深雪達が学校内の後始末を進めていくうちに、外は夕暮れ時に。空が赤く染まっていくのが廊下の窓から見えたため、今日の作業はここまでにするかと切り上げる。
教室に残されたのは黒板くらいで、掃除用具入れやロッカーなどは軒並み外に出している。それもまた穢れまみれであるため、その場で洗浄。天日干しで乾かせばいいかと、今はそのまま放置である。
翌日の天気は晴れと予想されている。モノを放置しても、雨でドロドロにされるということはない。
「これ、後から使うと思うか?」
「どうなのでしょう……あったらあったで使うような気がするのですけど」
「自分達で掃除するときに使うとは思うけど、どうなんだろうな」
ここを居城とするという欧州姉妹は、あの性格からして、配下に見せるために率先して自分達の家を掃除するだろう。用具入れから箒を出して掃除している姿を想像すると、妙な笑いが込み上げてくる。
実際、面白い王様こと欧州水姫は、配下がより動けるように先陣を切る。片付けもそうだが、掃除もそうだろう。汚れたら自分で掃除した方がいいぞと前以て説明しておけば、下手したら毎日掃除をしているのではないだろうか。
「すっげぇ庶民派な王様だな」
「でも、親しみやすくていいと思うのです」
「だな。あたしもそういう奴が島を管理してくれるなら任せられるぜ」
踏ん反り返って配下に指示しかしないより全然マシだと、深雪と電は笑い合った。もし今の戦いが終わって、本当に行く当てが無くなったなら、この島で最強艦隊に所属するのもいいかもしれない、なんて思えるくらいに。
学校からうみどりに戻る途中、疲れ果てたような表情の陸軍チームを見かける深雪達。護衛として共に行動している神風も、少し疲れた顔をしていた。
「お疲れさん。そっちも大変そうだな」
「ええ、私は見ているだけだったとはいえ、おそろしく神経を使う仕事だったみたいね」
神風はそう話しているが、実際に作業をした3人──あきつ丸、神州丸、まるゆ──は、顔色が悪いのではと思えるほどに疲れている。
「セカンダリだけでは爆発しないことはわかっているのですが、何が仕掛けられているかわからないというのもあり、常に神経を研ぎ澄ましておかねばならないのであります」
「アレそのものも危険物質。あまり雑には扱えず、それも数があるならば相応に神経を使う……」
「実際は罠みたいなモノは何も無かったんですけどね……」
水爆はあくまでも水爆であり、解体されることを危惧したような最後の罠のようなモノは仕掛けられていなかったらしい。阿手とて、水爆には下手なことをしようだなんて考えていなかったようだ。
「だがこれで全て解体完了だ。この島が吹き飛ぶ心配は無くなったのだ」
「はー……そりゃあよかった。マジで助かるぜ……」
地下施設の最後の危険物、水爆は、これによって完全に無害化。何かの弾みで起爆して、島そのものが地図から失われるということはなくなった。後始末もこれでさらにやりやすくなるというものである。
地下施設の後始末は、水爆の存在もあることから、全く進んでいない。どのように進めていくのかも決まっていないような状態である。
だが、解体チームの奮闘により脅威が取り払われたおかげで、これからは続々と後始末の手が入れられるだろう。それでもまだ注意を払わなければならないのだが。
そしてうみどり。水爆の解体が無事終了したことで、歓声は起きずとも仲間達が安堵の息を漏らしたのは言うまでもなかった。最も恐ろしい置き土産が無くなったのだ。常に命の危機が隣にある状態から脱却出来たことは、精神的にも安心感が凄まじい。
「お疲れ様、ありがとうみんな」
伊豆提督も本当に安心したように息を吐いた。これまでの緊張感が抜けて、疲れがどっと出たような顔をしていたのは誰も見逃さなかった。
「昨日のプライマリと共に、我々が撤去するのであります。本日のみは預かっていていただきたいのですが、よかったでありますか?」
「ええ、持っていってもらえるなら万々歳よ。何から何までごめんなさいね」
「いえ、そこまでして解体完了であります。全ての脅威を取り除き、誰も危険ではなくなって、初めてそれが失われたと言えるのでありますよ」
陸軍チームは、そのあきつ丸の言葉に頷く。解体は出来たかもしれないが、未だにそこにそのモノが残っているのだ。今は爆発する危機が失われただけ。キチンと対処されているとはいえ、放射性物質は未だそこにある。それをどうにかして初めて、この水爆は解体完了と言えるのだ、
「我々は明日、解体したモノを持ってうみどりを発つのであります」
「なら、元帥閣下にもお話しておくわ。よくやってくれたってね」
「ありがたいのであります。それでは、まずは運び入れましょう」
うみどりに積み込まれ、妖精さんの手で立ち入り禁止区域に持っていかれる残骸。妖精さんもそれは危険物であると認識し、遊びもなく真剣に奥へと運ばれていった。
