ところ変わって、調査隊、おおわし。こちらでは、この島を長年にわたって牛耳り続けてきた阿手の側近であった重巡新棲姫と飛行場棲姫が、工廠にまで連れ出されていた。調査に出ていた響達から連絡を受けて、今から客が行くから、
2人の側近は、当然ながら手錠をつけられ、余計なことが出来ないようにされている。特異点により曲解は封じられ、艤装も奪われているのだから、2人とも人間とほぼ同等と言っても過言では無い。自己修復だけは天然で残っているため、ちょっとやそっとの傷ならすぐに治るという程度である。
「テメェらと話したい奴が来るそうだ。ちゃんと話してやれよ。自分から人間辞めておいて、都合のいい時ばかり黙秘権とか人間様の法を持ち出してくるんじゃねぇぞ」
昼目提督に何を言われても黙りを押し通している。そのくせ、自分達の権利を無駄に主張する。そもそも罪人と思っていない節があり、この捕縛すら不当だと考えているようにすら思える。阿手を始末した特異点にこそ、殺害という罪があるだろうと言い出す始末だ。自分達がやってきた大量の殺人を棚に上げて。
昼目提督がそんな者を許すわけがない。だからまずは拳でわからせようとした。しかし、それでも何も言うことを聞かない。強情に、我儘に、自分達の方が正しいと言い続ける。その大半が離叛し、今の島の住人についたというのに、更生を望んだ者達が愚かであるとすら言わんばかりに。
反発をし続けてまだテミスにつかないカテゴリーYの子供達ですら、今はついに迷いが出始めていた。
「おう、来たみたいだな。よく見ろ。アレがテメェらアホ共と話してぇっつー、この島の次世代の王様だ。テメェが慕ってたゴミみてぇな先代とはワケが違う、ガチで島のことを考えてる王様だ」
工廠から見える外。そこに、おおわしに向かってくる影が見える。真っ直ぐ、その意思を示すように。
響達の案内でやってくるテミスの姿に、未だ反発している子供達は小さく息を呑んだ。海上で適当に話しただけでも、その尊大であり寛大であるところを嫌と言うほど示してきていた。反発しても笑って済ませるような、大らかな性格を見せつけられ、だからこそ自分が正しいと思っている愚かな子供は、テミスのことをナメていた。アレに従うために離叛した駆逐水鬼達の方がバカだと蔑んでいたほどである。
しかし、今回のテミスは、その時とは明らかに雰囲気が違った。笑って済ませるだなんて寛大な処置など考えていない、本気で怒っている表情。海が揺れているのでは無いかと思える威圧感。特にその眼光は、つい最近見た大らかなモノとは全く違った。
「ソコノ人相ノ悪イ男ガ先代ノ側近カ」
「違う違う、そっちがうちの司令官さ。人相は悪いけど、中身は熱い男だよ。王様と同じように、島の平和を考えてくれてる」
「ム、ソウカ。見タ目デ決メテハイカンナ」
少しばかりの冗談は言えるようだが、目が笑っていない。
「よう、王様。直接来てくれるたぁ光栄だな」
「ウム、コノ者達カラ聞イテイル。コノ島ヲ長年牛耳ッテイタ先代ノ側近ガイルトナ」
「おう、コイツらだ。あのクソバカの思想を一番受け継いでいると言ってもいいと思うぜ」
チラリと2人の側近を見るテミス。鋭すぎて心臓を何度か刺し貫く程の眼光。重巡新棲姫も飛行場棲姫も、それに対して鼻で笑うような仕草。そんな側近達の態度に、昼目提督達以上にカテゴリーYの子供達がビクつく。親に叱られる前の緊張感を数倍に引き上げたような冷たい空気が漂う。
「……余ハ、貴様ラノ造ッタ地下ノ視察デ、妖精ヲ生キタママ装置ノ一部ニシテイルモノヲ見タ。アノヨウナ非道、何故ヨシト出来ル」
まだ弁解の猶予を与えている辺り、テミスは冷静だ。怒りが頭の中で渦巻いているだろう。だが、まずは話を聞いてやるという姿勢は崩さない。
むしろ、そのような装置があったことを初めて知って驚いているのは、カテゴリーYの子供達だった。妖精さんを生きたまま組み込まれた装置の存在は、子供達には秘匿にされていたこと。そんなことをしていたのかと騒つく。
「答エロ。何故、アンナコトガ出来ル」
2人の正面に立って、改めて問う。まだ手は出さない。答えを待つ。まだ冷静だ。
しかし、側近はそれだけ譲歩されていることを知ってか知らずか、最も言ってはならないことを言ってしまう。
「平和のための犠牲だ。礎となれたこと、本人達も喜んでいるだろう」
「そのおかげで深海棲艦が生まれなかったんだ。島の住人には平和を提供している。何が悪い」
