朝食を食べ終えた深雪達は、今度はそのまま工廠へ。今日は休みとしているため、作業をしているわけではないが、工廠厨房は相変わらず開いている。生まれた深海棲艦達は、未だに食事はこういうカタチで提供してもらわねば食べることが出来ないからだ。
今後はセレス以外にも料理が出来る者を増やすため、少しずつ学ばせている様子。それを実践しているのが、ラ級姉妹である。
「ういーっす。今日も繁盛してるのか?」
「エエ、相変ワラズネ」
一方的な対話になっているラ級、そのα型は、深雪達の言葉は理解出来なくても、そこに来たということはわかるため、そうだと思い立ったかのように手を叩くと、バッと何かを取り出した。それは、拙いものの一生懸命作ったであろうおにぎり。まだ料理と言えるかはわからないものの、初めて食材に触れ、他者に与えるために作り上げたモノ。
「食ベテ」
「おう、貰うぜ」
「いただくのです」
深雪と電は躊躇なくそれを手にして、頬張る。α型は少しドキドキしたような表情で深雪を見ていた。
α型が握ったおにぎりは、少しだけ塩辛かったが、普通に美味しいと言えるモノ。深雪はそれを伝えるように、大きく頷いて笑顔を見せた。
「美味い美味い。ちょいと味が濃いけど、あたしはこういうのも好きだな」
「はい、美味しいのです!」
言葉の意味はわからずとも、2人が喜んでいるのはわかったため、α型の表情は明るくなる。そして、γ型とζ型と共に、見た目通りの少女のような反応でキャイキャイと盛り上がっていた。
3人のラ級は、空腹で死にそうな時におにぎりを分け与えてもらえたことが強く心に残っているようで、自分達のような者が他に現れたら、すぐにでも癒してやりたいと考えたらしく、セレスに師事することを決意したという。同じ深海棲艦であるセレスならば、ラ級達と意思疎通が出来るらしく、料理を教えることも難しくは無いらしい。
「コノ子達3人ニ料理ヲ教エタラ、私ガココヲ去ッタ後デモ、島ノ食ハ安泰デショウ。コノ子達自身モ、自分ノ意志デヤリタイッテ言ッテクレタンダモノ。ソノ思イニハ応エナイトネ」
「だな。深海棲艦の食文化もこれで落ち着くだろうな。ほら、王様も来てるぜ」
集落で生活するようになった深海棲艦達の中でも、今回は少し遅めにやってきた欧州水姫と欧州妹姫が、ラ級達の前に。
序列のせいで若干萎縮するが、王の資質によりそれもすぐに軟化。献上するようにおにぎりを見せる。
「ホウ、貴様ラガコレヲ作ッタノカ。イタダコウ」
欧州水姫は何の躊躇もなくそれを掴み、ガブリと齧り付く。モクモクと味わうように噛み、そしてゴクリと呑み込むと、相変わらずの高笑い。
「ハッハハ、素晴ラシイゾ貴様ラ! セレスト比ベルノハ違ウト思ウガ、実ニ努力的ナ味ダ! 先ガ期待出来ル! 貴様ラガ島デ食ヲ振ル舞ウコトヲ許ス!」
「ウン、美味シカッタヨ。次モ頑張ッテネ」
欧州姉妹に褒められたことで、ガッツポーズすら見せるラ級姉妹。その光景を、欧州水姫はウンウンと嬉しそうに眺めて頷いた。
「ああいうところ、マジで王様の器だよな」
「なのです。民のことを絶対に悪く言わない、王様の鑑なのです」
深雪と電も、欧州水姫がコレまでやってきたことを割と間近で見てきたため、あの寛大な態度に高い評価をしている。
「まこと、素晴らしき王。他者を卑下するようなことをしないというだけでも、信頼がおけるというものでございますね」
「それに面白いしねー。言ってることかなりでっかいのに、やってることが庶民的だから、なんか憎めないし愛嬌も感じちゃうなー」
白雲とグレカーレも概ね同じ感想である。欧州水姫にならば、この島を任せられる。ハッキリとそう口に出来るくらいには。
「そろそろ名前も決めてあげないとね。いつまでも王と妹じゃあ、格好がつかないでしょう」
そんな中、これから帰投する者達のために動いていた伊豆提督が工廠にやってきた。水爆の解体をしてくれたあきつ丸達陸軍チームを引き連れて。
「ホウ、以前モ聞イタガ、名前トイウノハソコマデ大切ナモノカ」
「ええ、どうしてもね。アタシ達の世界では、責任を持つ者は名前でしっかりと管理されているわ。逆に名無しの王は箔がつかないもの」
「ム、ソレハ聞キ捨テナラン。ハルカヨ、余ニ名ヲ与エルコトヲ許ス。ムシロ、呼称ガ必要ダト前々カラ言ッテイタナ。モウ決マッタノデアロウ。ヨシ、今コノ場デ言ウガイイ」
相変わらずの尊大な態度に伊豆提督は苦笑するが、忙しい中で決めた2人の名をその場で与える。
「王様、アナタはこれから、テミスと名乗ってちょうだい。妹さん、アナタはテイア。これでどうかしら」
テミスとテイア。2人揃えると姉妹らしい響きもあり、2人はすぐに自分の中で反芻する。
