ランスの胸の中で泣いていたシィルもやがて落ち着き、ホーネットとのこれからの話も区切りがついた。あとは、戦いの時を待つだけだ。
「……ランス。敵が来る前にあなたの剣を見てみたい。ダメですか?」
「うーん、めんどくさい」
決戦の前に運動して、体力使ったりしたらダメだしな。
「だが……たまにはいいだろう。俺様がお前の剣を見てやる」
「ありがとうございます」
ランスは、自分に分の悪い勝負事など普段はしない。でも今日はなんだか、付き合ってやってもいいと思えた。
「おい、シィル。行くぞ。」
「あ……は、はいっ!」
シィルは泣き止んだものの、なんだか心ここにあらずといった感じだった。これから大事な戦いがあるのだから、もっとしっかりしてほしいものだ。
二人は立ち上がり、ホーネットの歩く先へと向かう。
……シーザーもついてきた。
◇
巨大戦艦遺跡はその名前の通り、とにかく大きい。そこらの通路でも、大勢で満足に動き回れるだけのスペースがある。
ランスたちは、てきとうな通路で剣を交えることにした。
ランスが持つのは、今まで数々の魔人を
それに対し、ホーネットはどこにでもあるような普通の金属製の剣をその手に持っている。
「なあ心の友。こりゃどういうつもりだ? ホーネット、倒しちまうわけじゃないよね?」
「当たり前だ。俺様がちょっと稽古つけてやるんだ」
「稽古つけられるのはあんたの方なんじゃ……」
「なにか言ったか」
「いや、別に」
インテリジェンスソードで、会話ができる魔剣カオスとランスは、いつもこんな様子だ。彼らは似た者同士だと言うものもいて、ランスはそれを聞いて怒ってはいたが、なんだかんだで長い間上手くやってきている。
「それではランス、始める前に一ついいですか」
「なんだ」
「……私は、あなたが強い人間だということ、もう認めています。それも、人間にしては、という程度ではなく」
「ほう」
「あなたを知って間もない頃は、サテラが肩入れする理由を全く理解できませんでした。人類が、あなたのような人間を中心にして動いている、ということも疑問しかありませんでした。少し強くて、魔剣を持っているだけの人間がなぜこんなにも信頼を得ているのか、と。」
「……失礼なやつめ」
ランスと出会った人たちが必ず最初に抱く疑問だ。
彼にそんな疑問を持つのは当然のことだ。自分のことしか考えていないだろうと思える言動に、女を見ればセックスセックスと、まるでそこらのチンピラとしか思えない。
「しかし、今になって分かります。あなたは悪人であっても、同時に英雄でもあった」
「俺様は悪人じゃない」
「どんな状況でも周りを鼓舞するカリスマ、人を引っ張っていくにふさわしい強さ。私は、あなたほど有言実行を確実にこなしている人物を見たことがありません」
「それは当然のことだ。俺様は悪人でもなんでもなく、英雄なわけだからな」
「誰かがあなたを、平和な世では悪人、荒れた世では英雄と言っているのを耳にしましたが……まさにその通りですね」
「おい、お前いい加減にせんとしばくぞ」
「そんな英雄のあなたに何が言いたいというとですね」
「……」
「私の親友が命を懸けて守った相手に、簡単に死なれては困ります」
表情こそいつもと変わらないが、ランスを見るその瞳には、彼女なりの本気の想いが見えた。
「……ふん。俺様が簡単に死ぬわけがないだろう」
「私の話はそれだけです……行きますよ、構えてください」
ふぅ、と息を整えてランスは剣を構える。
ランスは、いつも自分が最強だと信じて疑わず、そう口にも出してきた。しかし、今自分が相対している相手が、簡単に勝てる相手ではない事は分かっている。
自信過剰ではあるが、決して馬鹿でははい。実力を読み違えることはしないのだ。
「……準備ができましたら、いつでもどうぞ。あと、私は決して魔法は使いません」
