地下施設の掃除は各所で進む。深雪達は、出来損ないの詰め所と思われる、見てわかるほどに汚い部屋の掃除中。
そこには深海棲艦を発生させないように一晩拘束されていた飛行場棲姫がいるのだが、猿轡をされているため言葉を発することは出来ず、ただひたすらに深雪達を睨みつけながら呻くことしか出来ない。
深雪達はそれを完全に無視し、後始末を続けた。いちいち構っていても時間の無駄。作業の手が止まる方が問題だ。そして、愚痴すら吐かずに、そこにいるのにいないモノとして扱っている。
「天井は流石にしんどいや。肩車でどうにかしてきたけど、まだ結構な範囲あるな」
「なのです。思い切りブシャーってやれるのが欲しいのです」
「本当にな。やれたらやれたで、今度は水をどうしようって話になりそうだけど」
「排水出来ませんもんね……」
天井にへばりついていた穢れも、深海棲艦化した深雪と電が肩車をすることでどうにかしてきたが、流石に限界がある。腕力云々ではなく、単純に広さで。綺麗には出来るが、2人でようやくというのは効率が非常に悪い。誰でも普通に1人で天井まで掃除出来る何かが欲しいなと思うのは至極当然の話だった。
「せめて脚立か何かか?」
「ですね。それでも範囲が限られてくるので、時間はかかりますけど」
「そりゃ仕方ねぇよ。何人がかりでもやれればそれでいいし。まぁこの部屋に何日もかかりっきりにはなりたくないよな」
話しながらも掃除は進めているが、後始末屋としての活動をしていると、どうしてもそこで効率というのは話題に上がるモノだ。
深雪と電が肩車している向こうでは、グレカーレが艤装の剛腕で白雲を持ち上げて同じことが出来るかを試してみているが、どうしても届いていない様子。デッキブラシを掲げてプルプルしている白雲と、もうちょいもうちょいと煽るグレカーレの姿が、深雪と電には微笑ましくも可笑しく見えた。
「ここまでやったけど、一回天井は置いておいて、それ以外のところを完璧に終わらせた方がいいだろうな。天井の穢れのせいで何か起きちまったとなったら、もうそりゃ仕方ねぇよ」
「なのです。他の人達がどう掃除しているか聞いてみますか?」
「それもアリだな」
そうするためにも、届かない場所以外を一旦終わらせる必要はある。4人の尽力もあり、少なくとも床はかなり綺麗になっている。
「グレカーレ、
「あーい。ほらほら邪魔だから退いてねー」
そう言いながら、飛行場棲姫の拘束を一時的に解くとその剛腕で持ち上げ、掃除が終わった床の方へと退かした。それがあることで、掃除した場所が汚れそうというのはあるのだが、今はひとまず邪魔だから退かしておくというだけで終わっている。
実際、眼鏡で確認してみると、飛行場棲姫はそこまで酷い穢れは持っていない。おおわしで洗浄されていたようで、最初はちゃんと綺麗だった。しかし、この部屋に一晩置かれたことで、穢れがどうしても付着してしまうようである。
「ジタバタするんじゃないよ。アンタ達がやらなかった掃除をわざわざやってやってんだよ。そこ理解出来てないのかな。素直に協力すら出来ないとか、正義とか云々関係なく、人としてどうかと思うよ。恨み辛みを横に置いて考えてやっても、アンタは人間として低次元なんだよ。おわかり?」
持ち上げられたことで身体を蠢かせる飛行場棲姫に、グレカーレが至極真っ当な苦言を呈する。自分達が汚したところを、別のところに掃除してもらって、ここまで上から目線かつ邪魔しかしないというのは、高次だなんて絶対に言えないくらいにレベルが低い。子供じゃあるまいしと、逆に見下す程。
「グレ様、それに何を言っても無駄でございましょう。これまで無駄に上手く行っていたのですから、失敗続きでムキになっているのです。子供のように駄々を捏ねて、現実を見ようともしない者に、貴女の高尚な思考を割く必要はありませぬ」
そんなグレカーレに白雲がちょっとした意見。しかし、その言葉の端々には、苛立ちが見え隠れしていた。
白雲だってカテゴリーM。時雨と同じように呪いを吐き出したくなることもあるだろう。ただでさえ、艦娘の姿を捨てさせられ、深海棲艦の姿へと改造されているのだ。その元凶とこうして対峙していて、呪いが爆発して攻撃しないだけでも、白雲は相当抑えることが出来ている。
とはいえ、そこにいる発散可能なサンドバッグを前にして、何もしないということは出来なかった。機会が来たので、ちょっとした言葉にして呪いを発散した。時雨のように、猿轡をわざわざ外して、口論の末に正論で叩き潰すということはしないまでも、やはり恨み辛みは溜まっているのだ。
「そうだねぇ。今はまずこの部屋を綺麗にしないとだね」
「はい、その通りでございます。
「はは、言うねぇ。とりあえず部屋の隅に置いておこ。視界に入ってこられてもウザいし」
ケラケラ笑いながら、グレカーレは飛行場棲姫を部屋の角に捨てた。わざと乱雑に。
