夜のうみどり。地下施設に作業に出ていた者達が全員帰ってきた時には、いつもの作業より少し遅いくらいの時間だった。地下では外の時間がわからないというのが非常に厄介であり、時計すらない為、時間の感覚が大きく狂う。作業にキリがついたから、腹が減ったからという理由で切り上げたら、知らないうちにかなりの時間が経っているというのもよくある話。
そういう意味でも、あの地下施設はどうにかしたいところではある。それこそ、外の様子が見えるようにしたり、せめて外との連絡が取れるように通信障害を無くしたり出来ればいい。
「素晴ラシイ活躍デアル。明日モヨロシク頼ムゾ」
「私達ニハ出来ナイコトナノ。負担カケテ、ゴメンナサイネ」
「えっ、あ、は、はい……わかりました……」
テミスとテイアにベタ褒めされ、その手腕を明日も頼むとお願いされた護衛棲姫は、普段のように少々ビクついていたものの、頼られることは満更でもないらしく、明日も地下施設での清掃を手伝うことで合意した。
実際問題、護衛棲姫にしか天井の掃除は不可能であることが実証されている今、拒否されても困ってしまうような状況ではある。ここで断られなくて良かったと内心思っていたようである。
「マジですごいな、あの天井やれるとか」
「空母ってあんなにすごいんだー」
「ホント助かるわ」
周囲からのそんな言葉に、護衛棲姫は照れながら頭を掻く。ここまで目立ったことは無かったのだろうし、本人が引きこもりと言うくらいなのだから、人付き合いは必要最低限くらいしかしてこなかったのだろう。『舵』による洗脳中はどうだったのかはわからないが、少なくともうみどり所属になってからは、そういうところを避けてきたようにも感じる。
そんな護衛棲姫のこともしっかりと見てきたテミスは、やはり王の素質を持っていると言えよう。民のことは全て目にして記憶して、人目を避けている者ですら、キチンと把握はしている。その活用法まで考えているのだ。
「実ニ素晴ラシイゾ。コノ中デハ誰ニモ出来ナイ、艦載機ノ空中静止ヲ14機モ出来ルノダ。ソレダケデモ充分過ギル技能ダトイウノニ、忌雷ヲ乗セテモ安定シテイル集中力ハ、生半可デハナイ。改メテ、我ガ最強艦隊ニ入ッテモライタイト思ッタゾ」
「おーっ」
「王様からそんなに言われるなんてすげーっ」
「そんなヤツいたなんて知らなかったよ」
護衛棲姫関係で大盛り上がりを見せるテミス王とその配下達。その渦中に置かれている護衛棲姫は気が気でない。恥ずかしさに目が回りそうだった。
「あ、あまり注目しないでいただけると……」
「フム、貴様ハ極端ニ『恥ズカシガリ屋』ナノダナ。ダガ、ソレデモアノ技能ハ素晴ラシイゾ。貴様ノオカゲデ、アノ地下施設ハ綺麗ニナルノダ。誇リニ思ウガイイ。余モ、皆モ、貴様ニ感謝シテイルノダ」
テミスが更に持ち上げるため、発言すればするほど目立つことになってしまう。護衛棲姫は、一日にしてカテゴリーYの人気者となってしまった。
一方、施設各所の部屋を片付けていたうみどりの面々。精神的にも疲れている者は多く、ネックだったのはやはり天井の穢れ。深雪と電が肩車をしてなんとかクリアしたそれは、他の者達もどうやって対処しようかと考えさせられるモノであった。
背の高い長門やトラなどは、深雪と同じように肩車をすることで天井までの高さを確保し、どうにか攻略したようだが、大体は1人が艤装まで込みにして足場になりつつ、もう1人が天井を磨き上げるという手段を使うことになる。
手が入った部屋は、これによって大体綺麗になっているのだが、それでもまだ部屋はある。
さらに、広間から伸びる通路はまだ手が付けられていない。如何に人海戦術を用いようとも、地下施設の広大さがどうしても足を引っ張る。
「明日は広間のところの通路やっていこうぜ。あっちも広いけど、最悪海に繋がるところから流しちまって、海水の穢れを取るいつものやり方に変えればいけるだろ」
