おおわしにまでやってきたテミスと、阿手の側近である重巡新棲姫と飛行場棲姫の舌戦は、平行線のまま。明らかに滅茶苦茶なことを言っているのに、それを理解しているのかしていないのか、自分が正しいと言い張り続ける側近達に、テミスは声を荒げながらも冷静に語り続けるが、何も変わらない。
命を平和の『糧』と侮辱するような発言まで出てきて、テミスは怒りを露わにするが、変えようともしない。あくまでも、世界の平和のための礎だと、島民の命をただの踏み台くらいにしか考えていない。
そんな姿を、全員がいる工廠で見せつけているのだ。その異質さは疑問を呼び、そしてそれは波紋となる。
「……王様の方が、正しいんじゃないか」
ポツリと呟いたのは、カテゴリーYの子供だった。
小さな声だったが、その呟きによって工廠は凍りついたかのように音を失った。重巡新棲姫は、誰が言ったと睨みつけるように子供達の方に目を向ける。飛行場棲姫に至っては犯人探しをしようとするかのように子供達の方へと向かおうとしたが、昼目提督が何をするつもりだと首根っこを掴んで引き戻した。艤装が無いなら、深海棲艦であっても関係ない。昼目提督の場合は、艤装があっても同じことが出来そうだが。
「おうガキ、誰が言ったかはどうでもいい。何でそう思ったよ」
昼目提督は子供達に向けて尋ねる。そこには怒りは含まれていない。そこに辿り着けた者に対しての、疑問と賛辞。よく自力で気付けたと、少しだけ声色は明るい。
「……優しいことを、言うから。死なない平和の方が、平和だと、思ったから」
至極当然のことである。これまでは、自分の親ですら、島での実験で命を落としたら、高次に辿り着けなかった弱者、平和の礎として命を使われたことを感謝していると考えていた。だが、テミスはそうではない。民と手を取り合い、共に生きることが真の平和だと訴え、命を落とすことなく全員でその平和を享受することを願っている。そして、命の価値は皆平等だと。
子供達の今の考えに、確実に楔を打った。自分が上で、死んだ者は下だという考えではなく、王ですら民と同じ位置にいると話す姿は、眩しすぎる程だった。
しかし、これまで自分達が正しいと思っていた大人は、それに対する反論が、あまりにも自分勝手だった。お前も犠牲を出しているのだろうと自分を上げるのではなく相手を下げる。完璧な上から目線で、島民のことすら下に見ている。そしてトドメは、島民の命のことを、
これは、島民である子供達に対して、あまりにも無礼だった。身体まで改造され、それでも言うことを聞いて島の平和を守るために戦って、今は捕虜だがそれでも信奉しているというのに、命を賭して自分達が取り戻そうとしている島を、ちっぽけと評したのだ。
これにより、1人、洗脳が薄れた。そして、テミスの言葉を反芻した。誰も死なない平和。その方が間違いなく平和だ。少数であっても誰かの犠牲の上に立つなんて、嬉しくない。テミスも犠牲者を出していると言ったが、その犠牲に心を痛めて、その犠牲を悔い、もう犠牲を出さないように、犠牲者を忘れず、平和を作り上げようと躍起になっている。
王と名乗りながらも、必死に前に進んでいる健気さ、言葉だけでなく、行動、そして今の感情を隠さずぶつける様に、正しさを感じた。
「これでマイナスがゼロに戻った。テメェはちゃんと理解出来たな。偉いぞ。偉くねぇけど」
昼間提督が初めて笑顔を向けてくれた。それもまた、自分のこの選択が正しいことなのだと理解させてくれる。
その子供は、意を決した。そして──
「おい!」
重巡新棲姫の声が聞こえても、それはやめなかった。子供達の集まりから、自らの足で離れたのだ。子供達が騒ついても、後ろ髪を引かれる思いは、無い。
「……王様、僕、貴女の方が正しいと思った。今からでも……遅くないですか」
震える手を隠すことなく、怒りを露わにしたテミスに近付いて、そう訴える。泣きそうな顔で、だが本当の平和に自分も入りたい。それが遅かったのならば諦める。今更と言われても仕方ない。だが、自分の思いを王に伝えたかった。
テミスはその勇気ある1人を見て、これまでの怒りがスーッと引いていくのを感じた。自分の訴えは、目の前の側近には届かない。何を言っても平行線上を辿るだけ。無駄に怒りを覚えさせられ、ただひたすらに気分が悪くなる。
だが、この1人の子供には声が届いた。気付いてもらえた。そして自ら、王の下で平和を知りたいと伝えてくれた。
「遅イナドアルモノカ。貴様ノ決断、余ハ讃エヨウ。共ニ、島ニ真ノ平和ヲ作リ上ゲヨウゾ」
「はい……王様……っ」
テミスはその子供──深海棲艦の姿ではあるが──の頭を撫で、笑顔を見せる。やはり集落の地主を思い出させるモノを感じたが、それ以上に気高い王の気質を感じ取った。このヒトの下ならば、これまでの作り出されたハリボテの平和とは違う、心の底から楽しめる平和を享受出来るだろうとわかった。
この1人の決断は、小さな波紋を大きくする。