その光景を、ちょうど戻ってきた欧州水姫が眺めていた。
「アレハ何ダ? 余ノ与リ知ラヌトコロニ何カアッタノカ」
持ち出されてうみどりに積まれるということは、それが島にとって不要なモノであるという認識は、欧州水姫にもある。必要なモノまで撤去することはない。穢れまみれである場合はその限りではないが、だとしてもあそこまで厳重な取り扱いをしているのは、欧州水姫的には不思議なところ。
しかし、その実態が島を失わせることが出来るほどの高威力の爆弾であると聞いた途端、何ダト!? と声を荒げた。
島を守ることを本能としている欧州水姫にとって、そんな危険物は無くなってもらわなくては困る。
「ソレヲ貴様ラガ解体シテクレタノカ! 素晴ラシイ! ソノ栄誉ヲ讃エテ、勲章ヲクレテヤリタイトコロダ!」
「く、勲章でありますか……気持ちだけで大丈夫であります」
「遠慮ヲスルナ! コノ島ノ王ノ、感謝ノ印デアル! トハ言ッテモ、スグニ用意ハ出来ン、スマヌナ!」
豪快に笑い、あきつ丸の背中をバンバン叩く欧州水姫。それ相応に痛いようで、あきつ丸は苦笑するしかなかった。
だが、すぐに欧州水姫は笑みはそのままに真面目な雰囲気を醸し出す。
「島ノ危機ヲ失クシテクレタコト、礼ヲ言ウ。貴様ラノオカゲデ、民ノ平和ガ約束サレル。余デハ出来ヌ偉業ダ。心ヨリ感謝シヨウ」
王自ら頭を下げる。尊大ではあるが、時に腰を低く自分の立場を弁えることが出来るところも、欧州水姫のカリスマ性が高いことを意味していた。あきつ丸もこれには驚くが、これがこれからのこの島を統べる者なのだろうと納得して、言葉を返す。
「適材適所であります。貴女が出来ぬことは、誰かが出来るのであります。我々がその役目を担えたというだけ。ですが、その真摯な礼は快く受け取りましょう。また何かあれば、力を貸すのであります。元帥の口添えが必要ではありますが」
「ウム、ソノヨウナコトガ無イヨウニ、余ガ完璧ニ管理シヨウ! 貴様ラノ助ケヲ受ケナイヨウニスルノガ、一番デアロウカラナ!」
「そうでありますな。こんなことは、無いのが一番であります」
欧州水姫の高笑いは、それだけで空気を明るくした。
作業の一つの終わりとも言える、水爆の解体は、これにて幕を下ろす。もう、島には大きな心配はない。
「集落が大分片付いてきたみたいで、新たに発生した深海棲艦達は、そちらで寝泊まりをするそうよ。あの王様も、これからは民と共に寝食を共にするんだって、うみどりではなく集落に一時的な休む場所を作ったみたい」
作業終了後のうみどり工廠。夕食を食べながら、伊豆提督が全員に報告をしていく。
つい昨日までは、欧州姉妹はVIP待遇のようにうみどりで生活していたが、集落側である程度の目処が立ったようで、多く生まれてしまった深海棲艦達と共に、そちらに移り住んでいる。
相変わらず食事事情に関しては改善の目処が立たないため、セレスによる工廠厨房に頼りっきりになっているようだが。そこはどうにかしてあげたいと、セレスも少し悩んでいる。
「水爆の撤去が出来た今、穢れの問題はあるけれど、大急ぎでやらないといけない後始末は無くなったと言えるわ。なので、明日はうみどりはお休みを貰えることになったわ」
その言葉に、艦娘達はおおっと歓声が上がる。1週間以上通して作業を続けているため、心身共に疲労が溜まってきている頃合い。ここで休めるのは本当にありがたいところである。
うみどりが休んでいる間は、こだか、みずなぎ、うみねこが作業を続け、そこから1日交代で休みを入れていく。長い後始末も、やり続ければ効率は落ちていくのだから、合間合間に休息を挟むことで、上手く乗り切って行こうという算段である。
休みと言っても、うみどりはここからは動かすことは出来ない。そのため、うみどりの中でゆっくりとするという休み方になる。好きなだけ寝てもいいし、他のやりたいことをしてもいい。島の中を少し散歩してみるのも構わない。後始末の邪魔にならなければ何をしてもいいというのが、今回の休みである。
それこそ、一番近場である有道鎮守府に出向いてみても構わないという。そこから出向してきている鳳翔や浜風達は、一度戻ることも考えていた。特に浜風は、ここでいろいろとあったので、その報告もしたいと。
「これまで本当にご苦労様。みんなのおかげで、この島の後始末も少し終わりが見えてきているわ。まだまだ時間はかかりそうだけれど、このペースでいけば終わらないなんてことは無いわね。うん、それじゃあ、明日はゆっくり休んでちょうだいね」
久しぶりの休み。ただ身体を休めるだけでなく、心も癒されることで、これからの後始末に挑めるように前を向く。
ようやく水爆解体も完全に終了。うみどりから撤去されるまでは気を抜いちゃいけないけど、最後の脅威はこれで無くなりました。