少しの犠牲でみんなが平和に暮らしているのだという極論。そもそもここで巫山戯た実験をしなければ、そんな装置すら必要がないのにである。
「逆に聞くが、何故我々を悪と断じる。我々は平和のために研究をしていただけだぞ」
「ソノ平和ノタメニヤルコトガ、妖精ヲ生カシタママ薬漬ケニシ、命ヲ食イ尽クスコトカ。ソレガ平和ニ繋ガルワケガナカロウ。悪ノ行イダ」
テミスは続ける。
「平和トハ、貴様ダケガ幸セデアルコトデハナイ。王モ、民モ、コノ島ニイル者全テガ幸セデナケレバナラナイ、ソンナ簡単ナコトガ、何故ワカラヌ。仮ニモ、貴様ラハ長ク生キテイルノダロウ。余ト違ッテナ」
「長く生きているから世界を理解出来る。つい最近生まれたばかりのヒヨッコが口出しする話じゃないんだ」
「長ク生キテ、コノ程度ノコトモワカランノカ貴様ラハ。余ガ全テ正シイトハ言ワン。ダガ、貴様ラガ間違ッテイルコトハ、無知ナ余デモワカルゾ。自分ノコトシカ考エズ、民ヲ搾取スルコトシカシテイナイ、傲慢ナ暴君。革命ノ火ニ呑マレ、命ヲ落トシテモ、誰モ同情ナドセン。ソノ亡骸ヲ踏ミ躙ラレテモ文句ナド言エンゾ」
まだ冷静に、しかし怒りが沸々と表に出始めているように、今は亡き阿手のことを否定する。その死は当然の帰結であり、その後も蔑まれて然るべきの暴君であると断言する新たな王に、側近達は明確に嫌な顔をした。
「今の王なら、平和を求めて命を落とした先代を侮辱していいのか」
「事実ヲ言ウコトヲ侮辱ト思ウノカ貴様ラハ。ナラバ、貴様ラガ踏ミ躙リ続ケタ沢山ノ命ヘノ侮辱ヲドウ説明シテクレルノダ。自分達ヘノ侮辱ハ許サレナイガ、自分達ノ侮辱ニハ正当性ガアルトデモ言ウノカ」
「侮辱ではない。平和の糧として消費されたことを感謝している」
これは、テミスの堪忍袋の緒を切るには充分だった。自分以外の命を『糧』と、堂々と言ったのだ。
「糧ダト……?」
「ああ、そうだ。平和の礎となれるのだ。死んでその平和の糧となり、後の命に平和を齎す。喜ばしいことだろう」
「巫山戯ルナヨ下郎! ナラバ貴様ラノ命ヲ、島ノ平和ノ糧トシテヤロウカ! 貴様ラガ生キテイル限リ、我ガ島ニ平和ハ訪レヌ!」
強く、言葉を荒げた。島の行く末を憂い、その平和を乱すこの2人が、気に入らなくて仕方ない。王としてでなく、テミスとして、ただひたすらに邪悪なこの思想に吐き気がしていた。
「貴様ラノ平和ハ、屍ノ上ニ成リ立ツ貴様ダケノ平和ダ! 真ノ平和トハ、全テノ命ガ手ヲ取リ合エルモノダ! 何故ソレヲ理解シヨウトモセズ、自分サエ良ケレバイイト考エラレル! 答エヨ!」
「大多数を救うためには少数の犠牲は付きものだろう。そのためには、少数を切り捨てる覚悟もいる。お前だって、こうなるまでに犠牲が無かったのか?」
テミスも犠牲の下に今ここにいる。共喰いという残酷な現実の末に生まれた王。そんなこと、百も承知だ。犠牲の上に立っているからこそ、今いる全ての島民に、命の危機なく平和に暮らしてほしいのだ。
そしてテミスは、共喰いによって失われた命に対して、仕方がなかったなんて思いは持っていない。自分がもっと強ければ、あんなことにはならなかっただろうと強く後悔している。後悔するための心を得るには、共喰いをする必要があったというのは皮肉な話だが、そこまで込みにして、自分が取り込んだ命のためにも、島を平和にするという覚悟を持っている。
「犠牲ハアッタ。ダガ、ダカラコソ、ソノ者達ノタメニモ、コレ以上ノ狼藉ハ許サナイ。貴様ラノヨウナ、自分ノタメダケノ平和ト一緒ニスルナ」
「ああ、一緒になんてしない。我々は、島だけでない、全ての世界の平和を見ている。お前とはスケールが違う。ちっぽけな島の命を使い、大多数の世界の平和が守られるなら、安い方だろう」
「……命ニ高イ安イナド、アルワケガ無イダロウガ! ソノ発言コソガ、自意識過剰ナ暴君ノ思想ダ! 命ノ価値ハ、誰モガ平等ニ重イ。貴様ラノヨウナ者デアッテモ、余ト同ジク価値ハアル。生キテイルトイウ奇跡ノ産物ナノダ。ダガ、貴様ラハソノ言動デ、自ラ価値ヲ軽クシテイルコトガ何故ワカラン!」
命の重さは、テミスが一番わかっている。自分がこうなるために失われた命が、ずっと心の奥底にあるのだから。
だが、この側近達の発言、そして、テミスの心からの怒りを見たコトで、心動かされる者もいた。
「……王様の方が、正しいんじゃないか」
ポツリと呟いたのは、カテゴリーYの子供だった。