レッドアイは完全に消え、残ったのはその魔血魂のみ。
支配から逃れたトッポスは、状況を理解しているのか、こちらに礼をするように頭を下げると去っていった。
「お、おおおお……相手が油断していたとはいえ、あのレッドアイをやっちまったぞ……」
カオスは、ランスがレッドアイを打倒したという現状に、驚きを隠せなかった。
そもそも、相棒と最後まで一緒に戦ってやろうと思って始めた戦いだったため、勝てるとは少しも思っていなかったのだ。
「すごい、すごいぞ心の友!!」
「…………」
カオスがランスを褒め称えているが、ランスは返事をしない。言葉が聞こえているようにも、そもそも聞こうとしているようにも見えなかった。
「…………心の友?」
カオスは声をかけ続けるが、今まで立ったまま戦い続けていたランスの力が突然抜ける。
ランスが手にしていたカオスは地に落ち、身体は今にも倒れようとしていた。
「ランス様!!」
そこに、ランスの奴隷であるシィルが駆けつけ、彼を優しく支える。
ランスを支えながら、シィルはその場に静かに座り込む。
「ごめんなさいランス様……! 私、何もできませんでした……! ごめんなさい、ごめんなさい……」
シィルは、顔をぐしゃぐしゃにして泣きながら、ランスへの謝罪を繰り返している。
「ランス様がいちばん苦しいのに……! 勝手に諦めちゃって、怖くて……少しも動けませんでした」
シィルは、ランスがレッドアイと戦っている間、ただただ怯えているだけで、何もしなかった。
恐怖に足が震えて、全く動けなかった。
ランスは、これだけシィルに声をかけられていても、返事一つしない。
まだ命は残っているが、誰が見ても限界が近いことが分かる。
「ランス様……死んじゃ嫌です。ランス様……もっと色んなところ行きましょう、色んなことしましょう、またアイスの家でゆっくりご飯食べましょう……」
彼女の声は、届かない。
◇
ピーー、と機械的な音が聞こえた。
音が聞こえた方向を見ると、コールドスリープ装置の一つが開いているのが見える。
そのコールドスリープ装置は、ランスたちが魔王を封じ込める際に使ったもの。
「ちょっと、美樹ちゃん! 待ってよ〜!」
「…………」
出てきたのは魔人健太郎と――魔王リトルプリンセス。
装置に入る前は、辛うじて魔王の血を抑えていたが、装置から出てきた彼女は、完全に魔王化が完了していた。
黒い衣を身にまとい、存在しているだけで辺りに魔王の瘴気を漂わせている。
「……ずっと魔王になるの拒んでたけど、別になんでもないね。むしろ気持ちいいかも」
「へ、へー。僕は、美樹ちゃんが良いならなんでもいいよ」
「…………ん?」
魔王は、こちらに気づいたようで、ゆっくりと歩いてくる。
「下ガレ!」
シーザーは叫び、大剣を構え、シィルたちの前に立ちふさがる。
それでも尚、こちらへと向かってくる魔王を見て、シーザーは構えた武器で魔王へと攻撃を仕掛ける。
「ウォォォオオオ!!」
「じゃま」
「――グァッ」
次の瞬間、攻撃を仕掛ける側であるはずだったシーザーが物凄い勢いで吹き飛んでいった。
魔王が大きな動きをしているようには見えなかったが、右手の人差し指が伸びているのが確認できる。
彼女は、デコピンをする時の動作で、大きく頑丈な身体を持つシーザーを吹き飛ばして見せたのだ。
「い、いかん! あれはもう完全に魔王じゃ! 逃げるぞ!!」
「カオスさん……! そ、そう言われても……!」
シィルにはカオスを持つことは出来ないし、ランスを支えて逃げることも難しい。
そもそも、一人で逃げたとしても、それは不可能に近いだろう。
「くそっ……せっかく一つ乗り越えたってのに、ここで終わりか」
