後始末9日目も終わり、10日目に入る。後始末屋の作業としては大台の二桁。困ったことだが、やらねばならないので弱音なんて吐いていられない。
本日はこだかが休暇という日程になっているのだが、タシュケントから、うみどりがもう1日貰った方がいいという申し出があった。
しかし、今は地下施設の後始末に猶予が無い状況となっているため、そこを戦場に戦った者達が最も詳しいことから、今日から本格的に地下施設の後始末が必要だとその申し出を丁重にお断り。これはうみどりの仲間達全員の総意である。
「ごめんなさいね、今日は全員で地下施設の後始末に入ってもらうわ。これまでとは明らかに勝手が違うけれど」
「仕方ないことだろうに。余計な手間が増えるよりはよっぽどマシさ」
などと語るのは、意外にも時雨だった。休み返上に対して文句の一つや二つ出して、これだから人間はと呟きそうなモノかと思われていたが、長く後始末屋を続けているおかげもあり、すっかりこの仕事にも誇りを持っているようであった。本人は絆されたと言っているようだが、自分からそういうことを良しとする時点で、もう何も言えない。
時間をかけて慣れ親しみ、ここまでにいろいろな戦いを経験したことで、カテゴリーMながらも、本来のカテゴリーBと同様な使命感を持つようになっているようだ。白雲もそうだが、うみどりは特異点がいるからか、自浄作用が働いているようにも思えると、部外者は後に語る。
「昨日の午後に深雪ちゃんが一度掃除に行っているのだけれど、室内の掃除というのは海と違って穢れが外に出しづらいことがわかっているわ。だから、昨日のうちにいろいろと準備しているの。掃除にはそれを持っていってちょうだい」
伊豆提督達が用意したのは、掃除用のアイテム諸々。デッキブラシやモップ、バケツ、洗剤、そして何より水である。
さらには、穢れが見える眼鏡を量産。いくつかの班に分けて部屋の掃除をするにしても、班それぞれに無ければ、掃除が終わったことがわからない。そのため、昨日のうちに10個ほど量産していた。それをやったのは、妖精さんから目を離すことは出来なかったが、そちらの作業は片手間にやれていた明石である。『工廠』の力全開で、次から次へと『開発』したのだとか。
「装置が拡張出来たら心配は無くなるけれど、ここの土地柄的に、いつ何処で生まれてもおかしくないわ。なら、より生まれやすいところはすぐにでも対処しなくちゃいけない。これにはどうしても人数が必要よ。そこで──」
「我々、島民モソノ後始末ニ参加サセテモラオウ」
その清掃にはテミス達深海棲艦も参加が決定。ここ最近生まれた深海棲艦達もそうだが、元々この島に住んでいた、カテゴリーYの子供達も王の意思に賛同し、参加させてくれと手を挙げていた。
集落の片付けも当然必要なことだが、地下施設の片付けは、今やそれ以上に優先順位が高くなってしまった。それはテミス自身もハッキリと理解している。
「民ガ増エルコトハ良イコトナノダガ、民トナリ得ル者共ガ島ヲ荒ラスノハヨロシクナイ。ナラバ、コレ以上増エナイ方ガイイダロウ。ココニハ充分民モイルシナ」
新たに発生する深海棲艦は、間違いなく飢餓感に苛まれた存在。何かを食べれば落ち着くが、食べるまでは暴れる。2体3体と同時に発生すれば、共食いというカタチで腹を満たしてしまうが、それも無ければひたすら死ぬまで暴れてしまうだろう。それでは百害あって一利なし。存在そのものが罪となってしまう。テミスはそうなるくらいならば、最初から生まれない方がいいと考えている。
本当ならば、より同胞が増えることを望むだろう。しかし、今のこと、後のことを考え、増えないことを選択した。これは、テミスにとっては英断だったと思われる。
「那珂ちゃん達アイドルは、今日は定期ライブよね。お願いね」
「任せて♪ 今日も、工廠の妖精さん達と一緒に盛り上がるよ♪ タマちゃんも気合充分!」
「ガ、ガンバル。那珂チャント一緒ニ、ミンナニ楽シンデモラウカラ」
深海棲艦発生抑制装置の稼働も最優先事項。那珂達アイドル班は、その仕事が重要なので、地下施設の後始末よりもこちらを優先する。歌って踊って、妖精さんを楽しませて、いつも通りに装置を起動させるのみ。
明石はまだ離れられないため、ダウナー飛行場姫と『工廠』の『量産』が施されたフレッチャーがそちらのメンテナンス。そこから、地下との接続方法なども考えていくことになる。
「それじゃあ、今日もよろしくお願いね。お休みは、また後日にちゃんと取るわ。疲れが取れない子がいるなら、必ず話してちょうだい。無理して身体を壊す方がよろしくないわ」
ここからは大人数の地下施設清掃。うみどりと深海棲艦が入り交じった、大規模後始末である。
地下に入っていくルートは限られているため、各々どちらかを選んでゆっくりと中へと入っていく。学校の配膳室から向かう者も出ているくらいだ。
深雪達はそちらを選択したのだが、そこで先程伊豆提督に肯定的な意見を語った時雨と一緒になる。時雨は夕立、子日、Z1の4人チームを組んでの清掃。ちなみに眼鏡係は時雨。
