「下ガレ、ランス!」
「クケケケケケケケケ!!!」
突然現れた魔人レッドアイに対し、武器を構えたシーザーは突っ込んで行き、戦いは始まった。
「オォ〜? ゴーレム?」
魔人でないシーザーは、無敵結界を持つレッドアイにダメージを与えることはできない。
しかし、トッポスに寄生したレッドアイでも、硬く大きな身体を持ち、その作製者であるサテラと同等の強さを保有するシーザーとの戦闘は、一筋縄ではいかない。
「このゴーレム……ミー、ルックしたことある? ンンンン〜〜???」
レッドアイは、シーザーから繰り出される攻撃に対処しながら、どこかで見たことがある自分が今戦っている相手の記憶を手繰り寄せていた。
「オォ……。ア? オーー! ユー、サテラのゴーレム!! オーー! スッキリ!!」
レッドアイが正解にたどり着き、その快感を
戦闘など二の次であるレッドアイは、シーザーの不意の攻撃に対応できるはずなどない。
シーザーは、突然武器での攻撃をやめ、レッドアイに対し、強力なタックルをかます。
「ウォオオオオ!!」
「――ヌゥ!」
シーザーのタックルを直に受け、その巨体は大きく揺らぐ。
しかし、それだけだった。
無敵結界があるため、当然本体にダメージが入ることはないが、無敵結界が無くてもそこまでダメージははいっていないだろう。
相手は魔人が集まっても倒しきれないと言われたあのトッポスに寄生しているレッドアイ。
さすがのシーザーでも、一人では荷が重い相手だ。
「……ユーじゃ無理。このボディは無敵! パワフル!」
「ウォォオオオオ!!」
自分の攻撃が通用していないことなど分かっているのだろうに、シーザーは攻撃を止めない。それどころか、段々と勢いを増していくようだった。
その大きくも素早い身体を動かし、レッドアイは次から次へと繰り出されるシーザーの攻撃を捌いていく。
「ウケ! ウケケケケケケケケ!!!」
今まで、レッドアイはシーザーの攻撃の対応をしているだけだった。
しかし、ここでようやくレッドアイが攻撃の意志を見せた。レッドアイの今の身体であるトッポスの腕が上がる。
「邪魔なもの、すべてキル!!」
「――――グゥ!」
その巨体に見合わぬ速度でその攻撃はシーザーの胸部に対して振るわれた。
シーザーは咄嗟に腕で防御をしたが、高すぎる威力の攻撃の前にはほとんど無意味に等しかった。
レッドアイの攻撃を受けたシーザーは、数メートル吹き飛び、コールドスリープ装置の一つに叩きつけられる。
「オォーー!! クゥーーーール!!!」
圧倒的な勝利を収めたレッドアイは一人、自分の勝利と強さに酔いしれていた。
「グヒャヒャアッヒャヒャヒャヒャ!!!」
高笑いはしばらく続いたが、やがてそれが収まると、別の対象へと興味は移った。
レッドアイは、今まで気にしていなかった人間の存在を今更認識した。
シィルも、相手の興味の対象が自分たちに移ったことを理解した。
「……ひっっ」
シィルは、未だにぐったりとしているランスに肩を貸し立ち上がる。
そしてそのまま、レッドアイから遠ざかろうと歩き出そうとするが、自分がカオスを持てないことを思い出して、再びその場に座り込んでしまう。
「オー? オーーーーー?? あのヒューマン……」
レッドアイは、その相手に見覚えがあり、またもや唸っている。
自分が四度も戦っている相手なのだから当然だ。
「オーーーー!!! あれはいつものブラックソードヒューマン!!」
だから、その心当たりの正体にも、シーザーよりもすぐにたどり着いた。
「ホワイ?? ユー、この前キル・あなたしてない??? ンンーーー??」
以前レッドアイがここに来た時、ランスのことを自分の魔法で殺した記憶があった。
邪魔があった気もするが、どう考えてもランスも死ぬだろうことを確認したのを覚えている。
「……黙れ、このキチガイ変態魔人が」
「オオ?」
突然、レッドアイに対して悪態をついたのはランスだった。
「俺様がお前ごときの魔法で死ぬか」
「…………ん〜〜」
ランスがいることに気づいた時は気持ちが昂っていたレッドアイだったが、その気持ちは一瞬で冷えきってしまっていた。
ランスが生きていたことには驚いたが、彼は自分が既に三度も負かしている相手だ。
もう、レッドアイのランスに対する興味はほとんど無くなっていた。
「ン〜〜…………ユー、しつこい」
レッドアイはさっさと終わらせてしまおうと、明確な殺意を持ち、ランスたちに向かって歩きだす。
ランスが弱っていることには気づいているので、レッドアイは完全にランスたちをなめていた。
「――っ、ランス様、逃げましょう!」
シィルはそう提案するが、ランスはは逃げなかった。逃げる意思が無かった。
「えっ……ランス様?」
それどころか、ランスの瞳には戦う意思が宿っていた。
ランスは傍に置いていた魔剣カオスを手に取り、動かない身体で無理やり立ち上がる。
