片付ける。

 

「そういや、学校の方って今、誰か片付けてんのかな」

 

 深雪がふと疑問を口にする。今の学校は、明石とダウナー飛行場姫が主体となって、屋上をライブハウスに改造しているところである。定期的に妖精さんに楽しんでもらう施設とすることで、深海棲艦の発生を抑制する装置を有効に使っていく。

 屋上はその『開発』や『改造』が行なわれているが、問題は他の部分だ。学校だってこれまでの長い間、阿手の魔の手に晒されていたのだ。残骸などが無くても、穢れはあちらこちらにある。

 

「あの面白い王様、学校に住むみたいなこと言ってたよね。居城にするんだって」

「言っておりましたね。ですが、今は配下の住まう場所を作るため、集落での作業を優先しておいでです。自ら王と名乗るだけあります」

「だよね。自分のこと後回しにするとか、深海棲艦としても結構すごいよ」

 

 欧州水姫に対するグレカーレと白雲の評価は上々。むしろ、こちらでも王の素質は充分にあると高評価である。態度は尊大でも、やっていることは素晴らしいと。

 

 しかし、学校の片付けはまだ殆ど手をつけられていないという。目に見える穢れがあまりにも多すぎて、見た目だけなら比較的綺麗な学校は後回しになりがち。屋上の改造をしている工廠班も、そちらに優先順位を高めているため、内部まで何か出来るかと言われるとそうでは無い。

 

「んなら、あたし達が学校の片付け、ちょい行っておくか」

「それはいい考えなのです。先に誰かがいたとしても、片付けの手伝いをするのです」

「だな。じゃあ、今日は学校の方だ。行こうぜ」

 

 屋上は片付いていくにしても、他を片付けなければ終わらない。そのため、深雪達はまず校内の片付けを始めることにした。誰かがやっていても、一緒にやることが悪いことでは無い。

 

 

 

 

 やってきた学校は、黒井母と戦った時から殆ど変わっていない。戦闘と、『拡張』された艤装によってボコボコにされたグラウンドが目を惹くものの、それ以上に目立つのは学校の穢れだった。

 穢れが見える眼鏡を持ってきており、4人でそれを通して確認すると、絶句するような光景が目の前に拡がる。

 

「うわ……」

「酷いことになってるのです……」

 

 校舎の壁面すらも穢れまみれ。直に擦り付けるようなことはしていないだろうが、地下施設で行われてきた実験によって発生している穢れや、近隣で捨てられた残骸などの穢れが、この学校に集約されているかのような光景である。

 

「これはすぐにでもやらないとだねぇ」

「まこと穢らわしい……彼奴の所業がありありと表れているようです」

「地下の方がヤバいかもしれないよねコレ。ひとまず学校やるでいいかな」

「とりあえず中を見ていこうぜ。壁とかは、多分空母隊に薬ばら撒いてもらわないとダメだコレ」

 

 校舎の壁は手作業でやれるような範囲では無い。そのため、薬剤散布をしてもらうべきだ。

 手作業でどうにか出来そうなのは、校舎の中。外がコレなら、内も酷いことになっているのは想像に難しくない。

 

 

 

 

 そして、校舎内。一時的な簡易拠点として使っていた教室も、後始末として見てみると、とんでもないことになっていた。

 

「うっわ」

 

 そんな声しか上がらなかった。その時は洗浄もされていない黒井母が、子供達を守るためにタコの脚を全面に這わせたということもあるが、ありとあらゆる場所に穢れがこびりつき、勉強するような場所には到底見えない惨状。この中にずっといたら、ことごとく体調を悪くしそうなモノ。

 

「こりゃあヤベェ。とりあえず換気だ換気。窓全部開けるぞ」

「持ち出せそうなモノがあれば持ち出した方が良さそうなのです。使うならまた入れればいいので」

「オッケー。まずはこの部屋空っぽにしよう。っても、モノ自体はそこまで無いのかな?」

「出せそうなモノは出してしまいます。グレ様、この掃除用具入れのようなモノ、お願いいたします」

「あいよ。これならあたしの艤装の腕使った方が楽だね。ミユキ、窓全開にしといてー」

 

 手当たり次第片付けていく。中にあるものは全て出すとして、黒板などどうにもならないものは、もう今の段階から洗浄を開始。宗教じみた授業の痕跡も、阿手がこの世界にいた証拠として消去。薬剤を散布するようにして、穢れ諸共消し去った。

 ただ薬を撒くだけだと水浸しになるだけなので、その後はちゃんと拭くこともしている。そこが海の後始末とは違うところだ。やったらやりっぱなしで大丈夫な外と違い、ここは後始末の痕跡がそのまま汚くなってしまう可能性が高い。

 

「手間はかかるけど、やってやれねぇことはねぇな」

「部屋1つなら、割とすぐなのです」

 

 教室1つに4人の手が入ると、僅かな時間でさっくり終わる。だが、それがコレから何部屋もある上に、今見ているのは1階。それよりも上の階は、窓を開けたとしても、中にあるモノを外に出すだけで一苦労。いちいち階段経由で下ろさねばならない。

