TURN 1
「……様! ……ンス様!」
自分を呼ぶ声を聞いた気がした。どうも、意識がぼんやりとしている。記憶には無いが、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「ランス様!」
――うるさい、呼びすぎだ。
今があまりにも気持ちよかったからもう少し眠っていたかったが、隣で自分に声をかけてくるうるさいやつのため、目覚めることにする。
主の眠りを邪魔する奴隷にはお仕置きが必要だな、目覚めたばかりのおぼろげの意識の中、そんなことを考えながら、ランスはその目を開く。
「うるさいぞ、シィル。もう少し寝かせろ」
「っ……ランス様!」
眠りの邪魔をした張本人、ランスの奴隷であるシィルは、自分の主が目覚めたのを確認すると、勢いよく抱きついてきた。
「おぉ……、どうしたシィル。俺様が寝ている時間すら我慢できなかったか」
「ランス様、ランス様ぁ……」
ランスが背中に手を回そうとしたあたりで、彼女の瞳から水滴が落ちていることに気づいた。ランスには、彼女が涙を流す理由が、皆目見当もつかなかったが。
「シィル。お前本当にどうした……」
そう呼び掛けても、シィルは未だ自分の胸の中泣いているだけで、しばらく泣き止まなそうに見える。
「……ったくこいつ」
いつもならすぐに手を出す彼だが、今は彼女を抱きしめるだけでとどめておく。こんな様子の彼女を見て、とてもじゃないがそんな気分にはなれなかった。
そして、今更になって現状を確認する。
「そういえば、こんなところに来てたんだったな」
ランスが目覚めた場所は、ヘルマン北部シベリア地方に位置する巨大戦艦遺跡。なぜこんな場所にいるかという説明をし始めると少し長くなる。
LP7年、魔人ケイブリスの下、魔軍が人類生存圏に攻め込んだことにより、第二次魔人戦争が始まった。ランスは、戦争が始まっても協力しようとしない各国を一声でまとめ、人類は彼の下に魔軍と戦うことになった。
人類が魔軍に勝つというのは難しいことだと皆分かっていたが、ランスを中心として、人類軍は何体もの魔人を討伐してきた。
しかし、それ以上に戦いの中で人類は後退を続け、ついに人類軍中心部は極東のJAPANに押し込まれた。しかし、そのJAPANの陥落すらも秒読みだろうという状況に陥る。
この絶望的状況の中、さらにもう一点の懸念があった。人類が保護している魔王リトルプリンセスの覚醒の予兆が頻繁に見られるようになったのだ。
これが、ランスたちが今ここにいる理由となる。ランスたちは、今にも魔王に覚醒してしまいそうな来水美樹を、コールドスリープ装置に入れ、魔王覚醒を阻止しようとした。
……それも失敗してしまったわけだが。
美樹と、彼女に付き添う健太郎がコールドスリープ装置に入ると、最初こそ成功したかのように見えたが、すぐに装置に異変が起きた。
ランスには良く分からなかったが、話によると、そう遠くない未来に装置は開いてしまうだろうということだった。
悪い話はこれで終わらない。
JAPAN陥落の報が伝えられたのだ。これは、人類が安心して居られる場所を全て失ったということを意味する。
人類軍に残されたのは、ここにいるたった十数の戦力だけ。ランスたちは、魔軍によってここが見つけられるまで、ただただ待つことしかできなくなった。
――それで、どうなったっけ。
その後のことがよく思い出せなかった。
「それで、お前はなんでそこに立ってるんだ」
起きてすぐ、自分が寝ている寝具のそばにそれが立っている事には気づいていた。
ランスたちがしばしば行動を共にしている、魔人サテラが作製したガーディアン。その中でも彼女のお気に入りであるシーザーだ。
いつも主人の傍にいるシーザーが、なぜこんなところにいるのか、ランスは目覚めてから疑問に思っていた。
「……ランス守レ。サテラ様ノ命令」
「ふーん」
またなんでそんな命令を。彼女は、寝ている自分を守るためだけに、これを置いていったというのか。
今までそんなことは無かった。考えれば考えるだけ不可思議だ。
うむ、よく分からん。
「……ランス、起きましたか」
「あ?」
突然この場に現れ、シィルのこと、サテラの命令に頭を悩ませているランスに声をかけたのは、魔人筆頭ホーネット。
……ケイブリス派の魔軍に追い詰められている現状では、魔人筆頭と呼ぶのはおかしく聞こえるかもしれないが。
その魔人筆頭は、ケイブリス派からその身を助け出してから、人類軍についてくれている。
「お前か……おい、シィルがなんでこんなになってるか分かるか」
「――ええ、まあ」
「そうか、じゃあここにいる人形はなんだ。サテラはどこ行った」
「ランス」
「……なんだよ」
ホーネットが、あまりにも真剣な声色で、顔ごと目線を合わせて名前を呼んでくるものだから、少し腰が引けてしまった。
あまり良い話というわけではなさそうだが、一体寝ている間になにが……
「サテラは殺されました」
――は?