「なのです。陸の上だから大変なだけで、海水に入れば対処の方法はいくらでもあるのです」
やり方としては褒められたモノではないかもしれないが、汚れを一度海に移動させるという手段は、最終的な片付けのやり易さとしては割と理に適っているところはある。一瞬海を汚すというところが抵抗があるものの、速さを重視するならそれがイイ。
深雪のそのやり方を小耳に挟んだか、速さ至上主義の伊203がサムズアップしていた。
「本当、今回は陸の上ってのが一番厄介だもんな。洗い流した水をどうするかとか、掃除した後の汚れをどう運ぶかとか」
「今更なのですけど、汚れはどんどん下に持っていって、全部通路から海に押し出してからというのもアリだったかもなのです」
「な。やってかないとわからないことだぜ」
こればっかりは経験しなければわからないこと。その時はそれが最善だと思っても、後から考えればより良い方法が見つかるというものだ。
それこそ、床をやってから天井に気付き、天井をやったら汚れが床に落ちて掃除し直しというのも、海だけを掃除していては気付かないこと。ここでこのような経験をしたからこそ、学びを得て次に繋がる。こんなこと次があっても困るのだが。
「おう、時雨。そっちはちゃんと片付いたか? そっちにも邪魔なモノが部屋にあっただろ」
そんなことを話していると、工廠厨房の食事を貰っている時雨達を発見。だが、深雪が話しかけると、時雨はニッコリ笑って反応した。深雪にしては気持ち悪いと思えるくらいに。
「あ、何も言わなくていいぞ。お前のそれで大概どういうことかわかったから」
「最初に聞いてきたのは君だろうに。いやぁ、気持ちよく掃除が出来たよ。たまには無いかな、後始末の現場にサンドバッグが置いてあるとか」
現場で何をやっていたのかが丸わかりの発言である。時雨と一緒に作業をしていた夕立達は少々疲れた顔をしている時点で、何となくどういう感じだったかがわかるというもの。
「わざわざ猿轡を外してから始めたっぽい。掃除するたびに余計なこと言われて、そのたびに時雨が三倍くらい言い返してたっぽい」
「ニッコニコでね。直接殴るよりも抉ってたと思うなぁ」
「それでも反省してなそうだったから、筋金入りだと思うよアレも」
三者三様、しかし軸は同じ発言。作業に茶々を入れてきた重巡新棲姫に対して、時雨がすかさず口論を吹っかけ、正論パンチで黙らせるというのを何度も何度も繰り返したということだろう。時雨も時雨だが、重巡新棲姫も重巡新棲姫である。それだけ言われて舌戦で負けているのに、他のことでまた余計なことを言えるのだから、本当に反省していないことがわかる。そしてその都度時雨に袋叩きにされているのだから、全く懲りていない。
「特異点に与する愚か者から始まってね。じゃあ何処が愚かなのか丁寧に教えてくれと頼んだら、まぁ薄っぺらい言葉ばかりだったよ。やれ戦いを呼ぶだけの存在だの、世界を破滅に導くだの。それは君達だよねと聞き返したら、こちらには崇高な目的があるとか宣い始めてね。その目的があまりにも、あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて、ちょっと言い過ぎちゃったよ」
「まぁ、うん、お前だしな」
「世界を平和にするの一点張りだからね。どのように、どうやって、この屍の上で平和を作るんだって話なのか。なのに、聞いても聞いても凡人には理解出来ないって説明を放棄するんだ。凡人にもわかるように説明出来ないのが高次だってなら、特異点の方が余程ちゃんと出来てるって言っておいてあげたよ。ほら深雪、君のこともちゃんと評価しておいてあげたよ」
「ありがとな裏がある言い方しやがって」
時雨は仕事をしてきた後なのに疲れが見えない。呪いの発散があまりにも出来すぎている。