「まさか、こういう時ばかり人権云々言わないよね? 自分から人間辞めたくせに、都合のいい時ばかり人間になるのかな。深海棲艦は基本、あたし達の敵。協力してくれるなら受け入れるけど、そうじゃないなら始末しても何も言われないし推奨されてる。アンタは、協力しないでしょ。だから、別に今すぐに始末してもいいんだよ。でも生かしてもらってる。それが当然だと思わず、感謝しなよ」
そして、息が届くくらいの距離で顔を突き合わせて言う。その時のグレカーレは、いつものおちゃらけた雰囲気もなく、真顔で、本当に怒りを見せた表情をしていた。
グレカーレにとっては、姉を殺した者の元凶。カテゴリーMの呪いとは違う、明確な恨みがある相手。それでも、この場では我慢している。何故なら、感情に任せて始末したところで、何も変わらないどころか、部屋が汚くなって後始末の量が増えるから。
「グレカーレ、あまり雑に扱うなよ。部屋が汚れる」
「あーん、ごめんごめん。なんかジタバタするから手が滑っちゃったー。てへぺろー」
深雪の言い方もやはりキツい。飛行場棲姫への被害ではなく、部屋への被害を優先しているのだ。電もこれに関しては何も言わないし、頷いている程。徹底した無視。その意思を完全否定している。
ここまで徹底的に嫌われ、扱いもぞんざいで、どちらが間違っているのか一目瞭然な状態でも、自分が正しい、自分が正義という態度を変えない飛行場棲姫は、ただ邪魔以外の何モノでもなかった。
「よし、これで壁と床は大体綺麗になったな。穢れも見えないぜ」
「なのです。天井だけはどうしてもですね」
飛行場棲姫を退かした場所の壁と床も綺麗にしたことで、この部屋はぱっと見では綺麗になった。まだ水が乾いていないとかはあるが、専用の眼鏡で見ても、床には穢れが見当たらない。4人がかりの掃除は上手く行ったと言えよう。
しかし天井の穢れという問題はまだ残っている。一部は肩車でどうにかしたものの、まだ半分近くは残ってしまっているのだ。
「誰だとやりやすいかな……艤装使えるなら春星か」
「あ、確かにそうですね。戦艦棲姫の艤装なら、持ち上げてもらって天井に手が届くかも」
「これくらいの部屋ならやれそうだな。仲間に来てくれた連中に頼んでみるか」
「なのです!」
この部屋の掃除を始めてから、どれくらい時間が経過したかはわからない。だが、ここで深雪の腹がグウとなった。
「おっと大きな腹の虫。流石ミユキ、そーゆーところも大胆」
「昼時なんじゃねぇかな。働きっぱなしで腹が減っちまった」
「お昼持ってきているのです。いただきましょう」
「電様も流石でございます。要領が素晴らしい」
綺麗になったとはいえ、
その去り際、白雲が不意に飛行場棲姫の方へと向かう。
「恨めしそうな目で見ておりましたか?」
心底見下した目で飛行場棲姫を見つめる。
「貴様は自分が何をしていたかも理解出来ない下郎。何故罰を与えられているのかもわからぬままで、貴様の扱いが良くなるわけがなかろう。これまでどれだけ優遇されてきたと思っている。理解しようともしない童には、仕置きも必要。貴様は童以下だが」
睨みつけてくる飛行場棲姫に、白雲は深い溜息を吐く。
「貴様らがこの場所で、本来の民に対して何をしてきた。命を蔑ろにし、尊厳を踏み躙り、不要になったら捨てる……それで恨みを買わないと何故わからぬ。この白雲も、貴様らにその身を今の姿に変えられた。その責任を、どう取ってくれる。いや、責任なんぞ取ることが出来ない。取る気すらない。他者の生を滅茶苦茶にしても、やることをやったら知らぬ存ぜぬ。責任だけを全て押し付け、貴様らはのうのうと生きているだけ。何故それで憎まれないと思う」
猿轡をさせられているため、言葉を紡ぐことが出来ない。しかし、ここまで言われても、やはり何もわかっていない。正義である自分がこうされる謂れはない、悪の特異点が全ての元凶と、本気で思っている目を白雲に向けている。
「貴様は自分が正しいと思い続けているのだろう。都合のいい解釈ばかりで、周りを見ることすらしない蛆虫だ。美しく成長することすら出来ず、人の身を食い荒らすだけの害虫は、駆除されて当然。貴様らがお姉様、特異点に思っている感情、そっくりそのまま返してやろう。不条理だと思うか。鏡を見てから言え」
白雲の冷ややかな説教も、飛行場棲姫には刺さることがない。故に、雑に扱われても文句は言えない。
「貴様を殴ることは簡単だが、それで白雲は手を痛めたくない。故に、貴様はここで放置だ。来るべき時が来たら、貴様はこれまで以上の地獄を味わうことになるだろう。そこでようやく後悔するのだろうな。だが、自分が悪であるとは最後まで気付けない。哀れなモノだ」
最後は鼻で笑って背を向ける。深雪に向ける表情は、打って変わって穏やかで優しい笑みを携えていた。
「お姉様、参りましょう。ここではせっかくの昼食が不味くなってしまいます」
「おう、そうだな」
部屋から声は遠退いていく。1人残された飛行場棲姫は、それでも反省をすることはなかった。
部屋は綺麗になっても、飛行場棲姫は最後まで綺麗にならない。イカレ工作艦達の格好の餌食である。