今までの記憶が
「……なにがあった」
「つい先ほどまで、レッドアイ率いるケイブリス派の先遣隊が来ていました。敵は撤退していきましたが、そう遠くないうちに本隊がやってくるでしょう。」
「またあいつか」
魔人レッドアイ。
ランスはこの戦争の中、その魔人と三度戦う機会があった。
一度目は、カラーの救出のため、その集落へ向かった時。
レッドアイはゼスの最狂魔法使いのアニスに寄生していた。戦い自体は、偶然リズナと居合わせたこともあり、とどめはさせなかったものの、勝利と言っていい内容だった。
二度目は、ランス城が魔軍に攻められた時。
ランスは、最強生物トッポスに寄生したレッドアイを相手に正面から戦いを挑むが、この時は手も足も出なかった。
三度目は、ランス城に残った、城の使用人であるビスケッタを助けに行った時。
ランスたちは、城の玉座の間にビスケッタの死体を発見し、悔しい気持ちを抱えながら歩くJAPANへの帰り道で、よりにもよってレッドアイに見つかってしまった。
トッポスに寄生したレッドアイと戦うのが初めてではないため、戦いの上手なランスはレッドアイ相手に善戦した。
……前の一戦よりは。
結果的に、ランスたちはその場から離脱するので精一杯で、ビスケッタを助けることもできなかったため、何も得ることのなく、JAPANへ帰ることになった。
因縁深いレッドアイが再び現れ、自分の仲間を殺していったという話を聞いて、ランスは無意識にシィルを抱きしめている腕の力が強くなる。
「……覚えていないみたいですね」
「そりゃそうだ。俺様が寝ている時に来やがったんだろ」
「……」
――運のいいやつらだ。
自分がいれば、サテラを死なせることなど無かった。
きっと。
「……いえ。敵が来た時、あなたもそこにいました」
「あ?」
「殺されてしまったのも、サテラだけではありません。」
今度は何を言い出すんだ。
「ワーグは元々端の部屋にいたので無事でしたが、人間はあなたたち二人と、ミラクルさんを残し、全員殺されました」
「……そっか。うむ」
告げられたことが、あまりにも唐突すぎて、特別悲しみの情が湧いてくることは無かった。
言っていることが本当ならば、自分たちに残されている戦力は、ランス、シィル、ミラクル、それからホーネット、シーザー、ワーグだけということになる。
しかし、元から対抗するのは不可能な戦力差だったので、そこまで現状に変わりがあるわけではない。
今までのランスもそうだった。気の知れた相手が死んでしまっても、いつも前を見て進んで来た。ランスが前を向けなくなるのは……そう、自分の奴隷である彼女になにかあった時だろう。
そしてもう一つ、ホーネットの発言におかしなところがあった。
――俺もそこにいた?
ホーネットのその発言に全く覚えが無かったが、嘘をつく理由も見当たらなかった。
「ホーネット。俺もそこにいたってどういうことだ」
「……そのままの意味です」
ランスは、ホーネットが言っていることを上手く整理することができなかった。
「おい、意味分からんぞ。何を言っ……」
「サテラは、レッドアイの攻撃からあなたを庇って死にました」
「……は?」
「あなたは魔法の直撃を避けたみたいでしたが、その場にそのまま倒れていました。その時に、記憶も一部欠けてしまったのではないですか?」
「ふーん」
うむ。サテラは俺様を守って死んだか。最後にいい仕事したじゃないかあいつ。聞こえてないとは思うが褒めておいてやろう。
……。
「さて、ランス。本題に入りましょう」
「……」
「これから、おそらく敵の本隊がここにやって来ます。魔王がここにいることもバレているでしょうから」
「それで?」
「戦力差は絶望的。おそらく私たちが生き残るのは不可能でしょう」
「……ふん」
「私としては、今すぐにでも美樹様に覚醒していただきたいと思っています」
それもそうだ。一度コールドスリープ装置に入ると、通常はしばらく出られないが、彼女は魔王。無理やり引っ張り出しても、その身が壊れるということは無いだろう。
しかし、ランスに諦める気は
「その必要はない。このランス様が全部なんとかしてやる」
「……あなたならそう言うと思っていました」
「当たり前だ。お前もついてこい」
「ええ、これも美樹様の意思。私もここで諦める気はありません」
「うむ」
「……それに、美樹様はこんな時にでも、魔王になりたいとは思ってくださらないでしょう」
ホーネットはそう言うが、美樹は既にヒラミレモンを補給しても、衝動を抑えきれていない様子だった。無理やりにでも魔王として覚醒させるということはできそうに思える。
人類と共に戦い、美樹と接する内に心境の変化でもあったのだろうか。
とにかく、ホーネットが協力してくれるのは大きい。
自分たちが勝てる可能性はかなり低い。しかし、低いということは、可能性は0ではない。
いつものようにやればいい。このほぼ詰みの盤面、魔王がいるここにはおそらくケイブリスが自らやってくる。そのケイブリスを討ち取ればいいのだ。
もちろん、簡単な事ではない。そのケイブリスの下までたどり着くのも困難な話だ。
しかし、今の自分たちにはそれしかない。奇襲でケイブリスを討ち取る。
「俺様がいれば絶対に勝てる。安心しておけ」
「……ふふ。それは心強いですね」
「――お前、笑えんのか」
ランスの前では、決して無表情を崩さなかったホーネットが、今日初めて彼にささやかな笑みを見せた。