「ふん。そんなに余裕こいてると、あっさりやっちまうぞ」
「いえ、あなたの剣が私に当たることはありません」
「……」
ランスは、いつもと比べて本気だった。
大事なものはほとんど失ってしまったからだろうか。この先、絶望しか残ってないからだろうか。いつもより、冷静でいられた。
それと同時に、生きる気力が切れてしまう状態と紙一重の様にも感じる。きっと、彼女が……シィルがいなければ、彼はこの先戦う明確な理由を見つけられなかっただろうから。
「行くぞっ……」
そう言い、ランスは地を蹴る。
その速度は、常人のものではない。それもそうだ。才能限界が存在せず、今まで人類戦力の中心として戦い続けてきた彼のレベルは、既に70を超えている。
最初に浴びせるのは上段からの一撃。格上との戦闘で、ランスは自分の得意とする攻撃を選んだ。
しかし、ホーネットはその一撃を、その手に持つ剣で軽く受け止める。地に着けた足を少しも動かすことなく。
そして、ホーネットが軽く力を込めると、ランスの剣は軽く弾かれる。
「……ちっ」
その後も、ランスは彼固有のものである、型にハマらない斬撃を浴びせ続けるが、そのどれもがホーネットには軽くあしらわれる。
「分かりますか、ランス。残酷なようですが、私たちには根本的に運動能力の差があります。そしてそれは、他の魔人にも同じことです」
「――最強は俺様だ!!」
ここに来て、ランスは
ランスの本命は、下段から相手を斬りあげる攻撃。途中まで蹴りの動作に見せかけていた足を踏み込みに使い、斬撃を放つ。
「……ほう」
それを見たホーネットは後ろに避ける。ランスの渾身の斬撃は空振りに終わってしまうが、体勢を崩している敵を逃すほど彼は甘くはない。
――ここしかない。
すぐに追撃を行う。それも、今日一番の力を込めて。ランスは剣を振り下ろしながら、自分の剣が命中することを確信した。
しかし、剣は、風の如き速度で構えられたホーネットの剣に阻まれる。
それどころか、相手の剣を受けるために構えられた剣に、ランスの剣は大きく弾かれ、魔剣は宙を舞い、やがて後方の地に刺さった。
「ええ、あなたの強さは規格外で、簡単に語れるものではありません。実際に、仲間と共にとは言え、あなたは数々の魔人たちを屠ってきている……剣を拾いなさい」
「……ふん」
いつものランスなら、こんなことはこの辺りで投げ出すように思える。彼がまだここに残っているのは、少しでも感覚を磨いておきたいから。絶対に勝たなければいけない理由があるから。
「さて、次は私から行きますよ」
ホーネットがそう発した次の瞬間には、次々ととてつもない速さの斬撃が繰り出されていた。
「――ぐっ」
ランスは後退しながらも、その剣を
しかし、本当にそれだけだ。その剣の雨の中に、カウンターの余裕など存在していない。
「先程も言いましたが、私はあなたには単純な強さ以外の何かがあると思えて仕方がありません。こんな絶望的な状況でも、あなたなら何かやってくれるのではと、そう思ってしまいます」
「――っ」
今のランスに、言葉を返す余裕など無かった。
「普通に考えれば、今さらになってこんな稽古をつけても無駄なことと思えるでしょう。」
ホーネットによる攻撃が止んだ。やっとのことで開放されたランスは、すぐ後ろに迫っていた壁にもたれかかり、激しい呼吸を繰り返す。
「でも私は……あなたを信じてみたい」
やはり、この日まで人類軍の人たちと関わってきたことで、心情の変化があったのだろう。
人間を下等生物としか見ていなかった、少し前までの彼女の発言ではなかった。
「……魔人筆頭失格です」
そう言う彼女の瞳には、落胆ではなく、少なくない希望が映っているように見えた。
「……うむ。お前の考えは間違っていないぞ。このランス様に任せておけば、何の問題も無いのだ。任せておけ」
「……ふふ。頼もしいですね」