 とりあえず1階を終わらせることに尽力することになるのだが、それでもまだまだ終わりが見えない。教室1つに30分かけたとすれば、8つで4時間。午後から始めていることもあり、今日中に終わらせるのは不可能。

 

「確か、職員室はもぬけの殻だったらしいよ。机とかも無かったんだって。調査隊のヒビキが言ってた」

「ならそこは穢れを落とすだけで済みそうだな。逆にいろいろあるところってあったか」

「保健室とか、なのです? ほら、ベッドがリフトになってて、忌雷が罠で仕掛けられてた」

「あー、あったな。あそこは何かいろいろありそうだ。つーか、忌雷のこともあるから絶対ヤベェ」

 

 教室でコレなのだから、他の用途が限られた部屋は余計に酷いことになっていそうなのが予想出来る。特に保健室は穢れの温床であることは容易に想像がついた。地下施設直通、その下の部屋は血まみれ、実験施設へそのまま持っていかれるベッド型リフトがあるのだ。

 今は下に降りたままで動いていないだろう。つまり、保健室には今、大きな穴が空いていることになる。そこもとんでもないことになっていると予想して、4人でげんなりした表情になった。

 

「あと、音楽室がすごいよ。あの時はまだ動いてる培養管があったからね」

「今は電力落ちてるよな。じゃあ……」

「中は空っぽだったけど、まぁそこも酷いことになってるだろうね。培養管の中なんて、穢れ以外あるのかって話だし」

 

 想像するだけで嫌な気持ちになる。

 

「まぁ、うん、見えるところから確実にやっていこうぜ。それしか言えねぇや」

「なのです……あ」

 

 肩を落としたその時、学校の中に何やら音楽が聞こえ始めた。そこまで大きくなく、しかし作業をしながらでも耳に入ってくるそれは、屋上で始まったライブである。

 

 妖精さんに楽しんでもらうため、今回も那珂がアイドルの矜持をありありと見せつけていた。毎回同じだと楽しさも半減してしまうため、歌のラインナップを変え、そして今回はバックダンサー舞風の華麗なダンスも披露されていたりする。

 見ている妖精さんは、実験も兼ねているため、今回も明石のサポート妖精さんと主任、そこに工廠から新たに連れてきた数人を加えた計5人。

 

「那珂ちゃんの歌だ。作業してる間に流れてくるのもいいもんだな」

「なのです。作業が捗りそうなのです」

「聴き入って手ぇ止まっちゃわない?」

「それは注意せねばなりませぬ」

 

 作業の精神的な疲労を癒してくれるような楽しげな音色に耳を傾けながら、深雪達は作業を再開。時には聴いたことのない曲が聴こえてきたことで手が止まりそうになるものの、作業に対しての嫌な気持ちは飛んでいった。

 深海棲艦の発生を抑制しつつ、作業員の気持ちも温かくする。屋上のライブハウスは、ある意味大成功と言えるだろう。

 

 ライブはおおよそ2時間。休憩無しで続けて、ということはないものの、殆ど音楽は流れっぱなし。その間、ずっと穏やかな気持ちになれたのだから、その効果は妖精さんだけでは終わらない。

 

「……すげぇな、作業効率めちゃくちゃ上がったぞ」

「気持ちの問題があったのです。那珂ちゃんさんの歌、それだけ電達にも効果的なのです」

 

 気付けば教室5つの片付けが完了していた。想定していた数より多く、作業が余程捗ったのだと感じる。実際は慣れなどもあるだろうが、やはりそれを感じさせないくらいの気の持ちようもある。

 

 だが、ここで1つ大きな変化があった。学校に流れる歌声が終わり、ライブも終了かと思ったところで聴こえてきたのは、拙いながらも感情を込めた歌声。

 

「えっ」

「ま、マジ? これ……玉棲姫の歌じゃん!」

 

 そう、深海玉棲姫が那珂のススメで、1曲だけ歌うことになったのだ。勉強するという名目で後ろで見ていただけだったのだが、手を引っ張り、背中を押し、失敗しても大丈夫と支えて、そして初めての舞台。

 歌は那珂とは比べ物にならないモノであるかもしれない。しかし、その懸命さは心に響く。

 

 勉強を続けることも大切だが、舞台がどういうモノかを知っておく必要もある。那珂はこの場でそれを実践させた。アイドルを目指してたった2日目。あまりにもスピーディーな大出世。しかし、それも必要なことである。後始末屋がいつこの島から次に向かうかわからないのだから。

 

「……なんか、嬉しいな」

「なのです。深海棲艦にも、歌という文化が根付いてくれれば、戦いなんて必要無くなるのです」

「ああ、本当にか。うは、ヤベェ、なんか感動しちまった」

 

 ほんの数分、深海玉棲姫もまだ歌を完全にマスターしているわけではないだろう。それでも、人の心を動かすには充分な歌声だった。

 

 

 

 

 作業は続く。しかし、それは苦行ではない。

 




タマちゃん、速攻デビュー。
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