TIPS
「魔軍が攻めてきました!」
「なにっ!?」
見張りの当番だった兵士の報告を聞いて、サテラが大きな声を上げる。
「敵の規模は!?」
「申し訳ありません! 全員で後退してきたため、詳細な規模は分からないです! ただ……少なくはないかと」
「そうか……」
それもそうだ。魔物の軍を相手に戦線を維持できる訳がない。
「ホーネットさま、サテラたちも行きましょう!」
「ええ。では手筈通りに」
いずれ魔軍の襲撃があることは分かっていたので、こうなった時の動きはあらかじめ決めていた。
こちらの勝利条件は、魔軍の撃退。これだけでも困難な目標だが、その前提条件として、魔王を奪取されてはいけない、というものがある。
できるなら、魔王がいる詳細な場所も知られたくない。しかし、こちらは少人数のため、守っている場所で、だいたいの予想はたてられてしまうだろう。
「では、私はこちらを守ります。他の皆さんは、そちらの通路に。どうか……お願いします」
魔王が眠っているコールドスリープ装置がある大部屋に辿り着かれてしまうと、その時点でこちらの負けが確定してしまう。
その部屋に辿り着くための通路は二つ。敵は必ずそのどちらかを通ってくる。
そこで、強力な個であるホーネットと、それ以外で別れ、それぞれ通路を守る手筈になっている。
ホーネットが一人なのは、建物内の戦いの中、他の戦闘員がいると、むしろ邪魔になるであろうからだ。
「ホーネット様も、気をつけてください」
「サテラ……こんな無茶な作戦ですが、どうか死なないでください……」
「ホーネット様……」
本当なら、敵軍の情報がもっと欲しいところだが、それは無理な話だ。
こちらが勝つには、魔軍が撤退するまで、最悪相手が全滅するまで、ひたすら耐える必要がある。
――たったの十数人で。
ホーネットは、個の能力が抜けていで、強力な範囲攻撃も可能なため、四天王級の魔人が来ない限りは、突破されることはないだろう。
問題はもう片方の通路を担当するチームだ。サテラという魔人がいて、人間ではあるが、強力な者も何人かはいる。
しかし、それらはホーネットと比べると大きく劣る。
そして、生き残っている一般兵と、戦闘に参加してくれるホルスたちもいるが、彼らでは、魔物兵一体倒せれば上出来という程度の力しかない。
「……サテラは死んだりしないです。サテラはホーネット様の親友ですから。絶対に一人ぼっちにはしてやりません」
「サテラ……」
「ホーネット様こそ、危なくなったら逃げてくださいね。サテラは、ホーネット様の命が一番大切ですから」
「……いえ。それはできません。美樹様をケイブリス派に渡す訳には行きませんから」
「まあ、ホーネット様はそう言うと思いましたけど……」
これから、命を落とす可能性がある戦いに
どちらも、上手く言葉の整理がつかなかった。いったいなんて言って別れればいいのか…………
「安心しろ! サテラは俺の女だからな。俺様が守ってやる」
「なっ、なななななな――」
「当然のことだ。だからさっさと行け、ホーネット」
突然二人の間に割り込んできたのは、一介の冒険者ながら人類軍をまとめる男、ランス。
彼の言葉を聞いて、サテラはいつもの様に赤面し、目を開いて彼に怒鳴り始める。
「サテラはお前の女じゃない! それにランスはサテラの使徒だろ! 変なこと言うな!!」
「あー、はいはい」
「行くぞ! シーザー!」
「ハイ、サテラ様」
サテラは自分の作成したガーディアンであるシーザーを連れ、ランスと口論をしながら、自分の行くべき場所へと進む。
「あ、ホーネット様! サテラは絶対に戻ってきますから! お気をつけて!」
「……ええ」
ホーネットは、サテラの去り際の言葉に、小さく頷き応える。
未だにサテラと、その使徒であるという男が口論をしているのが見える。正確には、まだ使徒ではないのだろうが。
ホーネットは、最初こそランスに最悪の印象を抱いていたが、共に時間過ごし、共に戦う内に、彼のいい所も理解してきたと感じている。
なにより、ランスと一緒にいるサテラが本当に幸せそうに見えたから。
「サテラ……本当に、良い使徒を持ちましたね」
◇
「おいランス! ホーネット様に対してあの態度はなんだ!!」
「……」
「そろそろお前もサテラの使徒になった自覚というものをだな……」
自分の使徒(仮)であるランスを叱りつけながら、現在も味方が交戦しているだろう場所へと急ぐ。
「あー、はいはい。分かった分かった」
「本当に分かってるのか!? 全く、お前は何度言ったら……」
「んなことよりサテラ。近いぞ」
「……そうだな」
戦闘の音が聞こえてくる。敵は近い。
もう少し道なりに行くと、交戦している味方と敵である魔物たちが見えた。
どう見ても、こちら側が劣勢だった。
屋内のため、敵が進軍して来られる数に限りがあるとはいえ、そもそもの総兵数が違いすぎる。倒しても、倒してもまた奥から湧き出てくる。
個としての能力も当然違う。
人間が魔物の兵にかなうはずがなかった。たった数十人の戦力で、まだ戦線が崩壊していないことが既に奇跡だった。
サテラたちがやってくるまで、こちらの戦力の中心となっていたのはミラクル。ほかの兵士たちは、複数人で一体というのが限界だろう。
