クロトによる土地の供養が終わり、時間はおおよそ昼。使ったモノを片付けつつ、うみどりに戻ると、既に昼食を食べる者達もちらほら見え始めた。それはうみどり艦内で作業している者達が基本である。
地下施設の清掃に向かっている者達は、昨日と同様、弁当を持って行っているため、今日に関しては工廠厨房はほとんど人がいない。昨日もこんな感じだったようで、もっぱら夕食のための開店準備を主にしている。
「オカエリナサイ。オ昼ハ軽メニシテイルワ。丁度イイカラ、コノ子達ノ練習ノ時間ニアテテイルノ」
いつもなら忙しい工廠厨房も、今はのんびり。そのため、今後島で食事を振る舞うことになるであろうラ級姉妹に、セレスが料理を教える時間となっている。
今日に限り、うみどりで作業しているカテゴリーY達──平瀬や手小野達、陸上施設型──や、子供達に杏もここで料理を見たり習ったりしている。
「なかなか上手いじゃないか。素質あるねこの子達は」
「ああ、私もそう思う。この島でもやっていけるだろう」
黒井母と紫苑も、ラ級姉妹の上達を絶賛していた。深海棲艦だから覚えがいいとか、そう言ったことはなく、単純に努力の証である。
2人は深海棲艦の外見はしているが、ラ級姉妹のようなイロハ級とはやはり言語による意思疎通が難しい。姫のカタチでも明確に姫では無いからであろう。それが出来るなら、深雪や電も意思疎通が出来るはずだ。
それでも教えることが出来ているのは、身振り手振りでの教育が上手く行っているからだろう。セレスが間に入り、何を言いたいのかを少し伝える程度で、思った以上によく出来ていた。
「わ、すごい。野菜刻むの速いね。私もそこまで出来ないよ」
「慣れてるわねぇ……ずっとやってたら短期間でもコレなのね」
杏と離島棲姫も、ラ級姉妹の手際の良さには驚いていた。今の3人は1週間程で覚えたとは思えないくらいに手慣れている。
最初は少し崩れたおにぎりから始まったが、今ではもう料理と言えるモノが確実に作れているのだ。
「ウム、素晴ラシイ上達ダ。島デノ食事モ安泰ダナ。貴様達ニ全テヲ任セヨウ」
テミスも上機嫌である。今後もセレスの作るモノと同等な食事が提供されるというのは、王として民のモチベーションアップに繋がり、非常に喜ばしいモノと考えている。
テミス自身は料理は出来ない。それもあって、料理人の存在はとても頼もしく、優遇してもいいとすら思っている程である。
文化を知った弊害かもしれないが、楽しく生きていけるのならば、何の問題も無いことだ。
「さて……そろそろ本格的に今後のことを考えていかないといけないわね」
いつもよりも少ない人数が集まる工廠厨房で、伊豆提督は改めてこれからの島のことを気にしていた。
地下施設の清掃に後どれだけの時間がかかるかはわからない。だが、終わりが見えてきたということは確かだ。
島の後始末が終わったら、やることは決まっている。本来の後始末屋としての仕事に戻ること、そして、出洲との最終決戦だ。
出洲は去り際に、自分達の拠点の位置を教えると言っていた。そのメッセンジャーは未だこの場に現れるようなことは無いのだが、そのうち来ることは確定していること。それまでに、決着をつける準備をしておかねばならない。
「一度軍港に行くのはアリよね。これだけ長期の後始末をしているんだもの。メンタルケアは大切よ」
「前みたいに1週間近くも滞在するようなことはしないにしても、補給も必要だし、軍港には立ち寄りたいわね」
伊豆提督に続き、イリスもその案には賛成した。今でこそ、有道鎮守府からの補給物資があるものの、それはうみどり自体で補給を受けることが出来ないからである。移動が可能となるのならば、自分達の手で補給に動くことが望ましい。
そして休息も必要だ。なんだかんだで半日しか休めておらず、二日後に改めて休息が約束されているとはいえ、もう少し開けた場所で休みたいというのもあるだろう。最終決戦を前に、しっかり身体も心も休めて、万全な態勢で向かいたい。
「あのさ、ハルカちゃん、あたし、ちょっと行きたいところがあるんだけど、行けるかな」
「あら深雪ちゃん、何処かあるかしら」
「……吹雪のところにさ、一度行っておきたいんだ。次会った時は、勝ったって報告するって話したからさ、あの場所を襲ってきた阿手には勝ったぞって伝えたい。まだ出洲は残ってるけど、それでも、な」
深雪の小さな望み。それは、久々にあの特異点の姉、吹雪との再会。今はもう海中にすら潜れるようになっているのだから、海の上でも中でも、どのようなカタチでも顔を合わせることは可能だ。
