まだ雨の残る深夜、陽が昇るのはもう少し先という時間に、うみどりは大規模な後始末の現場に到着した。そこまでは良かったのだが、そこにカテゴリーMが出現。まだ攻撃などはされていないものの、すぐに対処する必要があるため、艦内では警報が鳴り響いていた。
バタバタと騒がしくなるが、慌てることはなく全員が寝間着のまま工廠へ。工廠にも制服が用意されているため、工廠の妖精さんに艤装の準備をしてもらいながらも、手早く着替えていく。後始末の現場に向かうためインナーも着ていきたいところだが、今はそんな余裕が無い。
本来なら着替える時間すら勿体ないものではあるのだが、制服と寝間着では耐久力が違う。最低限身を守るためにも、この着替えは必要不可欠だった。
「準備は出来てるかしら!?」
この頃には伊豆提督も工廠にまで来ていた。まだ起きている時間の襲撃ならば執務室から指示を出しているのだが、今の今まで眠っていたくらいなのだから、執務室で指示を出すより工廠に直接来た方が早い。
流石の伊豆提督もこの時には軍服をキッチリ着こなしているわけでもなく、さっと羽織っただけで終わっている。深雪と電にとってはそれが新鮮であった。
「ハルカちゃん、頼む! あたしと電に行かせてくれ!」
伊豆提督の姿を見た途端、深雪が電と共に駆け出した。カテゴリーMが現れたということで、どうしても説得がしたいと懇願する。
深雪が初めて世界の真実を知った時から、カテゴリーMが現れたら説得したいと言い続けていた。それからしばらくの間、カテゴリーMは現れることは無かったため、その機会はずっと訪れなかったが、ついにここで現れてしまった。
深雪が言い出した時、伊豆提督はその決意に満ち溢れた姿を見て、何も言えなかった。その後にイリスから彩が強く輝いているとも聞いていたため、もしかしたら行けるかもしれないという希望も持っている。
しかし、カテゴリーMとの対話、説得は、ただ戦うよりも危険である。生まれたばかりでも即戦力であり、話がわかる相手ならまだしも明確な殺意を向けてくるような相手である。撃つことに躊躇いがない分、強力な力を持っていると言える。
深雪と電は、はっきり言ってしまえば素人に毛が生えた程度の練度である。殺意を持って攻撃してくるカテゴリーMを相手にするには、かなり荷が重い。
「あたし達は、ただ話すだけで終わる。あたし達からは攻撃なんてしない。無理だと思ったらすぐに引き返す。だから、頼む!」
「電からも、お願いするのです! 電と深雪ちゃんで、一度話をさせてほしいのです!」
深雪のみならず電と頼み込むように頭を下げる。カテゴリーMであろうとも、相手は同じ純粋種。カテゴリーは違えど同類なのだから、手を差し伸べたい、救いたい。呪いで理性を失ってしまっているとしても、声が届けば何かが変わると信じている。
勿論、それに失敗する可能性も視野に入れている。むしろ、成功よりも失敗の方が確率として高いだろう。それほどまでに呪いは根深い。しかし、やってみなければわからない。
二人の必死の願いに対して、伊豆提督は考える。そんな時間は殆ど無いのだが、ここでの最善を掴み取ろうと考えを巡らせる。
深雪も電もまだ未熟だ。とにかく練度が足りない。もし戦闘になったとしたら、二人ではかなり厳しいだろう。仮想空間で技術を学び、身体も鍛え始めていたとしても、それを始めたのがつい最近。これではまだ間に合っていない。
しかし、信念だけはホンモノである。沈まずに済む道が自分達の手で掴み取れるというのならば、それを選択するしかない。
「……長門ちゃん、妙高ちゃん、二人を守りながら戦えるかしら」
振り絞るような指示。今最善なのは、全員の意思を汲み取りつつ、全員がなるべく無事に終わること。それは身体もだが心もだ。