既に、息絶えているものたちが何人もいた。その人間の中には、サテラですら知っている顔ぶれもいる。
「……っ」
「あいつら……ふざけやがって!! 行くぞ、シィル!」
「あっ……は、はい! ランス様!」
激昂したランスは魔剣を構え、魔物の群れへと突っ込んで行く。シィルもその後に続く。
「シーザー!! サテラたちも行くぞ!!」
「ハイ サテラ様」
サテラとシーザーもランスに続き、ミラクルと、既に数少ない戦闘中の兵士たちに合流する。
「おぉ、来たか。ちょうどいい。余が一人で耐えるのは、そろそろ限界であったぞ」
「ヒーローは遅れてやって来るのだ! 後は俺様に任せておけ! ランスアタァァァーーック!!!!」
挨拶と言わんばかりに、ランスが自身の必殺技であるランスアタックを放つ。それだけで、数十の魔物たちが吹き飛び、敵には動揺が走る。
「がははははは!! お前ら、俺様に続け!」
ランスたちが来ても、数で負けているのは変わらない。それでも、ランスが放った一撃は、残り少ない兵たちの、決して小さくはない絶望を取り払った。
――まだやれる。
「……ランスは不思議なやつだ。あんなにクズで、変態なのに、みんなランスについてく。なぁ、シーザー。あいつ、なんなんだろうな」
「……ソウ、言ワレマシテモ」
「ランス…………本当にすごいやつだ」
数は圧倒的に負けているとはいえ、大きな戦力が加わった今なら、まだ巻き返せる。
皆、そう信じて戦い続けた。
◇
戦況は一転して、こちらが優勢となり始めていた。
新たに加わった戦力が、一般の魔物兵など相手にならないほどの強力な戦力だったからだ。
それに、敵の総兵数も思ったほどでは無さそうだった。相手の軍は息切れして始めていて、その兵も、こちらの強力な戦力に対し、逃げ腰になっているのが分かる。
敵の兵数が少ないということは、これは本隊ではない可能性が高い。
「ランス、今日は勝てそうだな」
「ふん。このランス様が戦ってやってるんだ。そうでないと困る」
「ただ、ランス……敵の数が明らかに少ない」
「そうだな。あいつらはこんなもんじゃない」
「今日の敵は偵察に来ただけなのか、それとも……ホーネット様がいる方に数が多く向かっているか、のどっちかだろうな」
一度に進軍できる数が限られる屋内で、片方に戦力を集中させることは考えづらいが、決してありえないことではない。
もしかしたら、ホーネットがいる方に、魔人のような強力な戦力が向かっているかもしれない。
「敵ももう残り少ない。さっさとこいつら倒して、ホーネット様に加勢するぞ」
今回の敵の目的は、とりあえずの偵察という可能性が高いが、それでもサテラは、ホーネットの戦況が気になって仕方がなかった。
「……ん? おい、心の友」
「なんだ」
「感じるぞ。おーー、感じる感じる」
「あ?」
「――魔人、いるぞ」
魔剣カオスは、魔人が近くにいると、それを感じ取ることができる。
消耗が激しく、限界を迎え始めているこちら側にとって、その報告は死刑宣告に近いものだった。
「……けっ」
ランスですら、いつものような強気な返事をすることができないでいる。
「魔人が来ているか……余とて神ではない。そろそろ限界が近いぞ」
ここまでずっと戦い続けてきたミラクルも、既に体力が底を尽きそうになっているようだった。
「おーーー、なんかやっぱりこっち来てる感じする。それもめちゃくちゃ強そうなやつ。そろそろ近いかも」
絶望的な状況だった。
しかし、元より背水の陣。サテラたちは決して逃げることはできない。
「びびるな!! サテラだって魔人だ、魔人が一体いても勝てる!」
サテラだって自信があるわけじゃなかった。でも、諦めたわけじゃない。
それに、今は戦うしかない。
「……ふん。なんでサテラなんぞにそんなこと言われにゃならんのだ。俺様がいれば勝てるわ。そうだな、シィル」
「は、はい!」
「……余も人の上に立つものとして、役にはたってみせよう」
「……頼もしいな」
一般の魔物兵はもうほとんどが、倒されているか、逃げ出しているかのどちらかだった。
後は、今こちらに向かっている魔人をどうにかできれば、こちらはなんとかなるだろう。
――どうにかできれば。
「……心の友、もう来るぞ!」
3メートル以上はあるであろう巨体が見えた。
この世界において、一体だけの存在が確認されている最強生物――トッポス。
しかし、その腹部には異物が取り付いている。それは赤い眼をもった紫色の宝石。
「クケケケケケケケケ!!!!!」
――魔人レッドアイ。
ランスはもう既に三度対峙している、因縁深く出会いたくなかった魔人が現れた。
◇
「シーザー、よく聞け」
「ハイ、サテラ様」
レッドアイとの戦いを前にして、サテラがシーザーへと声をかける。
「もし、この戦いで私に何かあったら……」
「サテラ様 シーザーガ 守リマス 安心シテクダサイ」
「いいから聞け」
「ハイ……」
自分の主人が今までになく真剣な表情だったため、シーザーはうなずくしかなかった。
「いいか、もしこの戦いで私に何かあったら、シーザーはシーザーの思った通りにするんだ」
「……」
「――命令だ」
「ハイ 分カリマシタ」
これが、サテラからのシーザーへの最後の命令になった。