身体は既に死んでいるも同然だが、ワーグの能力による暗示は未だ残っている。
自分の身体に限界が近づいていることは分かるが、自分の身体が動かないはずがないという思い込みも残っていた。
「おい、やるぞ」
「――ランス様! 無茶です!」
シィルは、戦おうとしているランスを当然制止しようとする。
万全の体制でも適うか分からない相手に、瀕死の身体で挑もうとしているのだから、それも当然だ。
「…………心の友。分かっとると思うが、お前さん一人じゃ、レッドアイは分が悪いぞ」
「ふん。俺様が何度あいつと戦ったと思ってる。もう見切ったわ」
「え……ちょっと、カオスさん!」
カオスは、ランスが戦うことに否定的な様子はなかった。
「……シィルちゃん。こうなったら心の友は意見を曲げないぞ。というか、今から逃げれるとも思えんし」
「それは……そうですけど」
カオスの言う通りだった。
こうなったランスが自分の意見を曲げることは少なかったし、逃げ場があるわけでも無い。
「安心しろ、シィル。俺様があのキチガイをやっつけてしまえばそれで解決なのだ」
「…………」
カオスを持ったランスがレッドアイに向かって歩いていく。
「ランス様!!!!」
「シィル」
呼びかけに答えて、振り返ったランスのその表情は、今まで見たどんな表情よりも真剣で、澄んだ表情だった。
「――っ」
その表情だけで、戦う覚悟が伝わってくる。
死地へと向かう主を見送りながら、シィルは涙を流し、その場にへたりこんでしまった。
◇
「ユーしつこすぎ! いい加減ダイッ!」
「いーや、死ぬのはお前だ」
「ノンノン。ユー弱い、ミーには絶対勝てない」
レッドアイはランスに対して拳での攻撃を繰り出す。シーザーと戦った時とは違い、さっさと終わらせてしまう気のようだ。
トッポスの身体から繰り出される拳は、先程シーザーに浴びせたものと同様に超高速で、普通の者なら反応することすら難しい。
しかし、その初撃をランスは紙一重で避ける。
「……オ? ユー、弱ってる違う?」
「そんな攻撃、俺様が食らうわけあるか!」
疑問を持ちながらも、レッドアイはランスに向けて高速の拳を繰り出し続けるが、ランスはそのことごとくを
もちろん、簡単なことでは無い。本気になった彼だからこそ可能な芸当だ。
「ホワイ? ホワイ?? ヒューマン如きにミーの攻撃が当たらない!?」
「何回お前と戦ったと思ってる! そんな単純な攻撃なんぞもう見切っとるわ!」
「グヌヌ……」
そもそもの問題として、いくらその肉体が強力でも、近接戦に慣れていないレッドアイがそれを動かしているのだ。
単純な攻撃パターンを理解してしまえば、近接戦の技術が世界最高水準に達しているランスが、それに対処するのは不可能なことではなかった。
――ここだ。
怒りの感情を纏い、必死に腕を振り回すレッドアイの攻撃の隙を見つけたランスは、決してそれを逃さない。
レッドアイの本体があるトッポスの腹部まで潜り込んでいく。
途中で、相手の腕の一本がランスを襲うが、それは所詮自分を守ろうと苦し紛れに放つ一撃。
重い一撃に変わりは無いが、これをランスは己の剣で受け流す。
威力を殺しきりはできなかったが、今体勢を崩すわけにはいかない。攻撃目標までの障害をかわしたランスは、レッドアイ本体に向け、剣を振るう。
下から振り上げるような軌道を描く攻撃が、レッドアイに命中する。
「グァッ! ファァッッック!!」
レッドアイはランスの攻撃に対し、咄嗟の回避行動をとっていたため、目玉部分への直撃を避けることはできたが、その触手の一本を失っていた。レッドアイは一度ランスと距離をとる。
「ファッック! ファーーーッッッッック!!!!」
「お……おおおおお!! やるじゃない、心の友!! あの……あのレッドアイを押しとるぞ!!」
「はぁ……はぁ……。」
ランスの見事なまでの戦いぶりに、カオスも気持ちの昂りを抑えきれなかった。もしかしたらこのまま、勝ってしまうこともあり得るのではないか、そう思わさせるような戦いぶりだったから。
ただ一つ懸念があるとすれば、ランスに疲労の色が大きく見えることだ。
いつものランスなら、この程度で体力が尽きたりはしない。
しかし、今のランスは死に体を無理やり動かしている状況だ。いつ突然倒れてもおかしくはない。
「ファァーーーッッック!! ミーが、ヒューマンにルーズするわけない!!!」
再び、ランスに強力な攻撃の雨が浴びせられる。
しかし、ランスの動きは、明らかに悪くなり始めていた。
余裕を持って相手の攻撃をいなしていた先程までと比べ、随分とギリギリな回避行動だと感じる。
それはレッドアイにも感じられる程の変化だった。
「オ? オー? やっぱりユー、弱ってる?」
「はぁっ……はぁっ……」
明らかに弱っているランスを見て、顔の無いレッドアイも、心に愉快な表情を浮かべる。