彼女が笑顔を見せるのは、今日何度目だろうか。その笑顔は、先程までの発言が決して冗談ではない事を思わせてくれる。
しかし、その笑顔もすぐに消える。
「では少し、言わせてもらいます。」
「なんだ」
「ランス、先程のあなたの最後の攻撃、当たることを確信して、それ以上何も考えていませんでしたね」
「……」
たしかにそうだ。ホーネットが体勢を崩すのを見たランスは、命中を確信した渾身の一撃を繰り出した。それが防がれてしまったのだから、目も当てられない。
「何体もの魔人を倒してきたあなたに言うのは必要ない助言かもしれませんが、途中で勝利を確信しても、最後まで相手を観察してみてください。見えるものがあるかもしれません」
「ふん。分かっとるわ」
「そうですか」
ホーネットが言っているのは、どんな時でも次の手を考えておけ、という事だろう。しかし、それは口で言われてすぐ実行できるほど、簡単なことではない。
「それと、先程の私の攻撃、よく防ぎ切りましたね。あまり手加減はしていなかったのですが」
「当然だ。」
「元からある程度強いとは思っていましたが、今のあなたはいつも以上に研ぎ澄まされているのを感じます」
防戦一方だったとは言え、魔人筆頭相手にその剣を最後まで防ぎきったのは事実だ。
ランス自身、今まで生きてきた中でも、一番ではないかと思うほど調子が良いことを感じている。
「今の私にできるのは、あなたに強者との戦いの感覚を少しでも磨かせること、加えて簡単なアドバイスをすることくらいです」
「そんなものいらんわ」
「では、もうやめますか?」
「……これだけやられておいて、このまま帰れるか!」
ランスは再びホーネットに斬りかかる。先程と同じように斬撃を浴びせ続けるが、その全ては相手の剣に阻まれている。
しかし、明らかにランスの剣は速くなっていた。あのホーネットが棒立ちでは受けきれないほどに。やがて、ホーネットは剣を受けながら後退する。
――ランスはそれを待っていた。
このタイミングで、横からの薙ぎ払いを放った。しかし、これに当たる彼女ではない。今度のランスは、それを分かっているから次の手を用意していた。
今までこの技で、数々の敵を屠ってきた、のだが。
(ランス、残念ですがまだ見えています)
ホーネットは、一瞬で体勢を立て直し、来たる強力な攻撃に備える。
その時、ランスの両手から剣が消えた。
「あっ……」
彼女は分かっている。決して剣が消えたわけではなく、彼が剣からその手を放しただけだ。しかし、ホーネットにもこの手は読めなかったようで。
必殺技での攻撃を捨てたランスの渾身の蹴りが、ホーネットの胴体に炸裂した――。
その衝撃を受け、ホーネットは倒れこそしなかったが、数メートル先まで吹き飛ぶ。
そしてその間、ランスは捨てた魔剣を拾い直していた。
「ふん! やはり俺様の方が強いようだな!」
ランスは愉快そうに、がはは、と笑い出す。
「やるじゃない、心の友。」
「うむ。当然だ」
「……蹴りだったらダメージ入らないけどね」
「…………あ」
「あ! 心の友、気づいてなかったな!」
「……そんなわけあるか! あれだ、本当はどうやってもホーネットには勝てたが、戦いの前に怪我をさせては困るからな。うむ。そういうことだ」
「ん〜? 本当に〜?」
◇
煽られたランスが、自分の剣と喧嘩をしているのを見ながら、ホーネットは感心していた。
もちろん喧嘩していることに感心しているのではなく、ランスの戦いぶりに感心しているのだ。
攻撃が当たるなど考えていなかったから、当たった攻撃が魔剣によるものであった場合、自分は深い傷を負っていたと思うと、震えが止まらない。
自分が魔法を封じていて、相手は格下だと多少手加減していたとしてもだ。その格下相手に攻撃を命中させられたのは事実なのだ。
「本当に、あなたは……」
小さく灯る希望に、彼女は期待の感情を押し殺せなかった。