「そうね、いいことだわ。一度特異点Wに行くのも視野に入れましょう」
「ありがとな、ハルカちゃん。ちょっとワガママかなって思ったけど」
「そんなことないわ。あの場所はアナタにはとても大切な場所。アタシ達にも同じことだもの。吹雪ちゃんにはまた会っておきたいものね」
最終決戦前に、一度特異点Wに行くことも計画に入れられた。軍港に行く前でもいいし、行った後でもいい。ともかく、阿手との戦いに勝利したこと、そして最後の戦いに臨むことを吹雪に報告し、決意を固めて前に進みたい。
「軍港行った後なら、何か土産でも渡したいな」
「なのです。でも、食べ物とかだとあまり良くなさそうですし、飾り物とかがいいですかね?」
「だな。あたしの部屋に枯れない彼岸花あるだろ。アレみたいなの、渡せりゃあな」
海中、海底でも映えるようなお土産を渡したいなと深雪と電が盛り上がるのを見て、伊豆提督は温かな気持ちになる。
過酷な戦いの後、苦しい後始末を続けている今、心が疲れていてもおかしくないのに、ここまでの笑顔を見せてくれる。それだけでも喜ばしいことだ。
「……出洲は自分達の拠点を位置を教えると言っていたのよね。誰が、どうやって……なのかしら」
そこは大きな疑問ではある。今はこうして後始末をしている最中。島にいるということは確実なのだが、それが終わると、後始末屋が何処にいるかなんて簡単にはわからなくなるだろう。出洲達は独自に動いている別のナニカ。軍部に内通者がいない限り、後始末屋の動向はわかりやしない。
それでもメッセンジャーを送ることが出来るような言い分である。ということは、出洲には今も監視を受けているか、それとも本当なら内通者いるかのどちらかになる。
「本人が急に来る、なんてことはないと思うのよね。でも、だったら誰が? あの母子がまた来るとか、かしら」
中柄と小柄の話が出ると、神風がピクリと反応する。一度敗北した相手であり、再戦を約束した相手でもある。状況次第では、メッセンジャーとしてここに現れた時点で戦闘になる可能性すらあるのだ。
神風としても、嫌でも緊張感を持つ相手。次は勝つと意気込んでいるが、今度こそ命の取り合い。今は幸いにも生きているが、次こそどうなるかわからない相手。
「それとも、出洲には他にも仲間がいて、そちらを使ってくるか」
「そっちの方が考えられそうね。あちらの組織にも出洲派と阿手派があったんでしょ。出洲派がまだ潜伏している可能性はかなり高いと思う」
裏切り者鎮守府との戦いで判明した、派閥の問題。トーチカのような出洲の信念を第一に考えながらも、阿手のやり方にも関わっていたような輩はさておき、真に出洲の信奉者であり、徹底して軍内部に潜んでいる敵がいないとも限らない。
こうしていても、何処かの鎮守府が出洲に協力しており、その機会を今か今かと待ち構えている可能性は常に付き纏う。
「ここまで隠れることが出来ているなら、探りを入れても見つからないでしょう。なら、こちらとしてはもう、待つしか無いわ」
「もうこのまま隠れ続けていてほしいけどな……」
深雪は愚痴るように溢した。
「アイツの仲間がしでかしたことなのに、後始末を手伝うこともしねぇなら、もう二度と前に出てきてほしくねぇよ。少しは責任くらい持って欲しいもんだぜ」
「まぁ、ね。それはアタシも思うわ。ただ、あの連中が手伝いに来てくれる姿は想像出来ないわね」
深雪は少し想像した。この現場に当たり前のようにいる出洲一派。海上から海底までを行き来出来ることを利用して、あらゆる場所の残骸を片付けている様子を。
そして、似合わなすぎると噴き出した。
「やっべ、そんなことするような奴に思えねぇ。平和のためだとか言いながら、後始末屋も利用していたような奴らが、わざわざ自分の手で片付けに参加とか、マジで考えられねぇ」
「でしょう。この島を改めて荒らすようなことはしないだろうけど、我関せずを貫くと思うわ。勿論、責任を持って手伝ってくれたら受け入れるけれど、1週間以上経っても音沙汰なしとなれば、もうコレは他人事よ」
「だな、うん。こっちの苦労も何も知らずに、よくもまぁ呑気に特異点が人間を堕落させるーとか言えるぜ。掃除もしないような奴に語られたくねーっつーの」
伊豆提督も深雪のこの言い分には苦笑した出なかった。
しかし、その時は刻一刻と近付いてきている。出洲のメッセンジャーが来るのは、もうすぐそこなのかもしれない。
でも出洲は何処か几帳面な気がする。