カオスとて、さっきはレッドアイを倒しただけで、まだ魔軍が丸々残っていることが分からないわけではない。
ただ、相棒であるランスを静かに死なせてやりたかったのだ。
「……私が頑張らなきゃ」
シィルは先程何もできなかったことで使命感が生まれたのか、ランスをコールドスリープ装置の一つに寄りかからせ、魔王に立ち向かうべく立ち上がろうとする。
「え……ランス様?」
しかし、今までほとんど動いていなかったランスがシィルの服を、弱い力で掴む。
「シィル、行くな……」
「ランス様……」
か細い声でランスが呟く。それを聞いたシィルは再びランスの前に座り込んだ。
「……やめて、美樹ちゃん! 私から、ランス様を奪わないでっ!」
シィルがありったけの声で叫ぶ。
魔王は、シィルたちに向け攻撃を放とうとしているのだろうか、その小さな手をかざす。
「お願い…………っ」
とても冷たい魔王の視線が、目の前で座り込み、喚いているシィルに注がれている。
何を迷っているのか、魔王はしばらくその場でシィルたちに向け、手をかざしたままでいた。
やがて魔王の表情は、つまらないものを見るようなものへと変わっていく。
「…………なんか、面白くない」
「え、どうしたの美樹ちゃん」
そう言った美樹はかざしていた手を下げ、シィルたちに興味を無くしたようにこの場から去ろうとする。
「早く行こ」
「あ、うん。ちょっと、待ってよ〜!」
二人は、コールドスリープ装置があるこの部屋から去っていく。
◇
「ふぅ〜〜。なんか知らんけど助かったなぁ」
カオスがそう呟くが、魔王が復活してしまった以上、どちらにしろ、人間にとって良い時代となることはないだろう。
とりあえず生き延びたというだけだ。
「ランス様、ランス様……っ」
シィルは相変わらず、ほとんど動かないランスに、ただ情けなく泣きついているだけだった。
ランスの命の鼓動が、段々と小さくなっていくのを感じる。
「なぁ……これで最後だ。ちゃんと送ってやらんか?」
「カオスさん……。でも……!」
「魔王復活しちゃったんだし、どの道儂らもこのままじゃいられなくなると思うのよ」
「…………」
納得したように、シィルはランスに手を伸ばそうとした時――地面が揺れた。
この遺跡そのものが揺れていると感じるような、大きな揺れ。
「うお〜、これは魔王が暴れ始めたか? ケイブリス派の奴ら、覚醒前の魔王殺そうとしておったしな〜」
「美樹ちゃん……」
「ここ、危ないかもしれんよ? 逃げる?」
「いえ、私は……」
死にかけの自分の主を置いて逃げ出せば、命は助かるかもしれない。しかし、今の彼女にその選択肢は無かった。
「ランス様……」
シィルは、もうほとんど動かないランスに再び手を伸ばし、抱きしめるようにその身体を引き寄せる。
「ほんとに、色んなことがありましたね……」
たまたまランスが自分を奴隷商人から買い取ってくれたことが始まりだった。
もしかしたら、これは運命だったのではないかと思ってしまうほど、その後の様々な出来事は印象的だったけれど。
一人の冒険者でしかなかったのに、気づいたら国一つ救ってしまうようなすごい人になってて。自分なんかが釣り合う相手じゃないって分かってしまう。
でもランスはどんな時でも、自分を傍に置いてくれた。
――シィル……。ずっとそばに……。
「はい、ずっとランス様の隣にいます」
ランスが本当に口を開いていたのかは分からないが、少なくともシィルには、死に際のランスの声が聞こえていた。
遺跡が崩壊を始める。柱や天井が崩れ落ち、瓦礫となっていく。
このままここにいては、命が助かることはほとんど有り得ないこととなる。
しかし二人は決して、ここから動かない。
残り少ない時間を、二人はただ静かに過ごす。