ランスがホーネットとの模擬戦を行ってから、それぞれは来たるべき時に備えて身体を休めていた。
自分たちには、万に一の希望しかないと分かっていても、その小さな未来を掴み取るために。
――そして、その時は来る。
「余の魔法が敵を検知した。詳細な数は分からないが、今度こそ本隊であろうな」
ミラクルの魔法が、巨大戦艦遺跡の外に敵の存在を検知したようだった。
各々で決戦の準備を終えたランス、シィル、シーザー、ホーネット、日光、ミラクルは、既にコールドスリープ装置のある大部屋へと集合していた。
ミラクルの報告を受け、ここにいる誰からも緊張が感じられる。
「……ついに来ましたか」
「俺様があのクソリス野郎に引導を渡す時がな」
「……」
ランスの様子は相変わらずだった。何処から湧いてくるのかも分からない自信に満ち溢れている。
そんな彼は得てして、いつも周りを鼓舞してきた。
「というか、日光さんもいるんだな」
「ええ、私も戦わせてもらいます」
そう、今回の作戦には日光も参加することになった。もちろん刀の姿ではなく、人間の姿で。
ホーネットを中心として、作戦前のブリーフィングが始まる。
「……では、彼らを迎え撃つことにしましょう。手順通りでお願いします……。と言っても、作戦など無いようなものですが」
「うむ。俺様を先頭に全員で突っ込むだけだ」
「あなたを先頭にして、という訳ではないですが、そうですね。突破力のある戦力を前に出し、ケイブリスを探しながら進むのみです」
今の戦力ではそれしか方法がなかった。
おそらく来るであろうケイブリスを倒し、相手の戦う理由を失わせる。ランスたちは、いつもそうやって少数精鋭で、魔人を相手にして来た。
しかし、今回に関してはいつも以上に分が悪い。
まず、単純に戦力の差。いくら個が強いはいえ、今回はその個が少なすぎる。
二つ目、そもそもケイブリスが来ない可能性がある。
偵察の部隊が送られてきているので、こちらの戦力はほとんど知られてしまっているはずだ。こんな戦力では、まともに迎え撃つことはできないだろうことも。
慎重派のケイブリスだ。
ホーネットがまだ残っているというだけで、来ない可能性はある。ただ、覚醒が近い魔王がこちらにいるため、来る可能性は高そうではある。
ここまで、分が悪いという話をしたが、前述した通り、結局はケイブリスを討つしか方法はないのだ。
「……全員で突破を試みるという話だったな?」
「ええ」
ミラクルが、ホーネットに問いを投げかけた。
「余は全員で、というのは反対だ。」
「それは……どうしてでしょう」
「少なくともそこの……シィル・プラインは置いていくべきだ」
「…………」
シィルは、自分も薄々そう感じていたのか、その顔を俯かせる。
その隣に座っているランスは、不愉快そうに表情を歪ませていた。
「おい、何言ってやがる。そんなことは許さんぞ」
「カオスマスター、貴様も分かっているのではないか。おそらく……いや、必ず、シィル・プラインは致命的な足手まといになる」
「そんなことは分かっている。だが、置いていくのは俺様が絶対に許さん」
「ランス様……」
シィルは会話を聞いて、気まずそうな様子だった。
ランスが自分を連れて行ってくれるのは嬉しいことだが、足手まといになるのは嫌だった。
シィルとて、決して弱いわけではない。
いつもとは訳が違うのだ。数こそ少ないが、今いる戦力の各々の戦闘能力は、いつもの部隊よりも高い。
しかも今回の作戦は、目標を仕留めるまで、大量の魔物の中を突破していく作戦だ。
ただ少し強いだけの魔法使いでは、部隊の足を引っ張ってしまうのは必然だろう。
「カオスマスター、単純に強さとしての問題だけではない。シィル・プラインが倒れた時、貴様はそれを気にせず前に進むことはできない」
「……ふん。そもそもそんなことにはならんのだ」
「いいや、なる。この作戦では、守ってやることも難しいだろう」
「できる。俺様に不可能はないのだ」
ランスは、決して自分の意見を曲げる様子はなかった。
多少の例外を除き、ランスはいつもシィルを傍に置いてきた。それで、ここまで上手くやってきたのだ。
「……ランス様。私はここに残ります。ランス様の傍にはいたいですけど、それでランス様に……皆さんに迷惑をかけるのは嫌なんです」