「おう、お前らもこっちからか」
「何処から入ろうが同じだからね。あっちのエレベーターは混み合ってそうだから、こっちに来たのさ」
「ああ、深海棲艦チームが軒並み向こう行ったもんな。身体のデカさの問題で」
そうこうしているうちに全員がエレベーターホールへ。そこには既に待ち構えていた者がいた。
「お、ヌキュー」
「ヤホー。オイデマセー」
「先に来てたのな」
「昨日ノ夜カライタヨー」
自由人で有名になってしまっているこのヌ級、なんと昨晩からずっと地下施設にいるらしい。外の広い場所を堪能するのもいいが、地面の中にとても広い場所があると聞き付けて、ならばそこにも行かねばならないとテミスに許可を貰って地下施設内を散歩していたらしい。
自由が過ぎるだろと深雪はツッコミをいれたが、ヌ級はソウカナで終わり。自分がやっていることが割ととんでもないということに気付いているのかいないのか。
だが、テミスが許可をしたのにも理由がある。それは、この地下施設での新たな深海棲艦の発生を抑制出来るかもという可能性を考えたからである。
ヌ級の目が夜の間ずっと施設内を闊歩しているのならば、深海棲艦も発生しないだろうと。そしてそれは、上手く行ったようだ。
「ヌキューガ歩キ回ッテル間、新シイ同胞ハ出テキテナイヨー」
「あ、そうか、ヌキューが見てるから、新しいのは生まれないってことか」
「ソウナノ? デモ、ナンカジタバタシテル人ナラ見タヨー」
おそらくそれが、調査隊の発案でこの地下施設に拘束されて放置された側近達。電気はついているが、何もない、誰もいないところで、もしかしたら深海棲艦が発生して襲われるという恐怖に駆り立てられ、しかし誰も救ってくれないという絶望的な状況から、震えていたと考えられる。
そんな状況で、温厚ではあるがヌ級が目の前に現れたら、喰われると思っても仕方ない。ヌ級にそんなつもりはないし、むしろ今ならばグルメなので共食いなんて絶対にしないのだが。
「そこに案内してくれないかい? 僕は是非ともそいつの前で後始末をしたいんだ」
ニッコニコで話す時雨。夕立は呆れたような溜息を吐く。
「時雨、そいつをいびりたいっぽい」
「だろうな。言うこと聞かなかった奴らに口答え許さないくらいボッコボコにするの楽しんでたもんな」
「ああ楽しいね。自分のせいでこうなっているのに、特異点のせいだって今でも言っているんだろう? そういうのを口で言い負かすのは発散にちょうどいいんだ」
グレカーレがわかると頷いているのを、深雪は一旦無視した。
「というか、僕だって一言どころか二言三言と物申したいのさ。誰のせいでこんなことになってるのかを、徹底的に叩きつけてやりたい。調査隊が話しても何も反省が無かったということは、僕が何を言ったって反省なんてしないだろう。でも、それなら、いくらでも言っていいということだからね」
「お前ホント、いい性格してんな」
「ははは、そう褒めなくてもいいよ」
「褒めてねぇよ」
だが、時雨がそうしたいというのは、仕方ないことでもある。カテゴリーMの呪い。それの発散のために必要なことでもあるからだ。
人類への憎しみを抑え込んでいるというのが、うみどりに所属する2人のカテゴリーM。白雲は、深雪と共に行動することによって、その憎しみが上手く発散されている。憎いと思うよりも先に出てくる感情があるからだ。しかし、時雨には白雲のような発散の仕方がまだ完璧に出来るわけではない。そのため、攻撃出来るモノがあるのならば攻撃する。
地下施設に拘束されている側近達は、打ってつけの相手というわけだ。自分をこのようなカタチにした張本人とも言え、うみどりにとって、いや、ここまでの戦いにおいて、一から十まで罪人であるため、言いたいことは山ほどある。しかも心が折れないというオマケ付き。時雨にとっては壊れないサンドバッグみたいなモノ。
子供達は言い負かしたら言葉も出なくなったが、側近達はそれでも何かしらの言葉を紡ぐだろう。それをさらに上から叩きのめす。それが出来なくても、言いたいことを言いたい放題出来るストレス発散相手は、時雨にとってはありがたい存在ということ。
「それに、後始末だってキチンとするさ。そこは余程汚いんだろう。僕だって今は後始末屋だ。綺麗になっていくところを見るのは、気分が悪くない。呪いの元凶の痕跡を確実に消せるというのは、それなりに晴々とするさ」
「時雨ちゃん、意外と掃除好きだしね」
「ぽい。なんだかんだ、後始末屋に馴染んでるっぽい」
「ここに来るまでも、楽しそうだったもんね」
「君達喧しいよ」
夕立も、子日も、Z1すらも、時雨が後始末屋を楽しんでいることはお見通しである。深雪はへっと意地悪く笑った。
「ジャア、案内スルヨー。コッチコッチ」
ヌ級の案内で、拘束されている側近のいる場所へと向かう時雨達を見送り、深雪達は自分達の持ち場を作ることにした。
ヌキュー、ちょっと自由すぎていざという時に頼りになる。