「テミス……テミス……ホウ、良イ響キダ。気ニ入ッタ! 余ハ今後、テミスト名乗ロウ。ハルカヨ、良キ名ヲ感謝スル」
「テイア、ウン、私モ気ニ入ッタ。コレカラハソウ名乗ルネ」
胸を張って自身の名を宣言する王──テミスも妹──テイア。名を与えられたことにより、より自分に自信が持てるようになり、島を管理する者としての自覚も芽生える。
「皆ノ者、聞クガイイ! 余ハテミス、コノ島ヲ管理運営スル者トシテ君臨シ、貴様ラニ不幸ガ訪レヌヨウ、誠心誠意励ムコトヲ約束シヨウ! コレカラハ余ノコトヲ、テミス王ト呼べ! ソシテ、ツイテコイ! 楽シク生キルゾ!」
この王の鬨の声は、深海棲艦達だけでなく、この島で暮らしていこうと考えている者達全ての心に火をつけた。このカリスマ性も、王の資質である。
その隣でテイアも寄り添うように笑みを浮かべていた。テミスがあまりにも目立つために、少々影が薄く見えてしまいがちだが、実際テイアも相当働いているため、配下からの信頼は厚い。妹だからというだけでなく、その行動が認められているのだ。
そしてその方針が、『
「本当に、盛り上げるのが上手ね。これなら、この島を本当に任せられそうよ」
「うむ、元帥閣下にもそのように話しておこう。俺も近くで少し見てきたが、奴に侵略の兆しなどなく、心配もないと証言出来る」
伊豆提督だけでなく、うみどりで少しの間援軍として滞在していた熊野丸も、テミスの手腕には評価が高く、島を任せられると太鼓判を押していた。
後始末が始まってからは深雪達と共に作業をすることはあまり無かったが、深海棲艦達の同行を観察していたというのが理由である。山汐丸と共に本当に大丈夫かを確認し、生まれてからココまでの言動からして、良しと見做せる程にまで信頼がおけるようになったと胸を張って言えるとのこと。
「では、うみどりの提督よ。後始末はまだ残っているが、俺と山汐丸も、あきつ丸達と共に引き揚げようと思う」
「ええ、大丈夫よ。これまで長いことありがとうね」
「構わんさ。我々の力がこの島の攻略に役立てたかはわからんが、前線に出た者として、元帥閣下には正しく事を伝えよう。信用してくれ」
ここで陸軍チームは全員揃って撤収となる。島攻略を手助けしてくれた熊野丸と山汐丸も、ちょうどいいタイミングだと、ここで大本営に帰投するという。
「深雪、電。貴様らのことは、大本営でも特段信用の出来る者として伝えておこう。俺達がこの目で見ているのだ。最後の戦いまでは付き合えなかったが、充分すぎる」
「そう言ってもらえると助かる。これで手のひら返されても困るしな」
「はっはっは、元帥閣下は胃を痛めることはあっても手首を痛めることは無い。そこは信用してくれ」
そうこうしている内に、立ち入り禁止区域から運び出された、解体された水爆も全て大発動艇に積み込まれた。これを持ち帰り、然るべき処置をして、完全に処理終了とする。
これにより、島に残された阿手の痕跡は、穢れ以外は完全に失われる。細かい事を言えば、他にもいろいろあるのだが、思惑は全て無くなるのだ。
「積み込み、完了したであります。それでは、自分達はこれにて」
「ええ、本当にありがとう。アタシ達でも無理なことだもの。助かったわ」
「やはり適材適所であります。また何かありましたら、元帥閣下経由でお伝えください。また胃を痛めるでありましょうが、なに、これくらい覚悟の上でありますよ」
部下にとっても、瀬石元帥はとにかく胃を痛めている人という認識が強いようで、伊豆提督も苦笑するしかなかった。
「ム、貴様ラ、モウ帰ルノカ」
「ええ、ここでの仕事は終わったでありますから」
「ソウカソウカ。ダガ、タマニハ島ニ来ルガイイ。我ラ一同、貴様ラノ来訪ヲ喜ンデ迎エヨウ。コノ島ヲ危機カラ救ッタ恩人ナノダカラ、ナ!」
水爆の処理により島の危機が失われたことを高く評価しているテミスは、あきつ丸達陸軍チームを国賓として迎え入れる準備が出来ているとにこやかに伝えた。対する陸軍チームは、仕事をしただけだからと笑顔を見せる。しかし、そこまで感謝されていると、やはり気分はいいようだ。尊大な王からここまで言われることも、その喜びを背中押ししてくれる。
「それでは、ご武運を」
全員が敬礼し、そしてうみどりから去っていく。ほんの少しの間ではあるが、この島で一番の功績を残していったと言っても過言では無かった。
一段落ついた島は、ここからどんどん明るい方向に向かっていくだろう。
ようやく欧州姉妹に名前がつきました。姉のテミスは法と掟の女神テミス、妹のテイアは神々しい女という今を持つ女神。ガイアの娘で姉妹というところから、島という地で生まれた姉妹、かつ王がこの島ノ法であり掟であるところから命名。テイアは本来月の女神だったという説もあるため、テミスを陰ながら支える月の役割もあるところから。