「いいや、ダメだ! 俺様が見てないところでお前に死なれたりしたら困る」
「ラ、ランス様ぁ……」
今にも泣き出しそうなシィルを見ても、ランスは決して意見を曲げない。
「そういうことだ。シィルは絶対に連れていく」
「……貴様のことだ。結局こうなるかもしれんとは思っていた」
結局、シィルも作戦に参加することになった。その本人はなんだか複雑そうな表情をしていたが。
とにかく、戦場へと赴く準備は整った。
ただ、ランスはもう一つ懸念点があるようだった。
「そういえば、ホーネット。あの約束は忘れてねえよな」
「……約束、ですか?」
「お前、忘れてやがるな! 俺様がケイブリスの野郎をぶっ飛ばしたら、一発ヤラせろって話だ! その時になって知らなかった、ってのは受け付けんからな」
「……ああ。それでしたら、忘れてませんよ。してしまった約束ですから、破るつもりはありませんよ」
「ほう。そうかそうか、ならいいんだ」
ランスとホーネットがこのような約束をしたのは、ホーネットが人類軍に加わってすぐのこと。
何をしても自分に
ホーネットは、当然人間がケイブリスを倒せるとは思っていなかったので、てきとうに頷いておいただけではあったが。
ランスは立ち上がる。
「お前ら、さっさとあのリスをぶっ潰して帰るぞ!!」
「……あなたに言われなくても、そのつもりです」
「余に加えてこの面子なら、案外なんとかなるかもしれぬな」
「うおーー!! 派手にやっちまおうぜ、心の友!!」
「私も、役にたてるようにはしよう」
「シーザー、ランス 付イテイク」
「わ、私もランス様に遅れないように頑張ります!」
圧倒的不利な戦いの直前だったが、こちらの士気は相当高い。
戦力的に中心となるのはホーネットであったが、間違いなくこの中のリーダーであり、周りを引っ張っているのはランス。
ここまで士気が高くなるのも、彼がいたからだった。
ランスを中心に今、彼らは戦場へと赴こうとしている。
「よーーーし! お前ら、俺様につい――」
出陣前に異変は起こった。
――なんだ? なんだかおかしいぞ。
ランスは、突然全身の力が抜けていくのを感じた。
立つことすらままならない。彼は、膝から崩れ落ちるようにして倒れる。
「ランス様っっ!!」
「――ぁ」
全く力が入らないわけではなかった。しかし、力を込めると全身に痛みが走る。
息苦しくもあり、正常に呼吸をすることもままならない。
すぐにシィルが駆け寄り、倒れたランスを起こし、支える。
「……時間切れ、だな」
ミラクルがそう呟いた。彼女は、ランスが倒れたことに驚くことはなかった。
彼女だけではない。ホーネットも、カオスも、日光も、落胆こそしてはいても、まるでいずれこうなることを知っていたようだった。
「心の友…………」
――
◇
数分後、ランスは動けるようにはなった。
身体全体に痛みが走り、激しい動きをすることが困難なのは変わらない。
無理に動いたら、自分の身体はすぐに駄目になってしまいそうだった。
「おい…………これはどういうことなのだ」
「……そうですね、私が説明します」
ランスの疑問には、ホーネットが答えてくれるようだ。
「サテラが、レッドアイの攻撃からあなたを守って死んだという話をしましたね」
「……うむ。俺様は覚えていないがな」
「あなたはたしかに、サテラのおかげで即死は免れました。しかし、それは直撃を避けただけ。あなたは瀕死の重傷でした」
「………………」
その記憶が無いからか、意味が分からなかった。
神魔法を受けて、回復したからさっきまで普通通り動けていたのではないのか。
「あなたの怪我はもう、魔法では治癒できない程のものだったのです」
ますます意味が分からなかった。
「……私が、ワーグに頼みました。サテラが、命をかけて守った人ですから。」
――ワーグ? 何故ここでワーグが出てくる。
「ワーグは、あなたが怪我を負った記憶を消して、自分が重傷を負っているはずがないという思い込みを植え付けてくれました」
魔人ワーグには、眠っている相手の夢の中へと潜り、その記憶や、精神を思いのままにいじることができるという能力がある。