「やっぱりミーの勝ち! 弱い! クソったれのラブリーヒューマン! キル・あなた!!!」
「まずい! 心の友、一旦下がれ!」
調子に乗ったレッドアイは、攻撃の勢いを更にあげる。今のランスに、ここから離脱することは困難だった。
ランスは疲弊しながらも、レッドアイの攻撃を捌き続けていく。
「お〜、ファンタスティーック! ユー、ヒューマンのくせになかなかやる」
余裕が出てきたからか、レッドアイはランスに素直な賞賛を浴びせる。
魔人の中でも強力なレッドアイにとって、自分に食い下がる存在は珍しいだろうし、それが人間ならなおさらのことだ。
「はぁっ……はぁっ…………」
「心の友……」
先ほどまでは悪態をついていたランスだが、その賞賛に答えることはなかった。そんな余裕が無いのだ。
もしかしたら、聞こえてすらいないのかもしれない。
ただただ、相手の攻撃を捌き続けていく。
◇
「アー……」
先程まで愉快そうにしていたレッドアイだが、ひたすら自分の攻撃を捌き続けるランスに飽き始めていた。
「ユー、そろそろダイ。ミーの勝ち」
それでも、ランスは動きをとめない。それどころか、未だに攻撃の隙を伺っているようにも見える。
「ユー、しつこい!! ダイッ! 死ねっっ!!」
攻撃を続けるレッドアイだが、一瞬ランスの目線が突然、自分の攻撃する腕より奥に動いたのを感じた。
「どこルックしてる? そんな弱ってるならいい加減早く、大人しくダイッ! ドントムゥーーブ!!!」
レッドアイは、ランスが疲労のあまり正常な思考、動きができなくなってきているのだと感じた。
しかし、それは全くの見当違い。ランスがレッドアイの奥に視線を動かしたのは……
――そこに立ち上がった
「ウォォオオオォオオオ!!」
「グァッ! ホワァァッッッッッツ!!!」
レッドアイの攻撃を受け、再起不能になったかと思われたシーザーが、敵の巨体に強力な体当たりをかます。
トッポスの肉体を持っているとはいえ、予想外の相手からの、予想外の一撃を食らって平然と立ったままでいるのは不可能だった。
レッドアイは、シーザーの攻撃を受け大きくよろける。
一方ランスは、レッドアイの攻撃から逃れることができたわけだが、今にも倒れてしまいそうだった。ここまでの疲労が一気に彼を襲ったのだ。
もう十分働いたから、もう休んでしまおう。倒れていくランスに、レッドアイにタックルを食らわせたシーザーから、視線が向けられる。
――ランス、オマエガ ヤルンダ
ランスには、シーザーのその視線がそう言っているように感じた。
今レッドアイは大きな隙を晒している。たしかに今なら、ランスが致命的な攻撃を食らわせることは可能だろう。
しかし、限界をとっくの昔に超えているランスの身体が、咄嗟に動けるかというのが問題だ。
「動け……」
ランスは、力の抜けていた左足に思いきり力を込め、倒れかけていた身体を無理やり起こす。
「動くだろ……」
そのままもう片方の右足で、地面をできる限り強く蹴り、敵のいる方へ。そこまで距離は遠くない。
――いける。
敵の元へたどり着いたランスは、下段に剣をかまえ、相手の腹部にあるレッドアイの本体に狙いを定める。
しかし、ランスは事を急がない。
『何体もの魔人を倒してきたあなたに言うのは必要ない助言かもしれませんが、途中で勝利を確信しても、最後まで相手を観察してみてください。見えるものがあるかもしれません』
『ふん。分かっとるわ』
『そうですか』
最後にホーネットが自分に与えてくれたアドバイスが頭をよぎったから。
それに、そもそもレッドアイは魔法で戦う魔人だと、ランスは知っているから。
「ク……クケケ」
レッドアイは、トッポスの肉体にこだわって戦う必要は無いと、今更思い至る。
「クケケケ……ヴィクトリィィーーー!!!」
自分の目の前までやってきたランスを見て、勝利を確信したレッドアイは叫ぶ。
そして放つ魔法はファイヤーレーザー。高熱の火柱を複数本出現させる強力な魔法。
以前サテラを死に至らしめ、ランスをも死に追い込もうとしているのも、この魔法だった……のだが。
「ホワァァァァアアイ!?」
最後の最後でレッドアイが魔法を放つことが分かっていたかのように、回避が困難な魔法を、ランスは避けてみせた。
「――心の友!」
「ランス!」
再び、レッドアイの本体にランスの下から振り上げるような攻撃が浴びせられる。
人間如きと、自分に何度も負けている相手と、侮っていたばかりに、慢心していたばかりにレッドアイは敗北する。
「ノォォォオオオ!!!!!」
ランスの斬撃は、レッドアイの触手のほとんどを斬り裂いた。レッドアイの本体はトッポスから剥がれ落ち、小さな音をたて、地面に落ちる。
「ミーが、ヒュ、ヒューマンに……」
ランスは、地面に落ちたレッドアイの目玉に魔剣を突き立てた。
「メ、メ……メイクドラーーマァーーー!!」
今まで、散々ランスたちを手こずらせてきた紫色の宝石が今――砕けた。