「余ハ今カラデモ遅イトハ思ワヌ。考エ、ソシテ余ト共ニコノ島ニ平和ヲ齎シタイノナラバ、余ト共ニ来イ。来ル者ハ拒マヌ。貴様ラガ決断セヨ」
テミスはもう、側近達の方に目すら向けていない。たった1人の勇気ある行動から、自分達のことしか考えていない大人なんて見向きもせず、子供達の決断を促した。来るも来ないも自由。だが、来たならば共に平和を作ろうと。
これが、最後通牒。ここでテミスの手を取らないならば、もうどうにもならない。それに子供達が気付くことはない。そう考えているのは、昼目提督のみ。
「お前達、これまでの恩を忘れるのか」
静かに冷たく、重巡新棲姫が言う。ここまで生活させてきたのは自分達だぞと、恩着せがましく上から目線で。
これが本当にトドメになることも気付かずに。
「恩……?」
1人の子供が、その言葉に反感を持つ。それは、春星ほどではないが、世の中に反発していたヤンキー予備軍だった男子の成れの果て。今は軽巡棲姫の姿をしている、カテゴリーYの1人。
「テメェ、俺達を生かしてたのは、捨て駒にするためなんじゃねぇのか。ちっぽけな島の命がどうのこうの言ってたよな。もしテメェらが危なくなったら、俺達のこと見捨てて逃げてたんじゃねぇのか」
溢れ出る不信感が言葉になる。そして、それは核心をついていた。
「いいことに気付いたね」
ここでニヤリと笑みを浮かべ、子供達の前に一歩出たのは響である。ここまでの冷たい場、流石に空気を読んで何も行動に移さなかったが、今だと感じたこの瞬間、行動に転じた。
「私は施設の最奥まで向かい、この愚か者2人と戦闘もしている部隊の1人だ。だから真実を語れる。島の先代の王、君達の先生と、そこと2人はね、私達が攻め込んだ時には、島を全部置いて逃げようとした挙句、島そのものを消し飛ばす爆弾まで作っていたよ。自分達だけ逃げ果せてから、君達のことなど考えずに全部吹っ飛ばすつもりだったんだ」
これまでの命は平和の礎であったかもしれない。だが、そのために頑張って──洗脳教育でいいように使って──きた子供達は、使い道が無くなったら敵諸共皆殺し。それに躊躇いがないということも今明かされた。
子供達が騒つく。響はさらに畳み掛ける。
「私達は、いや、大本営から応援を呼んだんだが、その爆弾の解体、撤去を完了させた。島が消し飛ぶ、命を失うようなことは無くなったから安心してほしい。しかし、証拠隠滅のために頑張ってきた君達をゴミのように捨てようとしていたようだ。奴らにとっては、君達は重荷なのかもしれないね」
不信感が一気に膨れ上がる。軽巡棲姫がより前に出る。
「見捨てる気満々じゃねぇか。テメェらの言う平和ってのはそういうことかよ。答えろや、大人なんだろ」
問い詰められ、重巡新棲姫も飛行場棲姫も言葉がすぐに出ない。すぐに出来る言葉、本心は、今響が言った通りである。
ここにいる子供達は捨て駒。いいように扱って、調子に乗せて、不要になったら全部捨てる。ついて来させた方が後々邪魔になる。特異点に勝てたのならば、そのまま島に住まわせてやってもいいという程度。逃げるのならば全部置いていく。その程度の存在。
「途端ニ口ガ開カナクナッタナ、下郎ドモ。貴様ラハ、民ヲ全テ踏ミ台程度ニシカ思ッテオラン。ダカラ言葉ニ詰マル。邪悪ナ本心、隠シ通セルト思ウナ。世界ノ平和ナド程遠イ。貴様ラニ平和ヲ語ル資格ナドナイワ、タワケガ!」
テミスも側近達には呆れていた。あれだけ自分勝手な平和を語っていたのに、捨て駒に楯突かれたら途端に何も言えなくなる。これまでの言動が、全て物語っていた。肯定しても否定しても、自分達の立場を落としていくだけだと。
吐いた唾は飲めない。命を軽んじる発言をここまでしてきたのだ。気付いた子供達は、もう騙せない。
「王様、悪い、今更かもしれねぇけど……俺もアンタのところに置いてくれねぇか。こいつらを信じてた俺がバカだった。いつ殺されてもおかしくない状況だったってことだよな。じゃあ、こんな奴らについていけねぇ。でも、アンタは……こんな俺達も、平等に見てくれる、のか?」
「当然デアル。貴様ガ過去何ヲシテイヨウガ、余ト共ニ、コレカラノ島ヲ平和ニスル手伝イヲスルトイウノナラバ、イクラデモ迎エ入レヨウ。ダガ、働カナケレバ食イ扶持ハ無イゾ」
「わかった。生きていくって、そういうことだもんな。働かざる者食うべからず、バカな俺でも知ってる言葉だ。これまでは働かなくても食っていけたが、そりゃあ捨て駒を生かすためだったってわけだ。今ならわかる。生きていくためなら、俺はちゃんと働くぜ。王様ンとこなら、それも楽しくやれそうだろ」
「アア、ソノ通リダ。ヨク気付ケタナ。余ハ貴様ヲ受ケ入レヨウ。今ハ人手ガ必要ダ。力仕事、得意ソウダナ。頼ンダゾ」
「ああ……!」
これが大きな流れの始まり。1人、また1人と洗脳が薄れ、解け、そしてテミスの下へと向かう。
そして最終的には、この側近達を擁護するような子供は、この場には誰もいなくなった。
テミス王国、臣民大幅増量。