練度が足りないカテゴリーWの2人を戦場に出すことが一番危険。しかし、カテゴリーMを説得出来る可能性が一番高いのは、まさにこのカテゴリーWの2人なのだ。
伊豆提督だって、無益な殺生は避けたい。カテゴリーMも自分達の意思で人間に憎しみを向けているわけではない。呪いのせいで、そういう思考に捻じ曲げられているだけ。その呪いを取り払える手段があるというのなら、是が非でも確かめたい。
「無論だ。この長門、仲間を守れないような鍛え方はしていない」
「危険なようならすぐに逃がします。それなら、私達も戦えるでしょう」
当然、深雪と電が聞き分けがよかったらという前提。深雪は自分でも言っていたが、無理だと思ったらそこに止まらないですぐにうみどりに戻る。これが絶対である。これが守れなかったら、自分達どころか仲間達も危険に晒すことになる。
「ああ、そうなったらもう、割り切るしかないんだ。でも、やらなくちゃわからない。ダメだったらすぐに邪魔にならない場所に逃げる。だから」
「深雪は大丈夫だろう。だが、電はどうだ」
長門の言葉に、電はビクンと震える。説得に失敗したらすぐに諦めねば仲間が危なくなるということは承知してもらわなくてはいけない。
言ってしまえば、深雪も電も戦うならば
故に、長門は問うた。
「電は……電は、最後まで諦めたくないのです。でも、でも……それでみんなが傷付くのも辛いのです」
「ならば、どちらを取る。我々か、同胞か」
少しキツイ言い方になってしまっていると長門も自覚している。しかし、ここまで言わなければ話が進まないのも確かである。ここで非情な決意を強いるしか無い。
「……電のせいで、みんなを、深雪ちゃんを危ない目に遭わせたくないのです……だから……電はうみどりの仲間をとります。どちらも辛いなら……せめて」
この選択は電にとっては最も辛いモノとなっただろう。しかし、こればかりは仕方ない。
むしろ、その選択が出来ただけでも良しとする。電ならここで決断出来ず、結局は何もさせられずに工廠から出ないことを命じられていただろうから。
「仕方ねぇよ。あたしだって辛い。でも、諦めなきゃいけないときもある。それは覚悟の上で、あたしは説得に行きたいんだ」
比べ物にならないくらい心が強くなっている深雪は、その電の悔しさも理解した上で、その決意を尊重する。震える電の手を握り、少しだけでも落ち着けるようにと。
「……わかったわ。いつかやる時が来るんだもの。まだ練度が足りないけれど、そこはみんながサポートしてくれるはずよ」
伊豆提督もここまで意志が強いならばと納得し、出撃メンバーを即座に考える。
「長門、妙高、那珂、神風、そして深雪、電。この6人で対処に当たりなさい。深雪、電はカテゴリーMの説得。和解が出来ればそれでいいけれど、無理ならすぐに撤退。残りの4人で攻勢に出なさい。わかっているだろうけど、あちらが攻撃をするまでこちらから手を出しちゃダメよ」
これが今考えることが出来るベストメンバー。外が暗い上に雨が止んでいないため、航空戦力は逆に危険と判断し、いつもの戦力となるメンバーに神風を加えた4人。うみどりにおける、砲雷撃戦のベストメンバーと言える。
残った者は工廠で待機。万が一のために、救護班はいつでも出られるようにスタンバイし、他の者達も増援として駆けつけられるようにしている。
すぐに全員出さないのは、カテゴリーMを刺激しないようにするため。最初から人数はある程度揃えているものの、全員で殲滅のようなことをするのは、逆に何も話を聞いてもらえなくなる。それでも話は出来なかったのだが。
「それじゃあ、頼んだわよ」
伊豆提督も苦しそうな顔ではあるが、やらねばならないこと。深雪も電も、覚悟の上で出撃した。