「後始末屋は次の戦いが起きないように海の穢れを取り払って世界を平和に導こうとしているのに、こんな小さな部屋すら掃除出来ない君達がどうやって世界を平和にするというんだって質問、答えてくれなかったんだよね。あー、残念残念。アレだけ大きなことを言うんだから、もう少し中身の詰まった信念があると思ったんだけどね」
「そりゃあお前、最初からそうだったろ。出洲はまぁ、多少は真実味があったけど、阿手のアホは自分が良ければ全部イイってヤツじゃねーか」
「ん? 出洲は真実味があった?」
時雨がそこで大きく反応した。
「そういえば、あの戦いの後に出洲と顔を合わせたんだったね。小耳に挟んだよ。そこで君は何を言われたんだい」
「特異点は万能すぎるから人間が頼って堕落するんだとよ」
「はっはは、それはいい、特異点が万能、はは、面白いことを言うモノだね出洲も」
時雨がケラケラ笑い始め、深雪はだよなと頷く。
「君が万能なら、そもそもこんな戦い起きていないよ。それに、後始末もここまで時間がかかっていない。あの爆弾の処理だって、天井の穢れだって、君がやれるなら全部君にやらせてるさ。楽をさせてもらいたいモノだよ」
「やれたら確かにあたし達がやってるだろうな。やれねぇから、ああなってんだけど」
チラッと目を向けた方には、未だに持て囃されている護衛棲姫の姿。
「何処が万能なのか、説明をいただきたいモノだよ。まぁ、今回の敵のやり方をどうにか出来たのは君しかいなかったかもしれないけどさ」
「あたしはきっかけを作ることしか出来ねぇ」
「だね。僕の貰ったこの力も、きっかけは君だ。そこを万能性と言われたところで、それが必要になる敵を用意したのは紛れもなく出洲だと断言出来る」
ふんと不敵な笑みを浮かべる時雨。
「特異点を万能にしようとしてるのは全部奴らの仕業だろうに。余計なことをしてるから、深雪はどんどん強くなるだけ。そうじゃ無かったら、僕に演習すら勝てないさ」
「言い返せないのが腹立つな」
「そもそも後始末屋しかやってなかったら、今の戦闘力だって持ってるからわからないだろう。殴り合いで勝てるようにするだなんて、本来艦娘には必要ないんだ」
時雨もその辺りは自覚している。余程特殊な業務に就いていない限り、普通の艦隊戦のやり方さえ知っておけばいいのだ。
それなのに、特殊な戦い方ばかりを覚えることになってしまい、挙げ句の果てには消し飛ばず砲撃と煙幕の多用。そんな艦娘いないだろうと夕立達に同意を求めると、全く以てその通りだと同意された。
「それを覚えないといけなくなったのは、全部奴らのせい。なのに、負けたら特異点が万能だから悪いとか、僻みにしか聞こえないね。育てておいて、手が付けられなかったら悪とか、冗談にしては笑えないね。これを今の時代の言葉では、マッチポンプって言うらしいよ」
「難しい言葉知ってんな」
「君はもう少し学びなよ」
時雨はふっと落ち着き、深雪を戯けたような目で見た。
「少なくとも、君は万能じゃない。だから、僕達がいる。たまには君を頼るけど、自分のことは自分で出来る。出洲は君を、過大評価しすぎなのさ」
「それ喜んでいいのか悪いのか」
「喜べばいいよ。万能な奴なんてね、少なくとも仲間はいないよ。僕は君のことを、多少なり仲間だとは思っているさ。崇め奉ることもしない。対等、平等、むしろ下に見てやってもいい」
「……はは、お前らしいな」
「気が楽になったかい?」
「重く見てはいないけど、多少はな」
ニッと笑う深雪に、時雨も笑みを浮かべた。
「まぁ、煙幕とか無しにすれば、僕の方が強いから」
「なんだと。じゃあ後始末終わったら演習な」
こういう仲の良さも、深雪を支える1つである。
気付いていたからわかりませんが、深雪と電のセリフは、なるべくカタカナ語を使わないようにしていました。カテゴリーという言葉に関しては別ですが。