ランスが今まで普通に立っていられたのは、自分が重傷を負っていることを、無理やり感じさせないようにされていたから、ということらしい。
つまり、ランスが瀕死であることに変わりはない。
「ワーグがしてくれたのは、あくまでも応急処置でした。こうなってしまってはもうあなたは戦えません……残念ですが」
「………………ふん」
ランス自身、それは感じている。
立ち上がり、剣を構えることはできても、いつも通りのパフォーマンスで戦うことなどできそうにない。
◇
作戦は、ホーネット、ミラクル、日光で行うことになった。
シィルは、ここで待機するランスの傍にいると決めた。
シーザーは、「シーザーハ残ル ランス守ル、サテラ様ノ命令」という様子だったため、残ることになった。
「しかし、カオスマスターがいなくては、魔人にダメージを与えることは叶わないな。聖刀日光よ……今から余の剣になることはできないのか?」
「……無理ですね。あなたとは波長が合う気がしません。それに、あなた剣は使わないでしょう?」
「それもそうだ」
日光は人間の姿になれるが、その姿では無敵結界を破ることはできない。
刀の使い手がいないと、魔人に攻撃をすることはできないのだ。
カオスを持っていくというのも一つの手段かもしれないが、カオスにその気は無さそうだったし、長い戦闘で、カオスに耐えられる者がいるかどうかが分からなかった。
「ではランス、私たちは行きます」
ホーネットが、倒れているランスに声をかける。
「もし帰ってこれたら……また話しましょう」
そう言い残し、ホーネットたち三人は、この部屋を去って行った。
◇
ホーネットたちが出発した後、シィルは自分の膝の上にランスの頭を乗せ、横にして休ませていた。
「ランス様……皆さんなら、きっと帰ってきてくれますよ」
「…………」
それが気休めの言葉でしかないということは、ランスも分かっていた。
彼女たちが帰ってくるということは、もうおそらくないだろう。
それどころか、ここに敵がやってくるのも時間の問題だ。
ホーネットたちが出発してから、既に数十分が経過している。残されている時間は少ないと考えるのが妥当だ。
「安心シロ ランス、シーザー守ル」
「…………だからなんでお前なんぞに守られにゃならんのだ。必要ないわ」
「黙レ アマリシャベルナ」
「…………」
おかしな話だ。
放っておいてもその内死ぬのに、シーザーはランスを守ると言う。
せめて静かに死なせてあげようだとか、そういう考えなのだろうか。
「ランス様、シーザーさんもこう言ってくれてます。だから……もう少し、ゆっくりしていましょ?」
「…………」
そう言うシィルは、悲しみを感じさせない綺麗な笑顔をしていた。
「なぁ、シィル」
「なんですか? ランス様」
「俺は……本当にここで終わりなのか?」
「………………いえ、そんなことないですよ。私ももっといっぱい冒険したいですから。もっと色んなところに行きましょう」
シィルの返答は、ランスの死には触れていなくて、ただこれからの希望を言っているだけだった。
「あ、でもたまにはアイスのお家でゆっくり、っていうのも良いですね〜」
「シィル……」
どうにもシィルには、自分の主人の死を受け入れることが、難しいようだった。
「おい、心の友」
「…………なんだ」
「来てる。よりにもよって魔人だ。もう近いぞ」
「…………そっか」
カオスの言葉を聞いて、シィルは絶望をその顔に浮かべ、シーザーは二人を守るように立ち、大剣を構えている。
「――っ。ランス様ぁ……私怖いです……」
シィルは、今にも泣き出しそうだった。
先ほどまでは楽しそうに取り繕って、未来の話をしていたのに。夢は終わり、非情な現実へと戻されてしまう。
そして、足音は近づいてくる。
「ククケケケケケケケケ!!!!」
姿を現したのは、3メートル以上はあるだろう巨大生物。
「オォーーーー!! ミーが一番乗り!!!」
声の主は、部屋の中にいるランスたちを見て高らかに笑う。
その腹部には眼球のついた紫色の宝石の魔人が取り付いている。
それによって、この巨大生物、トッポスは寄生されているのだ。
――魔人レッドアイ。
ランスとは今まで四度戦っている、最悪の敵が現れた。