イリスが裸眼で見えるくらいの場所であるため、そのカテゴリーMに近付くのは容易。大規模な後始末の現場なので、残骸がそこら中に浮いており、航行は少々面倒なことになっているものの、確実に近づくことは出来た。
そして、うみどりから出てすぐにカテゴリーMの影が認識出来るほどになる。斃された空母棲姫の艤装の傍、そこからうみどりをじっと見つめるようなその艦娘は、前回と同様に駆逐艦だった。
発見されている艦娘は、駆逐艦の比率がかなり高め。その割合がドロップ艦にも顕著に現れており、今回もそれに則って確率の高い駆逐艦がドロップしたようだった。
「見づらいな……あいつ、制服が黒いのか」
深雪が目を凝らしてやっと判断出来たのは、その艦娘が全体的に黒い印象であること。艤装はともかく、髪も制服も黒。この天候故にかなり見にくい状態になっている。
電も同じようで、雨に濡れながら目を擦ってようやく認識出来た。そこでわかるのは、やはり自分と同じ駆逐艦であることくらい。
「あれは……白露型か。少し厄介かもしれないわ」
深雪と電の側を航行する神風が勘付いたように呟く。
制服のデザインからして、型はわかる。黒いセーラー服となると、睦月型か白露型が基本。その上で艤装の形状から判断出来た。
特にその艦娘は艤装が特徴的であり、普通よりも少し大きめな主砲を背負っている。それだけでも、知識があれば何処の誰かは判別出来た。
「白露型の時雨ね」
深雪はその名前を聞いてもピンと来なかったが、電には記憶に残っていた。艦の時代に同じ作戦に参加したことがあるという程度だが。
「
「ああ、わかってる。説得も大事だけど、死なないことが一番だ」
「ちゃんと理解出来ているならいいわ」
残骸を掻き分け、ついには暗い中でもハッキリと認識出来る距離にまで詰めた。その時にはあちらからも深雪達の姿は見えているだろう。
近付いてわかることは、その表情。やはり、呪いによって冷たい目をしていた。理性を失っているかは見ただけではわからないが、少なくとも深雪達を見る目には敵対の意思が見える。
今回の目的は説得。そのため、危険を承知で深雪と電が前に出る。その姿が目に入ったことで、目の色が少しだけ変化したように見えた。
「初めまして、だな。あたしは深雪だ。こっちは電」
第一声は深雪から。電も会釈する。対する時雨は、じっと2人のことを見つめるのみ。
「話は出来るか。出来るなら、少し話をしようぜ」
敵意はない。故に見せることはない。心の底から相手を思い遣っての言葉。まずはただ話をしたい。それだけを伝える。
しかし、深雪と電の後ろには、人間がいる。時雨からしてみれば、それは
「……話す意味なんてあるのかい?」
時雨からの反応。これだけでも神風達は驚くことになった。
これまでのカテゴリーMは、説得をしようとしても全て聞き流されているような雰囲気だった。理性も何もないせいで、言葉すら介することは無かった。ある程度言葉を聞いた後、憎しみに呑み込まれて攻撃を開始したほどである。
だが、今回は違った。ハッキリと対話になった。深雪が話しかけたからこそ、カテゴリーMの言葉を聞くことが出来た。それだけでも一歩前進している。
「ああ、ある。お前のことは、あたし達も聞いている。その上で、話をしたい」
強い意志を持った目で見つめ返す深雪に、時雨は小さく溜息を吐いた。
「……いいよ、君に免じて、少しだけ話をしようか。生まれたばかりの僕が、君達と何を話せるかは知らないけどね」
相手が人間のみならばこうはいかなかっただろう。しかし、純粋種である深雪と電がそこにいるからこそ、この話を進めることが出来た。
カテゴリーMとの対話は、第三次深海戦争では初となる。これがこの戦いの命運を変えていくのかもしれない。
雨が降る中現れたのは時雨。カテゴリーM初の、まともに話せる相手としての登場です。